03-09:分不相応の道行
03-09-01:分不相応な調査
ギルドには他に情報を漏らしたくない場合に利用する、防音を施した個室が用意されている。お忍びの貴族や大商人なども利用することもあるため、それなりに良い調度品が揃っているようだ。
少なくともアルマリアのお屋敷に負けず劣らずの調度品が整えられているように見える。
そんな部屋でステラはシオン、ツァルト両名を前に……雨の日に震える子猫のようにプルプル身を縮こまらせて座っていた。
なおマントは脱いで、ステラの隣に置いたバスケットを覆いかぶすように引っ掛けている。脱いでいる最中も一挙手一投足を見逃すまいと鋭い目が光っていた。別にマジックめいた人体消失が起こるわけでもなく、『おうお前余計なことするなよ』と言わんばかりの視線はどうにも
(怖え……)
のだった。これではまるで圧迫面接ではないか。特にシオンの背中には悪鬼倒滅系の童子が幻視される。どこが
「……では、何をしでかしたか説明してもらいましょう」
「そ、それは良いんだが、シオン君。本当に依頼を片付けなくていいのか?」
「はァ? なんの話です? はぐらかさないで下さい。外に出たのは割れてんですよ」
「ふぁっ!」
ぐわっと牙をむく悪滅系童子が、歌舞伎めいて頭をぐるりと回しステラを睨んだ。それは正に雷霆! 燃え盛る火の目を前にしては、怯えた涙なんぞ『こんな所にいられるか俺は帰る!!』と引っ込んでしまっていた。
そんな彼女をみてツァルトがまあまあとシオンを窘める。ステラにはツァルトが女神のように輝いて視えた。
「ならどこから説明が必要だい……?」
「僕と別れたところからお願います」
「昼時の事? わかった――」
そうしてステラがその道行きを語る。
……
◇◇◇
指名依頼の準備に向かうシオンを軽く見送ったステラは、自らも役を果たすべく動き出した。
「さて、小生は2階に向かいますかね。ツァルトさん、資料室お借りします」
「ええ、どうぞ」
軽く会釈してギルドの2階へとあがる。資料室は探索者が集めた情報の宝庫であり、貴重な外に関する生の情報ばかりである。
当然それを守るために入口には番人たる司書を務めるギルド職員が控えていた。値千金の原本は持ち出し厳禁であり、それに目を光らせているのだ。もし持ち出したければ、頭に叩き込むかメモを取るか、何れかを取る必要がある。
ソンレイル探索者ギルドの司書は白髪牛角の獣人……にしては額に眠そうに閉じた瞳がある男性だ。両手の甲にそれぞれ、三つ葉のような目の入墨が施されている。
彼はとても長く、サラサラつやつやししたそれは見事な顎髭を蓄えていた。
「どうかされましたか?」
「司書さん。貴方の名前はもしや、ウンチョウなのでは?」
「え? いえいえ、ジンツウですが……」
羽の人ではなかったらしい。
「ではジンツウさん、資料をお借りしたいのだが良いだろうか」
「おやおや、銅級の方ですか。勉強熱心なのはとても良いですよ」
「それほどでもない」
ふふんとステラは胸を張る。
「ならなら2〜3注意が。あまり汚さないで丁寧に扱ってくださいね。
破損は弁償となりますからご注意を。
もし内容が必要なら、別途メモするのは構いません。
ただ……資料その物を盗むような不届き者であれば……」
ジンツウの額の三白眼がゆっくりと開き、その雰囲気が重苦しく威圧するものへと変わっていく。白目白瞳の水晶眼だ。よく見れば虹彩は未知の文字であり、魔法的な意味のある羅列だとわかる。
完全に開いた第三瞳はステラをまっすぐ捉え、射抜くように睨む。
「――相応の対処を致しますれば――」
ボソリとつぶやいたそれは、決して冗談ではなく『確実に始末する』という覚悟が乗っていた。ジンツウは司書であると同時に番人である。それ以前に本をこよなく愛するものであり……その愛はちょっと行き過ぎているとはギルドマスター・パライソの評である。
だからこうして脅しとも取れる警告をしており、これで盗もうと思う馬鹿は着実に減った。効果が出ている以上止めるに求められない。
そういう自信もあってジンツウは軽く気を当てているのだが……オドロオドロしい第三瞳は徐々に揺れて困惑していく。
あれあれ、どうしたのかなー? 怖いでしょ? 怖くない? 怖いよね? 怖いってこれ! ……こわい、よ?
