04-14-02:ハザードコール/見ざるを視る

「シオン君!!」

「なんですか?」

「最近こうして走るの多くない?!」

「あーそうですねー」

「反応が淡白ゥー!」


 街路を駆けるのはシオンとステラの二人だ。理由はただ1つ。


 あのげっそり痩せ果て、髪も真っ白な村の青年・カシマールの言葉を確かめるためだ。

 ステラが回復措置を行って程なく、目を覚ました彼の語る内容は驚くべきものである。村が攻撃を受け占拠されたなど信じられるものではない。だが事実なら事は重大、一刻も早く統率者が状況を把握する必要がある。


 故にパーティーを2つに分けた。


 カシマールはシェルタに任せて事実の連携を。2人は情報を得るために目下疾走している次第である。


「しっかし村まるごとってどういうこった? それだけの戦力、一体どこに潜んでやがったんだ」

「あまり考えたくないですが……魔物の集団的暴走スタンピードの可能性が強いですね」

「うわあ」


 ステラの脳裏にかつて見た『神殿都市』の爪痕が思い出される。いかなる惨劇か、少なくともスタンピードとは何もかもをなのは確実だ。


「聞く限り予想戦力ってどれくらいだろう。村を襲うのに、山賊なら40程度だよな?」

「少なく見積もって200ですかね。予備戦力という概念があるならもっと」

「厄介だなぁ……!」


 シェルタを1人で帰したのはこれが原因だ。話が本当なら一刻も早く第一報を領主代行サビオに知らせねばならない。

 さらにギルドも対応を迫られるのは必至だ。


 双方に信用のあるシェルタから齎す情報なら、即時対策が練られるだろう。だがその時点から斥候を放つでは『遅い』可能性が高い。すでに事態は起こっており、今以て悪化しているのだ。


 さらに2人は隠密特化とも言えるスペックを持っており、独断とは言え情報収集を行うに事足りる心得が有る。


「シオン君、ニンジャだもんな!」

「いや違いますからね?」

「ニンジャは斥候も凄いンだよ!」

「斥候については否定しませんけどね?」


 少なくとも今、ギルドの強制は受けていないなら行動は自由だ。幸いにして今日はキノコ採取フィールドワークの予定だったので、依頼棄却に拠る違約金で懐が痛むこともない。


「それより懸念は占拠された村がってことなんだよな?」

「ええ、ギルドの様子が証拠です」

「んん~?」


 ステラは今朝の探索者ギルドを思い出す。普段と別段変わりなく、少し前にあった怒声も今では全く起こっていない。


「何かあったっけ? 思い当たるフシがない」

ですよ。新種の魔物についての入場封鎖は、現在自己責任せいげんつきで解除されています。そのお陰でギルドは平日運営を行っていました。

 カシマール氏の情報を得ていればまずありえない――つまり僕等が第一報なんです」


「成る程……だが複数あると決めるべきか?」

「決めてはいませんが……連中の手際、と思いません?」

「え、手際って……なぜ言い切れるんだ」


「これ迄に生き残りがカシマールしか居なかったからです」


 実際に駆ける2人はこれ迄に生きた人はおろか、。仮に占拠が事実だとして、ここ迄鮮やかにできるものだろうか。もちろん遺体が野生生物に食われたなどは有るかもしれないが、それにしたって痕跡は残るものだ。


「なら魔物には賢い個体しきかんが居る可能性がある。情報の漏れを考慮できるくらい頭のいいやつが、です。

 さらにカシマール氏は深追いされなかった。つまり……準備は万端って可能性があります」

「そいつは……穏やかじゃないな」


「ですが幸いな事に僕達が居ます。特にステラさんが居ることを向こうは知りません」

「おっ? もしかして小生、期待されてる?」

「はい。大いに」


 聞いた途端ステラが言葉に詰まり、ついで頬を赤らめにへふへと嬉しそうに笑った。



◇◇◇



 期待されているからこそ、彼女はちょっと力を入れ。街道の一角、シオンが護衛する中でステラは新たに魔法を起動する。


(『』を想起リコール――【鷲の目】いーぐる・あい心象イメージ――願掛ファンクション【鷹の目】ほーく・あい

『略式』リデュース【神乃瞳】さてらいと


 視界は【鷲の目】いーぐる・あいを超えてさらに天へ上り、くもを突き抜けて空へ。すべてを見渡す神の目が地平にある何もかもを見通す。代わりに現状彼女の視界は失われ、本当に目玉が空にあるような錯覚がした。


 視界は【鷹の目】ほーく・あいを引継ぎ超高精度のカメラがごとく周辺情報をステラへと知らせ、目的たる村の情報をつぶさに知らせてくれる。


「……うわあ、こいつァ酷い」

「詳細の報告をお願いします」

「かしこまり~ってな」


 前が見えないステラはそれでもパチンとウィンクする。


「先ず気になってるだろう全体概要から行くが……森に近い村はやられている様だ……数にして7つの村かな。すべて魔物が闊歩している。つまり完全に占拠されて軍事拠点として成立しているってことだな」

