03-12-05:鈍き護りと隠れるふたり

 ステラとシオンの2人は資材置き場の木人小屋で身を隠していた。特にシオンが『面倒になる』と主張して押し込まれたのだ。


「……」


 それにしても居心地が悪い。


 此処に居るのはステラとシオン――だけではない。出番を待つ木人たちが一緒に押し込まれているのだ。


 どれもこれも凝った作りの木人で、見れば見るほど表情がある。これで種族間で仲悪いとかどういう事か、むしろ好きすぎるとステラは思う。


 因みにこの木人達はレギンの作ではない。こうした的を専門に扱う職人ギルドが存在するのだ。彼が使っているのはその中でも老舗の作であり、また『伝統』の言葉に偽りはない。


(だからってやたらリアルすぎませんかね?)


 ステラが使ったのはほぼ丸太と言っていい人形だったが、小屋にあるのはそれだけでは無い。明らかに美術館にでも飾られるような一品も見て取れるのだ。


 メガネ的なものをクイッと上げた自慢げな者、ショックな事があったのか魂が抜けたワンシーン、何処か見覚えのある小柄な少年少女なんて手を繋いで仲良さそうにしている。


 一体だけ居る中背の女性型などである。服の皺があるから服を着てます、だから身体のラインが見えても仕方ないんや。そんな攻め攻めた造形は、古代ローマの彫刻を彷彿とさせる。


 また纏うローブも辛うじてローブと解る程度、なローブだ。孤児院院長カスティーリャの修道服に多数切り込みを入れたような造形は、全く持ってけしからん。

 なんだこの見えそうで見えないスリットは。出来うる小さな隙間や陰影にさえ気を使うその情熱、世が世なら『いいね!』と敬意を評したい。

 

 特に作者のアイデンティティとフェチズムを叩き込んだ、その小ぶりでふにやかな胸など思わず手を伸ばしたくなる。ゆるく丸いお尻は艶かしい弧を描き、腰からの流線が最高に宜しい。指でつ、と撫でたくなる完璧なラインなのだ。


 世界線が変わってもエロスへの熱い追求は変わらない。おお世界はどこかで繋がっている、愛は世界を救うのだ!


 そんな人形マトに思わず手を伸ばしたところ、シオンが待ったをかける。


「……何してるんです?」

「もしかしたら柔らかいかなって」


 シオンが冷たい目でステラを睨んだ。


「ま、まちたまえ。君も気になるだろ? こんなん絶対やわぽよだって……!」

「……そんなの自前のがあるでしょうに」

「……シオン君。君に1つ言葉を送ろう」


「「『それはそれ、これはこれ』」とか言ったら叩きますよ?」

「……」


 一字一句なんの狂いもない共鳴に、ステラが震えながら「痛くしないでね……」と頬を差し出した。



 そんな茶番を織り交ぜつつ、ステラは注意深く耳を澄ましている。持ちうるスペックと魔法の力を駆使してあの珍妙な来客を観測し、逐一実況解説を行っているのだ。



◇◇◇



 【鷲の目】が齎す上空の視界は、シターの戦槌前が物々しい雰囲気に包まれている事を見とった。


 停止した趣味の悪い馬車は、しかし見慣れた紋章が飾られている。小さい葉の蔦とレファラの花フリージアはアドミラシオン公爵の家紋である。


 この悪趣味ごうかけんらんにおいて唯一まともなそれは、しかし放つべき威光が霞んでいる。美的センスは人それぞれだが、少なくともステラの趣味ではない。


 これがもしキッチンカーなら旗の1つも振りながら、笑顔も添えての大歓迎なのだが。


 馬車を中心とした6人の兵士による防衛布陣を見て取った。左右に三人ずつの構成だ。


「うーむ……公爵名義の馬車にしちゃ態度悪くないか?」

「彼の周りは大抵そうですよ」

「え……それにしたって酷いだろ。愛想を振り撒けとは言わんが……」


 公爵家に仕える兵士であれば、相応のモラルが有るはずだ。現にステラが相対した南門の門番は、魅惑おっぱいに負けない誠実な対応をする紳士であった。


 それに比べてあれはどうだ。着ているものが同じだけで中身が伴わぬその態度。6人が6人とも、不運と踊っちまいそうな世界線にいる輩なのだ。見ている限り不必要な殺気を振りまくのは、一体何に反逆しているというのか。


