第16話 日常
◇◇◇―――――◇◇◇
〝デベルアスロン〟。
それは、スポーツ用デベルを用いた『デブリレース』『射撃戦』『格闘戦』の総合得点を競い合う、地球のみならず人類圏全体で大流行しているスポーツで、今やオリンピックの主要科目にも選ばれる熱狂ぶりだ。
月面都市は、その工業力の高さを活かし、最新のスポーツ・デベルの開発や戦技の研究で地球や他の宇宙植民都市に比べ一歩先んじている。オリンピック規格の著名なスポーツ・デベル〝アイセル〟も月面都市製だ。
〈マーレ・アングイス〉の帰港から2ヶ月後。
月面自治都市〝ニューコペルニクス市〟。
似たような造りの高層ビルが並ぶ中央区から東に広がるのは、自然豊かなアイリーン地区。
そこに建てられているのが、クラシックな建築様式の校舎が特徴的な、ニューコペルニクス・アカデミー。
広大な敷地の端、そこだけまるで火星の表面のような荒れた地面が剥き出しになっていた。
これは工事されていない訳ではなく、意図的に整備していないだけ。
〝スポーツ・デベル〟を思う存分暴れさせる場所が舗装されている必要はないからだ。
今、2機のスポーツ・デベルが、100メートルの間を空け、互いに向き合って佇んでいた。月のルナティック・メカニクス社製、DS-30〝アイセル〟だ。全高17.66メートル。引き締まったフォルムに、その手に握られているのは、LWP-10スポーツ用バトルブレード。
『準備できたかい? 新入り』
「はい! お願いします!」
『いい子だ。じゃあ………バルカ・レニアス、〝アイセル〟1番機行くよッ!』
「レイン・『アクレアー』! 〝アイセル〟2番機、行きますッ!!」
その瞬間、2機の〝アイセル〟が互いに脚部スラスター全開で………激突した。
◇◇◇―――――◇◇◇
「レイン・〝アクレアー〟、とな………」
「ええ。ラグランジュポイント2、ウェリントン・コロニー出身………ということにしています。『レイン・アークレア』の方は、〈GG-003〉襲撃事件の際の不幸な犠牲者、ということで統合政府に情報が行っておりますので」
バトルブレード同士の激しい打ち合いで周囲に容赦なく土煙が舞い上がる。
グラウンドの最外縁。時折ここまで降ってくる土煙を軽く手で払いながら、………今、レインの保護者役を務めているシェナリンと、アカデミー学長であるダウル・リブラハーンは、広大なデベル用グラウンドで繰り広げられるその激闘を、見守っていた。
〝リベルター〟支援者の一人でもあるダウル学長は「なるほど、なるほど」と、杖をつき直し、呟きながら、
「確かに………そちらの方が何かと都合がいいでしょうなあ。彼女にとっても。ステラノイドの酷使は地球では情報統制され、もし彼女の生存が明かになれば………地球のご家族の身が危うくなる可能性もあるでしょうしね」
「しばらく、彼女は別の名前、別の市民IDで生活してもらうことになります。地球出身であることもなるべく明らかにせず」
「このNC市でも、地球出身者に対するテロ攻撃が頻発しておりますからな。〈ドルジNC〉の社屋前での爆発事件、聞きましたかな?」
「ええ………。申し上げておきますが学長。あれには〝リベルター〟は一切関与しておりません」
「もちろん承知しておりますとも。………〝リベルター〟なら、社屋ごと叩き潰すでしょうし」
ほっほっほ。そう笑いながらダウルが見守るその先。
2機の〝アイセル〟の壮絶な剣戟の果て………つばぜり合いによって双方一歩も引けない状態に入った。
『ぐ………!』
『パワーなら互角! それならッ!!』
外部スピーカー越し。レインの鋭い掛け声の瞬間、彼女の〝アイセル〟2番機が………身を沈めた。
『んなっ!』
激しく打ち合っていた相手の剣の質量を一瞬で失い、思わずバランスを崩すバニカの〝アイセル〟1番機。
目を疑うような速さでバニカ機の背後に回り込んだレインの〝アイセル〟は、次の瞬間振り返る寸前のバニカ機目がけ、自らのバトルブレードを横薙いだ。
ガキン! という激しく金属が打たれる音。背を打たれた衝撃でバニカの〝アイセル〟1番機は一瞬、ふわりと浮き上がって……次の瞬間には無舗装の地面に叩きつけられて、その巨体は膨大な土煙の中に閉ざされてしまった。
「勝負ありましたな。ほっほっほ」
「レイン・アークレア。地球、デベルアスロン国際大会銀メダリスト。中々面白い人です………」
シェナリンはそう一人ごちながら、腕に取り付けたナビバイスを起動した。【通話】モードを呼び出して、レインの〝アイセル〟と通信回線を繋ぐ。
「レインさん。お疲れ様です。そろそろ………」
『あ、はい! ありがとうございます! ………えっと、大丈夫ですか? バニカ先輩』
『く、くっそ~っ!! 強い! 強すぎる! 今度はデブリレース・シミュレーターで勝負だッ! それと射撃!』
『あ、あの………。ちょっと今から用事があるので………』
『………彼氏かッ!!』
『え、ええっ!? ち、違いますよ!』
『彼氏だな間違いないッ!! ち、ちくしょォォォッ!!! 胸の大きさ以外、全部、全部負けちまったァァァァァッ!!』
畜生めえええええええええぇぇぇぇぇッ!!!
