02-03-03:神託の間と女神の祭壇
「ふわぁ……」
踏み入れた場所はたしかに聖域だった。
遺跡の最奥、神託の間と呼ばれる大祭壇は大きく八角形の部屋になっている。辺の頂点にはローマ様式に似た縦筋の堀られた円柱があり、ドーム状の天井を支えていた。
中央にやんわりと両手を広げる巨大な女神像が讃えられており、明るく照らすように天窓から光が差し込む。まるで後光が差すようで、女神像が一層神々しく映るようになっているのだ。
ひと目で女神のための聖域であることを思わせるが、工夫はそれだけではない。なんたってここの世界は魔法の存在するのだ。
差し込む光がふわりと粒のように浮かびがって、女神像や壁、床にぶつかってはパチリとシャボンのように弾けている。まるで妖精が女神と戯れているように見え、煌めく女神は神域に在る大神であるとひと目でわかる。
(中央の像がイシュター、かな?)
『女神』と似たトーガを纏う姿は、しかし薄衣のようなフードをかぶっている。胸は特に強調されて大きいのは、豊穣を担う女神故であろうか。これに限ってはでかけりゃいいのでである。
ただ同元とおもわれるイシュタルの肖像の様に、
ステラの脳裏に『若気の至り』という単語が浮かんで消えた。
「おや……シオン君、周囲の壁にも祠? ……というかレリーフがあるね。それぞれ違う神様だろうか?」
入り口から見える周囲の壁には象徴と人物が掘られている。その前に小さな祭壇があることから確実に何らかの神々だと推測された。
「『
そういえば魔法について聞いたときに出現した単語を耳にしていた。首を傾げるステラに、シオンが神々について簡単に語る。
中央の女神像が『天空と星巡』を司る女神にして大神であるイシュター。創世において神々を率いた中心となる女神である。運命や天候を司り、故に豊穣の女神としても見られている。
両脇の面で侍るのは、生命と腐敗を司る女神レイアと、死滅と再生を司る男神レイスの双子神。死後と生前の領域を司り、また世界の流れを見ていると言われる。
双子神の両脇、女神の四方に構えるのは四方神。
炎熱と破壊を司る女神ブリードと、風流と停滞を司る男神アネモネ、水木と乾砂を司る女神ワタウミ、大地と深淵を司るイデア。これらは世界を構成する要素を司り、また女神の守りを担当している。
「八角形の部屋に神を配するのが『
特にイシュター様を据える場合は、このように周囲を神々が囲う形となりますね」
「ふむう……」
見れば確かに広間の中央女神イシュターの像の前に、1つの祭壇が用意されている。
祭壇は鳥や樹木、果実や花を彫刻した生命を喚起する見事なものだ。祭壇の上には石造りの無骨な台座が据えられており、そこに鈍色の剣が1本突き刺さっている。ちょうど女神に見守られた位置にある剣は、舞い踊る光の粒子を纏い淡く輝いていた。
「あれが……目当ての剣かい?」
「ええ、そうですね。『女神座す最奥、その身許にて剣は宿る』との言い伝えのもと、神剣は此処に安置されています」
「ふむぅ……」
5枚花弁の一輪花……アルエナが意匠として施された剣は、幅広の剣身に美しい浮かし彫りが成されている。唾は茨のような蔦が巻き付き、中に紅いルビーがぼんやりと光っている。
柄は螺旋状にすべり止めが切られて、柄頭は大きな水晶が付いていた。水晶の中にはピンク色のバラのような花が1つ、封入されて浮かんでいるようだ。
(美麗で美しいともいえるが……ただそれだけのように見える)
事実儀礼剣としては問題ないように見えるし、シオンが言う『成人の儀』が名を伏せるような……例えば貴族の子息が使うにも不備はないのだろう。
だが『女神の神剣』という大層な名前の割に神々しさというか、神気というか。神剣の名に見合う風格が無い。多少なり魔法的な力はあるようだがそれだけ……名前負けしたただの剣なのだ。
なまじ神の存在を目にしたからこそ、あまりの普通さに違和感が募る。
「シオン君、これ偽物ではないのかい?」
「本物ですよ? 柄頭の桃色のアルマが特徴と聞いていますし」
「しかし『神剣』とは言い難いオーラの無さだが……?」
「儀礼用ですし、単にそう呼ばれる品ですからねぇ。神具なんてそうそうあってたまるものですか」
そういうものか首を傾げると、そんなものですと苦笑された。
ステラは剣の祭壇に近寄り、女神像を見上げる。ゆったりしたトーガに包まれた像は豊かな胸と大きなお尻の、女性らしさを最大限強調したものとなっている。
またヴェールを被っている像の顔を見やれば、慈愛に満ちた笑顔をたたえる美しい顔立ちが目に入った。
「一応確認だが……。この像が女神イシュターで良いのだな?」
「そうですよ、それがなにか……?」
「像は顔がちゃんと彫刻されているようだが、それは何故だ?」
「え? 何故って……イシュター様のお顔が解らないと困るじゃないですか」
「じゃあ、シオン君は単純に『女神』と言われたとき、どの神か特定できる?」
「やはりイシュター様でしょうか。他にもレイア様やブリード様等女神はいらっしゃいますが……その土地でそちらを主として崇めていれば、そちらに傾くかもしれませんね」
「ふむ……」
ステラが唸り考え込む。
「あの。ステラさん、そろそろ御祈りをして剣を受け取りますので……少し静かにお願いします」
「あ、すまない。承知したよ」
そうしてシオンが祭壇に傅き、剣を受け取るための祝詞をボソボソとつぶやいた。
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