 ただ隣でげんなりするシオンを見る限り、これが常態化している事をステラは察した。


「公爵家って、もしや人材不足なのか?」

「あれは彼の直轄ですので、酷いのはアレだけです」

「ヱ〜……?」


 だとしたあまりにも人を見る目がないのでは。次代の公爵領を背負うものだろうに、対外的な振る舞いは取り繕うものだろうに。


 事実その様な態度を取る彼らの周辺だけ、ぽっかり穴が空いたように空間ができている。今鍛冶屋通りは……いや、通ってきた道はしんと静まり返っていた。


 完全に『触らぬ神に祟り無し』という有様である。不人気も極まると、まるで食器洗い用洗剤のコマーシャルのようになるらしい。


 固唾を呑んで様子を見守っていると、停車した馬車から濡れた黒髪の騎士――鴉の翼人で、女性受けしそうな流し目泣き黒子のイケメン――と……丸々太った金髪の巨体が現れた。


「……んん?」


 何処から見ても丸い。勿論ドワーフのような筋肉オバケではなく、脂肪由来の丸さである。あごとかたぷたぷである。また顔には面皰が浮かび脂ぎっているのに、髪がやけにサラサラしている。それにギャップがあって非常に異質だ。


 馬車からはそれ以上何者も現れない。ということは、いやいやまさか。ステラは訝しんでよく観察するが……どうみても布陣は彼を中心に展開されていた。


「シオン君。君の兄弟はもしかして、その……丸い?」

「えぇ、まぁ、はい。です……」

「ゑ〜……?」


 似ても似つかない以前に、どうしてそうなったのか。念のためシオンをまじまじと見れば、無愛想だがカスミに似てほっそりとした美形が居る。


 妖精のような雰囲気を纏う、10人が10人振り返るイケメンだ。役どころは影のあるクール貴公子。どこの絵巻物から飛び出てきたのか、激しく問い詰めたい所存である。

 もしステラがまともな婦女子なら、憂鬱に遠くを見る彼の姿に頬を染めていただろう。


 改めて【鷲の目】から金髪少年を見れば……どう考えても別人だ。いや別人は別人なのだが、そこに血縁が有るなど到底信じることが出来ない。


 唯一似るとすれば、そのさらりとした髪質くらいだろうか。


「どうしました?」

「いや……遺伝とは一体なんだろうねぇ?」



 そうしている内に、騎士を伴った少年がシターの戦槌に足を踏み入れた。ここから先は聞き耳でのみ様子をうかがう事になる。


「取り敢えず表は御存知の通り、裏口は変化なし。今丸い子が翼人の騎士を伴って玄関口に入って行った。兵士は4人が馬車の護衛で、2人が入り口についたようだ」

「……因みにその騎士。糸目で耳は羽になってませんか?」

「その通りだが……知っているのか?」

「まぁ、はい」


 顔を伏せるシオンに小声で問いかける。


「なぁ……こうしてコソコソするぐらいなら、レギン親方にゃ悪いが、逃げてしまえば良かったんじゃないか?

