04-01:プロローグ

04-01-01:迷宮都市と危ない街道

 街道を歩くステラは憤慨していた。


 その度合たるや『今日のご飯はよ。白米もないの♪』と言われるが如しだ。こんなものは『ええおいコルァ? せめて白米は出そうや』とヤクザ座りで主張する次第である。

 この世界に白米は無く、出来ても麦飯だが……今度はとろろと出汁醤油が無い。


 つまり全ては幻想の彼方、追憶せし一抹の燦めきセピアス・ノスタルジイなのだ。残るはただ無味乾燥の現実のみである。


「不機嫌なのはわかりますが、イライラしても始まりませんよ?」

「でも余りに面どォルア! 【氷の矢】あいす・あろーを喰らえ~~ッ!!」


 飛翔する魔法の氷が正に飛びかからんとしたゴブリンの肩口を捉えた。突き刺さる氷塊は急速に周囲を氷結させ、首元に至ればと音を立てて倒れる。

 氷像を飛び越えてやってくる2体も、シオンがするりと通れば物言わぬ屍へと成り果てた。


「ああもう。凍ると魔石が取れないじゃないですか」

「細かい積み重ねはわかるが、君も実際の所はウンザリしてるだろう?」

「そんなこはありませんけど……」


「あるあるだよ! 君って相手するのが面倒な時はサパッと無音必殺アサシンキルばっかりじゃないか」

「えっ……そ、そうでもないと思いますけど……?」


 シオンの頬が引きつり笑顔が固くなる。つまり気づかぬ内に暗い技を使っていたということになる。


「折角だから『詰まらぬ物を』とか『ええ乳の導き』とか決め台詞を言うがいいよ!」


 ぐっと親指を立てる様に、引きつりが解けて苦笑になった。というかええ乳とは如何なることか。恐らく前世の知識なのだろうが、ニホンとやらは性におおらかな国なのかとシオンは思う。


「……ちょっと緊張した自分が恥ずかしいです」

「セリフを言えば恥ずかしくないよ!」

「むしろ恥ずかしいですよね?!」


 そんなやり取りをしつつ、ステラは仕留めたゴブリンの右耳をつまんで


 【氷の矢】は【石の矢】と異なり、単発の威力は低いが『冷凍』の特殊効果が付与される。


 足止めには非常に効果的なのだが、小柄な相手ではすぐ凍り付きて彫像になってしまう。ゴブリンのような相手では、倒したのに収入にならないこともままあるのだ。


「あとは埋める?」

「ええ、そうしましょう」

「ほいきたそいきた、【掘削】でぃぐ!」


 街道付近で放置してもことはないが、代わりに死肉漁りの獣たちが寄ってくる事になる。余計な面倒を避けるためにも後始末は必要な措置だ。

 とは言え戦う時間より穴を掘る時間のほうが長いのは流石に勘弁願いたいところだ。


「公国を抜けて隣国の探求者の国ブスカドルに来たわけだけどさー……こんなに遭遇するものかね?」

「まぁ、行き先が行き先ですから。多少は仕方ないかと」


「『迷宮都市ラビリンシアウェルス』か……探索者ハンターの都らしいが」

「ええ。下手な小国より戦力が充実した街です」


 矛盾した事実にステラがジト目で睨んだ。


「その割に街道の治安悪すぎだろ……。我々なら鎧袖一触とはいえ、昼前の今で3度目だぞ。明らかに多いよ」

「おそらく騎士団の『掃除』が間に合っていないからじゃないですかね?」


 掃除とは領主の手勢による魔物殲滅作戦の通称である。どの街でも年に一度は必ず行われるのだが、魔物の数が多ければ度々計画される一大イベントだ。

 また頻度は街を拠点とする探索者ハンターの数に反比例するため、小さな集落ほど引き留めようと必死になる。


「そもそも討伐依頼や採取依頼の傍らで間引きされるよな? それ以上に魔物の発生ペースが早いってのか?」

「いいえ、がされないからですよ」


「えっ? そりゃなんでまた……」

「迷宮の方が儲かるから、そっちに流れちゃうんですよ」

「なんとぉ……」


 迷宮ラビリンスとは突如出現する魔物の巣窟だ。一説には魔素溜まりがを巻き、地に潜り込むことで起こる自然現象だという。


 出来上がった迷宮には自然と魔物が現れ、また通常より強力な個体であるのも特徴である。


 これは螺旋先端の深部になる程顕著だ。


 潤沢な魔素を浴びた魔物は人が太刀打ちできぬ程強力だが、それ故に迷宮から出てくることはない。皮肉にも深部に比べて地上は魔素が薄く、まるで溺れるように消耗してしまうらしい。


