03-16-04:レサルフラーレ/祈願儀式

 現れた階段を暫く下ると仄明るい通路に出た。床に近い位置に四角く切り取ったような小窓があり、そこから仄青い光が漏れ出ている。


 最早照明の魔法すら必要としない青い通路を慎重に進んでいく。といってもこの道はどこまでも直線で、曲がり角の1つもないシンプルなものだ。


 灯りに浮かぶ壁面は地上で見る石レンガの廊下と同じだが、しかしより精密に組み込まれて隙間が見当たらない。また表面を飾る装飾は一切なく、代わりに謎の白い光明が線になって通路の奥へと走っていく。


「シオン君この線って……見えてる?」

「見えてます、見えてますよ? でも何なんですこれ?」

「わからん、前世でもこんな幻想SFなかったもの。でも何か集めているのは間違いないよね」


 1つ解るのは、大神殿を覆う結界と同じくこの部屋がということだ。一体隠されたこの場所は何のために存在するのか、少なくとも通常は人が行き交う場所ではないと言うことは分かる。


 線が幾多も中心へと向かい、また時折帰すように奥から手前へと進む。まるで通信しているようにも見えるが、かと言って何をやり取りしているかはわからない。


(仮に分かったとしても単純に読める形じゃないだろう)


 虹彩認証と技術を同じくするなら、この通信は0/1表現の電子的なパケットの可能性がある。最終的にすべてのパケットを集めないと意味が生まれないのだ。


 また情報を集めているなら、それを運用する何かがある。こうして進むごとに行き交う線が増えていくことから、その予想が正しいことを示している。


(……うーむ、情報を統合しているなら制御室的なものなのかな? つまり神殿の本当の中枢ってことになるが……なんでそんな場所に剣を配置したんだろう?)


 それに意味があるのかは解らないが、今はわからないことのほうがずっと多い。そうして一直線の通路を歩けばようやく終端が訪れる。


「……シオン君」

「扉、ですね」


 神託の間にあったものとそっくりな門が2人の前にそびえたつ。1点違うのは彫刻されたのが六枚花弁の花……イフェイオンがあしらってあることだろうか。


「シオンくんの言う『最奥』はこれかな」

「恐らくは……では開けますのでバックアップをお願いします」

「了解した」


 シオンが扉を押し広げるのに合わせ、ステラが一歩下ってグラジオラス、ロスラトゥム両剣を引き抜き構える。何が飛来しても確実に撃ち落とすべく精神を研ぎ澄ませて……扉は問題なく開いた。

 開いた時点で彼も一度下がり、腰の物に手をかけて様子をうかがう。


「……問題ないようだな?」

「そのようです」

「っふぅ~」


 ステラが一度2剣をしまい息をつく。


「なら、注意しつつ調べてみようか」


 開かれた扉の先には神託の間と同じ八角形の部屋が広がっていた。


 ただ各壁面は何らかの象徴を示す紋様が記されており、祭壇にはなっていない。それぞれ花を模したようで、白や黒、赤や青等といった単色で記された複雑な文様だ。


 中央には女性の像が祈るように両手を合わせて鎮座している。部屋を染める青が像を照らし、イシュター像とは趣の違う神聖さを伺わせる。何より通路で見えていた白のラインが像へ向かって集約するように明滅している。


「この方は一体……」

「『女神』、だな。前話したかもしれないが、女神の顔は要として知れないのだよ」


 ステラに言われたとおり、シオンがその顔を見るとそこには何もない。顔が彫られて居ない、祈る女の像……ステラの言う『女神』の像がそこにあった。


「いわば『祈りの部屋』ってところかな。

 請願の聖女が必要とするには先ず以てふさわしい部屋じゃないか?」


「予言によれば『汝女神を求めるなかれ 其は女神の元にあり』でしたか。

 ステラさんの言うとおり、この像がイシュター様でないなら……『女神』の元に剣があるのでしょうか」

「恐らくだけどね。ただ……」


 そう言ってステラが周囲を見回す。


「壁の文様が良くわからない。光ってるのと光ってないのと居るし、どういうことだろうか? 白い線が『女神』とつながっているのも気になる」

「どこかで見た気はしますが、うーんなんだったかなぁ……」


 念のため軽く調べてみるが、祈りの間へと通じる門を開くような仕掛けはないようだ。シオンはこの文様をメモすることにしたようだ。ステラはまだ必要としていないが、こうした冊子は1冊あると便利なのだという。

 実際に役立った場面を見たステラは、心のほしいものリストに冊子ノートを追加した。


「あと『女神』の前に祭壇があるね」

「それ以外には何もないようですが」


 たしかに『女神』像の前に簡素な祭壇は有るが、上階にあった装飾や剣の台座は無かった。またそれ以上手がかりになるものはない。


「之に祈れば良いのかな?」

「そうですね。『六花の騎士』を見ると、神に祈りを捧げて剣を賜るとありますし」

「祈り方は……ちょっと教えてくれる?」

「判りました」


 かるく作法を教わったあと、ステラが祭壇に向かって祈りを捧げる。だがしばらく祭壇に傅くも特に何も起こらず、微妙な静寂のみがあたりを支配する。


「……なにも起きないね」

「もしかして信心が足りない?」

「ちょっと曖昧すぎないか? 仮にそうだとしても神様ボディだ、何某か反応が期待できるはずなのだけど。つまり……単純にやり方が違うんじゃないかな?」



「とは言え、手がかりがありませんよ?」

「ふむぅー?」


 ステラは腕を組んで女神像を見上げる。その両手を組んで祈るポーズは……何処かで視た気がする。いや、気がするというよりは……。


(……に来る直前に『女神』が取っていたポーズか)


