04-16-02:ジャバウォックの嘶き/すこしまて! えっちなことは、いけません!!
森の中、不思議な沈黙が支配した。
「あの……イーさんや、いまなんつった? その、小生耳がアレで聞こえなかった可能性が微粒子レベルで存在する」
『巫覡ステラ及び剣士シオン両名による、粘膜接触による魔力パス疎通契約を締結して下さい』
「……」
ステラはシオンを見て、シオンはステラを見ていた。粘膜、接触、魔力パス。彼女の脳裏に『運命』『月』『魔法使い』というタロットめいたキーワードが降ってくる。何を意図するのかはわからないが、己の危機的状況を表していることは理解した。
「それはその、つまり?」
『時間がありません。可及的速やかに開始してください』
「ふぁっ?!」
イフェイオンが意図することは一体何なのか。ステラの頭が急激にゆだっていく。
(つ、つつつまり今ここでおっ始めろってのか?!)
セクシャル的なハラスメントでない『お前がママになるんだよ』行為とステラは判断した。
「ま、まままてまてまてっ! ここでか?! ここでなのか?!」
『肯定。お急ぎください』
「いやいやいやいや! こんな寒い青空の下でスるのはどうなの?! ねぇどうなの?!!」
『疑問受理……回答構築。精々1分程あれば宜しいかと』
「それ三擦り半のやつぅーーーー?!?!?!」
ステラはポスンと顔を真っ赤にさせる。
つまり彼と致すのか。これから。モヤシが危ないの状況で。というか何故シオンの感度をイフェイオンは知っているのか。ステラすら感知していない彼の自慰行為すら、彼女は監視しているというのか。なんて酷いAIであろう! 血も涙もないマシーナリーである……!!
(いやまてまて、エルフって性欲低いって言ってたな)
つまり通常のままでは勃たないのだ。つまり誘惑する必要がある。これから、彼を、女の武器を使う、手練手管的な手段で、彼女自身が。
(ちょっま、ど、ど、どうしよう?!)
今まで彼の獣性がおおかみさんになった事はない。ボディタッチ多めであったことは否定しないが、彼が男を露わにした記憶はまるで無いのだ。なので、思わず彼が壁ドン顎クイしつつ『俺のものになれよ』的なシチュエーションに彼女が持っていかねばならない。彼をこそ、その気にさせねばならないのだ。
幸いなことに虫食いの記憶は、男性が
(クッソ『女神』このやろう馬鹿野郎!)
以前も同じような覚悟を迫られるシチュエーションがあったが、今回は状況が変わって不可避である。そもそも過去覚悟を決めたのは『襲われても我慢する覚悟』であり、これから必要なのは『自ら誘って最後までリードする覚悟』だ。
質が全然違うのである。混乱するステラに、イフェイオンはさらなる爆弾を投下していった。
『巫覡ステラ、"ミコスリハン"とはなんですか』
「え? まっ……はあああ?!」
一応魔物の蔓延る森である。大声を出せば危険が高まるが、もはやそのような事を考える余裕はない。
「せつめい、さすのか!? それを! 小生が! くちで! いまから!」
『肯定。辞書にない用語です。是非』
「イーさんあんたサドっ気強いな?!」
顔を真っ赤にして頭を抱えるステラは頭を抱え、先程から反応のないシオンにバッと振り返った。
「てかシオン君! 君も黙ってないで一言ぐらいあるだろ!?」
「いえ、ありませんが?」
「ファーーーー?!?!」
目を白黒させるステラは錯乱する。つまりナニか、彼は青姦肯定派なのか。いやそれ以前に――最早茹でダコのステラはおずおずと、恥ずかしそうに話を切り出した。
「し、しょれは、そにょう、あう。えっと……し、小生とあの、え、えっ、え、えっち的なことを〜シたい、と。……そ、いうこと、ですか、ね?」
「…………はい?」
長い沈黙の果てにシオンが首を傾げ、顎に指を当てとんとんと2度叩いて思考した後、こくりと頷いた。
「確かにそうと言えなくもないですが……そこまで緊張するものですか?」
「バッカ! ふつーはするだろ! ABCは順序を守って
首をかしげるシオンは端的に思った事を口にした。
「口づけするだけで慌て過ぎでは……?」
「………………なんだって?」
長い思考停止の末にステラは言葉を絞り出せた。
「単にキスする話ですよね? 他に何が……もしかしてステラさんの国ではそういう文化が無いとか、特別な意味があって出来ないとかでしょうか」
「いやそりゃありますよ? ええ……ありますとも……口吸いとかね、そういう言い方もね、ありますよ。ええ……あります……はい…………あと特別な意味は一応あるけど、親愛の意味も込めてするとかですね、はい」
「なら問題ないですね」
自分は何を焦っていたのか。ステラはぐったり疲れて肩を落とす。
「もうなんか情緒とかどうでもいいな……さっさとやろう。やり方は?」
「接触しながら魔力交換……お互いに譲渡し合うだけです。契約までした場合、一定距離に居るなら直接触れずとも魔力をやり取りできます。それで……その、申し訳ないですがしゃがんで貰って良いですか?」
「ん? ああ、
しゃがむステラの肩を、シオンがやんわりと抱いた。
「じゃ、楽にしてくださいね」
「え? うん、わかった」
キスするだけで楽にするもないだろうに。そんなことを思いつつ、近づく顔に少しだけ緊張を感じるステラは柔らかな感触を桜色の唇に感じ……。
突如シオンの長い舌が口の中へぬるりと侵入してきた。
「んふぉおおー?!?!?!」
びっくりして目が回るステラは思わずシオンの肩をバンバン叩く。
「え、どうしました」
「ばか! あほう! シオンくんのナマステ!
