#06-002「超人類:バイス・デバイス(2)」

 スマホのようなものをポケットにしまい、黒咲は長く息を吐いた。羽斯波は重たい身体を引き摺るようにして歩きながら、恐る恐るといった様子で黒咲を窺う。黒咲は言った。


「私たちの回収は延期。もう一つ任務が入った」

「えぇっ、こんなに働いたのに!?」


 あからさまに不愉快な声を上げた羽斯波に、黒咲は「しかたないでしょ」と少しむくれたような顔を見せた。つい先ほどまで受けていた致命的なダメージは、今やもうすっかりと回復してしまっている。もっとも、服の損傷までが治るわけではないので、胸と背中に大きな穴が開いていた。それはそれで非常にセクシーな眺めではある。羽斯波も思わずその白い肌を凝視してしまっていた。


「羽斯波、見ても何の足しにもならないぞ」

「え、あ、いや、そうじゃないけど」

「男だから仕方ないとはいえ、凝視はちょっとな」


 黒咲はふふん、と鼻を鳴らす。羽斯波は首を振って邪念を追い出し、「何をしろって?」と話題を戻した。その声は徹夜明けのSE時代に良く出していたガラガラとした声に似ていた。不満はあってもどうせ自分がやらなきゃならない。どうせ自分にしかできないんでしょ――そんな環境は、昔も今も変わらずだ。いや待て、昔より状況は悪いぞ。査定自体が存在していそうにないし、辞表を出すわけにもいかないのだ。労働基準監督署が出てくる幕もないだろう。ブラックにも程があると、羽斯波は静かに憤慨する。


 黒咲はそんなふうに表情をころころ変える羽斯波を眺めていたが、やがて飽きたように目を逸らし、「断罪コンヴィクション」とぽつりと口にした。


「コンヴィク、なんだって?」

「コンヴィクション。断罪のこと」

「さっぱりわからないが、何やら物騒な響きだな」

「物騒な事なのよ」


 黒咲はやれやれと頭を振る。


「この街には宇良部と加味島という二人のニューロのエージェントがいたんだけど、あいつら、ナーヴの連中に通じていたらしい」

「ええと……裏切ったってことか?」

「端的に言えばそうなるんだけど」


 黒咲は少し言いにくそうに言葉を切った。


「そもそも宇良部も加味島も、綺隆様の直属ではないのよ。いわばフリーランスが短期契約をしているようなものだった」

「なにそれ」


 羽斯波は頭の上に巨大な「?」を浮かべた。


「そんなコウモリみたいな立ち位置ってあるのかい」

「あるのよ、いろいろとね」


 黒咲は肩を竦め、再びスマホのようなものを取り出した。そこには宇良部と加味島の推定現在位置が表示されていた。高播磨の探知能力による逆探だ。距離的には黒咲の空間転移であっという間に辿り着ける場所ではあったが、そうなると一人で宇良部と加味島を相手しなくてはならなくなる。それは避けたい選択だった。


「むしろね、そのコウモリの方が圧倒的に多いのが実情。ニューロ、ナーヴ、どちらかに明確に属しているエージェントなんて、それぞれ両手の指で数えられるくらいしかいないはず」

「そ、そんなに少ないのか!」

「ええ」


 黒咲はつまらなさそうに鼻を鳴らす。


「私でさえニューロの全体像は把握していない。でも、ニューロの最高指揮官である綺隆様でさえ、直下のエージェントはせいぜい十人。装備品にしてもほとんどは陸自からの貸与品だし、作戦に於いては名目上は陸自と互恵契約を結んでもいる。あの本部にしたって、陸自の指揮指令所の一つを借りているだけだと聞いている」


 なるほど。羽斯波は頷く。超人類とは言え、土建屋でもなければ農家でもない。まして武器の生産能力なんてないだろうし、V22オスプレイのような輸送手段だって独自には持ち得ないだろう。もっとも、そこに行きつくまでに、綺隆と政府の間でどんな駆け引きがあったのかと思うと、背筋が薄ら寒くもなる。


「ともかくね、ニューロだのナーヴだのといっても、私たちは決して一枚岩なんかじゃない。旧人類との共存を第一に掲げるニューロに対して、疑問符を突き付ける超人類たちも少なくはない」

「というと?」


 羽斯波の問いかけに、黒咲はしばし沈黙した。ビルの縁から見下ろされるのは、誰もいない、かつてのオフィス街。文字通りのゴーストタウンであるが、そんな街にも人々は生きている。超人類から距離を取り、隠れるようにして生き延びている旧人類たちがいる。


「私たちは、血なしには生きられない。それも、旧人類の血がね、必要なのよ」

「それはさっきあいつから聞いた。でもそれが本当なのだとしたら、旧人類との共存というのは、少し了見が違う気がするんだが」

「そう、なんだよね」


 黒咲は溜息を吐く。


「でも、私たちの敵がいなくなれば、共生は成り立つの。支配や搾取ではなく――」

「献血してもらうとか?」

「そう。そういうこと」


 黒咲は大まじめな表情で頷いた。


「私たちは社会の絶対防衛線になることができる。文字通りに絶対的なね。自衛隊や軍隊に代わる組織になり得る。社会を物理的に守護することができる。私たちを殺せるのは、バイス・デバイスだけだから」

「ばいすでばいす?」

「ああ、そうね。言ってなかった」


 黒咲はスマホのようなものを左手で弄びつつ言った。


「旧人類は私たちのことをそう呼ぶの。バイス・デバイス。由来は知らない」

「へえ」

「彼ら旧人類だって、非力だけど馬鹿ばかりというわけでもない。私たちのことを研究している機関だって存在している。もっとも、その大半はナーヴによって壊滅させられているんだけど。諸外国も含めてね」

