05-09:プロデュース

05-09-01:ステラ・カンナンシンク

 ギフソフィア生花店の空き部屋の1つ、カーテンで陽の光が遮られた薄闇に【明光】ライトの白明がほわんと浮かぶ。明かりに浮かぶステラは1人、満面の笑みを浮かべ幾多の葉紙と向き合っていた。


「さてなー、やることがたくさんあるのだ」


 今回の作戦において核となるのはやはりステラだ。黒幕たる彼女は策の中心であることは勿論のこと、彼女が軸となって全体統括を行い、予定調整からアサインまで行う裏方作業に徹している。まるでジェームズ・モリアーティ教授のようだが、行いは悪逆ではない。


 しかし所謂『プロデューサー』のように走り回らなくても良いのだろうか。もちろんそれには理由があった。


「……ん、来たか!」


 サラサラとペンの走る音に目をやるとステラの魔法、【式神】レギオンで作られたリボンのヘビが一生懸命。一行目……そこに書かれた文字は『シオンよりステラへ』と書かれている。筆跡はまさしくシオンのものだ。


「――ふむ、三琴の練習は上手くいっているようだな」


 これは【式神追想:自動書記】リンカーメール。ステラが魔法を吹き込んだリボンのヘビたちは個性を持ちながらにして、互いを感知し合う共感性を持っていた。その深い部分でのつながりを利用しただ。世間様には危なくてとても見せられない極秘通信魔法である。


 ちなみにプリムラとナルキソスはリボンの説明を受けて顔を真っ青にしていた。そしてケラケラ笑いながら危険物リボンを手渡ししてくるこのステラとかいう奴は、まさしく悪逆の悪魔ハイエルフだと再認識したのだ。無理やり共犯者など卑劣にもほどがあろう。


 斯様な秘密が漏れでもしたら、国家レベルで囲われること請け合いである。最悪口封じも有りうるか……。


 歌以前に全員が一蓮托生、運命共同体となったのだ。否応なく結束は高らざるをえず、2人はお互いの顔を見合って苦笑いした。


「えー、返信はーと……」


 ステラがリボンヘビを手に纏わせながらサラサラと文字を書いていく。下手な字だが読めないことはない宛先は当然シオンだ。


 【式神追想:自動書記】リンカーメールはこの世界における初の遠隔通信魔法であるが、同時に難点は『ステラの魔法』だと言える。使い手が彼女しか居ないために、彼女を中継してやり取りが必要なのだ。それ故に彼女は部屋にこもり、古めかしき電話交換手のような仕事についているのである。


 これにより秘匿性の高く、しかして密な連携が取れる様になっている。今回のようにそれぞれ拠点で作業している場合は特に利点が高い。ここ数日では頻繁に手紙のやり取りが行われていることからも、利便性は非常に高く評価されていると言えた。


 つまり……バレなければ問題ないのだ。使えるものは使い、すこしだけをする。出来ることをやらないのは宝の持ち腐れというものだろう。


(さて、状況は進みつつある。プランを確認しておこう)


 ステラが考えているのは『ウタウタイ』が『鎮めの歌』を歌う『本祭』までに、ルサルカの街全体に対して行うイベントだ。世界初のアイドルというものを知ってもらうための計画は2つのフェイズからなっており、シオンはフェイズ1を担当していた。


 フェイズ1は『聞き慣れた音』を街中に振りまくことであり、最も重要な立ち位置にあるフェイズだ。


(この世界は『歌』が少ないからな)


 村々や街で歌われる歌はあるのだろう、だが前世に比べてあまりにレパートリーが少ないのだ。ルサルカに来る時、エーリーシャを始めとした船の乗客達に歌をせがまれたのは記憶に新しい。


 さらに一度聞けば耳に残るようなもの、となると極限られたものしかない。シオンがやっているのは、その『音楽レパートリー』を増やすことだ。


(ではプリムラさんにナルキソスさんはどうだろうな?)


