04-06:事件を調べる

04-06-01:Sion>>司祭の証言

 休日の朝とて始まりは芋だ。


 シオンは対面でかぶりつき、もっくもっく食べるステラを見る。何とも旨そうに食べる様は噂になるのか、朝も早くから結構な客が増えている。一同の表情は一様にほっこり笑顔だ。


 そして看板娘の太陽が如き笑顔である。


 彼女が動くと経済おかねが動くなぁ等と考えつつ、自らも芋を齧る。ぱさつきはあれど、塩茹でしただけで十分美味い芋だ。ステラは丸く纏めて揚げると『コローケ』なる料理になると言っていた。


 いずれ食べてみたいものである。


 手早く食事を片付け立ち上がると、ステラは何とも言い難い呻き声を上げて背伸びする。凶悪的な祝福がぎゅうと押し出されて注目を浴びるも、彼女に気にした様子はない。


 見た目は美女だが中身は男性との事だが、なんとも無防備に過ぎる。やはり鎧を付けるべきだと改めて忠告するべきだろうか。


 そう、彼女は鎧を着けていない。


 シオンは別に良いとしても、自らと称する胸当ては彼女も切望したもののはずだ。作った鍛冶屋が諦めたようにため息をつく様を今でも思い出せる。


 ならば何故と問えば、街行きに防具は不要との判断であった。


「ンじゃあ……昼頃に一度集まるんだね?」

「区切りが良いですし、そうしましょう」

「わかった、じゃあお互い頑張ろうな!」


 にへらと笑う彼女が両手を開いて掲げる。ステラの故国にある『拝発ち』という、出立に際して行う魔払いの儀式である。


「イェーイ!」「イエーイ」


 ぺちぱーんと音が鳴って、食堂にほんわかした空気が流れる。




 2人が立ち去った後、様子を見たある客が面白がって真似すると、其処かしこで同じように『拝発ち』を始めた。


 これが世に言う旅立ちの願いの起源になるなど、この時のシオンは知る由もなかった。



◇◇◇



 先日と変わらぬイデア教会に訪れたシオンは、子供に指さし発見されるや開口一番、


「キノコのおにーさんッッッ!」


 と叫ばれた。視界内に居た子供たちが揃ってシオンに振り向き、ドアからはひょこひょこ顔が覗いて満面の笑みである。


 全員の目がハートならぬきのこであった。


「今日はどうしたの?」

 「きのこ」

「司祭様に用事?」

 「きのこ」

「おくにいるよ、よんでくるね!」

 「きのこ」


 見る人が見れば恐るべき異様な光景であるが、学会員よりはよほど可愛らしい。キノコ好きに悪人はいないとはいえ、奴らはキノコ愛しか語らないのだ。

 しかしこんな純なるキノコの求めであれば、期待に応えるのもやぶさかでは無い。


 なんたってキノコのおにーさんなのだから。


 騒ぎを聞き付けた司祭スエルテを認めると、彼はアイテムポーチからサッと籠を取り出した。つい昨日採取で警戒にあたっていた彼は、同時にキノコ採取に時間を割いていたのである。


