第14話 信長、南進

 当然、速やかに北京への入城を果たすものと思われた信長は、再び私たちの予想を裏切った。

 信長の軍は中原には見向きもせず南進を始めたのだ。目標は明の副都、南京であった。


 信長の大軍が南京に迫ると、徹底抗戦の構えをとったのは明の武将、李如松りじょしょうであった。介入前の歴史では、朝鮮半島を侵略した秀吉の軍団と戦った勇将である。

 南京には兵乱を逃れた万暦帝の弟、潞王ろおう朱翊鏐しゅよくりゅうが居た。

 李如松は潞王を奉じて南京を死守しようとしたのだ。ところが、潞王は数名の寵臣とともに密かに南京を脱出してしまったのだ。兵士たちは完全に戦意を喪失してしまった。

 抵抗を諦めざるを得なかった李如松は、子飼いの軍団を引き連れて潞王の後を追った。

 南京はもはや空家同然だ。


 福州において李如松と合流した潞王は、台湾に渡って即位し、亡命政権を建てた。南明王朝である。後のことになるが信長は台湾に執着し何度となく兵を送り我が物にせんとした。南明はゲリラ戦をもってこれに応じ、台湾では長い戦いの歴史が始まった。


 中国政府には危惧があった。あの戦争のおり旧日本軍が行ったとされる虐殺のことである。ここでそれが再現されるのではないか。


 南京への入城に際して、信長は一切の殺戮と略奪を禁じた。一糸乱れることなく入城する信長の軍団を、南京の人々は好意的に迎えた。それは日本人の規律正しさを印象付けたひとつの事件でもあった。

 それもそのはずだ。南京入城の指揮をとったのは、明智光秀だった。この生真面目すぎる男が虐殺など許すわけがない。

 私はほっとした。ここで虐殺などやられたら、「それみたことか」と言われること必至だったからだ。

 「光秀君、よくやった。旧日本軍の馬鹿どもとはレヴェルが違う。

  すまん!、暗殺しようとしたりして!」

 戸部典子が両手を腰に胸をはっている。「えっへん!」のポーズだ。

 おまえが命を懸けて守った明智光秀君は、いい仕事をしてくれた。


 南京の文官たちは城外にまで出て信長を出迎えた。

 信長は彼らをブレーンとして採用し、中国本土への道案内とした。


 それでも問題は起こった。数日後、上杉景勝配下の武者が酔って女に暴行を働いた。

 信長は烈火のごとく怒り、民衆の前に武者を引きずり出し切腹を命じた、中国人民は初めて「切腹」を見た。若武者は十文字に腹をかっさばき、悶絶して死んだ。

 上杉景勝は蟄居を命ぜられ、与えられた屋敷の門を竹矢来で閉ざした。

 このとき南京の民衆は噂した。倭国には裁判所があって、刑務所がないというのだ。死刑を命じられれば自ら腹を切る。入牢を命じられれば自らの家を閉ざして牢にしてしまうというのだ。

 まっ、都市伝説だ。


 南京から号令を発した信長は、大陸の各方面に兵を送り中華帝国を制圧していった。北京の徳川家康は信長に服属しながらも、着実に中原に根を張ろうとしていた。


 私たちは第四号作戦を見直さなければならなかった。北方に都を置かなかった歴代の王朝で、中国統一を成し遂げたものが無いというのが定説なのだ。

 春秋戦国、三国、南北朝と、中国は幾度となく分裂の歴史を持っているが、いずれの場合も天下を統一したのは北方の王朝である。契丹族の遼に追われた北宋は南に逃れて南宋を建てたが、その後も女真族の金、モンゴル族の元に圧迫され、北方を回復することなく滅びたのだった。

 唯一の例外は当初、南京に都を置いた明王朝なのだが、これも永楽帝の時代に北京に遷都して長期政権となったのだ。

 理由は様々に考えられるが、軍事的な問題が大きいだろう。中華帝国の安全保障は、北方の異民族の侵入に備える必要があったからだ。常に軍事的緊張状態を強いられた北方は強兵である。それに引き換え、経済的には圧倒的に優位にある南の政権は軍事的に弱体化するというのだ。

 陳博士はそのことを強く主張し、李博士も同意した。


 私たちは碧海作戦遂行中の人民解放軍工作部隊に指示し、信長のブレーンとなっていた漢民族の文官たちを買収し抱き込むことにした。

 文官たちは何度も信長の説得を試みた。

 「大王ダーワン、中原をお取りください。天子テンツーのおわすべき場所は中原をおいて他にありません。」

 しかし、信長が彼らの諫言かんげんに耳をかすことはなかった。


 信長様のお考えになることは、わしらのような凡人には解らんということじゃ。

 そんなことよりも、私は早く十六世紀へ行きたかった。送られてくる映像や資料を見て検討し指示を出すが、現地での作業は人民解放軍のみなさんのお仕事なのだ。現地は危険な状態にあるとかで、なかなか行かせてくれないのだ。

 それならさっさと平和な時代をつくろうではないか。

 はい、第五号作戦。いってみよー。

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