04-13-03:ターゲット・ヴィセ・プロッソ
『ヴィセ・プロッソ』は近年立ち上がった新興のリストランテである。売りはなんといってもメニューの豊富さ。如何なる顧客の難題にも華麗に対処してみせる対応力である。
『何、○○が食べたいだって? ならヴィセ・プロッソに行くがいい。あそこは夢を叶えるリストランテだから』
利用したものが総じて紡ぐ謳い文句である。
とはいえ招待状を手にリストランテへ向かうステラに、そんな事などわかりはしない。少なくともフォーマルな格好を要求される位しか知り得てはいなかった。
とはいえ着ているものが一張羅、胸甲を外したぐらいで装いに変化はない。しかして不思議恩恵服はフリフリひらひら、淡い赤の衣装は一見してドレスのようでもあり、また質が良いためこうした転用は非常に楽である。
強いて言えば髪型をお団子に結い上げたくらいか。夜の手習いに作った自作の木製簪が、するりと指に溶ける髪をうまくまとめ上げている。
門前でフード付きマントをファサリと外し、ボーイが帯剣も預かるというので渡そうとしたが……やはり渋る。これに眉根を潜めたが、ステラは申し訳なさそうに頬をかいた。
「いや、預けたくないというか……君が持てるか心配なんだ」
年若いボーイはショートソードほどの二ツ花を見て笑顔を浮かべる。こんな小さな剣が持てないはずがないという自信がある……のが非常に心配だ。
とはいえ仕事は仕事。仕方なく差し出された手にグラジオラスを乗せると――、
「わっ?!」
思った通り重さに転びかける。ステラが一歩前に出て支えねば、取り落として転んでしまっただろう。
だがおもいっきり柔らかで甘い香りのする胸元に顔を埋める形となったボーイは顔を赤くして、周りのスタッフは顔を青くしてこちらを見ていた。
「ほら、言わんこっちゃない」
「も……申し訳ございません!」
慌てて離れるボーイに苦笑しつつ、問題ないと手を降った。
「構わんよ。ちょうどいいクッションだったろう? 事故は未然に防がれたというわけだ」
「それは、その……」
「ま、その程度で気にしてないってことだよ。これは小生が運ぶから、保管所へ案内してくれる?」
「……承知しました」
からりと笑えば、純朴なボーイに促されて保管庫へ案内される。たたまれたフード付きマントと一緒にぱちんと鞘ごと外して武器を納めた。
その後個室へと案内されると、待っていたのは見覚えのある優男である。
「来てくれてありがとう、美しい人」
「うん、タダ飯を食いに来たよ」
あんまりないい草に流石の優男も固まった。確かにその通りであるのだが……気を取り直して苦笑する。
「……相変わらずだねぇ」
「それが持ち味でね!」
ステラはウィンクして呼び出した優男……ディセオに答える。先日ヒュージ・エダルベアの1件で作戦を共にしたパーティー、『ギアード・コーヴ』を率いる
ステラの認識ではハーレム畑の王様である。
「で、何をゴチってくれるのかな?」
「そうだね、早速乾杯と行こうじゃないか」
席に着いた2人が注がれたカップの酒を掲げ乾杯する。祈りは七栄式で、用意されたフルコースのメニューを平らげていく。
前菜、主菜と食べ進める中でディセオが驚いたのはステラの作法だ。彼女のカトラリー使いは完璧すぎる。
ナイフはつぷりと音もなく、また食器のこすれる音もなく。静かに、ただ淡々と料理が口へと運ばれていく。また時折給仕を呼んでは、
「このムニエルにつかってる魚。すり身にしたあとつなぎに小麦粉を混ぜて丸めて揚げると、スープに合う面白い食材になるよ。故国では『つみれ』って加工食品なんだが試してみてくれ」
等とアドバイスすらする始末である。プロに対して非常に失礼な対応ではあるが、美味しいという想いを実に嬉しそうに話すものだから給仕も自然と頬が緩んでしまう。
「思った以上に詳しいんだね」
「故国は食に対しての意識が高かったからなぁ。とはいえ畏まったフルコースを頂くことは、そうそうなかった筈だが……ああ、婚礼等では普通に御馳走が出てくるんだったかな?」
「へぇ、ステラさんって高貴な出なんだ」
「んー……まあそれなりの生活はしていた筈だよ」
具体的には独身サラリーマンだが、言ったところで伝わるものではない。その後も淡々と食事は続き、デザートの切り分けた果実をフォークで突きつつステラは話を切り出した。
「さてな、ぐだぐだと話していても良いが……目的は別にあるだろう? いい加減本題を切り出そうか」
「そうだね。なら提案だけど……ステラさん、
「え、やだけど」
言葉を遮るように言い放てば、ディセオの眉がピクリと動く。
「ん~……もしかして君はアレか? 美味い物を振えばおけとか、財力がメリットだよとか思ってたりするのかな」
「いや、
「というと?」
「君、
「ふむん……君の仲間で十分じゃあないのかい?」
「仲間は仲間、君の言葉が聞きたいな」
だが眉をしかめるステラはとんとんとテーブルを指で叩いた。視線が示す本質は全く別のものである。
「言葉、ねぇ。君こそ本音を言っていないだろう。正直に言ったらどうだ?」
「……シオンと言ったかな、貴女は彼に相応しくないということだよ。彼の仕事を知っている? その正体は薄汚い
調べるのに苦労したけど確かな情報だよ」
だがステラは深く、とても深くため息をつく。最早語るべくもないと、彼女は指を3つ立てた。
「君の要求を断る理由、小生には3つもある。
1つ目、今回の食事は小生の人生中で最悪から2番目に不味い物だったから。
ああ、給仕君。どうか顔をしかめないでくれよ? 料理が不味いのではない。食事が不味いのだ。『ヴィセ・プロッソ』の饗応は正しく小生の胸に刺さったよ。
……ちなみに1番は王妃が淹れた毒入り紅茶だよ」
「な、なんだって? なら尚更――」
二の次を許さず言葉を続ける。
「2つ目、君が大嘘つきだからだ。
君の望みはシオン君から小生を取り上げることではなく、小生の体だろう。ハイエルフであることを差し置いても、生来の女好きなのだろうな、君という男は」
「そんな事は――」
「ハーレム築いてどの口が言うのか……それに君って奴は小生の胸を37回、唇を42回、指に至っては87回目を向けているな。
君は指フェチなのか……いや悪いとは言わない、性癖っていうのは人それぞれだからな。うん、でも……念のためカウントするのは今後やめるべきだな……。結構刺さる……。
まぁそれでぇ~……肝心の3つ目なんだがな?」
瞬間、場の空気が凍る。ディセオをして少しも動けぬほど濃厚な、まるでドラゴンを前にしたような威圧が目の前の
バケモノはただ1言、朗々と声を上げる。
「シオン・アルマリアを馬鹿にするな」
「ッ……」
「彼は小生がどのような存在であれ、手を差し伸べてくれるだろう。
彼は自身が如何に穢れていようが、知った上で手を伸ばすだろう。
君のように浅い男と比べるべくも無い……彼程の良い男を小生は知らん」
デザートを綺麗に食べきった彼女は口を拭って席を立つ。雰囲気の変わった場に戸惑う給仕に小さく『すまない』と一言謝ると、興味を失ったように男へと目を向けたステラが一言告げる。
「じゃあな。最悪の食事をありがとう、そしてさようなら」
振り返らず歩き去る。顔を真っ青にしたディセオは、ステラが居なくなって漸く己が息を止めていたことに気づいた。慌てて息を荒げた彼は、怯えたような目で扉の向こうを見やるのであった。
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