〝アイセル〟1番機で地団太を踏み始めたバニカに、オロオロとするばかりのレイン。
「いや~。若いっていいですなぁ、シェナリンさん」
「………あれだけ暴れたら、後の整地が大変ですね」
「昔のあなたとそっくりだ」
「蒸し返さないでくださいお願いします」
◇◇◇―――――◇◇◇
「おいガキどもー! 作業やめ! 飯にすっぞ~!」
整備長のアルディのだみ声に、調整中だった3機の〝ラメギノ〟に取りついていたステラノイドたちは、一斉に顔を上げた。
「やったメシだぁ~!」
「今日は何かな?」
「昨日は合成肉が入ってたし………」
ワイワイと明るい表情で食堂へと向かうのは、第2世代のステラノイドたち。
ソラトたち第1世代も、工具を片付けてその後に続く。
ここは、ニューコペルニクス市から100キロ程離れた地点にある〝リベルター〟の秘密宇宙港。
完璧にカモフラージュされたここでは、次々と運び込まれてくる戦闘用デベル〝ラメギノ〟や〝シルベスター〟のパーツを組み立て、直ちに出撃できるよう調整も行っている。ソラトたちステラノイドは、整備員としてここでの仕事を与えられることになった。
「やった! 今日も火星モロコシのサラダが入ってる!」
「エリオそれ好きだもんなぁ」
「おらおら、はしゃいでないでさっさと食っちまうぞ。あと5機、今日中に新品の〝ラメギノ〟を、使えるようにしねえといけねえんだからよ」
はぁ~い! と元気のいい子供たちの声。
ソラトら第1世代ステラノイドはそれに加わらずに、既に慣れた手つきでトレーに盛られた食事に取り掛かり始めていた。
「………にしてもお前ら」
「ん? 何すかアルディさん」
「いや、ガキのクセしていい腕してるなぁって。デベルを整備できる程の専門知識なんざ、どこで勉強したんだ?」
ああ。第2世代ステラノイドのエリオは、寄り集まっている第1世代たちの方を指さした。
「第1世代たちが教えてくれたんです。その………もう死んじゃったんですけど、アルザさんがすごい先生で、空いた時間に根気強く教えてくれたから」
「最初、俺ら読み書きすらできなかったもんな!」
「ほぉ………すげえなお前ら! いい教官になれるぜ」
投げかけられたアルディの言葉に、戸惑った様子で顔を見合わせた第1世代ステラノイド達だったが、カイルが代表して少し腰を浮かせて、
「基礎的な教養は必要だと思いましたので。第1世代ステラノイドに製造時にインプットされていた技術情報を、彼らにも伝達しただけです」
「ほぉ。ま、おかげで整備関係は大分楽になったがな」
「そういえば、俺たちの前にもステラノイドを助けたって聞いたんですけど」
「ああ。かれこれ5年以上前からステラノイド解放作戦はあちこちで始まってる。そいつらは主にスペースコロニー建設で駆り出されてた奴らでよ。助け出した後も、待遇を改善して、別のコロニー建設現場で頑張ってるはずだ」
「………戦闘員にはなれないんですか?」
ふと、問いかけてきたのはソラト。
アルディは「うーむ」と両腕を組みながら、
「………俺の知ってる限り、そもそも〝リベルター〟にステラノイドを入れたこと自体なかったからな。何でも、ここの創設者の一人の意向で、ステラノイドを戦闘に巻き込みたくないってのがあるとか何とか」
「俺たちは巻き込まれたなんて思いません」
「んなこたぁ、ご本人様に聞けよ。お前らは、今ある仕事を頑張りな」
ソラトは、少し俯いてまだ食事に戻っていった。
と、
「あ、ちょうど間に合ったかな?」
入ってきたのは二人。〈マーレ・アングイス〉オペレーターのシェナリン少尉と、それに………
「………レイン?」
「あ、ソラト! 久しぶりっ!」
〝リベルター〟に保護されているレインが、トトト………とソラトらの方にやってきた。
「ふふん。今なら誰がソラトか、分かるんだよね。………右から2番目! スプーン持ってる黒髪!」
「うん」
ソラトは立ち上がった。「やっぱり!」とレインは嬉しそうな表情を見せて、
「私、お昼まだなんだ。一緒にいい?」
「うん。座って………」
ソラトは、向かい側で空いていた席を示したが………なぜか「ち、違うんだよ……!」とアルディや第2世代ステラノイドたちが頭を抱えていた。
と、エリオがカイルに何か耳打ちする。
「………? まあいいか。ソラト」
「何?」
「後ろの空いてる席に移動してくれ。レインと一緒に」
分かった。と、カイルが指し示した席に、ソラトは移動した。レインも、昼食が盛られたトレーを持ってその後へ。
「………何か、ゴメンねソラト」
「問題ない………それより、どうしてここに?」
ここ、リベルターの秘密宇宙港は、ニューコペルニクス市から100キロ以上離れているのに。定期的に小型のシャトルがNC市と密かに結ばれているが、それなりに時間がかかる。
レインは「んーとね」とサラダにフォークを突き刺しながら、
「………よかったらこの後、街に行ってみない?」
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