03-15-05:シャトー・リフラクタ/純朴の淑女

 ステラはリフラクタ城の廊下をずずいと歩いていた。先導するのは、


「駄メイド2号ちゃん、本当に最短距離なのだろうね?」

「ッ……は、はい」


 であり、ステラに一服盛った悪戯っ子いけないこである。激しく『めっ!』された彼女は今最高に怯えきっていた。具体的に何をしたかは伏せるが、あえて言えばステラは食べ物を粗末にする奴を絶対に許さない。


 絶対にだ。


 今となっては『だメイド2ごーちゃん、とーってもよいこですぅ』と(空)元気一杯! (ひきつる)笑顔が(恐怖に濡れて)眩しい可愛い(がり重点の)乙女なのだ。いやー、仕事をちゃんとするメイドさんは本当に良いものですね。


「ルイさん、体力は問題ないか?」


 コクリと頷くのはステラが手を引く可愛らしい女性である。シンプルなキトン型ワンピースを纏う彼女は、肩口まで伸びた輝く金髪をゆらゆら揺らして光って跳ねた。


 おずおずとステラに引かれる彼女は一体何者なるや。その答えは2号とステラのみが知っている。


 この2人の使命は『ルイ』をその部屋へ届けること。向かう先は城の一室、公爵家当主が仕事を行う執務室である。


「あ、あの?」

「何かな駄メイド2号」


「さ、先触れ等は……本当に要らないのですか?」

「いらぬぇえ〜する必要性一切皆無ッ。仕事してるだけで、誰か来てる訳でもないんだろう?」

「その筈ですが……」


 因みに公爵家と言わず、王ともなればアポイントを取らねば親族でもこうした差配は必要だ。つまりステラは暴君の如き暴虐を奮っているのだが、指摘する者は居ない。謎の人物も指摘しないから尚更だ。


「ことは戦だ、雷撃戦だ。神は拙速を尊ぶというぞ? 戦端はすでに切られ、宣戦布告も成されている。最早誰憚ることなく突き破り、一撃見舞ってやればいい。

 というか広義では之もだから問題ないだろうよ」


 そういうものか? と2号は思ったが、道行く者の注目はやはり居心地が悪い。特に満面の笑みのハイエルフに、手をひかれる見覚えのない女性とくればその注目度は否応なく上昇してしまう。


 勿論それ故に、すれ違う兵士諸君にも呼び止められることは。理由はステラが手を引く女性の胸元、そこに光る1つのブローチである。


 七宝で作られたそれにはレファナの花が1輪咲いていた。眉をひそめた者はそれを認めると、目を見開いて慌てた後に道を譲るのだ。


 こうして3人は明らかに注目を浴びつつ執務室へとたどり着き、行き着く暇なく扉を開いた。


「こんにちわー公爵閣下。重要案件をお持ちしましたよ〜♪」


 歌うような鈴音が執務室に響く。机に向かって書き物をするお硬い官僚達が、思わず手を止めて顔を上げてしまう軽やかな調べであった。そして見上げた先の光景をみて……口をあんぐりと開けて驚く。


 それは女神の如く美しい女性が居たからではない。その背後に付いて歩く『ルイ』の姿を目に止めたからだ。


 確かに一瞬誰のことかはわからない。だがその胸元に光るブローチを見て、その持ち主たるを思い出し、その事実に驚愕し全員が唖然とする。


 混乱に乗じてステラはずいずいと進んで、一等立派な机の前にやってきた。


 護衛の騎士がピクリと反応したが、しかし手を引く女性を見て……手を出すべきか迷い戸惑っている。


(フフフ、ちゃんと気づいてるな。これなら問題なさそうだ)


 最奥の執務机には待合室に飾られた紳士の絵画、それをもう少し老けさせた男性が机に向き合い羽ペンを走らせている。淡い金髪をなでつけて、立派な口ひげが特徴的なロマンスグレーはカイル・オーヴス・アドミラシオン公爵その人である。


 彼は周囲に構わず、盲目的に仕事に打ち込んでいるようだ。気付いていない様子にステラが首を傾げて公王に声をかける。


「おーい」

「……」


「公やーい」

「……」


「……なんでぇ。シオン君の父上だから思慮深い紳士と思ったら、とんだ仕事バカとは」


 それにぴくりと反応した彼は、すっと顔を上げて眉根を潜めた。


「何だね君達は」

「お初にお目にかかる、小生はステラ。シオン・アルマリアの教えを受ける者だよ。

 しかしではなくとはまた他人行儀ではないか?」

「何?」

「ほら、彼女……」


 ステラが振り返り手を引く女性を促すが、カイル公は一瞥したのみで視線をステラに戻す。


(あれ、気付いてない……?)


