04-16-03:ジャバウォックの嘶き/超気まずい! だからオマエを、ぶん殴る!!

 身体強化に拠る超高速でウェルスへ向かう道。


 ゴマ粒より小さかった街並みは今や普通に眺める位置にあり、完全にモヤシにしか見えなかった黒いウネウネジャバウォックも見上げるほどで、たしかにジャバウォックバケモノと言えなくもない。


 だがステラにはアレがモヤシか蛇かジャバウォックなのか、正体とは一体何なのか……等は正直


「しっ、シオン君! ちょーしはどう、です?」

「すこぶる良いですね、ハハッ!!」

「そ、そうですか」


 彼女の耳は未だ赤くショックから立ち直れていない。アレは何なのか、湧き上がった考えにに折り合いがついていないのだ。


 対してシオンはやたら調子がハイになっていた。無尽蔵とも思える魔力供給は100%中の100%を引き出してなお無理を感じない。最早なんでもできそうな気分なのだ。


 実際の所、自分でも制御不能なほど爆発的な脚力が縮地めいた速度を産み出して、脳が麻薬レベルのアドレナリンをドバドバ分泌しているがゆえである。つまり超集中状態、3徹開けの朝日を見たサラリーマンが如き状態であったのだ。


「気持ちいいですねぇステラさん!!」

「きもちいい?! き、きも、きもちい、い……」

「ハハハハハ!!」


 勿論シオンが言うのは微風のように爽やかな向かい風の事で、先程の出来事は全く関係ない。風速30メートルはあろうかという風圧のはずだが、シオン使魔法マギでざっくりと軽減されている。いや、寧ろ追い風すら作り出しているのだ。


 出来なかったあらゆることに手が伸びる、こんな気持は初めてであった。最早何も怖くない。シオンは今最高にハイってヤツであった。


「ステラさん!!」

「はっ、はいっ! なんですでしょう?!」


 振り向くシオンの爽やかな笑顔にどぎまぎするステラはあわあわと対応する。


「少し勝手を試したいのですが、いいですか?!」

「勝手って、何の? なんのかってをためすの?!」

「イフェイオンです!」


 己の勘違いを恥じたステラは1つ咳払いをした。


「あー、使い方は分かるのか?」

「ええ何となく! どうしてだか分かるんです! ステラさんの面倒を見るよりイージーですね!」

「まっ、待てそいつぁどういう――」

「ハッハー!!!」

「おおい?!」


 言うが早いかシオンが豪と風を切って剣を手に駆け出した。一瞬で豆粒ほどになった背を見て、ステラが背中に嫌な汗をかくのを感じた。


(こいつぁ恥ずかしがってる場合じゃないな……?!)


 今、自分がしっかりしなくては誰が収拾をつけるのか! ふんすと鼻息荒く決意したステラは足に力を込めてシオンの背を追った。



◇◇◇



 シオンは胸元の六花結晶に手をあて起動句スタートアップを告げる。


咲き誇れウェイクアップ魔狩六花ヴォーパル・イフェイオン!!」

『起動句承認、イフェイオン展開します』


 同時に起こった変化は、思ったよりもささやかなものだ。まず胸元の六花が輝き、イフェイオンの紋章が光を引いて描かれる。同時にシオンの身体をうす青いオーラが伝い纏われ、剣へと至れば更に顕著になる。


 現れたのは輝き纏う心劔ヴォーパルだ。


 シオンの持つ頑健のロングソードを媒介に、オーラはかつて見たイフェイオンの剣身が如き六花の形へ。長さは倍近くになっているが、しかしてシオンはだと感じた。


 あの蛇魔獣と相対するには少々長さが足りないし、何より今の彼はのである。足元が覚束無いから高いところが怖いのであり、踏める地あらばなんの恐怖もないのだ。


 勿論気分は絶好調なのもあるが。


「よし、試し切りです。行きますよ!!」

『了解』


 シオンが選ぶのはごく単純な切り抜けである。試し切りならば木人相手、静止状態から切り下ろすが正しくある。だが、今は戦いの中で感覚を掴むしかない。


『RAAAAAAAAAA』


 ステラの一撃で警戒を強めている巨大なモヤシなる蛇魔獣ジャバウォックはシオンの接近にもしっかり気づいていた。しかし今のシオンをして、ジャバウォックの動きは。喉元をひっかくようにするりと蒼を刺し込み振り切れば、まるで空を切ったかのような感触が帰る。


(おや?)


