04-02:ハンターとダイバー
04-02-01:それって『ふらぐ』と言う奴なのでは?
ブスカドル国の主食はパンより塩茹でした芋が圧倒的に多い。これは麦の栽培にあまり向かない土地柄というのもあるが、テルテリャ芋という救荒作物の存在が大きい。
どこでも育ち保管もしやすく、また火を通せば食べられる手軽さ、何より安いので市民権を得ているのだ。小麦のパンは美味いが量が作れないので仕方ない。
宿の朝食は1階食堂で出され、疎らな客足の殆どはテルテリャ芋をはふはふと頬張っているようだ。割ると現れる鮮やかな茜色が目に眩しい。もし発見者がステラなら、確実に『ニンジンイモ』と名付けたことであろう。
「朝ごはんお願いするよー」
「はいただいまー♪」
テーブルについて声を上げれば歌うように看板娘・トゥイシが答える。朝食メニューは1つだけなのですぐにテーブルに届いた。
テルテリャ芋の塩ゆでが3つと、付け合せはなんと細切れの肉がたんと入ったスープである。
「なんちゅう贅沢な朝餉なんや?!」
「ショック受けると口調おかしくなりますよね」
「せやかてクドー!」
「誰ですクドーって」
「端的に言って死神だ……」
「?!」
茶番を織り交ぜつつ目の前の皿に目を向ける。
朝っぱら肉の油とはなんと重いと思うだろう。しかし中々どうしてクドさは無い。理由は肉の部位を選ぶ余裕がある事実だ。サシの少ない部位を選べば、余計な油分のないさっぱりした肉料理となる。
芋からして3つもあることだし、ウェルスの街は『朝からガッツリ食べて仕事する』という文化があるようだ。
ステラはテルテリャ芋から漂う、でんぷん由来の良い香りをスフー! と吸い込み、ムハー! と吐き出した。ちょっとの塩気が交じるいい香りだ。
まるまる肥った芋をアチチアチと掴み、2つに割ってひとくち齧る。
「むふぉっ!」
やけどしそうな熱をはふほふしながら噛みしめた。ほこ、ほこと崩れるかと思いきや意外としっかりした身は噛みごたえが凄い。これが唾液と混じり合うことで優しい甘みとなり、またよく噛んで食べる故に満腹感も増す。
「むっふ、むっふ!」
しかし芋の宿命か、口の水分の尽くを奪っていくのは変わりない。もし口いっぱいに頬張っては苦しみを得ることになるため、あくまで軽く一口に限る。
ステラは超賢いので1回で覚えた。
だが手元にある肉入りスープが全てを解決する。スープを少し啜れば、砂漠にオアシスが湧いたように口腔内が賑やかになる。さらに肉の旨味と脂によって、素朴なテルテリャ芋は態度をガラリと変えるのだ。
「むはっふ! むはふん!」
さながら素朴な少女が大学デビューを飾ったとでも言うべきか。素朴故に塗るべき色を選ばない。何にでも合わせるテルテリャ芋は正に可能性の塊なのである。
だからこそ悩む事が一つある。
「ふむぅ~……やはり『特徴がない』のがテルテリャ芋だな。味を変える努力をしないと、すぐ飽きてしまいそう」
「贅沢な悩みですねぇ」
チッチとステラが指を降る。
「悩む過程こそ人の本質だよ。つまりバターが足りないのだ!」
「それ『バターで食べたい』という結論ですよね」
「うんもう猛烈にテリャバターのきぶん!
とろっと蕩ける金膜を、かじれば口広がるバターの香り! シンプルなのに何故うまい?
テルテリャ芋だからさ……!」
テーブルをぺしんとたたいて主張すると、ずびっとよだれを啜った客たちが芋の追加注文をし始めた。勿論バターを添えてである。
それくらいなら対応可能と、忙しく注文に回るトゥイシは嬉しそうに微笑んでいる。
「バターかぁ。出来るなら常備調味料にしたい……」
「買えますが少し高いですよ? 旅程最中なら7~8日ぐらいもちますが……」
「いやいや、量は多くなくて良いんだよ。なにも揚げバター食いてぇと言うわけでなし」
謎の
「……な、なんですその、油を揚げたみたいな頭の悪い料理は」
「いやまさにその通りの料理だよ?
バターを砂糖と小麦粉とかで包み揚げ、砂糖やらシロップかけて食うのさ。もれなく血管が詰まって死ぬと評判だよ」
「酷い料理ですね?!」
「ああ、デブの友として非常に有名だった。美味いらしいが、流石の小生も進んで食いたいとはおもわんなぁ……」
彼女にそこまで言わしめるとは一体何なのか、興味は湧くが確実に胸焼けするためシオンは危うい興味をそっと封印した。
「僕はアレがあれば。タルタのタレがあれば十分ですね」
「タルタルソースかあ! アレは湯で芋でもいいが、揚げ芋で真価を発揮するソースだな!
揚げたてのあちあちに、ひんやりソースがベストマッチ!
そもそも乳化させた油分なんだから合わない訳がない!