 あの時願った神は像と同じように手を組み祈った。これは一体何を指し示しているのか。いや、そもそもにおいて……。


「シオン君。神が祈りを捧げるとしたら、それは何に対して祈るんだろう?」

「え? どういうことですか?」

「ほら、『女神』像は祈っているだろ」


 ステラの目線を追うようにシオンも『女神像』を見やる。確かにその有様は祈りそのものだが、シオンは特に疑問を抱かない。


「確かにそう見えますが……そういう像というだけなのでは」


 例えば命神レイアと冥神レイスは世を憂うように描かれることが多い。同じように世界を祈るというならそれは間違いではないはずだ。それにステラが首をゆっくり振った。


「神は祈らない。祈られる側だし、祈ったところで届く先が無いからだ。

 ならば『女神』は何故祈るのか。そこになら筈だ」

意図ヒントですか……」


「『女神』は小生を送り出す時に跪いて祈ったんだ。祈りの言葉は『あなたの行く先に星の導きがありますよう』、だ。祈りに意味が無いなら、伝えたいことがあった筈」

「つまり、『女神』はステラさんの無事をイシュターに祈った、ということですね」


「そうなるな……つまり『女神像』『祈り』『星の導き』か」


 お互いに腕を組んで思案する。


「ステラさん、やはり祈る先はイシュター様ではありませんか?」

「そう思うけど……どう導くっていうんだ? この部屋にはイシュター像は無いのに」


「位置関係を考えて下さい。

 この『女神』像は入り口から正面を向いて祈っていて、通路は真っ直ぐで迂回していない。

 その先には何があるのかといえば――」

「神託の間、イシュター像があるな!

 そうなると、ここからイシュターに祈ればいいのかな」


「恐らくはそうでしょう」

「よし、なら『女神』と一緒に祈ってみようか。今度は一緒に祈るかい?」

「……そうですね、折角ですし」


 そう提案してステラとシオンが『女神』像を背に跪き、女神と同じようにイシュター像に向かって手を組み合わせて祈る。祈りは剣の求めであり、六花をもたらす光の祈願である。


 暫くそうしているとそよ風が頬をなで背後でカチリと何か音が鳴った。


 顔を見合わせゆっくりと祭壇に振り返れば、台座に抜き身の剣が顕現していた。立ち上がって祭壇の剣を確認する。


「おぉ……」


 それは正しく『六花』と言うべき意匠の剣である。三方向の花弁が2重に重なり合って変則六芒星を形成する。6方に分かれたそれがそのまま剣身、鍔、柄へと配した剣だ。


 剣身は蒼光を纏ってほのかに輝き、また鍔の中央には六花を模した金に輝く宝石が埋め込まれ、それが呼吸しているかのごとく明滅している。


 ステラの腰にぶら下がるグラジオラスも興味深げに暖色を返してくれる。


「これが、イフェイオンでしょうか」

「うん……目検でみてもとんでもない剣だよ。


 両刃造りで一体成型じゃない、ちゃんと鍛造されているようだ。柄は分離可能みたいだ、なかごを見れば製作者がわかるかもしれないね。ああでもリベットで留めてあるから難しいかな。


 基礎はやっぱり星鋼……鍛鉄なのかな? 鉄なのに蒼いってどういうことだろう。でも刃は別金属なんだろうか、魔道具の述線ラインが特に束ねられているようだよ?


 あれでも刃が付いているにしてはやけに鈍角だな……いや、これは述線の収束そのもので刃を形成しているのか。この青く発行するのが正にそれだが……必要な時だけ切れるってのは之が理由はこれなのかも。


 これ……シオン君が前見せてくれた〘スパーダ〙並の効果を引き出しているっぽい。しかも待機状態で剣身そのものがこうだから、正に名剣以上の切れ味だろうね! 刃こぼれは解らないが、血糊や脂で切れなくなるなんてことは一切ないと思う。


 ここから〘スパーダ〙につなげたら、本気で『我に絶ち斬れぬ物成し』って状態じゃないかな。


 これ、剣としての性能は一級品どころじゃないな。レギン親方の待合室で見た歴戦の方々に遜色ないしそれ以上と言って過言ではないよ?


 制御しているのはやっぱり中核の結晶みたいだな……葉脈の様に張り巡らされているよ。動力はここから来ているのか? 少なくともさっきの刃はここで制御されているみたいだが。


 でもそれだけでこんなに緻密な工作必要ないよな……一体この子は何が出来るんだろう。少なくとも魔切包丁ってわけじゃあなさそうだ。もしかしたらこの刃を延長するとかもできるかもしれないな。


 完成されたヴォーパルってこんなに美しいのか……。レギン親方が凄いというのも納得だよ」


「く、詳しいですね?」

「なまじ目がいいからね!」


 グッと親指を立てて答える。剣はそんな2人の姿を認めたのか宝玉がちりりと明滅し、女性の声が涼やかに響いた。


『……子よ。人の子よ。此方こなたを呼ぶのは彼方あなたでしょうか?』


 ため息が出るほど美しい音色が、その意志を示すように鳴り響く。


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