 彼女たちがフェイズ2、コンサート実施の主役である2人の仕上がりも重要だ。勿論本来のウタウタイが担うべき『鎮めの歌』のための練習もそうだが、アイドルに関する練習も個々でしてもらっている。かなり負荷が高くなってしまっているが……其処は歌い手たる矜持か、火の付いた目がぎらりと輝いて頷いてくれた。


 勿論例年にない部分のすり合わせなど雑事は、領主トゥキシィおよびルドベキアの監査を受け、ステラが補助をして準備を進めている。幸運なのは経験者ナルキソスが居る事だろうか。


 ただトゥキシィとの連絡には【式神追想:自動書記】リンカーメールは使えないため、葉紙で直接やり取りする必要がある。いや、本来はステラも使いたかったのだが、シオンに全力で止められたのだ。頭はマグロで仁の人とはいえトゥキシィは貴族。明らかにに危険な情報を渡すわけにはいかないのだ。


 かわりにステラが配達を猫たちに頼んだのにはシオンも頭を抱えたが。


 もちろんお仕事である以上賃料があり、猫たちには餌一食分おさかないっぴきで配達を頼んでいる。なんて安い賃金なのだろう……ステラは心配した。しかし食事に彼女の特別な毛並みケアが付いてくるなら猫たちも各々目が野生開放状態にならざるをえない。倍率2.5倍の大人気お仕事なのであった。


「あとは彼女か……此方も準備をしなくては」


 アイドルを据えるならば必要となるものが1つある。それは踊るためのステージだ。こればかりは彼女の力だけでは達成できない……ならば何に頼るかと言えば唯一つ。


 ステラが【認阻領域】さーゔぇる・えりみねーたーを自身にかけて窓を音もなく開いて外に出た。


 ウタウタイの選定は終わっているが、今度は『複数人デュオ』ということが知れ渡って、あやかろうという輩がステラに詰め寄っているのである。勿論全て無視しているし、視線から悪意しか感じとれないので接触しないのが吉だ。


(全く名が知れるのにんきものも楽ではないな)


 それでも『ギフソフィア生花店』に難癖つけようとカチコミした者は……お察しのとおりステラが『さようなら』している。結果どうなったかは翌朝、水路に侵入者の末路が物語っていた。


 そんなわけで誰にも気づかれぬままルサルカの屋根をウサギのように飛び跳ねて進み向かう先はだ。今進行中のフェイズに欠かせないのが彼女の助けである。現在裏口から専用のスペース――ステラが突然現れてもビックリしないように設けてもらった場所――に立つと、店員が行き交う中でぱちんと指を弾いて魔法を解いた。


「うわビックリした!」

「ハハハ、驚かしたいわけじゃないからごめんね?」

「いえ……しかしものすごい才能をお持ちですね。まるで気づきませんでした」

「みんなにはないしょだヨ☆」


 あざといポーズでピースなどしてみれば、ステラに驚いた店員は何とも言えない笑顔を返してくる。すごく……気まずい! ステラはそっと体制を戻し、こほんと咳をついて気を取り直した。


「さて、頼み事の進捗を聞きたいのだが……」

「ではご案内いたしますね」


 苦笑しつつ答えると奥へと案内される。そう、フェイズ2総責任者は幼いエーリーシャなのである。当初ステラは拒否したのだが、幼い花の印象に反してビジネス的な指摘は非常に鋭く鋭利であった。両親の英才教育が花開いた形であり、彼女の両親も貴重な体験として経験を積ませる腹づもりのようだ。


 商人は利があるから動く。ギブ・アンド・テイク、ウィンウィンの関係を築けるなら彼女との取引も吝かではない。


 ほどなくエーリーシャの部屋にたどり着き、3度のノックで開くとキッと睨まれた後ふにゃりと微笑んだ。


「あー……お仕事の邪魔をしてしまったかな?」

「いいのよ、ステラお姉さんがきたのだもの。燻茶でいいかしら?」

「いんや邪魔しちゃ悪いからすぐ戻るよ。それより状況を教えておくれ」

「お姉さんのいけず! わたくしだってお姉さんと歌いたいのだわ!」

「ふむぅー、愛いやつめぇー!」


 ステラがニマニマしながら撫でてやれば、にへりとエーリーシャが気持ちよさそうに笑う。ちょっと猫っぽい所があるのか、ステラは気持ちよく揺れるしっぽを幻視した。

 もしかしたら前世は猫……いやそんな事はもしかしたら。現に転生者として居るだけに気になるところである。


「まぁそれはとっておきにしておこう。どうせなら興行が成功した時にね」

「フフフ、おまかせなのだわ」


 クスクス企み嘲笑うエーリーシャはまるで悪女のようだ。ムスッと怒ったステラが彼女のほっぺをふにふにと引っ張った。


「ンモーそういう悪い顔をする! 抱きしめるぞコラ」

「きゃ~♪」


 笑う彼女は幼女らしからぬ実に蠱惑的な笑みを浮かべ、武士に二言は無いとばかりにステラはエーリーシャを抱きしめるのだった。

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