第22話 馬上鉄砲
上海の港に、浅井長政が率いてきた船団が停泊している。
長政は関が原の戦勝報告をかねて上海を訪れたのだ。
織田信雄の補佐は蒲生氏郷に任せている。関が原の戦いでの氏郷の優秀さを長政は大いに気に入り、自分の後釜に据えたのだ。
船からは大量の鉄砲が荷下ろしされている。また、鉄砲鍛冶たちも大勢乗船しており、彼らは大陸において鉄砲づくりに励むことになる。
対ヌルハチ戦の本格的な準備が始まったようだ。信長は北伐を考えているのか?
長政は妻の、お市を帯同していた。お市は信長の妹である。茶々、初、江、三人の娘たちも一緒だった。信長は妹と姪たちに再開した。三人の娘たちも大きくなっている。噂にたがわず美しい。
これは信長にとって武器になる。要するに政略結婚だ。ヌルハチに差し出して和平を乞うこともできるかもしれない。姪を差し出し、油断させたところに攻め込む。信長だったらやりかねない。改変前の歴史では、お市を妻とする浅井長政を攻め滅ぼした男なのだから。
「そんなの許せないなり。」
私がそういうと戸部典子は噛みついてきたが、これが戦国の
中国の歴史を紐解けば、漢の初代皇帝だった劉邦でさえ、騎馬民族の匈奴に怯え、公女を差し出したくらいなのだ。
まぁ、そうならないことを願う。
「黒田如水殿、ご到着なりー。」
戸部典子が嬉しそうにしている。また、戦国の大スターが加わったからだ。
家康謀反のこともあって、長政は危なさそうな黒田如水を半ば拉致同然に連れてきていたのだ。
黒田如水は上海城を見上げて呆然としている。供回りも連れず、所在なさげだ。拉致同然なのだから仕方がない。でも黒田如水クラスになれば、たったひとりでも軍師として勤まるのだ。
真田信繁は馬上鉄砲を完成していた。
馬上から鉄砲を撃つ。そのために銃身を短く切り詰めている。三本の銃身が束ねられ三連発が可能なのだ。
ためし撃ちには伊達政宗も参加している。この二人は馬が合うらしく、頻繁に往来している。
信繁が馬上から的に向かって、三連射する。当たったのは一発のみ。
今度は俺にやらせろとばかりに、政宗が信繁から馬上鉄砲を取り上げた。
「政宗君、がんばるなりー。」
ばん、ばん、ばん!
「惜しいなり。一発外したなりー。」
今度は信繁が、お返しとばかりに政宗の兜を取り上げた。例のナイキの兜だ。シンプルで実用性に富んでいる。それにナイキのマークがかっこいい。
「馬上鉄砲にナイキの兜、これなら高機動力で満州騎兵を圧倒できる。」
とでも話しているのだろうか、二人が大笑いしている。
「男の友情って、いいなりなー。」
またまた戸部典子が、うっとりしてやがる。
真田信繁は信長に馬上鉄砲を献上した。
信長は「デ、アルカ」と言っただけだったが、その後、信繁は信長の秘書のようにされてしまった。
忙しい日々が始まった。
午前中は信長から命じられた仕事をこなし、昼からは鉄砲の生産ラインの管理だ。
だが、この職場は楽しい。職人たちは日々アイディアを出し合い、鉄砲に改良を加えているのだ。信長は鉄砲鍛冶たちにもチャンスを与えていた。能力のある者には莫大なサラリーが支払われていた。真田の次男坊よりも羽振りのいいものがたくさんいた。
清との国境地帯では幾度となく小競り合いが続いていた。戦況は芳しいものではなかった。
信長は軍制改革に乗り出した。
この当時の武将たちは、何人もの供回りを従えて戦場に赴く。旗持ち、槍持ち、弁当を持っていくだけの者もいる。これが集団戦法を妨げている。
信長はこの供回り衆を武将たちに差し出させたのだ。供回り衆には鉄砲を持たせ、信長の直属とした。この頃の信長には武将たちに有無を言わせぬ力があったのだ。武将たちも満州騎兵に勝つためには仕方がないと諦めたのであろう。
武将たちは騎馬軍団を構成した。一騎駆けを許さぬ統率のとれた騎兵である。
形だけではではあるが近代的軍制に大きく近づいた。
西欧の歴史では民衆が銃を持つことによって市民になっていった。銃が市民社会を生み出したといっていい。フランス革命では市民が銃を持って戦った。やがてナポレオンが市民軍を国民軍に編成していく。その過程で近代の国民国家が生まれたのだ。国民の誰もが銃をとって戦うことができるのが国民国家の条件である。
近代国家にあって、信長の軍隊に無いもの。それは国民国家の概念だ。国民国家とは英語でネーション・ステーツである。
ネーション(国民)とステーツ(国家)が結びつくことによって近代的国家が誕生したのである。つまり 国民のひとりひとりが国家に対して義務と権利を持ち、その義務のなかには兵役も含まれる。自国のためならば命をかけるのである。
愛国心というのは、国民国家の産物である。愛国心があるから国家のために死ねるのだ。
ただ、この愛国心は悪用され易い。
信長は鉄砲歩兵たちの訓練を開始した。
担当者は、またまた真田信繁だ。それに伊達政宗も協力している。
信繁も政宗も背中に馬上鉄砲を背負っている。お揃いのナイキの兜をかぶっている。
一日中、鉄砲の音が響き渡る練兵場を、二人の若者が大声をあげて走りまわっている。
「素敵なり。」
戸部典子にとっては大好物が二つ並んでいるのだろう。
そろそろ、ヌルハチも中原における地固めを終える頃だろう。
再び戦雲が巻き起こりつつあった。
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