03-08:分相応の依頼

03-08-01:分相応な依頼

 ラッシュが多少落ち着いたいつもの時間にステラとシオンの2人はやってきた。


「シオン君。今日は之を受けてみようと思う」

「これ、ですか?」

「うむ」


 フードをおろし、マントの中からずいっと指差した依頼票は次のものだ。


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対象:銅級以上

顧客:薬師ギルド

依頼:薬草採集

内容:傷薬に用いる薬草の採集をお願いしたい。

報酬:基本評価額/束200タブラ

期間:常時

特記:受注不要、薬師ギルドへの直接持ち込み可

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 常時依頼のこれは窓口での買い取り依頼だ。扱い自体も定期的にあるためか、引っ掛けられているというよりは貼り付けられている。


 本来は『ついで』で行う素材回収であり、専属で取るような仕事ではないのだろう。


 この依頼を見たシオンは眉間に皺を寄せる。


「これは《街の外》への依頼、ですよね」

「うむ。そろそろ一度出てみるのも良いかと思って」


「お勧め出来ませんが……何故これを?」

「実は今朝の診察で、蜘蛛の煙が殆ど無くなっててね。カスミさんが2〜3日中に目が覚めると思うんだ」

「それって……!」


 その吉報にシオンが目を見開いた。

 たしかにそうなれば忙しくなり、外へ出るどころではなくなる。


「それなら今、感覚を掴む為に外に出るのは選択としてはありだろ?」


 また討伐ではない点が良い。失敗リスクが財布への打撃以外に無く、また外の探索を練習するのであれば問題ない範疇と思われる。


 シオンは思案する。


「ステラさん、いくつか約束してください」

「なんだろうか?」


「まず1つ。魔物を見たら、また気配を感じたらその時点で逃げてください」

「ん? 一応戦えると思うのだが……火力が足りないということか?」


 ステラがシャドーボクシングで戦闘力をアピールする。また実戦という意味では追剥通りの逃走劇が記憶に新しい。だが、シオンはゆっくりと首を降った。


「火力の問題じゃないんです。ステラさんは《殺し》の経験がありますか?」


「殺しっていうと……ああ、確かにとなると殺ったことがないな」

「であれば逃げてください。魔物とは言え、初めは上手く出来ないですからね」


 ステラがツギハギの記憶を探す。命を奪うとは中々にストレスが掛かるもので、その負荷に心が耐えきらず不調に陥る。

 以前追剥通りで非殺傷魔法を利用したのも、殺しを嫌った以前にという意味がある。


 またための最も基本的な技術は『逃走』だ。最後に生きてさえいれば後はどうとでもなるのだ。



「今回は軽く慣らしとして……殺しの訓練はまた後日行いましょう」

「し、承知した」


 シオンからさらりと『殺す練習』と言われ少しだけ緊張する。ケンカはしても殺し合いなどした事もない。だがそういう世界に足を踏み入れたのであれば……出来る出来ないではなく、のだと肝に銘じた。