そんな困惑が水晶から見てて取れた。
「ほわぁ……」
ステラはまっすぐその第三瞳を見据え……非常にキラキラした憧憬と羨望をまぜこぜにした、飴ちゃん貰った子供のような目で見返していたのだ。両手などぐっと握られて軽く胸前まで挙げられている。
(あれあれ……すごい期待を感じる。今までにない何か熱い期待感を)
なん……だろう、吹いてきてる確実に、着実に、ジンツウのほうに。具体的にはその第三瞳へと厄介事の匂いが。
「あのあの、私に何か?」
「その額の眼はもしかしてあれかい? 高まって溢れたりすると黒い炎とか出せちゃったりするのかい?」
「ヱっ? なんですって?」
「だからー、魔界の黒炎竜を呼び寄せて塵も残さず焼却する的な、的な!!」
「!?!?」
逆にすごい魔王っぽいことになってる、とにかく止めなきゃ不味いじゃん?
第三瞳持ちの司書仲間も同じ様になりかねない、自分だけで済みそうにない不思議な確信がある。
そうしてジンツウが声を掛けようとしたところ、ステラははたと気づいたように口をつぐんだ。
「小生としたことが……炎殺の
「え? え?」
「所で薬草図鑑と近隣の植生がわかる資料はどこかな?」
「あっあっ、ええと、そこの棚、です?」
「ありがとうジンツウさん! ではこれにて、シプリムのステラはクールに去るぜ!」
なんか話が進んで彼女は棚へと歩いていき、完全に話が流れたと解った。ジンツウはあまりのことにただ見送ることしかできなかった。
◇◇◇
……
シオンはとても申し訳なさそうにツァルトに頭を下げた。
「ウチの子が本当にすみません」
「い、いえいえ……もっと強烈な子もいますから」
その様子を見てなんぞやらかしたと気づいたステラだが、しかし衝撃の事実に気づいて突如ぴょんと飛びあがった。
「アーーッ!! ジンツウさんの秘密を暴露してしまった……! 小生口軽いってレベルじゃねえぞ!!」
全然事実ではなかった。
「寧ろ消し去りたい過去なのでは」
「ここからどうしてジンくんがあんな事に……」
なお2階資料室の彼、そのテンションは未だ有頂天で不可侵である。
「うーん、至って普通に資料を見て、わからないことは聞いたりしたけど。
見ていた植生資料と薬草辞典の関連させて情報の不整合を聞いたり、
転じて信用出来る部分について裏取りをしたり、
資料のフォーマットが統一されず個々情報粒度がバラバラだから記法を提案したり、
そもそも資料のカテゴライズが曖昧で探しづらいので分類法を提案したり、
20年前の情報を残すのは良いことだが1年前の資料とゴタ混ぜに成るのは不味いからアーカイブの概念を伝えたり……。
でも今すぐ難しいと断られちゃってね。理路整然と纏まり並ぶ本棚は見ていて壮観なんだが……忙しいなら仕方ない。
うん、特別なことはしてないな」
頷くステラの前でツァルトは目頭を揉み、シオンは天井を……正確には未だ奇声の聞こえる資料室を見た。
司書ジンツウは魔人族、いや人類上最も情報処理に長けた
そんなハクタクのジンツウに、資料を意見すること。それ即ち彼のプライドをボコ殴りにした上で挑発し、焚き付けたらしい。
きっと彼自身が今の資料室に納得しかねる所が多々あったのだろう。
だが探索者相手だとその本の扱いが望んだ通りになるわけではなく、とにかく回ることを優先してずっと己の欲望を見ないふりをしていた。
その鬱憤に、その感情に、ステラは1つの夢を提示してしまった。
「でも資料庫っていったら並ぶ本棚、清澄に収まる背表紙の群。さらに特徴的な紙の匂いなんだけど、やっぱ探索者ギルドだと難しいのかねぇ」
ああ、視えてしまったのだろう。その両目に、第三眼に、積み上がる美しい本棚が居並ぶエルドラド、読むべきと思うものが手に取るように解る分類、アーカイブなる取捨選択の仕組み。
まるで理想のような資料室の姿。
この幻視を前に、もう辛抱堪らなかった彼は修羅に入ったのだった。
「……とりあえずジン君の謎は解けました。それなら止められないのも納得です」
発狂の理由は分かったし、資料室を使えないのは問題だ。しかし実際今朝方あがった編纂済資料本をツァルトは検閲したのだが……そりゃもう見やすいし使いやすい。ギルド内部でも形式を寄せようかと話に上がるほどだ。
ただやるタイミングだけは図ってほしかった。鬼気迫る同僚を思いつつ、ツァルトもまた天井の知識馬鹿を見上げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます