04-08-03:『プリムラの詩』

 魔法薬。その取扱は傷薬ポーションのように多少荒く使っても問題ないものから、炸裂薬エクスプロシヴのように衝撃を加えれば大爆発たいへんなことになるものまで様々だ。


 つまり種別によって取扱が異なり、特に高級品となれば運搬に気を使う必要がある。


「とはいえ我々が運ぶは、何で馬車じゃいかんのだろうか?」


 ステラとシオンの背には、硬い箱を背負えるようにした背負子しょいこのような治具が背負われている。中身は見事な装飾が施された瓶であり、籾殻で厳重に保護されていた。

 互いに身体強化を用いることが出来る故に重さは重要ではないが、特に激しく揺らしてはならないと厳命されている。


「瓶が高級品だからかとおもいますよ? 確りデザインされた瓶というのも中々ありませんし、ヒビでも入れば台無しです」

「いやいや、籾殻満載じゃん? なら大丈夫じゃないかなぁ……」


炸裂薬エクスプロシヴの様に衝撃に弱い可能性はありますよ」

「それこそありえんだろ。薬だろうに」

「まぁたしかに……」


避妊薬レニアル・ポーションって不思議な薬だなぁ」


 実際の所のだが、流石のシオンも其処までは知らなかった。だが知らないなりに振動を与えぬよう、2人の足運びは足音すら無く、見る人が見れば異様な有様である。


 左様、背負子の中身は先日『ヴァイセ治療院』で制作された高給避妊薬である。迷い猫探索に伴い顔を覗きにきたところ、ちょうどいいと運搬依頼を任されてしまったのだ。


『せっかくだから頼むよ』


 斯様に言われてしまってはステラも喜んで頷くしか無い。遂に実現した『対ハイエルフ検出用特級隠蔽魔法』略して【隠れる君】ハッケンの実装に成功したこともあり、普通に対応してくれたのだ。ステラの脳裏は『めでてぇ!』の声で溢れかえりまさにお花畑を舞い踊るがごとし。


 なお勝手に頷いたのでシオンにはワキを小突かれた。


「届け先は花爛街……所謂色町かぁ。吉原みたいなものかね?」

「ヨシワラ? ステラさんの国にもそういったものがあるのですか?」


「大昔の有名な色町だねぇ。元々は接待だけではなく、楽器や詩歌、教養を施されたエリートなんだよ。で、そんな娘さんらとヤンヤヤンヤと遊んでたわけだな。

 また太夫だゆーと呼ばれるトップクラスの女性は、一度合うだけでも数百両……うーん、此方の価値で如何程だろう、少なくとも魔貨おうちがかえるくらいは必要だと思うよ」


「なるほど……高給娼婦というものですか。此方も貴族が遊ぶのは、仰る通り教養のある女性が担いますからね。

 春にアルエナ、夏にレファラ、秋にリュシペル、冬にクルエルダとはよく言ったものです」


「そこら辺は一緒か……てなると入場制限とかあるのか?」

「制限って、なんですそれ?」


「基本的に売られた娘が居る所だから、吉原では脱走者を出さないように塀でかこってたんだよ。だから女性が入るには専用の手形が必要になるし、手形自体も特定の催しがない場合は発行されなかったのだ。

 此方の事情は不明だが、小生入れるのかなーと」


 これにシオンが訝しむようにステラを見上げた。


「ステラさんらしくないですね?」

「え、そうかい? 色町ってぐらいだから男の花道みたいなもんだろ。制限あってしかりな気がするが」


「そういう場合もありますが、職業として成立しているのも事実ですよ。少なくともウェルスは後者ですね。もし前者であればですから」

「あっ……なるほど、ダメなら最初からシオン君に頼むもんな」

「とは言えステラさんの言うとおり、女性が彷徨く場所じゃないですからね。絶対はなれないように。

 引っ張り込まれても知りませんよ?」


 これにステラが不敵に笑う。レベルで言うと100は固い、圧倒的不適度であった。


「フフフ、舐めてもらっては困るなァシオン君?

