02-01-05:目覚める彼女と黒の夢
強いて言えば夢。そう、これは夢だ。
でなければ何処を見ても黒の空間に一人揺蕩っているはずがない。なんとなく『女神』の居た白い空間に似ているきがする。ただ事実だとすると、死んで早々死んだと面白いことにならないか。
だから之は夢にしておこう。彼女は決めた。
――うーん……しかしなんか落ち着く……。
普通は恐れるだろう暗がりであるが、縮こまっているとなんだか安心するのだ。まるでお気に入りのスペースに、すっぽり丸まってはまり込んだような居心地の良さがある。
――此処は一体何なんだろうなぁ?
先ほど何か衝撃的なことが起きた気がする。心なしか後頭部が痛いような気がして、しかし思い出せない。一体何があったというのか。
しかしながら余り重要でないから思い出せないとも言える。なら一旦思考の隅に追いやって、今を考えるべきだろう。
現状注意すべきは今いる場所が『女神』のいた白ではなく、黒の空間であるということだ。仮にそうだとすれば連なる神が現れる筈。
彼女は何かの気配を感じ取って身構えた。
しかし目の前に現れたのは神では無い。というか対話できる手合ですら無かった。
――んんん~っ?
黒から不意にに現れたのは布テープで粗っぽく修復されたスチール机と、ダクトテープでクッションを塞いだ古くさいパイプ椅子であった。
机にはなんとなく小洒落た角皿に料理が盛られて、懐かしくも芳しいあの匂いが漂っている。その隣にはもう明らかなビールジョッキが聳え立つとなれば確定だ。
――これ、いざかや?! あと焼き鳥?!!
未だじゅうじゅうと熱を持つねぎま、照り照りにテカりを主張するつくね様。皿の上で彼女を手招きしている。
隣で威容を誇るジョッキの表面には霜が浮いて、キッンキンに冷えたおビール様がなみなみと注がれているではないか。
明らかな据え膳である。食べろ飲め以外に何があるというのか。
うわあなんておそろしいわななんだ! 等と自己肯定しつつトテトテと近づいたところで、机に紙片が一枚置いてあることに気がつく。
なんだろう、彼女がカードを手にとって書かれた内容を読み取る。
――……さしみ?
達筆で書かれた文字は確かに『さしみ』と記されている。もちろん彼女は刺し身も好き――油の乗ったブリなんて特に――だが、机にあるのはどう見ても焼き鳥だ。
正確には塩焼き鳥だが、どの道魚では無い。
之は一体何の暗喩であろう。少し引っかかるがまずは香る焼き鳥達だだ。彼女は席について、焼き鳥の1つ手にとって
食べることにした。
――フフフ……。
まずはねぎまだ。
もっちりとした皮がプチリと弾けて、中のうぐいす餡がとろりと漏れ出した。蒸したての餡がホクホクと熱く甘惚けて、ほくほくはふりと噛む毎に楽しみを与えてくれる。
ネギはしゃくりと
――……フゥ。
……つくねはどうか。
最初は固く、しかしサクリと歯触りが良い。小麦の甘みとバターの風味が特徴のコレは、シンプルながら隙の無い完成した一品であった。だが用意された黄身のタレは何故添えてあるのか。確実に意味があるはずで、真相は意図に乗るしか得ることが出来ない。
彼女は手にしたつくね(仮)を黄身にくぐらせて、またサクリとやる。
彼女は目をカッと見開いた。
あまりにも冒涜的な組み合わせだった。黄身と思われたタレは、バターを用いた柑橘系の甘いジャムペーストである。しかも人肌で溶けるよう調整され、また砂糖やシナモンで味付けされた故かクドさがない専用ソース。
あーあ、バターとバターが出会っちまった。
恐るべき組み合わせはかの
――……うん。
ここまで来たらやりきろう、彼女はビールに手を付ける。
ぐいと煽るとしゅわっと爽やかな喉越しで、甘ったるい口腔をさっと洗い流してくれた。これはレモン炭酸というシンプルな飲料であるが、だからこそ素の良さが計り知れる。唯一甘くない、だからこそ場に置いて生きるのだ。
ああもはや疑いようもないだろう。彼女は十分我慢した。
――矛盾塊じゃないですかヤダアアアア!!!!!
だん、とビールジョッキを割れない程度に机に叩きつける。ビシリと『ひび』が入るのは、これも糖衣菓子である故だ。きっと皿とか……机や椅子も食べられるに違いない。
どうしてこうなった。断固抗議したいのだが、怒るにもやたら美味しいお菓子なので怒るに怒れない。
――チクショウメェ!! ってうえあああああ?!?!
そう吠える彼女は、次の瞬間ひっくり返るように浮かび上がり、くるくると回転しながら唐突に目を覚ました。
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