 と言う割に籠に載るキノコはあまりに少ない。形もくねくねぐちゃっと茶色くて、なんとも不味そうなキノコだ。


 なあんだと内心残念がる一団に置いて、司祭はあまりの事にブルブルと震えだす。量と質、彼は人目で見抜いてのけたのだ。


「そ、それはまさか……ですかな?!」


 頷くシオンに、博識な司祭が口に手を当てて息荒く興奮する。あまりの様子に子供達もざわ……ざわ……と動揺しはじめた。


「偶然取れましたからね、喜捨致しますよ」

「い、いけません、この様に貴重なものを!」

「森の恵みのお裾分けですから」


 差し出された籠を受け取るスエルテは、決断的な表情で深々と頭を下げた。


 司祭にそこまで言わせるキノコとは一体何なのだろう。子供達に更なる動揺が走り、キノコのおにーさんはやはりヤベーやつだぜと認識を新たにした。


 なお『エギゾチカタケ』は特殊な加工の後に乾燥させると、胡椒に似た香辛料の1つである。調味料が限られる中で、数少ない『辛味を訴える』味覚だ。


 肉によし魚によし、スープへのアクセントによし。故障と同じく値千金たる調味料は、如何に質の悪いものでも金貨を積まねば買う事ができない。


 ましてや採れたてとなれば、加工次第では白貨……いや、魔貨まで値段がつく。


 見つけるだけでも大変だろうに、かくも容易に投げ出すなど……なんと欲無きことであろう。スエルテはシオンがイデアの加護を得ている事わ確信した。


 なおステラについて行くと、呆れる程に取れるなのはここだけの秘密だ。


「申し訳ありませんが、先に片付けても?」

「ええ、それが良いでしょう」

「では応接間でお待ち下さい。これ誰か、シオン様をご案内しなさい」


 誰か、どころか全員名乗りを上げた。



◇◇◇



 応接間。ニコニコ笑顔のスエルテは1番いいお茶をシオンに提供した。芳しき香茶の香りが鼻孔を満たし、一口含めば目を見開く旨味がある。

 苦味はほとんど無く、さっぱりとした甘みと添えるような酸味が舌に嬉しい。


 使う豆自体は決して高いものでは無いが、淹れる技を持てば品位を飛躍的に高めることができる。


 シチェーカの技前に感心しつつ、芳なりて醇なれた香りを楽しむ。


 当の本人は『御遣い様ー!』と駆け込んで、居ないと知るや肩を落としていたが……技術は確かなものだった。



「それで本日は、どのようなご用件でしょうか」

「実は伺いたい事が有りましてね」

「なんでしょうか、お答えできるならすぐに!」


「それが……メディエ嬢とハーブ氏のについてなのです」


「!」


 スエルテの顔が途端に曇る。広義では事故となっているが、シオンの真摯な瞳に強調した意味を悟る。

 成る程、彼はのだ。スエルテは胸に手を当て、深く思案する。


「口止めされているのですか?」

「そういう訳では有りませんが……」


「余り話したくはない、と?」

「左様、あまり口外する話ではありません」


 ふーむと唸るシオンが残念そうに。使わずとも良いが、こちらの総意である事を伝える意味でも有効だろう。


「となると、ステラさんになんて言いましょうかね……」

「!!!」


 札は劇的な効果を表した。勿論給仕を担当したシチェーカが飛び上がったのである。

 

「シオン様、わたくしにおまかせください!」

「とはいいますが……」


 ちらっとスエルテを見れば彼は苦い顔をしている。それに文字通りぷんぷん怒るのはシチェーカだ。赤い頬を更に赤くさせて一生懸命に振る舞っている。


「お父様、御遣い様がお困りです!」

「そ、そうは言うがね……」


「シオン様……御遣い様はメディエ様をお救けしたいと、願っておいでなのですよね?」

「もちろんですよ」


「わたくし、もうメディエ様のあのような姿を見ていられません!