「思ったより悪い状況ですね……」


「これはもう迷宮都市ラビリンシアと見るべきだろう。シオン君の仮説はほぼ正確と見ていいんだろうね」

「一体いつの間に戦力を整えたのでしょう? 先日戦士系のオークと戦闘しましたが、ここまで浸透していたなんて……」


 ハハッと乾いた笑いを浮かべたステラは指をピッと持ち上げた。ちなみに視界は無いが気配で分かるので、ちゃんとシオンに向けて行っている。


「解があるぞ、とびっきり最悪なやつが」

「……あんまり聞きたくないですが、聞きましょう」



 ステラの言葉にシオンはゆっくり2度瞬きし、3度深呼吸してから口を開いた。


「もう一度お願いします……

「閉じられたはずの霧の森ミストに路ができている。上から見るとよく分かるが、曲がりくねった細い線状に赤い霧が出ているんだ。

 明らかに異常だからよく見てみると、端は件の魔物の群生地『谷』につながり、もう一端は我々側の霧の森。そこから続々と谷の魔物が進行中デス。幸いなのは通路が狭いことぐらいだ」


「最悪だ……」

「ちょっと街レベルっていうか国を挙げて対処すべき問題だよね、ハッハー」


 光のない目でステラが笑っているが、ふんすと鼻息を吐くと気を取り直して腕を組む。その表情はとても暗い。


「でだ。件のカシマール君が言うテリスペ村なのだが……端的に言ってだよ。魔物の数は400は居るだろうか……ゴブリン、オーク、デカイやつはオーガか。よりどりみどりでお祭り騒ぎさ。

 今、死んだ男を使ってゲームをしている。丸太に縛り付けて的にしたゲームだな……残りはから、大きな焚き火では雑な串焼きにするようだ。ああ、弱い魔物は骨張って食べにくい肉しか貰えないみたいだな。

 それと……ああ畜生! なんてことを」


「どうしました?」

していやがる……やめろ、そんな……酷い、事を――」

「ステラさん」


 バチンと頬を叩かれ、ハッと気がついたステラがシオンを見た。


「――あ、え……」

「僕が見えますか?」

「あ、ああ。見える、分かる。大丈夫だ」


 震えるステラは痛む頬を抑えつつ、沈痛な面持ちで項垂れる。


「もっと早く止めるべきでした。すみません」

「いや、構わない。小生が深く潜り込みすぎただけだ……」


「では必要な事は掴めました、一刻も早く戻りますよ」

「え……」


 息を呑むステラはブンブンと首を振った。


「ま、待ってくれ。生き残りが居るじゃないか……それに見かけない女達は……!」

「ステラさん……」


 シオンがゆっくり首を振る。その顔に感情はなく、淡々としたものだ。


「その上で言います。

「でも、が今、目と鼻の先で繰り広げられているんだよ……?!」

「時間的にも手遅れと思ってください。仮に出来ても、僕はステラさんにお勧めできません」

「ッ!」


 ステラが怒りを露わにシオンを一瞬睨むが、ギュッと握った手に怒りを収めて深呼吸する。


「それでもなんとか、してやれないかな……? 見てられないんだ、あんなものは、あんなものは……人が至る死としては余りに酷だよ……」


 今泣き叫ぶのは見知らぬ誰かだ。しかし嘗て出会った子どもたちの姿と被ってステラの心がひどく痛むのである。先程食われた子供の絶望が、終わりを見る顔が、聞こえぬはずの悲鳴を彼女の耳に届けるのだ。


「なら、僕たち2人で400もの数をかいくぐるんです?」

「それは……」


 相手は言い淀むが、しかしシオンの顔はまじまじとステラの目を見ている。だがハッと気づいたステラは手を打ちぐっと拳を握った。


「そうか、突破できれば賛成なんだな?」

「止めても行くでしょう? 偽善だと分かっても望むのだから」

「うっ……」


 実際に助けることが出来るのはテリスペ村の、極限られた者だけだろう。痛いところを突かれたとばかりにステラが小さく縮こまる。


「……まぁ良いですよ。ステラさんは規格外ですが、事は既に軍事レベル。『一騎当千が1人居た』如き露見したところで対局が動くものではありません。

 しかし今得た情報はです。これだけは理解してください」

「わかったよ……」


 シオンが頷き、しかし最後の確認とばかりに口を開く。


「その上で往くならば……ステラさん、ね?」

「分かっているよ。この目はもう、のだから……」

「……」


 黙るシオンは、珍しく沈痛な面持ちでステラを見る。


「行こう、偽善と知ってもしなければならないことがある」

「……ええ、分かりました」


 2人は立ち上がり、テリスペ村へと急いで駆けた。

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