 不機嫌そうなカイル公に周囲もどよめきが立つ。ステラが困惑する護衛を指差して問う。


「……其処の護衛殿、彼女が誰か分かるよな?」

「は、はぁ。その……ご本人なのですか?」

「本人です」


 人差し指を立てて答える。またステラは両脇の官僚の1人に振り返って問う。


「お手を止めて申し訳ないが、官僚の方々もわかりますよね?」

「信じられないが、確かに面影が……いやしかし」

「本人です」


 ぐっと拳を握りしめて答えると、ステラはカイル公に振り返った。同じく全員が彼へと視線を向ける。その自体に面食らうカイル公は困惑してステラを見返した。


「……カイル公。改めて問いますが、この方をご存知……ですよね?」

「知らん。なんだこの茶番は……おい、この不審者を早くつまみ出せ」

「え?! いやしかし……」

  

 チラチラと夫人を伺う護衛は悲しそうな乙女の姿を見た。そこで覚悟を決めたのか、護衛は部屋に入ったときと同じ位置へ戻って沈黙した。


「おい、何をしている?」

「公が仰る不審者がおりませんので」

「何……?」


 強いて言えばステラは不審者だが、其処は空気を読んでくれたらしい。出来る護衛にステラが小さく親指を立てて勇姿を称える。あとで祝福をおごってやろう、9回で良い。

 ちなみにそこまで祝うと今生への未練が失われ、至福の表情で天に召されるのでやってはいけない。


 ステラの表情が曇り、再度問いかける。


「カイル公、お願いだからちゃんと見てあげて……?」


 その嘆願に呼応するように、官僚達も固唾を呑んでカイル公を見る。



 おお見やれ、民草の期待を一身に浴びたる者!

 人それを王とよぶ!

 やあれ讃えよ彼の有様、彼の生き様!



「……」


 カイル公はじっと女性を見ると女性は流石に頬を染めてカイル公を見返した。


 真っ白な布をくるりと纏い、肩口にある淡いピンクのリボンがアクセントになる。


 腰回りも同色の大きなリボンで絞られて、腰に大きく蝶のように纏められたそれは、妖精の羽のようにも見える。隙間からのびる傷1つない手足はどうだ。宝石の1つも付けて居ないのに滑らかで、そして瑞々しい。髪も村娘のようなハーフアップの三つ編みを、白いアルエナのバレッタでとめている。


 顔立ちは凡庸でそばかすも目立つ。しかしそれは決して欠点ではなく、やんわり微笑えむ彼女はえくぼが映える可愛らしい女性である。


「……」

「さあ、彼女は誰だか……もうおですよ?」


 ごくり、とつばを飲み込んだのは誰であろう。嫌に響くそれを誰もが聞いて、それが己のものがも知れずただその行く末を見守る事しかできない。


 そして答えが遂に言葉になる。


「……その様な可愛らしいご夫人に覚えは無い。これで良いか?」


 場に沈痛なため息が漏れ出た。



 おい見ろよ、皆の期待をぶっちぎったあいつ。

 奴、王らしいっすよ?

 うわぁ尊敬できねーこの有様、この生き恥。



 そんな悲しい雰囲気に、ステラが女性の肩を叩く。


「……ごめんな、。大見栄切ってこんな有様で」

「いえ……今までが今まででしたから……それに、可愛らしいと言ってくださったもの。今はそれだけで……」

「天使かよ……」


 ステラが目頭を抑え、くしくしと擦って退室を促す。最早夢潰えし敗残兵、負け犬はただ去るのみである。


「ま、待て……」


 くるりと振り返れば、立ち上がったカイル公がこちらを見ていた。その評定は困惑と驚愕で見開いた目が飛び出そうになっている。


「彼女は、『ルイ』……なのか?」

「そうですよー貴方以外は全員ひと目でわかったみたいだがねー」

「ッ……」


 ルイはマントゥール夫人の愛称だ。悪魔閣下から悪魔が抜けて、憑依先の人間が現れたが如き様相だが彼女本人である。余りの豹変ぶりであるためとしても仕方がないかもしれない。