 また迷宮の魔物は自然に湧き出る以外にも、通常通り繁殖でも数を増やしていく。これを放置すると迷宮は魔物で溢れかえり、行き場を失った魔物たちが集団的狂乱スタンピードとなって迷宮を飛び出し、すべてを蹂躙して踏み潰していくのだ。

 嘗ては防止するための策を幾つか練られたが、結局は定期的な以外に方法はないと先人たちが努力の末に結論づけている。



 しかし迷宮は悪い事ばかり齎す物ではない。


 迷宮の魔物から得られる素材は品質が1段階高くなるのだ。大猪ワイルドボアの牙であれば、森における同種より1.5倍程大きく堅牢になる。


 また魔素溜まりを基とする故に迷宮内では魔力の回復効率が非常に高く、転じて詠唱魔法マギノ・ワール身体魔法マギノ・ヴァサルを多用できる環境にあるのだ。


 さらにもう1つ、迷宮を語るには外せぬ要素がある。


「迷宮には『宝箱』がありますからね」

「なんぞ浪漫ある単語だな?」


 迷宮に出没する宝箱。その中身は迷宮で力尽きた者の遺品だとするのが定説だ。さらに宝物は迷宮の魔素に晒され、元の道具の本質から変質していることがほとんどだ。


 概ね内容となるが、時折思いもよらない効果を引き出すことがある。


 例えば機能枠スロットを大きく超えた補助機能エンチャントの武器や、失われた魔法による補助機能エンチャントがなされた道具類だ。


 代表的なところではアイテムポーチや、耐毒のアミュレット等が筆頭に挙がる。現状作り出すことの出来ないこれらは特異魔道具ストレンジ・ツールと呼ばれ、高額での取引がなされている。


