第9話 5月6日 痣
5月6日(金)
ゴールデンウィーク明けの日。
なんとなく、早くに目が覚めた私は早めに学校に出勤し、部室の掃除でもすることにした。
そうして、部室に入るとそこには先約がいた。どうやら、小橋くんのようだ。
「え……先生? どうして、こんな時間に?」
小橋くんは私が部室に入ると、慌てて背を向ける。その態度を不審に思いながらも、とりあえず風邪が治って学校に出てきたことを嬉しく思う。
「小橋くんの方こそ、朝早いじゃないか。どうやら、風邪も良くなったみたいだし。私は早くに目が覚めたから、部室の掃除でもしようかなと思ってね」
そう言いながら掃除用具入れにほうきを取りに行くと、小橋くんの横顔が見える。その横顔……頬には、薄っすらとだが痣があった。
「どうしたんだい!? その頬!」
私は慌てて、小橋くんの傍による。だが、小橋くんは自分の顔を隠すようにうつむいてしまう。
「なんでも……ありません」
「なんでもないってことはないだろう? 頬に痣が出来てるじゃないか!」
私は詰め寄るが、小橋くんは黙ってうつむいたままだ。
「もしかして、お父さんか?」
私のその言葉に、小橋くんの肩がビクッと震える。
「やっぱり、そうなんだね?」
静かにそう言うと、小橋くんは涙を流し始めた。
「何かあったら、いつでも教員寮までおいでって言っていただろう? 遠慮せずに、なんでも話してよ」
私がそう言うと小橋くんは顔を上げ、ぽつぽつと話し始める。
「お父さんは……帰ってきて僕が演劇部に入ったって知ったら『馬鹿野郎』って僕をぶちました。月曜はあんまり顔が腫れているから休まされました」
そうか、あの日の時点ですでに事は起こっていたんだ。すぐに家庭訪問でもなんでもするべきだった。
「ゴールデンウィークに入ってからも、お父さんの怒りは収まらなくて、あっちこっちを殴る蹴るされました」
小橋くんはとうとう嗚咽を漏らしながら、告白する。制服が長袖だからわからないが、体にも痣が沢山あるのだろう。
「それは、もう虐待のレベルに達してるんじゃないのかな。担任の先生にも伝えるけど、構わないね?」
私の言葉に、小橋くんは小さく頷く。そこで私は、小橋くんを連れて1年3組の担任の元に訪れた。
担任は大層驚いていたが、すぐに小橋くんを保健室に連れて行き、虐待の痕を確認しに行った。私はその間に、学園長に話を伝える。
学園長に話し終えた頃、小橋くんを連れて担任が戻ってきた。そして、確かに全身に痣があったことを報告する。
学園長はその報告に、警察に通報するべきかどうか悩んでいるようだった。
「お願いです。警察には、連絡しないで下さい!」
今後の対応について悩んでいる私たち教師陣に向かって、小橋くんは懇願した。
「だけど、全身に痣が出来るほど殴られているのであれば、私たちは放っておくわけにはいかないよ」
私がそう言うと、小橋くんは俯いてしまう。
そんな小橋くんを見た学園長は「お父さんを犯罪者にはしたくないのか?」と尋ねる。それに対し、小橋くんは小さく頷いた。
そうか。このまま警察に通報すれば、小橋くんのお父さんは傷害罪で逮捕される可能性がある。
そうなれば、小橋くんの家庭はばらばらになってしまうだろう。
「それでは、小橋くんを学生寮に入寮させる……というのはいかがでしょうか? 根本的な解決にはなりませんが、父親と離れれば暴行の心配はなくなるかと」
私がそう提案すると、学園長は小橋くんの目を見て「どうするかね?」と聞いた。
「はい! 僕を寮に入らせてください!」
小橋くんは学園長の目をしっかり見つめ返し、そう言って頭を下げた。学園長は「では、そういうことに」と頷いた。
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