 ……問題はカイル公以外は全員気づけたという事実である。


 化粧に隠されたとて基本の顔立ちは同じ。また胸元のブローチは彼女がいつも付けていたものだ。他にも気づくポイントは幾らでもあったはず……なのだが、彼は気づかなかったようだ。


(ハーレム主人公並の超鈍感かよ……これは予想外すぎる……)



 さて、マントゥール夫人がこうなったのはついさきほどの話である。


 お茶会を無双したステラは勢いそのままにマントゥール夫人の緊急改造を実施すした。


 まず駄メイズの再配置による仕事の最適化を行った。一人で何とかできればよいのだが、ステラは女性になって未だ一ヶ月程度しか経っていない。流石に他人の面倒を見るほどの技術を持っていないのだ。


 駄メイズは甘言を囁く悪魔メイドであるが、侍女メイドであることもまた事実である。もちろんちゃんと仕事をすることをした上での事だ。


 ただ再配置した結果……2号しか残らなかったのは想定外であった。彼女は食べ物を粗末にしさえしなければ非常に有能だったのである。



 次いでようやくマントゥール夫人の容姿改装に着手する。方針は『清楚』……これは故ヒラソル夫人、及び妾たるカスミに共通するものだ。


 頭が天元突破した夫人がそれを得ることが出来るのか。だが解決の芽は割れ落ちたファンデーションの向こうに顔を出している。


 ステラは手のひらを覆う【浄化】ピュリフィケーションの水球を〘ウォータ〙と偽り撫で回して、浄化の力が化粧を含む汚れという汚れを消し去った。


 こうして現れたのはそばかすのある凡庸な顔立ちだ。厚塗りの化粧はそれを隠すためのものであり、きっと|致命的な欠点と思っていたのだろう。


 だがそばかすというアイデンティティは決して欠点ではない。視線を顔へと導き、微笑みの効果を2倍にも3倍にも高めてくれる。また素朴的な印象から『清楚』を推し進めた『純朴』という属性を齎してくれる強力な個性だ。


 これは絵画にある優しげなヒラソル夫人や、儚げなカスミには無い武器になる


 加えて普段のクレイジーな様相からかけ離れた姿は、痛烈なギャップとしてカイル公の心に突き刺さるだろう。


 なお服はその場の急ごしらえだ。古代ローマの衣装は1枚布を折りたたむ簡単な物だが、しかし安っぽく見えない纏い方が幾つかある。その一つがキトンと呼ばれるもので、簡単に言えばバスタオルのように体を包むのだ。


 これにリボンを使って裾を止めたり装飾して仕立て上げれば、オーダーメイドに及ばずとも見た目は十分なドレスが出来上がる。


 めったに見ないタイプの衣装は目を引くだろうし、そもそもギリシャ神話の女神も採用する神様スタイルである。異国情緒に神秘性が加わり、また【浄化】ピュリフィケーションが加わることで純朴な女神が降臨したというわけだ。



 ステラはこの奇跡的な出来栄えに満足であった。まるでシンデレラだ。12時の鐘はまだなっておらず、きっと彼女を見てくれるだろうと確信していた。


 結果は無残にも失敗したわけだが。


「はぁ……カイル公。貴女の言うとおりだ。なんて茶番だろう、こんな結果に終わって非常に残念だ」


 そう溜息をつくとステラの裾を夫人がちょいちょいと引っ張った。その目は何かに期待するように揺れていて、しかし判断を仰いでいるように冷たい。未だ甘言の毒が抜けきらず判断を仰いでいるのだ。


「……好きにしたら?」


 一歩引いて肩をすくめると、きゅっと口元を引き締めた彼女が少しだけ震えて、立ち尽くすカイル公へと向き直った。


「カイル、様……」

「ルイ……?」


 未だ信じられぬ公爵はかつかつと近寄りその頬に手を伸ばす。少し怯えたように震える夫人だが、しかしその手を払う事なく受け入れた。


 不安の光が安堵の光になり、軈て星屑がこぼれ落ちていく。


 朱の差すそれに、息をついたステラはそのまま踵を返す。それを見た官僚達も頷き合い、極めて静かに退室していった。


 残されたふたりがどうなったかは……知るべき者だけが知っていれば良いだろう。


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