 お父様もお思いになりませんか?!」

「そ、それは……」


 最初は物静かと思ったのだが、内に何か情熱を抱えていたらしい。少なくとも『ステラが意図せずやり過ぎた』ことは理解した。


「スエルテさん、メディエ嬢の為にも知るべき情報なんです。お願いできませんか?」


 シオンの真っ直ぐな視線とシチェーカの熱っぽい視線が刺さる。

 イデアの加護を受けた者と、神を降ろしたという娘。視線の先でフゥとため息を付いた彼は「之も運命か……」とつぶやき、シオンに向き直った。


「分かりました、お話しましょう。そのためには先ず……街の話をしなければならない」

「街の話ですか?」


「ええ、騒ぎにはなっていませんが……現在この街では人攫いが潜んでいるようなのです」

「穏やかではありませんね」


「身寄りのない子供や、か弱い女性を狙った凶行ですな。恐ろしいことです」


 続けてシチェーカが小さく手を上げた。


潜行者ダイバーも消えているようですわ。お祈りに来られた方が、祈りを囁いているのを耳にしました」


 シオンがびっくりして2人を見回す。


「それで騒ぎになっていないんですか?」

「目敏く人を選ぶようで、『居なくなった』と分かりづらいのです。私は孤児の引き取りや、相談に乗る等しておりますから分かったのですが……」


「領主……いえ、サビオ様には?」

「既に対応されているようですな。しかし上手くいってはいないようで……」


 シオンが顎に手をあて、指で2回叩いた。


「……今その話をするということは」

「ええ、半年前の事故とは……なのですよ」



 それからスエルテが語ったのは、貴族の子を浚い、身代金の要求がされるという一連の流れだ。


 拐われたのはメディエ、追うのはハーブ。


 しかも急ぐゆえに1人で追ったというのだ。通常なら殺されるか、或いは同じく捕まるかと言った所だろう。

 ただハーブは普通では無かった。頭抜けた優れたでは足りぬ剣士ということだ。


「誘拐犯に対して勇敢に戦ったそうです」

「え……行けちゃうんです?」

「はい。50は居たと聞いております」

「わあお」


 しかも人質を救出した上での大立ち周りだとか。シオンもやれと言われて出来ることではない。彼女が言っていた『最強の剣士』はまさに言葉通りであったのだ。


 しかし如何に強いとは言え、囲まれてはジリジリと追い詰められてしまう。更に刃に毒すら使っていたのだという。

 領の騎士団が到着したときには既にハーブは斃れ、抱きしめたメディエが泣き叫んでいたそうだ。


 ただその場は爆発したようにあとが残り、四肢のもげた死体すら転がっていた。


「あくまで予測ですが……メディエ様が魔力暴走オーバードースを起こされたのではと」


 魔力暴走オーバードースとは魔力が強制的、かつ無制限、無秩序に放出される現象だ。


 一度発生させれば魔力が枯渇するまで、荒れ狂う圧が当人より放たれる。制御を離れた激流は小型の台風と言っても良い。生半可に近づけば藁のように吹き飛ばされるだろう。


 また当人に取っても魔力欠乏症ディスペアースを併発する非常に危険な状態だ。止めるには気絶させるか、精神を静かに保つしかない。


 よく生き残ったものだ、と思うが……このときには既にイェニスターと繋がりが出来ていたのだろう。


(原因はステラさんが予想した事が起こったのですかね?)


 如何に強いとて囲まれた戦場だ。危険に陥るタイミングはいくらでもあったろう。

 これを助けるためにメディエが動いたのだ。貴族令嬢が必ず抱く懐剣――乙女の尊厳を守るための刃――を使ったのだと思われる。


 取り上げられなかったのは慈悲か、或いは巧妙に隠されていたのか。何にせよ存在したのは事実だろう。


「それから暫く、私共でお預かりしたのです」

「しかしメディエ様は……既にお代わりになられていました」


 シチェーカが悲しそうに目を伏せた。


「悲しい事件ですが、未だ終わってはいないようですね」


「孤児院は私どもが居ますが……路上の子達が心配です。数人姿を見せぬのですよ」


 ウェルスの街にスラムらしいスラムはない。だが隙間を縫うようにストリートチルドレンのコミュニティが存在している。

 スエルテはそれらの子供たちとつながりがあり、定期的に見回りをしているらしい。




 沈痛な面持ちで押し黙る様を見るに、之以上の情報は得られないようだ。ならば次はどうするべきか。


(……よしギルドに行ってみよう。潜行者ダイバーが消えるとなれば、問題視している可能性が高い)


 頷くシオンが深々と頭を下げる。


「……お話いただき有難うございます。大変参考に成りました」

「いいえ、メディエ様のためですから」

「シオン様、メディ絵様をよろしくお願いします。大切な……妹のような方ですので」


 遠くを見る目は、きっと在りし日の彼女の姿を見出しているのだろう。


「では僕はこれでお暇します」

「あっ、あの……」


 シチェーカが顔を上げてシオンを引き止める。首を傾げると、彼女は少し恥ずかしそうにシオンにお願いした。


「次は是非、御遣い様もお連れになっていらしてくださいね」

「わかりました、伝えておきます」


 ぱっと笑顔になってぺこりと頭を下げた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る