「2つ目。まだ行けると思ったら帰り時です。その先は深みですからね」

「もしかして迷子の心配だろうか? でも極力リスクの低減は――」


「現在位置が分かること、帰り道が分かることは大変結構ですが……そもそもを避けるべきです。危険への対策を練ることと、危険に飛び込むことは別です」


 ふむ、とステラが腕を組む。


 たしかに常時手を引いてもらう……というわけにも行かない。己は色々足りていないのは確かだが、ステラは特に自活できるようになりたいと強く思っている。


 その為にもこの当前の事を当たり前にするべく努力しなければならない。


「確かに『起こさない』のが1等良いプランだ。徹底するよ」



「では3つ目。採集以外に気を向けないでください」

「あー……それは」


 つまり3歳児対策だ。


 いや、おつかいのとき多少なりとも押さえ込めたからぎりぎり4歳児と言えなくも……と、言い繕っても多少マシになった程度で完全ではない。


 より興味のある物がちらつけば目が行ってしまう状態だ。


「ど、努力は……しよう……」

「徹底は難しいですか?」


「正直ウサギが居たら追ってしまうかも。それが時計を持っているなら尚更」


「時計……? そんなユニークモンスター存在するんですか?」

「夢の領域に住まう布告屋だな。常に時間を気にして走り回り、その領域へと誘い引き込むのだよ」

「……それもトーヨーの?」

「概ねそんなところだ」


 内心でルイス氏ごめんなさいと謝りつつ、不安の残るステラはふぅと息をついた。



「最後に――」


「あ、シオンさん!」


 呼ばれた声に振り返ると、受付カウンターで手を振る受付嬢ツァルトがの姿が見える。ぷるるぴこりと揺れる耳が可愛らしい。


「なんだろうな?」

「行ってみましょうか」


 カウンターに向かうと彼女は2人を……いや、シオン1人を待っていた。


「シオンさんに指名依頼が来ています」

「僕にですか?」

「指名依頼って……シオン君すごいな、有名人じゃないか!」

「まあ、はい」

 

 有名人どころかシオンの名知らない人は居ないのだが、ステラはその点全く疎いため嬉しそうに拍手して讃えた。流石に妾子しょうしとはいえ公王の息子であることは事実なのだ。


 ただ喜ぶステラに対し、彼はあまり嬉しそうではなかったが。


「そろそろかとは思っていましたが、依頼はなんです?」

ですね」


 そう言って差し出した依頼表は普段見ている木札と違う、確りと装飾が施された立派な羊皮紙だった。


===========

対象:銀級/シオン・アルマリア

顧客:カシウス・オヴス・

依頼:荷運び

内容:剣の移送、安置

報酬:100,000タブラ

期間:―

特記:―

===========


「シオン君、その依頼主って……」

「ええですね」


「……あと剣って、もしかしてか?」

です。儀式が済んだので返却ですね」

「あれ?」


 いつの間にかアルヴィク公国王子の成人式は終わっていたらしい。


「何ぞパレードみたいな式典があるかと思ったんだが……」

「貴族間での夜会やパーティーはあるんですけど、たかだかイチ王子の成人ですしね。多少恩赦が出るくらいで市民に余り関係はありません」


「でも君――」

「いいえ、僕はですよ」


 言い切るように強く言われてステラは口を紡ぐ。


(……ただの一般人が、をこんなに面倒見てくれるなんてあり得ないんだよなぁ)


 下手をすれば最初のレギンの様に殺意を向けられ、どうにもならず放逐されるなどもあり得た。それを見捨てず拾ってくれたのは、偏に彼が面倒見の良い男であったからだ。


 たとえ雲上の者が評価せずとも自身は評価する。ステラは改めてシオンへの感謝を胸に刻んだ。


「ちなみにこの依頼、期間指定が無いようだが……」

「つまり、ですね」

「ああ、やっぱり……ならすぐ準備した方がいいのではないか?」

「そうなんですが……」


 シオンが心配げにステラを見やる。


「フフフ、小生のことは心配するな。待つ間にやれる事をやっておこう。まずは2階資料室で薬草種の確認と植生調査だな」

「ええ、それでお願いします。ではツァルトさん、手続を」

「わかりました……はい、ではこちらを」


 ツァルトから受け取った印入り依頼票を丸めて受け取る。いつもの木札と異なる光景は少しだけ新鮮だ。


「では先に行きますが、くれぐれも無茶はしないでくださいね?」

「うむ!」


 腕を組み頷くと、やはりシオンは心配げにステラを見たが、時間もないためそのままに別れた。


「さて、小生は2階に向かうか。ツァルトさん、資料室お借りします」

「ええ、どうぞ」


 軽く会釈して、ステラも2階へと向かっていった。



……


◇◇◇


……



 シオンの仕事は全く持って恙無く終わった。


 当日昼に出立し、3日目の昼頃には帰ってくる全く持って軽快なスケジュールである。むしろ本来の工程よりだいぶ早く終わったのでは無いだろうか。


 特に今回はイレギュラーな事態もなく、強いて挙げても数体の魔物を切り伏せた程度だ。シオンの前にして然程の困難ですら無い。



 彼の仕事は分相応。故に何不自由なく終わったのだ。



 そうして屋敷に帰ってきた彼は、2つの情報を得ることになる。


 1つ。ステラの予告どおり親愛なる彼の母が目覚めたこと。

 そしてもう1つは……。



「ステラさんが行方不明?」



 最悪を行く事態にシオンは気が遠くなりつつステラの言葉を思い出していた。


『こういうのってなんていうか知ってる? フラグっていうんだよ』


 ああ正にそれだ。シオンはたらりと冷汗をかいた。



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