第13話 海の都
チヴィタヴェッキアを出航した艦隊はベネツィアに向かった。予定には無い寄港地である。
西欧諸国はいずれも三成の艦隊を味方に引き入れようとする。彼らは互いに争いヨーロッパのそして世界の覇権を握ろうとしている。また、新教国と旧教国が争い、西欧全体が一触即発であるように思えた。向後、交易をする場合も戦争に巻き込まれることが危惧される。
三成は伊藤マンショとウイリアム・アダムスに問うた。
「西欧において新教国にも旧教国にも属さず、交易のみを行うには、いずれの国と手を結べばよいか?」
「新教にも旧教にも属さぬ国などございません。
伊藤マンショは応えた。
「ベネツィアはいかがですか。」
ウイリアム・アダムスが提案した。
ベネツィアはカトリック国ではあるが、何よりも経済活動を優先してきた都市国家である。しばしばローマ教皇とも対立し、数年前にも聖務停止命令を受けている。宗教よりも現実を選択してきたこの国は、場合によってはイスラム教のオスマン帝国とさえ手を結ぶことがある。
黒海の海上貿易によって東方レヴァント貿易を独占し、巨万の富を蓄え、十四世紀には最盛期を迎える。十五世紀になるとオスマン帝国が東方に勢力を伸ばし、地中海の覇権を失ってしまう。さらに、大航海時代の始まりはベネツィアにとどめを刺した。アフリカ南端を回る新航路の発見により、東方との貿易はポルトガルやスペインが主役となり、今また、新教国が乗り出してきているのだ。
「ならば、ちょうど手頃ではないか。ここを海帝国の窓口とすれば粛々と交易のみ行えるではないか、」
三成の下知を受けて、艦隊はアドリア海を北上した。
「海の上に街がござるぞ!」
真田信繁が甲板で驚嘆の声を上げた。若き官僚たちもマストの上から海上都市ベネツィアの姿に見惚れている。
「なんと、美しい街じゃ。」
甲板に姿を現した石田三成も頬を緩ませている。
ベネツィアの港から数十隻のガレー船が発進した。ガレー船の両舷からのびたいくつもの櫂が水面を力強くかき分けて、みるみるうちに艦隊に近づいてくる。舳先に立った男が大きく手を振る。艦隊を港まで誘導しようというのだ。衰えたといえど、かつて地中海を「我らの海」と呼んだ国である。ヨーロッパは言うに及ばず、イスラム世界まで各港にはりめぐらされた情報網が、「東の帝国の艦隊来る」のニュースを届けていたのだ。
艦隊はガレー船団に導かれ悠々と入港を果たした。
港に上陸した三成たちを迎えたのは、ベネツィアのドージェ、フランチェスコ・コンタリーニだった。ドージェは四十人委員会の選挙で選ばれる国家元首である。一行はゴンドラに乗船し、サン・マルコ広場へと向かった。
サン・マルコ寺院、そして政庁であるドゥカーレ宮殿が立ち並ぶ広場はベネツィアの中心である。三成たちはドゥカーレ宮殿に案内され、その夜には晩餐会が開かれた。この手際の良さにさすがの三成も舌を巻いた。
晩餐会には真田信繁の姿もある。なんか懐が膨らんでいるぞ。
「懐にはきっと、おにぎりが入ってるなり。」
ここでも、おにぎり外交をするつもりだったのか。
「もしもの時のためのおにぎりなり。飢えた子供なんかがいたらあげるつもりだったなりよ。」
やはり不思議な男だ。
翌日からドゥカレー宮殿では、海帝国とベネツィアの貿易協定が協議された。ベネツィアは海帝国の貿易船に港と補給物資を提供する事。交易品はベネツィアが優先的に買い取る権利を有する。戦争及び多国間の争いには介入しない。主にこの三点である。
ベネツィア側には海帝国と結ぶことで、敵対するオスマン帝国への牽制になるとの腹があった。異教徒の国オスマン帝国とも外交ルートを絶やさないこの現実重視の国は、外交交渉の切り札としてこの協定を使うことができるのだ。ベネツィアのバックには東の帝国がいるぞと、暗に脅すこともできる。
三成はオスマン帝国の首都、イスタンブールを訪れるつもりだったが、中止することにした。キリスト教国を巡った直後にイスラムの大帝国に行けば、あらぬ誤解を生む可能性がある。オスマン帝国への挨拶は、別の機会にすることにしたのだ。その代わり、ベネツィアでは、クルーたちにも休息を与えることにした。
「しばし、この街に滞在したい」という三成の申し出を、ベネツィア側は歓迎した。「ゆるりと友好を深めましょう」というわけだ。
海の上の小さな町に大艦隊のクルーたちが大挙して上陸したものだから、街は大騒ぎである。宿屋も飲食店も大繁盛。娼婦たちは群がり、クルーたちの落とす金で街には特需景気が訪れた。
真田信繁も幸昌と鄭芝龍を連れて街を散策した。ゴンドラに乗ってはしゃぎ、珍しい建築をみては感動している。
「幸昌君のほうが冷静なり。信繁君はまるで子供みたいなのだ。」
いやいや、さっき幸昌がピザにかぶりついた時の顔をみたか。泣き出しそうな表情で「うまい、うまい」と言っていたぞ。
「いつも、おにぎりばかりだからなりよ。」
そうだな、船の上ではみんな粗食に耐えてきたからな。逃げ出したお前以外は。
戸部典子の目が遮光器土偶になった。
怒るな、後でピザを奢ってやるから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます