03-10-04:ちょっとした方針

 ステラが羊皮紙に『オラオラDOしたこんなものかアアン!』等と嗤いながらレポートを仕立てあげた翌日。朝食後の席でシオンとステラは今後の方針について話し合っていた。


 なお朝食は青菜のソテーとパンに甘藷のようなイモの冷製ポタージュであった。とくにポタージュはゆる甘く食欲をそそり、冷めている故に喉越しよく大変美味であったとここに記す。


「件の予言ってどうなんだ? カスミさんは最近調子よさそうではあるけど……」

「予言の聞き取りは概ね終わりましたが、全量の編纂にもう少しかかりますね。何時もより情報量が多くて大変なんです」


 病床にある彼女だが見た夢を記録するのは義務である。それは彼女が囲われる理由であり、最後の盾故に手を抜くことは出来ない。


「魔喰らい関係はどうだ? 期待通りの結果はあったのか……?」


 この一点は外せないとシオンを見れば、うーんと唸って眉根を寄せる。


「……『六花の剣』に関する記述がありました」

「ヴォーパルの剣か! 丁度いいタイミングで話が来たな、これでカスミさんも――」


 シオンがゆっくり首を振った。


「そうも行かないようです。まだ纏めている最中ですが、ちょっと厄介なことになりそうで」

「そりゃ一体どうして」


 シオンが走り書きを纏めた紙片を取り出し、ステラに差し出した。


「それが今纏めようとしている内容です」

「見ていいのかい?」

「ええ、構いませんとも」


 そうしてステラが覗き込んだ紙片は、次のような3節の文章が記されていた。



===============


創天より至るは星苦の供物

創地より至るは星楽の豊穣

汝忠誠を求めるなかれ 其は気紛れなり

以て仕えし月を見よ

降りたる光は 六花の涙

千変を騙る虹彩の鍵なり


弥果いやはてより来る星騒のかんなぎ

弥先いやさきより来る星奏のかんなぎ

汝姿を求めるなかれ 其は理なり

以て無垢なる星を見よ

降りたる光は 星光の聖女

願い奉る極魔の娘なり


悠久より在りし星乱の宮

刹那より在りし星静の社

汝女神を求めるなかれ 其は女神の元にあり

以て祈りの神を見よ

降りたる光は 貫きの刃

識りて織りたるヴォーパルなり


===============




 ……読み終わったステラは顔を上げた。


「さっぱりわからんが、確かに『ヴォーパルの剣』について……それも六花の剣イフェイオンを示唆しているように思えるな」


「さらに推測なのですが……この2つ目の詩文、ステラさんのことを指していませんか?」

「はぃ?」


 ステラが首を傾げ再度詩文に目を通した。


 巫覡ふげきは神の使いである。ステラは神主ではないがその身は『女神』の手の入った神造筐体だ。広義にそう取れないこともない。


 姿カタチではなくコトワリを求めるは……心象魔法のことを指しているのだろうか。イメージはあくまで見え方に過ぎず、コアな部分は確かに理といえなくもない。

 また無垢なる星も、ステラがステラと成ってから0歳であること、また名前がステラなので合致する。


 末文の極魔の娘、魔法使いとして規格外であることを指すなら確かにそうだ。


 ただ一点どうにも許容できない点があった。


「シオン君、小生聖女あんちくしょうじゃないぞ」

「え?」

「え?」


 心外の声と、同意が得られない声に2人が固まる。


「もしかして……気付いてません?」

「馬鹿野郎! 聖女のせいで小生はなー! 串焼きをなー!! 小生はなー!!」


 断固として串焼きたべものの恨みは忘れない、ぐっと握った拳は決断的だ。


「……まぁ、今はそういうことにしておきましょう」

「どうもこうも聖女じゃありませんー! 聖女は敵ですー! いつかギャフンと言わせてやるんだからな!!」


 こう頑なではにべもない。その因果が応報する時を待つとシオンは決めた。


「あれ、でもそれって厄介なことなのか?

 仮に小生が2番目の示唆する答えだとしよう。それはいいことじゃないか。

 流れ的に3番目が剣を得るための詩文とすれば、1番めの『六花の涙』を探せば王手だろうに」


「ステラさん、これは御館様の目に入るんですよ?」

「……あっ、君のパパンは公王様だったな」


「もし御館様が動くとなれば、確実に国の預かりとなって手出しできなくなります。

 3つめの予言など明らかに『イシュター大神殿』のことでしょうしね」


 ぽかんと口を開いて驚く彼女は、どうもその点に思い至らなかったらしい。そもそも神話に連なる剣である。為政者が注目しない訳がないのだ。


「シオン君はそれでも行くつもりなのだよね?」

「勿論です。……ステラさんはどうします? 今なら手をひ 「行くに決まってるだろ!」 早いですね?!」

「まじなー! 仲間外れはやめたまえよー!!」


 ノータイムの即断にシオンが目を見開いた。


「理由は3つある。


 1つ。カスミさんには世話になっているし、友達だもの。

 遠からず死するとしても、選べるならば安らかにあってほしい。


 2つ。単純な好奇心として、この予言の行く先が気になる。

 神代の武器が台頭するなんて、やはりロマンあふれるじゃないか。


 そして最後だが――」


 ステラが指を立て、いたずらっぽく笑う。


「失敗したら星の裏側までトンズラしよう。なにせ小生の魔法に不可能な事などあんまりないからな!」


 自信満々にその豊満を張り、Vサインびくとりーで己の意志を主張する。


 心象魔法は思い信じるに限り、その機能を顕現させる。であれば世界を半周する『乗り物』を構築する等出来ないわけがなかった。


 勿論付随する何らかのリスクはあるだろうが、それでも欲しい機能は満たす事ができる。


「まぁ逃げの一手プランBは万全というわけだ。だから今は、この状況をどう切り崩すかだけを考えよう!」


 サムズアップする彼女に、シオンは苦笑しつつ頷いた。


「ならやれることはやっておきましょう。


 ステラさん、シターの戦槌と境通り孤児院それぞれから呼ばれています。

 前者は近々、後者は早急に行ったほうが良いですね」


「レギン親方はダガーの件かな。でも孤児院はなんでまた? 土壁失敗したとか?」

「色々有るんですよ、色々と」


 何処と無くげんなりしている彼にステラは首を傾げた。なんだろう、この『あなたを犯人です』と言われているような既視感。どこか懐かしいような切ないような。


 具体的には犬のお巡りさんに連行される少年クマの気分だ。



「あとステラさんの壁外探索を一度やっておきたいんですが……」


 ステラがうっ、と口ごもる。


「件の殺しの訓練ってやつか」

「怖いなら良いんですよ? ずっと街の仕事をするというのもありと言えばありです」


「いや、やると決めたからにはやるよ。

 取りうる手段はあればあるだけ良いし、これから先は日常にのだから是非も無し」


 ただナイフを渡されて『さあさあ殺そう!』と言われても出来ない。頭で思うより実際の覚悟を決めるのは難しい。

 例えばゴキブリを目撃したとしよう。今この刹那以外に始末できないが、其の手段は素手しかないしたら……。予め覚悟していても間違いなく迷うだろう。




「そういえば昨日は頑張っていたようですが、レポートは出来たんですか?」

「フフフ、出来ておる故喃……」


 そう言って巻かれた羊皮紙を取り出し、シオンへずいと押し出した。彼女は会心の笑みを浮かべている。よほど自信があるのだろう、身から漏れ出るオーラは眩しく輝いている。


 彼はしゅると縛る紐を解き、その紙面を開く。ざっと一読したシオンは目尻をもんだ。それはそれは深いシワを刻んで。


「ステラさん……これ本気で出すつもりです?」


「勿論。むしろそれ以上書きようがないっていうか、ちゃんと書こうとすると混沌になるっていうか」

「そ、それにしたって……」


「それでも小生悪くねぇ……小生悪くねえぇっ!!」

「それステラさんが一方的に悪い感じがしますね」


「小生良い子ぉ……とっても良い子おぉっ!!」

「凄いだめっぽい!」


「じゃあどうしろってんだ!」

「書き直 「嫌です」 そっ、そうですか……」


 彼女はこれ以上無いほど満面の笑みを浮かべている。真に女神と見まごうばかりに輝く笑顔は絶対拒絶の意思表示にほかならない。


「ちゃんと書くと狂気的すぎて邪神礼讃IAIAの魔導書断片になるっぽい。ならいっそ劇場チックにすれば、愉快系読み物になるかなと思ったら上手く行った」


 そう、この文書を読んでも人は発狂しないのだ。なんてすごい文章なんだ。これだけでも褒められて然るべきと信じてやまない。


「……その魔導書断片、っていうのはどういうものです?」

「そうだなぁ、マイルドに言えば『とびだせじゃしんの森♪ 〜発狂必死のデスロード:生目玉大量孵化編〜』ってとこかナー。すぐさま破棄した」


「え、それって大丈夫なんですか?」

「だからは大丈夫だったろ?」

「……」


 シオンはくるりと羊皮紙を巻いて、ぎゅうときつく縛り上げた。


「之で生きましょうか」

「それがいい、ぜひそうしてくれ。小生も取り組むの疲れるのでもうギブアップなんれす……」


 はぁ、とお互いにため息をついた。


 なおこの報告書は後に通称『ステラの怪霧書かいえんしょ』と呼ばれ、貴重な霧の森の資料として世界的に広まってしまうことを彼女はまだ知らない。




「……とりあえずまとめよう。小生が今持っているタスクは4つ。


 ギルドへこのレポートを届ける事。

 境通りの孤児院で話を聞くこと。

 シターの戦槌で装備を受け取ること。

 野外戦闘訓練を受けること。


 他にはあるかな……?」


「特にはないかと。強いて言えば、孤児院に行くのを優先してほしいぐらいですね」

「なら序にレポートを届けてからそうしよう。シオン君はどうする?」


「断固ついていきます」

「そ、そうですか……」


 力強い主張に若干ステラが引くが……孤児院の案件ごめんなさいあんけんなら付いていかざるをえない。これは保護者シオンとしての勤めである。


「じゃあ早速動くとしようか!」


 ステラがバッと立ち上がり腰に手を当ててフムンと唸った。

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