04-14-03:ハザードコール/聞かざるを聴く
こと戦域が野外であるならば、ステラという存在ほど将兵泣かせの者は居ないだろう。
だから、今何が起きているかもつぶさに分かってしまう。
「……子どもたちの声が、聞こえない」
「そうですか……」
ぎりっと噛んだ音を立てる。一つの村の『子供』となれば数は多くない。間に合わなかったことを悔いるも、しかして聞こえるのはそれだけではない。
「だが女達の悲鳴は聞こえるな……」
「でしょうね。普通は助けられないし、どうしようもありません」
「……」
「……責めてる訳じゃありませんよ。貴女は貴女らしくしていればいいんです」
「すまんな、本当にすまん。……なら作戦は極単純に行こう」
ステラは地面に枝で絵を書きつつ、作戦をシオンに説明した。
◇◇◇
作戦と言っても極単純なものだ。先ず行うべきは敵を絞り、戦域を制御可能な形にすること。
もちろんステラ1人をもってすれば400の敵に相対したとして殲滅は可能だ。しかし相応の時を要し、囚われた女達は死ぬ。故に何よりも速攻が重要であり、必要な場を整えねばならない。
目標は燃え盛り破れた丸太の壁の先、壁が崩れた一番大きな木造の屋敷。囚われの声はそこから響いている。
故に崩れた壁の前に踊り出たステラは、グラジオラスをさくりと地面に突き刺す。
「
同時に大地より凍てつく無数の棘が沸き立ち、ステラの左右を囲う一直線の道を作り出す。ガチガチと音を鳴らし生える棘は進路上の魔物を串刺しにし、凍てつく屍とした。そのまま屋敷にたどり着く棘は、弾かれたように左右に別れ、を囲うように迂回する。最後に両端が壁が衝突し、ちょうど鍵穴の形に棘の壁が形成された。
「よし、走るぞ!」
「相変わらずとんでもないですねぇ!」
走る距離は短く、また囲われた魔物は一直線に切り取ったがゆえに少ない。異変に気づいたゴブリンも棘に気づき持ち得る武器で殴り掛かるが……、
「ゲぴ」
衝撃に反応して出現した鋭い棘が魔物の喉を刺し穿つ。
しかして反応した棘はビキリと音を立ててヒビが入る。
「グフゥ……」
『殴れば死ぬ』、しかし『殴れば壊れる』と理解したのか、周囲のオーク達が率先してゴブリンたちを投げ始めた。バキリバキと音を立てて串刺しが積み上がり、赤い花が幾重にも咲く。
ひび割れに注がれる様は美しいが、走る2人には堪ったものではない。
「なんでこんな賢いんだ?!」
「指揮個体がいるっていうことはそういう事です! 急ぎますよ!」
「合点承知!」
駆け出す2人は運悪く壁の内側に入ってしまった、動揺する魔物を切り捨てつつ屋敷に押し入った。
◇◇◇
それは声。
ステラの耳にずっと届いた、悲鳴と笑い声と鳴き声と嬌声と絶望と死望。地獄と言うものが悪へ対する断罪だとすれば、あるいはこのようなものなのかもしれない。
だが一言で称するならば『醜悪』に尽きる。
「あは あは あは」
「やめで! うごがなっ、あ゛あ゛あ゛!」
「――――ぉ」
むせ返る甘い匂いも、すえた臭いも、生臭い精液の臭いも。
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛――」
「あひっ、でる、う、あは、あはははは」
「ぎ、いぃ」
ぐちゅり鳴る行為の音も、ばちゃりと堕ちる胎児の産声も。
「……………………」
「……る、……る」
ステラが耳にした全てが、
「かしまー、る……」
この場にある全てが受け入れられない。
「あぁ……もういいよお前ら」
気がついたら魔物の頭が全て消し飛んでいた。悲鳴の1つもなく、体は反射に基づき今している行為を荒々しく続ける。どぶりと吐き出される白濁は今際の反応によるものか。
気に入らないから全て殴り飛ばした。
壁を突き破って気に入らないものが飛んで行く。
しかし気は晴れない。
「……以前ステラさんは、魔物の増え方について言及しましたね」
「ああ、言ったな……単為生殖の話だったね」
「面白い考察だと思いましたが……研究が進まない理由がわかりましたか?」
「そうだな……ああ、まさにそうだ。これは、こんなものは生むための機構だよ。研究しようと思うなど、それこそ狂気の沙汰でしかない」
この場に集められた狂った女たちは、総じて四肢がない。ただ精液をぶちこまれ、子を生産し、産み落とす――ただ1個の
傷口は焼いたのかズタボロで、どの様な拷問を与えられたのか見当も付けたくない。
それだけではなく、顔は殴られ体中傷だらけで、腹は異様なまでに膨れ上がり、ぼこりぼこりと蠢いている。
今もまた、1人の女が緑の魔物をひりだしている。あまりにおぞましく、余りに痛ましい。
「僕、ステラさんに覚悟してくださいと言いましたね。これがその理由です。仮に助かっても……もう、生活できないんですよ」
「そうだ、ね……」
「だから……探索者はこうした方々を介錯します」
「……ッ」
泣き出しそうな顔でシオンを振り返り、ステラは唇を噛む。
「今ここで全員を連れてはいけません。連れて行ったとしても面倒を見る者は誰も居ません」
「でも小生の心象魔法なら――」
「ええ、ステラさんの魔法はすごいです。でも、心は癒せますか?」
「やってみせるさ」
「いいえ、より正確に言いましょう。事実を消すことはできますか?」
「……それ、は」
やろうと思えば、四肢の代わりを作り出すことは出来るだろう。
しようと思えば、記憶を消し飛ばすことだって出来るだろう。
だが『魔物の孵卵器とされた』事実だけは生涯つきまとう。
どこまで逃げたとしても、過去を消し去ることは出来ないのだ。
「出来ないならば僕が
「……いいや、小生がやろう。聞かざるを聴いた時から、もう、駄目だと知ってたんだ。でも認められなくて、だから、だから……」
天を仰ぐステラは、か細くつぶやいた。
「なあ、シオン君。もう苦しませることは、ないよな……?」
「……そう、ですね」
シオンが頷いたのを感じ、ステラが静かに歌う。
今生は辛かったね。もう苦しみはない、解き放とう。
我が名に置いて、来世では幸せを祈る。
せめて幸いたることを願う。
胸の内の漣を掬い、魔法を編み歌声に乗せる。
(だから、今生は貰っていくね……?)
それは春風のようで、しかし寂しげな夕暮れ思わせ、昇る月の明かりが優しく照らす。
暖炉の前に居るように暖かで、ウトウトとまどろみ、ゆっくりと沈むように眠る。
女達は最後、小さくため息を付いて次々動かなくなっていく。赤髪の彼女もまた虚ろな瞳を濁らせてクタリと動かなくなった。
後に
「……今のは」
「小生の歌は魔法だって、シオン君は言ってただろう。なら、最後くらい安息があったっていいだろうに」
悲しげに躯を見下ろすステラは、手にぽわりと炎を灯らせる。蒼から白色に至るゆらめきは非常に高温のはずなのに、熱を感じることもない。
「さあ、嫌な
去り際にぽとりと落ちた焔はあっという間に屋敷を炎で包み込む。熱で
火が収まったあとには何者も残っておらず、ただ真っ白な灰が積み上がるのみであった。
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