これキスはキスでもっ!
ばっしーんばっしん叩きながらステラが猛抗議するが、シオンはあくまで淡々と語る。
「粘膜接触ですよ?」
「あーせやったな! せやせや!! 唇は粘膜やないなクドー! うんうんワイが悪や! せやな!! ぐわーーー!!」
うなるステラは深呼吸して、目頭を押さえつつシオンを手で制した。
「ごめん10秒待って心の準備する」
「はぁ……わかりました」
すうはあすうはあ、深呼吸する。よもや下の口がだめなら、上の口を使えばいいじゃないメソッドになるとは思わなかった。普通は逆だろう逆、R元服の書物はそうだと虫食いが告げる。
すうはあすうはあ。だが滅茶苦茶嫌というではない、心底吃驚しただけである。シオンの人柄はしれているので、酷いことにはならない……はずだ。
それにこれは契約であり儀式である。やらしいやつではないし、ABCだとギリAだ。欧米諸国文化めいてるし全然オッケーのはず。何だなんてことないではないか。たぶん。
だが緊張するものは緊張してしまうのである……。
「よ、よしいいぞ。きっ、きたまえ」
「はい」
「潔ぃなぁキミぃ?!」
なぜシオンがそんなに男前なのかステラには分からない。近づくシオンの顔になんとも耐えきらなくてギュッと目をつぶって震えていると、そっと抱きしめられた。そして耳元で柔らかく、
「大丈夫、怖くありませんから」
「そ、そういう問題じゃ――」
遮るように口吻で塞がれ、一度離れる。じっと目を合わせて居ると、何となく言ったとおり怖くない気がしてくるから不思議だ。自然と力が抜けていき、それを見越したのかまた軽くキスされる。
「はぅ……んっ」
そのまま貪るように唇は奪われ、ちろりとステラの舌に触れるのは彼の温かい舌だ。あやす様にくちゅりと音を立てて舌裏を舐め取られ、力が抜ける。同時に熱く暖かく、春風のような魔力がやってくる。
(なに、これ……すごく、あまい……)
まるで極上のスイーツを口に含むように、滑らかで優しい魔力だ。思い出したように溢れる胸中から掬う雫を、舌に載せてお返しにチロリと舐め渡す。
「ふ、んぅ……」
ぴちゃぴちゃと水音、とくんと揺れる鼓動、あたたかい甘い魔力。蕩てしまいそうで、つい身を委ねてしまいそうになる。
「ふぁ……」
くちゅ、と音を立てて離れて行く舌に去来するのは寂しさと物足りなさだ。潤む瞳のすてらは夢見心地になりつつ、その感覚にはたと気づいた。
(……え、ものたりな、え? え?!)
なぜそう思うのか。戸惑いを覚えつつ錯乱し、ぽひーと耳から湯気を出してぺしょりと座り込む。
「……ステラさん大丈夫ですか?」
「え、だ、だいじょ、うん。あぅ、あ、う、お、おう。っていうか君、むしろなんで大丈夫、なの?」
「いや、普通に契約ってだけですし」
「それはぅ、そうぅなんだけどっ……しゃくぜんとしない!」
ステラはシオンの顔が見られず、ゆだってフラフラしていた。
『剣士シオン、口腔による循環契約はは有効期限が1日前後ですが、観測したところ4時間前後と見積もっています。ご注意ください』
「わかりました」
「……シオン君はクールだなぁ」
「そうでもないんですけどね」
だがまともに顔が見られないステラは気付いていなかったが、シオンもまた耳まで真っ赤に染まっていたのである。
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