 【身体強化】ふぃじかる・ぶーすとを使えば、屋根を伝って行けるだろ」

「その騎士にバレますね」


「え、でも彼は馬車に乗ってたんだよね。気付くもんなのか?」

「派手に動く事になれば確実に」

「うへぇ」


 確かにあの騎士は他の騎士とは雰囲気が違う。立ち振る舞いに隙が無いのだ。その感覚は何となく覚えがあるような。


 明らかに6名とは異なる立場であるようだ。


 少なくとも明確に少年を護衛する騎士であり、また守りきる実力を備えるのだろう。


 とはいえ歩くにも苦労するを守護るのは大変だろうが……。


「あれ……そういやシオン君はエルフだよな?」

「違います。血は母様のものが強く出ていますが、僕はハーフですよ」

「アドミラシオン公はエルフじゃないのか?」


普人ヒューマですよ。まあ一部では神人ドーンと自称する事もありますが」


「それって、特徴がないのが特徴的な?」

「ええ、そんな所ですね」

「ほぇー……」


 ステラの感嘆は、所謂『人』が存在したという事実だ。今日までに見かけなかったので、この世界では居ないものとばかり思っていたのだ。


「この国の支配層は普人で占められています。まぁ、普段は貴族街に居るため見かけることは無いでしょうね」

「なるほどなー……っと、事態が動いたぞ」


 ステラの耳がキンキンに響く怒声を拾った。声変わり前の甲高いハスキーボイス、恐らくヴァルディッシュのものだろう。


 幾つかはシオンの耳にも届く音量である。それにじっと耳を傾ければ……内容は極単純なことであった。


「『何故オレにふさわしい最強の剣を作らないのか』、ねぇ」

「あーやはりですか」

「矢張りって、知ってたのか?」


「彼、つい先日に成人したばかりなのです」

「件の贋作のやつか。で、大人になったから記念にってこと?」

「概ねその通りです」

「江〜……」


 確かにレギンは〈神鉄〉シタールと呼ばれたドワーフであり、この国最高位の鍛冶屋である。頼む相手としては最も最良の相手だろう。


 しかしレギンは注文を頑として断っているようだ。所謂国王係累の依頼なのに良いのだろうか? しかし彼の主張はごく当たり前のことだ。


「『手前に剣が握れるかよ!』……確かにカトラリーより重いものは、持った事すら無さそうだが。

 そもそも自分の身すら苦労していそうだけど」

「彼は六花の騎士に憧れてますからね」


 その割に鍛える事をしないのはなぜなのだろう。膝を悪くするとか言いそうだが、それにしたってやりようはあるはずだ。


「つまりドン・キホーテか……本の読み過ぎだな」

「そのドン氏とは?」

「物語に傾倒し、物語に成り果てた男の話さ」


 しかし丸い彼はラマンチャの男にすらなれないだろう。


 まずその体重を許す馬がいない。如何な名馬でも押しつぶされるが関の山だ。彼を載せるには、最低でも王の黒馬が必要だろう。

 これは鎧を含まないで、という意味での話だ。


 また乗れたとしても次は騎乗槍ランスが持てないだろう。剣すら振れない腕でランスチャージなどした日には、それこそ味方を蹂躙しかねない。


 サンチョ・ピンチである。


「しかしとはまた無理を言う」

「工房の設計思想が理解できていれば、そんな台詞は出て来ないんですが」


 この『シターの戦槌』という工房は、質実剛健な製品を売りにしている。それは使い手に相応しい物を作ると言う誇りであるが、それしか出来ない訳ではない。


 レギンの腕ならば、文字通り兵器足り得る『最強の剣』を作り出すことは可能だ。しかしそれが人の扱えるモノになるかと言えばそうではない。


 例えば隕石を降らす魔法の剣を作ったとする。一撃で国すら滅ぼす魔剣は、たしかに最強と言えよう。


 だが振るたび勝手に落ちる訳もなく、落とすためには相応の対価を必要とする。それは人一人で賄えるものではない。


 こうなると武器としての形はまるで意味がなく、転じて只の『最強』とは置物きけんぶつでしかないのだ。


 故に彼は『担い手に相応しい物』しか作らない。



「だが少年の求めは飽く迄『最強』。それも聞く限りは……自分でもお手軽に使えて魔物とかチョロ、持つだけで人が崇めるとか矛盾したゆめのようなまぼろしだな」

「危険物すぎる」


「ってあぁ〜水掛け論。『握れるものを作れ』『半人前が何言いやがる!』『無能め!』『んだとゴルァ!!』。半人前はねぇわ……」

「彼が欲するのは都合の良い玩具ですからねぇ」


「(都合良い玩具、か……)」


 彼では無いが、ステラはかなりだ。なんたって思い描けば応える魔法の担い手である。

 だがその特異性にかまけるとなりかねないのも事実。これは自戒の意味も込めて反面教師に見習おうと、ステラは心に刻んだ。