 ものによっては一生遊んで暮らせる富を生むとあっては、人々が注目しない訳がない。


「つまり……管理された迷宮ラビリンスなのです。魔物はであり、潜行者ダイバーは小作農みたいなものですね」

「だいばー? ってのはなんだ?」


「迷宮を専属とする探索者ハンターの呼称です。これを潜行者ダイバーと呼び、明確に区別されます。

 稼ぎは良いのですが、あまり素行は宜しくありません。迷宮主体なので、主に外で狩ることもほぼ無いですね」


「なんとまあ、大猪ワイルドボア辺りだと食いでもあるから高く買ってくれるのになぁ。……そういや最近見ないね?」

「もうじき冬ですから、森の奥で冬支度をしているんでしょう」

「ああ、キノコも沢山成ってていい感じだものなぁふへへへ」


 時節は死風の月、地球で言う11月に差し掛かるところである。2人の格好も寒さに対応した装備が追加されていた。


 シオンは黒いフード付きマントを羽織っている。綿を仕込んでいる分重さがあって、少々鬱陶しいようだ。軽戦士と相性は悪いが、体が冷えては戦えない。


 対するステラは転生時付与された、不思議な恩恵服ドレス耐寒仕様になっている。マントの内側は毛布のようにモコモコで、フードをかぶれば自慢の長耳も霜焼け知らずだ。

 さらに根本をゆるく結うルーズなツインのフィッシュボーンでフードの隙間を塞ぐ、色気のない作戦で温ましさは完璧である。


「って待ってくれ。冬支度ってことは……脂が乗っていい時期なんじゃあないか?」

「そうですねぇ……腸詰めなんていい感じでは?」


「おっま、腸詰めってウィンナーじゃん! フーフッフゥ~♪ そうかそうかぁ、そーせぇ~じぃ~にぃ~ぼったんにく~♪ 鍋でコトコトだしをとろ~♪

 だいこんたまねぎいっしょに煮込むグォゥ!! モガー!!!」


 唐突にシオンに口をふさがれモガモガと言葉にならない呻きを返す。ステラが歌うと気持に対応したため、シオンはなるたけ構わず止めることにしていた。


 今回の場合、大猪の群れがステラになど考えられる。集団的狂乱スタンピードとは言わないが、とても2人で対処できる事態ではない。


「危ない歌を歌わないでくださいよ!」

「で、でも食べたくない? だって今1番いい肉じゃん……」


 今なら最高に脂が乗った猪肉を鍋に、地元の酒でキュっとる等最高ではないか。


 だが実現可能かはまた別の問題である。


「もし食べたいなら僕らで狩るしかありませんが」

「え? やれんことはないだろうが……旬の季節なら街で売ってるだろ? ヒヤシチュウカハジメマシタ的なノリで」


「いえ。街道の治安が悪い事と同じく、狩りをする人が居ない筈です」

「え゛っ?!」


 目を見開いたステラがわなわなと震え、ぎりりと歯を食いしばり、事情を噛み締めるように手を握りしめた末に、


「しょんなぁ……」


 とがっくり肩を落とした。


迷宮ラビリンスを擁する都市はどこも同じような問題を抱えています。まぁ、今から行くウェルスの比ではないですが」

「え、不安を煽るの止めてくれる?」


「ウェルスの迷宮ラビリンスは、があるんです。街の端から歩いても、1刻もすればたどり着いてしまうそうですよ」

「通勤時間が長いと仕事の効率が段違いだものなぁ」


 ステラの脳裏で『染む都市』『ズビャっと引かれた高速道路』『豆とか蜜柑とか』等単語が浮かぶが、どうも端切れて詳細はわからない。


「さらに可食可能な魔物も居るでしょうから、尚更狩りにはでませんね。冬でも新鮮な肉が得られるりてんはあるんですが……」

「うーん、一長一短だな」


 ステラとしても塩っ辛い干肉生活は辛い。ジャーキーのような病みつきになる辛味なら違うのだが、保存のために塩を練りに練り込んだ肉は非常に塩辛い。なら新鮮な肉のほうが万倍も良いだろう。


 だがそれで良いのだろうか?



「……シオン君、小生決めましたよ」

「あー、一体何をです?」


迷宮都市ラビリンシアにおいて、迷宮ラビリンスに行きません!!」


「想定通りとはいえ、すごいこと言いますねぇ」


 言わば温泉どころで温泉入らない宣言である。通行人の1人もいれば『こいつ一体何をしに来たんだ』と目を向けただろうが、幸いにもシオン以外はいない。


「そもそも迷宮は相応にリスクが高いし、我々の目的を鑑みれば余り潜ってもいられないだろ? さらにこう街道が荒れてるってことは、『いつもの仕事』が引く手あまたってことじゃないか」


「意外とまともなカバーですが、その本心こころは?」


 フフン、とステラが鼻を鳴らして胸を張った。


「街の仕事したら、街角で『おう嬢ちゃんお芋くう?』とかおまけくれるかも分からんじゃん! じゃん!」

「いや普通に買えばいいのでは……」


「今回に限ってはバリエーションが無いじゃん! それに感謝を込めたご飯は美味さが1段階違うんだよ?」


 これはステラが神より賜った筐体からだに纏わる福音であり凶報である。


 感謝の願いのもと作られた食事があれば、彼女は五感でそれを知覚する。たとえそれが毒入りの食事でさえ、極上の甘露として捉えてしまうので、側で見ているシオンは気が気ではない。


 逆に邪な思いが含められていれば、どんな高級料理でも隠せぬ汚臭を嗅ぎ取ってしまう。こうなっては口にするのも難しく、飲み込んでしまえば即座に吐き気が伴い食事処ではない。たとえ100年に1度の素晴らしい料理でも彼女は食べることを拒否するだろう。


「難儀な特性ですよね。僕なら人間不信になりそうです」

「便利な特性でもあるぞ。なんたって美味いものセンサーだし!」


 ビシっと親指を立てる笑顔は眩しい。何事にも前向きであれば、人生明るくやっていけるだろうとは彼女の談だ。


「はぁ~ウェルスにも美味しい串焼きとか――シオン君止まって」


 ふとステラが立ち止まり、フードの中の長耳をピクリと動かした。シオンもツッコミの手を腰の剣にかけつつ周囲を警戒する。


「ステラさん、?」

「――左手前方、林の奥がちょっと騒がしい」


 ステラの耳はただ長いだけではない。相応のスペックを持つ長耳は、通常では聞き取れぬ小さな物音すら聞き取ることができる。


「これは……うわ悲鳴だ! チッ、上からだと木の葉が茂ってよくわからん!」


 彼女は異形の短剣、星鉄のグラジオラスを抜いてキンと刃を鳴らす。音が周囲に響き渡り、ぶつかったの反響がステラへと帰ってくる。アクティブソナーを再現した【空間反響測位】えこーろけーたーの魔法だ。


 表情を引き締めた彼女がぴしりとまっすぐに指を指し示す。


「左手前方。動体6、距離230。想定詳細はゴブリン4、不明の巨体1、ヒト1。

 っていうかこれ子供だぞ、シオン君!!」

「了解、急ぎましょう!」


 それぞれの武器を抜いた2人か、風を切って走り出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る