クゥ~~~あれば真っ先に頼むんだがなぁ~~!!」
嘗てシオンの家で雇っていた神腕料理人が、さくっと再現した至高のソースはシオンも納得の調味料だ。その中毒性は言わずもがな、多少高くついても求める人は後を絶たないだろう。
つまりウェルスの街には無い調味料なので、何も知らない看板娘に問い質しても出て来ないのだ。客もトゥイシも困った顔をしている。
なんたってステラの語りからは『絶対うまい』という確信を訴えてくるのだから。
「でも揚げ芋ならトマトがほしいなぁ。あればもう一片の隙もなくなるんだがね?」
「とまぅと? とはなんです?」
「故国の野菜だな。赤い果実で酸味と甘みがある。生ならスライスしてチーズとオイルで食べるだけでウンまぁぃ! 料理に使うなら肉の旨味を引き立てる優れものだよ。
トマト煮なんて鳥の旨味をぎゅーっと押し込んで、肉にスープがじゅわっと染み込んでこれがまた美味いんだぁ。えっへへ、こいつは酒の友にもいいんだよ!」
ごくり、と周囲で鳴ったのは偶然ではあるまい。だが先の例から無いだろうことは明らかであり、謎の一行が話す未知なる料理に周囲は注目し始めていた。
「そして保存用に加工したケチャップという調味料、これが甘辛くなんにでも合う。トマトの旨味だけを凝縮しましたって代物でな、揚げ芋につければもう背徳的な旨さだよ?
もちろん肉の油にも合う。肉汁と絡めて味を整えればそれだけで美味いソースになるし、パリッと焼けた腸詰めにつけりゃあもう病み付きだね」
朝飯を食った側から腹が減る。だが芋しか用意してねぇ! 仕方ないので芋を食う。くやしいがうまい。
なんだかんだバターの甘みにやられているのだ。
「うーん、ステラさんの国は本当に食が豊かですね」
「侵略されても怒らないのに、畑を荒らしたら余さず残さず根絶やしにするお国柄だからな」
「うわあ……」
シオンの脳裏に鬼のような顔の農民が蛮族(ただひフルプレートメイルを着用)に無双する様が思い浮かんだ。勿論
「しかしステラさんの食べ物紹介は強烈ですねぇ」
「そうだろうか? でも語ったら食べたくなってきたな……時間ができたら市場を巡ろうか」
「是非行きましょう」
続けてシオンがニコっと笑った。
「ついでに料理の手際を鍛えましょうね」
「ひぇ……」
ステラがかちりと固まった。やけに彼が賛同すると思ったら、話の本題がそれだと遅巻きに気づいたからだ。
「手際がまだ危なっかしいですから、数をこなさないと」
「ぐぬぬ」
シオンは手の上で玉ねぎをみじん切りに出来る。皮を剥いて格子に切って、あとは膾切りだ。勿論鋭いナイフで、あっと言う間にやってのけるのだ。
見ているぶんには見事だが『やれ』と言われてできるものでは無い。お豆腐だって手の上で切るのは難しいというのに、ナイフでかつ玉ねぎをとなれば正気の沙汰ではない。
「し、小生だって三徳包丁があれば微塵切りだってなぁ……!」
「無いですから。手元のナイフで頑張りましょうね」
野営を想定する探索者は余計な荷物を一切持たない。まな板はおろか、重い包丁などリストにすら上がらないのだ。
また野営のたびにシオンが調理をおこなうでは、心苦しさがいつまで経っても付きまとうのである。此処は1つでもレパートリーを増やさねばならない。
「や……やってやる! やってやるぞ!!」
「それ毎度言ってますが癖なんです?」
「ドサンピンがやられるときの通例台詞だね。続けて間抜なへっぴり腰で『うわあああ!』って叫びながら爆発四散するの。
名前はシマーダ、世界でも有数の愛しき雑魚なのです」
「最初から諦めたら駄目じゃないですか……」
「だってだって怖いじゃん……? 怖くない?」
「怖くないです」
「くっ持てるものの余裕よ……!」
そんな会話をしながら残った朝食を片付け、トゥイシに夕飯の約束――勿論テルテリャ・ウースの予約――をして席を立つ。
ニコニコ笑顔の看板娘の了承を見つつ、ステラの耳は忙しなくぴこぴこと揺れた。
「あ、ところで葉紙はある? 伝言を残したいのだけど」
「ありますが、口頭でも受けますよ?」
「いや、書いといた方が確実だからね」
「はぁ……構いませんが。お代は頂戴しますよ」
「勿論だとも!」
そう言ってステラは大銅貨5枚を支払い、さらりと記した葉紙を看板娘に託した。
「こいつは門番のケリーさんが来たら渡してくれ」
「ケリーおじさんにです?」
「うん。これからギルドに行くけど、予定は伝えとかないとだしね」
「わかりました。お預かります」
ひょんな事で収入を得たウキウキのトゥイシを背に、2人は宿を後にする。
◇◇◇
暫く歩いた所で、気になったシオンがそっと彼女に尋ねた。
「ステラさん……もしかして、何か気付いたことがあります?」
「えっ? あ、うーん……どっしようかな?」
ステラが腕を組んでうーうー唸る。
「言えないことなのですか?」
「うーん、なんていえばいいやら。魔物がいるけど襲われるとは限らない的な?」
微妙な表現にシオンは顔を顰める。眉根は寄って深い渓谷を作り出している。
「それって『ふらぐ』と言う奴なのでは?」
「あ、その意味では既にぶち抜いてるから気にしないで良い」
「ぶち抜いてるんですか?!」
「うん。まぁ心配するな、命の危険はないよ」
「別の危険があるということでは……」
「大丈夫大丈夫! 気楽に行こうよシオン君」
彼女は呵々大笑と笑うが、何処に気楽にする要素があるのだろうか。しかしご機嫌に鼻歌を紡ぐ彼女は意に介さずにてこてこと歩く。明らかな事件の臭いに頬を引きつらせつつ、2人はウェルス探索者ギルドへと向かっていった。
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