「あ、少年が親方の一喝にビビって呂律が回ってないな」

「でしょうねぇ、生半可の威圧ではありませんし……」

「前当てられた時ぁ酷かったしな。小生、本気で殺されるかと思ブフぉォ!!」

「ステラさん?!」


 けふけふと咳き込むステラが突然吹き出した。口に手を当て、肩をプルプル揺らすのは笑っているようだ。


「どうしたんです?」

「いやーさっきの少年が怒って出ていったのだが、捨て台詞が凄くてな。それも――」


「「『母上に言いつけてやる』」」


「――ですか?」

「おっ、おう。良くわかったね」


 シオンがため息をついて額に手を当てる。


「解ってはいましたが、面倒ですねぇ」

「そりゃ何で……ってそうか、その母上は『公王妃』になるのか」


 仮にそうで無くとも貴族であり、少年が『言いつける』事で動くなら解決の目は有り得る。ステラの顔が曇るが、しかしシオンはうんざりとため息をついた。


「最終的には有耶無耶になりますけどね」

「え、何でまた。少年から母君、そして父王へと至るだろ。つまり王の怒りを買う話なんじゃ?」


 シオンがゆっくり首を降る。


「レギン親方は御館様にここに居ますから。出て行けと言われたらそのまま消えます。そして街は二度とドワーフの鍛冶屋を誘致できないでしょう。〈神鉄〉シタールの名はそれだけ重い。

 そもそも親方は相手を見て仕事すると公言していますし、親方様もそれを認めています。あんな理由で邪魔するようなら、それこそ信用を失いますよ」

「あー、なるほど……」


 ようは町おこしの目玉商品だろうか。それを下らぬ理由で排斥したならば、明日は我が身と撤退するものも増えるだろう。逆にチャンスと捉えるものも居るだろうが、それ以上の悪評が街を襲うことになる。


「……ん、いま玄関を出て出発の準備をしているな」

「やっとですか」

「やっぱ顔を合わせたくないものかい?」


「対応がとても面倒なので嫌いです」

「わかる気がする。まぁそこま――ッ?!」


 ステラが青ざめて固まる。小刻みに震えて冷やせを流し……何か恐ろしいものを見たように視線が揺れて息が荒くなる。


「ステラさん?」

「……み、見られた」

「はい?」


【鷲の目】いーぐる・あいの視線で、目が、あった……騎士と、目が」


 涙目で訴えるステラは、今し方馬車に乗り込む騎士が上空を見たことを捉えた。それは真っ直ぐ【鷲の目】の起点位置を示し、射抜くようにステラを睨んだのだ。驚いて解除してしまったが、


「うわぁ……相変わらず頭おかしい師匠ですねぇ……」

「なんでわっ、わかったっ、んだおう? 魔法の痕跡でも、見えてのかな……」

「(動揺が凄い)」


 ここ一番で頼っていた魔法が看破されたのだ、その動揺は推して知るべし。とはいえその切っ掛けとなるのはステラの予想とは違う。


「ステラさん、その騎士をじっと見ませんでしたか?」

「あっ、うん。見たかも………………えっ?」

「はい。その見られている感覚を追ったんだと思います」


 ステラがびっくりしてシオンを見返す。


「え、頭おかしくない? 実体はないんだよ?」

「そういった勘働きが凄いんですよ……下手すると此処に僕らが居たのもバレていたかも。

 でもまぁ……視線の正体は割れていないでしょう。師匠はステラさんの特異性を知りませんから」

「あぴぇええ……」

「(すごい悲鳴だ)」


 見られた事で怯えるステラだが、向けられた視線を読む点は彼女も同じである。むしろ感情すら紐解く異質な感覚機能だ。

 事情を知るものなら『今更何を』と嘆息をするだろう。


「うぅ……どうしよう【鷲の目】いーぐるあい使うのも怖い……」

「いや別に良いでしょう。親方達が呼びに来るまで待ちましょうね」

「う、うん……」


 シオンが彼女を見れば、どうにも怯えているようでカタカタと震えている。魔法1つが効かなかった程度でここまで動揺するだろうか。


「……不安なら、手を握 「お願いします」 早いなぁ!」

「シオン君だって突然目隠しされたら怖いだろ?!」

「それはまぁ、そうかもしれませんが……」


 五体満足なステラだが、突如指先以外の感覚が無くなったかのような喪失感があるのだ。これが収まるまでは少し時を要する。


 便利も頼りすぎると身を滅ぼすと、シオンは手をきゅっと握る乙女を見て思うのだ。


 そうして待つこと程なく。弟子のローヴがげんなりしつつ木人小屋にやってくるまでステラは手を握って震え続けていた。






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