 小生ちょうちょは……いや、のだよ?」


 これにシオンが訝しげに見上げる。レベルで言うと300は硬い、絶対的な腐心であった。


「もしかっこいいトカゲが飛び出てきたらどうします?」

「えっどんなトカゲ? 色は? 形は? どんな顔してる? 可愛い?」


「……追っかけるんですね?」

「!!!」


 かちんと固まったステラがしばし沈黙し、慌てたように取り繕う。


「おっ、そっ、おっ、おっ、おっかけないし?」

「これ興味の対象が拡張されただけじゃないですか……」

「……ち、ちょうちょのそつぎょうはだし。まってーとか、しないし。すごく、だし……」


 顔をそらしてひゅーひゅーと鳴らない口笛を吹くステラに、確りと目を離さないようにしようとシオンは誓った。



◇◇◇



 花爛区は『花街』らしく、区画を3つの花に例えて区分けされていた。


 最外縁にしてお安くリーズナブル、しかしサービスは最低の『アルヒャ』。万能にして縁の下の力持ちと言ったところか。


 中層になる一般的な娼館といえるのが『スリアン』。意外にも誘惑は2番めである。


 中心の極限られた大店が店をかまえるのは意外にも『リュシペル』である。甘い香りは人の心を掴んで離さぬ、其処に誘惑の意図無くとも自然と微笑みを振りまくのだ。


 この内2人の目的地は中層の『スリアン』にある娼館、『プリムラの詩』という店である。


「ん、この娼館は良い店なんじゃあないか?」

「何故そう思うんですか?」


「いわゆるの匂いもするんだが、それを隠すように甘い花の香りもする。名の通りの『花街が有様』を体現しているようだ。

 またもするんだよ。きっと清潔に気を使ってるんだろうね、これは好感度高いよ?」

「なるほど……そう言えば音は気にならないんです?」


「あー、娼館は寧ろ大丈夫なんだよ」

「え……何故ですか? 正に本拠地みたいなものじゃないですか」


「だからこそだよ。娼館は一夜の伴だし、どうしても演技パフォーマンスが交じるんだよね。

 以前なら『あっ♡そこっ♡』とか言われたらノってしまったろうが、今となっては余計にからなぁ……」


 そう言ってステラがぴこぴこと耳を揺らして溜息を漏らす。


「更にノせられた男の『ここがええんやろエヒヒ』という調子に乗った声が重なるとな、娼婦の掌で踊る道化に見えちゃうわけだ。

 いやわかった上でそうしているんだろう。でもな、もう『娼婦のお姉さんも大変じゃわいなぁ』という感慨深さが勝ちゃうんだよ……」


「な、何というかご愁傷様といいましょうか……」

「シオン君もソッチのが良いだろ? まぁ世の中には真顔で顔も赤らめないマグロが好きっていう奴も居るけどな」

「あー、まぁ……分からんでもないですが」


 困ったようなシオンに、更に深い溜め息のステラが死んだ魚のような目でシオンを見返す。


「その点『尻尾亭』はヤバいなんてもんじゃあない。お互い本当に愛し合ってるから言葉に重みがでてしまう。そして小生の耳は重みを聞き取る高性能な長耳なのだよ。

 シオン君は知ってるか? 思いが高ぶりすぎると相手の名前しか言う事ができないようなのだ。

 しかも1言1言に凄まじい想いが篭ってて、ただ『あなたをあいしてる』って以上の意味がダイレクトに伝わってくる。

 そんなもん耳を閉じた程度じゃあ避けることは困難だ。もはや魂を揺さぶる喜楽の頂点なんだよ。

 ンなもの聞かされて寝られるかってはなしだよ、小生は無理だったので最近瞑想が趣味でございます」


 最早頷くことしかできないシオンが冷や汗を流してステラを見上げた。


「な、何というか凄まじいですね?」

「そりゃそうさ。愛し合うセックスなんだ、『生きとし生けるものが想う幸福の願い』と言えなくもないだろう」

「そ、そうですか……」


 シオンは突如深いことを言い始めたステラに困惑する。


 彼は今まで『えっちの声がうるさくて眠れない』ぐらいにしか考えていなかった。少々何か境地に達しすぎているので、ちょっとだけ優しく接しようと心に決めた。


「さて、裏口で雑談してても仕方あるまい。さっさと届けようか」

「そうですねぇ……」



 若干ぐったりしつつ、2人は店の裏手門へと回り込んで勝手口の扉を叩く。すると程なく現れた目つきの悪い男が、2人を舐めるように見て……背負う箱に目を留めた。


「あんたらは……もしかしてヴァイセさんの遣いかい?」

「ええ、ヴァイセ治療院より伺いました。避妊薬レニアル・ポーションのお届けです」

「おお! なら早く入ってくれ、モノがモノだからな!」


 悪い目つきをフニャっと弧にした男について店の事務室へと通された。




「さあ、早速品を見せてくれ」


 受取票を渡したシオンは人懐っこい笑みを浮かべる悪人面しはいにんに頷き、2人が背負った箱をテーブルにおいてふたを開く。納めたれた涙型のボトルに花のキャップが付いた、凝った意匠のポーション瓶だ。


 男は真剣な眼差しで1つ1つを手に取り検品し、全てに問題が無いことを確認する。最後に無造作に1つのボトルを開けて1滴取り出して舐めると、凶悪な顔を見開いて2人を見上げた。


「うおぉ……とんでもねえな、良く無事に運んでくれた」

「用法は同梱した手紙を読んでくれだそうです」


 同梱された葉紙を手に取った男はそれを見ると、成る程と深く頷いた。紙面には通常のポーションで希釈するようにと記載されていることを、ちらりと見たステラが目に留める。

 『へー、避妊薬って薄めて使うのかー』等とのんきに考えているが、通常はそのように使うものではないのは明らかだ。


「ったく、之で値段は据え置きじゃあだ。もうちょっとガメつくても良いだろうに」

「そんなに良いものなのですか?」


「良いなんてもんじゃねえ。今街にあるなかで1等良い品といっていいだろう。

 まったく、偶には店に来てくれないと恩が返せねえよ」

「ヴァイセ医師はこういう所に来ないのか?」

「仕事が忙しいっつってな。ラティーナが喜ぶから来てやりゃいいのに」


 男がハッと気づいたように2人に目をやる。


「あんたたちも先生に伝えてくれんか? 是非一度うちにきてくれってな」

「別に構いませんが……」

「其処のニーサンもサービスするからな」


 その1言にステラが目を見開いた。あまりの事にぽかんと口を開け広げて……コクコクとものすごい勢いで頷いたのである。


「了解した、ヴァイセ医師には確り伝えておくよ!

 ステラが名に於いて絶対伝えるとも!」

「えっ? ね、姐さんはいいのかい?」


「フフフ、色々思惑があるのだよ」


 にぱーと笑うステラに男は拍子抜けして首を傾げ、シオンはじとりとステラを見た。ろくなことを考えていないという確信であり、実際間違いでないことはすぐに露見するのだ。


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