04-02-07:……そう思いますか?

 ステラは『グラン・クレスター』の件でペナルティ付きの厳重注意を受けた。具体的には敷地で穴を掘った事と、獣人はデリケートなんだから優しくなさいとの事である。


 撫でた件も問題視されたが最終的に不問となった。ゼーフントの諭すような説教の最中、どこからともなく現れた眠そうな猫が現れたからだ。かの猫はまるまったチャルタの側でまるまっていた1匹である。


 ゼーフントの睨みも何のその、我が物顔でステラの膝を占拠したのだ。


 申し訳なさそうにしつつも無意識で猫を撫で続ける様に、彼はがっくり肩を落として説得を諦めたのだった。


 その後資料室の使用許可を得た2人は、人気の殆ど無い部屋で調べ物をしている。いや、ステラは丸くなる猫を軽く撫でつつ愚痴をこぼしていた。


「むむぅ。決められたルールの中で最善を尽くしたら怒られた。何故だろう」

「寧ろ何故怒られないと思ったのか。いくらなんでもやりすぎですからね?」


「いやでも感謝してたじゃん?」

「それはそうなんですが……彼らは何故感謝したんでしょうか」


 ステラは顎に手をやりとんとんとたたく。


「まず盾のグルトン君だが。

 負荷が高いのか疲労が人一倍多いのかピーク間近だった。このまま放置すれば、彼をきっかけに瓦解してたのは間違いないだろう。

 よって風呂にぶちこんで疲労回復の一助にしたんだ」

「え、そんな意図が?」


 なぜ戦闘しあい中にと聞かない辺り、彼も随分ステラ慣れしたものである。


「君は彼の目元を見たか? 酷い隈ができていたぞ」

「なるほど……いやまった、疲労回復ってもしや」


「まままて! 【浄化】ぴゅりふぃけーしょんじゃないぞ?

 【掘削】でぃぐで湯船に、【流水】うぉーた【火花】すぱーくの同時使用でお風呂にしただけだから!

 ほーら生活魔法マギノ・ヴェイス! 生活魔法マギノ・ヴェイスだよ!」


「いや十分規格外ですから。というかなぜ湯を……」

「君も【浄化】ぴゅりふぃけーしょんを受けたなら、温かい湯に浸かる感覚は解るはずだ。お風呂には癒やしの効果があるんだよ」


「それにしたって様変わりしすぎでしたよ?」

「いやー、小生の魔法って結構特殊じゃない? 結果的に名湯が如き魔力泉となって、より一層の疲労回復の効能を発揮したようだぞ?」


 試合後に穴から救出されたグルトンは、最初と打って変わってとても爽やかな笑顔で饒舌に礼を述べていた。まるで春風のような笑顔に『グラン・クレスター』の面々のちょっと引いていたのが記憶に新しい。