 あまりに手応えがない。劔の長さを鑑みれば確かに刃は通ったはずだ。慣性で離れて行く黒の巨体を見つつ首を傾げる。


 だが青白い斬痕は残っており――突如ごぽりと沸騰して爆ぜた。びちゃりと黒く滑る体液を撒き散らして大地に吸い込まれていく。


『RAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』


 蛇の巨大さに比べればごく些細な傷であるが、痛いには痛いらしく、悲鳴を上げて身をくねらせた。


(うん、


 暴れる蛇魔獣を見て抱いた感想である。傷にして『裁縫でまち針を指に引っ掛けた』くらいのダメージでしかないのだが、このときの彼は何故か『れる』と確信していた。


「ではやりますか!!」


 渾身のガッツポーズに根拠はひとかけらもない、だがあまりの力強さは見る人を納得させるに足る『何か』があった。


 後にの始まりであった。


 蒼の燐光纏うシオンは宙を蹴り重力を無視するように蛇に近づいては何度も剣戟を加える。初めこそ単純で丁寧だったが、一振りするごとに『イフェイオン』という存在を理解していく。


(〈スパーダ〉もできるのか)


 ならば話は早い。〈エル・スパーダ〉による隠し刃、秘剣〈インビジブル・ソード〉を用いれば何ということか。一刃が限界だったはずが、驚愕の五枚刃を実現したのである! 最早削ぎ落としもなく安定の斬り心地、たまらぬ爽快感にシオンもニッコリである。


『RAAAAAAAAAA!!!』


 しかし堪らぬのはジャバウォックである。刈られるのは髭ではなく薄皮だ。致命的でないにしろ面倒でたまらないのだ。身を捩りを叩き落とさんと暴れまわる。


「甘いですね!」


 だがかすりもしない。元よりエル適正を持つシオンが空という立体戦場を手に入れたのだ。まるで妖精が悪戯をするようにジャバウォックにちょっかいを出していく。


準騎士エスクワイアシオン。オーラは付与エンチャントすることで一定期間有効になります』

「なるほど、投げナイフですね?」

『肯定、お試しください』


 シオンが回転しつつ斬撃を見舞い、同時に懐に仕込んだナイフを投擲した。付与エンチャント自体は念を込める事一瞬にて、蒼いオーラを纏った光条がキュイと音を立て飛翔する。まるで蒼い鳥が舞うように美しく、しかして荒鷲のように魔獣の体表を大きく削っていく。

 同じ地点を集中して攻めれば、大きくダメージを与える事も可能かもしれない。


「中々良いですね、イフェイオン!」

『否定。これが全てではありません。あくまで基本的な機能とご理解ください』

「そうですか、それは結構!」


 にやりと笑うシオンは更にジャバウォックを責め立てる。まるで黒い獣を翻弄する無邪気な妖精だ。いや、見上げる人々の目には確かにそう見えていた。暴虐の主をこらしめる、蒼の燐光を振りまき戦う姿を。悪逆の徒が戸惑い苦痛に喘ぐさまを。


 人々は後にこう呼ぶ。七不思議、『蒼のきまぐれ妖精』と。だが妖精の英雄譚も一瞬の油断で命取り、ハイになりすぎたが故に些細な粗さが積み重なり、ついに致命的な隙を顕としてしまった。


『RAAAAAAAAAA!!!』

「ッ!」


 驚くほど早くしなる巨体が蒼い燐光に迫っていく。すわ撃ち落とされるか……と思った人々はまたしても異様を目にする。


「ドォラァアアア!!!」


 ジャバウォックがのである。音にして『ゴォボギッ!』という文字が目に見えるようだ。空を見た人々は目をこすり何度か見直して、その存在が現実であることを認めた。


 中空に『』が2つ、浮かんでジャバウォックを猛追しているのである!


 まるで訳がわからない。だが空には妖精も浮かんで居るし、ジャバウォックも居る昨今……今更なぞの怪腕が出たところで驚くべくもないが……とりあえず迫力はすごかった。


 なにせ『ブゴォオオ!』と音を立て、効いたこともないような『ヅドゥオオン!!』という衝撃音が響いているのだ。腕だけ巨人が現れたと言って信じる人は多数である。故に操っているのが、目麗しき女神のような美女だとは思いもしない。


「やぁシオン君。今の危なかったな!」

「ステラさん……?」


 一瞬で頭の冷えたシオンが怪腕を携えたステラを見る。双ツ華を手に腕を組んで仁王立ちする彼女は不敵に笑って、怪腕を操りボコ殴りにしている。


「フフフ、イフェイオンは小生の魔法が効かないと言っていたがな」

『肯定……効果は薄い、はずです』


「ぶぁああかめェ! 世の中固定値しつりょうは正義って言葉があるんだ! 効くとか効かないんじゃあない、拳で殴ったら殴った方も痛いんだ!」

「…………んんん??」


 言い切った彼女だが、シオンは何か引っかかりを得て言葉に詰まる。理由にはすぐに気づいた。


「ステラさん」

「何かな?」

「貴女、自分で殴ってませんよね。殴ってるのは魔法ですから痛くありませんよね」

「シオン君……」


 指摘にしばし沈黙したステラはひどく優しい微笑みをシオンに向けた。


「その冴えないツッコミ……まだ本調子じゃないんだね。わかった、君は小生が守護るよ……!」

「いやそうじゃなくて……」


「いくぜ おれたち の たたかい は これからた゛!!!」

「ああもう、いつもこんな感じなんだから!」


 飛翔する怪腕と蒼の妖精がジャバウォックに向かって突き進んだ。

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