「ならシーフ……チャルタさんは?」

「それこそ公言どおりだ。シストゥーラ様のお友達として、ああも酷い毛並みはほっとけないよ。獣人とて猫に連なるなら尚更だ。

 だから何処の集会に出しても恥ずかしくないよう整えてやった。小生は悪くねぇ」


「いや余計な世話では?」

「そうでもないだろ。なーリンクスさん?」


 猫は眠そうにしながら『な゛ぉー』と答えた。彼はウェルスの街のであり、猫神シストゥーラに仕える6匹の使徒の1匹である。

 ステラに撫でられた故か、彼の毛並みはより一層整えられもこもこ存在となっていた。おふとんに紛れればもれなくぬくぬく間違いなしであろう。


「な゛ぉー」

「彼はなんて?」

「『めっちゃ求婚されてた』だって」

「えぇ……」


 リンクスと同じ様にふわ毛の美猫となったチャルタは、その後引っ切り無しに食事に誘われたらしい。未曾有のモテ期に困り顔だったと、猫王リンクスは語った。


「しかしまぁ、お叱りついでにペナルティになるとはなー」

「ええ。と要求されるとは思いませんでした」


「『ヤッター!』と喜んだら凄い顔されたわな。何故だろう」

「だから迷宮都市ラビリンシア迷宮ラビリンしないって、普通はおかしいんですって……」

「そんなものかね? ……と、こんなもんかな」


 ステラは開いていた文献類をパタリと閉じた。同時にリンクスを抱き寄せて膝に置き、本格的にもふもふなでこし始める。


「地理はだいたい叩き込んだ。魔物が多い理由もわかったぞ」


「読み込みは流石に早いですね」

「書き込みはまだ掛かるけどな」


 解読の目を持つステラは未知の言語を読む事ができる。しかし意味をつかむだけで書くことは出来ず、これについては日夜練習を繰り返す状態だ。


 苦笑する彼女はシオンが本を閉じて聞く姿勢になった事を確認し、話を切り出した。


「まずゴブリン話。結論として、オークとゴブリンの指揮構成はウェルスでは珍しくない。

 だが問題にはなっている」


 シオンが少しだけ考え、答えを口にした。


「忌々しくも解決できない。現状不可避の問題ということですか?」

「その通りだ。根絶やしに出来るならしたいが、絶対にできないだろう」


「魔物が『来る』なら、此方から『行ける』のでは?」

「いや、『来る』事は出来るが『行けない』んだ。なにせ魔物は霧の森ミストレスからやってくるのだからね」

「はい?!」


 霧の森ミストレス、別名帰らずの森とは1メートル先も見通せぬ霧に覆われた森である。立入ればまず帰ってくる者はなく、仮に帰還を果たしても正気を失っている。


 森の本質は狂正くるましくも清汚きおらかな怪異空間だ。心弱き者、あるいは構えもせずに直視すれば間違いなく狂う。深い霧は狂気を避ける為の防護幕なのだ。


 来歴もわからぬ霧の森の一端を、かつて迷い込んだステラが詳らかにした。その時の冒険譚は遠くアルヴィク公国、ソンレイルの街にレポートとして残している。


「此方では魔物の出処を探るために調査した所、正に霧の森から飛び出す魔物を捉えたようだ。更に観察を続けた結果、霧の森を抜けてくることがわかったのだ。

 つまり、だから抜けることができるのだよ」

「事実なら一大事どころではないのですが?」


「そこがミソでな、魔物はあくまでなんだ。

 歪んだ空間を抜けるすべを持っているわけじゃないから、抜けるのが困難なのに代わりはない。少なくとも霧中での集団行動は不可能だな」


「ですが実際抜けて来ていますよね?」

「だが抜けられるのは1か2……多くて5%ぐらいじゃないかな?」


 それにシオンが口を閉じ……事実のに気付いて陸の魚のように口を開け閉じした。


「そう、と実体感するほど奴らは居る。つまりのだな」

「魔物の群生地があるんですね?」


「ご明察。地理的に言えば霧の森の先に巨大な谷があり、一大繁殖地になっているようだよ?」

「その道は大丈……いえ、普通は通れない道なんですね?」


 ステラがゆっくりと頷いた。


「資料によれば霧を迂回して、道なき道を進むとあったよ。まぁ同じ地上にあるのだから、地上を歩けば何時か到達できるのも道理だ。だが軍で同じ事はできないだろうね」

「補給線が担保出来ないと機能しませんからね」


「そう、余りにリスクが多いのだ。なので大本は放置して漏れ出た者たちを始末するしか無い……と言うのがギルドや領主館の見解のようだね」

「皮肉にも霧の森が結界になっているんですねぇ」


 シオンがふと顎に手をやり、トントンと2回指を叩いた。


「……そういえば以前、帰らずの森の資料をまとめていましたよね」

「ああ、超苦労した怪文書なー! 気付いたら呪いの公式になっている頭のおかしくなる系のやつ。もうホント大変だったんだよあれ、もう2度と書きたくはないね」


「実はアレ、探索者ギルドの間でかなり広まっている事をご存知ですか?」

「……はい?」


 きょとん目を見開いた彼女は、ぽんと手を叩いて吹き出した。


「ハハッ、面白い冗談を言うなぁシオン君。いつの間に上達したんだい? 全く隅に置けないなぁ!」

「……そう思いますか?」


 彼がぱらりとつまみ上げた冊子、その1ページに見慣れたタイトルが記されている。


「そっ、それがどうしたってんだい?」


「『帰らずの森に関する内部状況報告書』。著者はもちろんステラさんです」


 ギルドではステラの怪霧書と呼ばれる資料の写本が、ステラの目の前でひらりひらと踊った。何度見返しても記されたタイトルは己が記したものであり、書かれた内容は正に己が苦労した書き上げたものである。


「ぽあ~」

「うわあ、なんか形容しがたい状態に……」


「おいまてそれ嘘じゃろ? あれが全国区じゃて? ちょっとマジかのう? 疑わしいわいえ?」

「だから貴重な資料だと言ったじゃないですか。間違いなくギルド内で回付されていますね」


 つまり全国区ではなく、世界規模じんるいのはんとでこのレポートは取り沙汰されている。彼女は今や探索者ギルドで名を知らぬもののない有名人であった。


「う……うわあー! なんかこうなんかこう……恥ずかしい死ぬるぅ!!」


 彼女が頭を抱えて顔を伏せ、ぐえぇとカエルが潰れるような悲鳴を挙げた。膝のリンクスが狭さに「な゛ー」と鳴いて、ぴょんと飛び降りて逃げ出した。


「実際旅を続けるに辺り何度も目にかけそうなので、このタイミングでお知らせしておきました」

「おぼぼぼぼ……」


 気恥ずかしさにステラは顔に手を当て、ぺしゃりとテーブルに突っ伏した。シオンは伏せる彼女が復活するまで、ゆっくりと手元の資料に目を通すのだった。



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