「諸外国って、ニューロとかナーヴみたいな組織が?」

「みたいな、じゃなくて。ニューロやナーヴがあるのよ。綺隆様と教皇を頂点とした、ね」

「もうわけがわからないな。つまり、ニューロやナーヴっていうのは、日本に拠点を置いてる国際組織っていうわけか」

「そうね、そうとも言う」


 黒咲はそう言いながら、右手の平から刀を取り出した。鮮血が散る。


「出迎えご苦労様なこと」


 その唐突な展開についていけず、羽斯波はキョロキョロと暗い周囲を見回した。


「そこ」

「そこって?」


 黒咲が血塗れの刀で示したその先には、ひときわ高いビルのシルエットが見える。


「これがあるから、あまり戦いたくはなかったんだけど」


 黒咲が呟いた途端、そのビルのシルエットはめまぐるしく形を変えた。


 ヴ……ンン……。


 不気味な音が聞こえ、それが徐々に近づいてくる。


「うわわっ!?」


 羽斯波は周囲を雲霞の如く飛び回る黒い何かに悲鳴を上げた。


「なんだこれ、円盤?」


 うるさく飛び回るそれは、黒い一円玉のような物体だった。そんなものが何千、何万と集まって、巨大なビルのシルエットを作っていたのだ。闇に擬態していたと言ってもいいだろう。


「これは宇良部が顕現させたアルファ。ったく、うるさいったらしょうがない!」


 円盤はまるでスズメバチの群れのように、黒咲と羽斯波に襲い掛かってくる。その一つ一つがまるで銃弾のようになって休むことなく二人にぶつかってくる。命中した箇所には穴が開く。


「くあっ!?」


 羽斯波は両手にジャマダハルを生じさせて、めちゃくちゃに振るいまくる。それにより何百という円盤が破壊されるが、焼け石に水である。その間にも、羽斯波も黒咲も傷付けられていっているのだ。長くはもたない。


「し、しょうがない」


 羽斯波は意を決して走り始めた。この円盤から少しでも距離を取りたいと思ったからだったのだが、円盤の飛行速度は速い。到底逃げ切れるものではない。


「ダメで元々!」


 羽斯波は破れかぶれになって叫んだ。


「プロメテウス、顕現!」


 ダメ元での絶叫だったのだが、そう叫んだまさにその瞬間に、羽斯波は強烈な浮遊感を味わった。闇色一色だった視界に、燦然たる色彩が入り込む。怒涛であり、滝である。


『NO-VICE:プロメテウス、パイロット認証完了。システム、拘束解除アンバウンド。戦闘モジュール群、起動開始イグニッション


 気が付けば羽斯波の肉体は、例の出口のないコックピットに収まっていた。


『攻撃システム、クレイモア、ETHER注入インジェクション――ウェポン顕現レヴェレイション


 お約束の手順を几帳面に踏んで、プロメテウスは超巨大な両手剣を生じさせる。対して敵――円盤の群れ――は、プロメテウスとほとんど同じシルエットを形成した。ご丁寧に、手にしている武器まで同じだった。


 白いプロメテウスと、黒いプロメテウス。二体の巨人が睨み合う。


 もう一人のエージェント、加味島の存在も気にはなったが、今はこの黒いプロメテウスをどうにかするのが先決だった。


「高播磨、聞こえるか?」

『感度良好です』

「よかった。この目の前の黒い円盤の集合体の……ええと、宇良部だっけ。そいつの居どころはわかる?」

『ええと……それは』

「わかった。こいつの中にいるんでしょ」

『正解です』

「なるほどね」


 ともかくも、このまねっこ猿、宇良部を倒すためには、黒いプロメテウスをどうにかしなきゃならないというわけだ――羽斯波は呟いた。


 二体のプロメテウスは、その両手剣を肩に担ぐようにして構えている。


「プロメテウス! 奴に攻撃は通じるか?」

『物理攻撃は一定の効果を上げるであろうと推測されます』

「そうか、オーケー」


 白と黒の二体は、じりじりと距離を詰めた。そして一歩の間合いに踏み込んだ瞬間、同時に地面を蹴立てて斬りかかった。アスファルトがめくれ、街灯や標識がし折られて倒れて砕けた。ビルの外壁に取り付けられていた看板たちも、バラバラと面白いように落下していく。


 お互いの両手剣クレイモアが鈍くも高い衝突音をたててぶつかり合う。火花が周囲のビルの薄汚れた外壁を照らし出す。双方の途轍もなく重たい一撃が、衝撃波という形になって、建物の窓ガラスという窓ガラスを打ち砕く。


 黒いプロメテウスの目のあたりのスリットが、ヴンと音を立てて赤く光る。羽斯波はそれを合図にして、手にした重量大剣をまるでハンマー投げでもするかのように大きく振り回した。黒いプロメテウスはそれを迎撃せんとして、大上段から剣を打ち下ろした。刃と刃がぶつかり合い、その度に同心円の衝撃波が周囲の建物を粉砕していく。コンクリートや金属の欠片が、二体のプロメテウスに歪な迷彩を施した。


「埒が明かないな、これ!」


 羽斯波は呟きつつ、五十メートル先にいる敵機を睨みつけた。眼鏡のレンズがギラリと光る。二十メートルの巨人が、立ち並ぶビルの林の中で対峙する。


「高播磨、どうにかする方法は」

『宇良部のデータが見当たらないんですよ。解析を急がせているんですが……』


 新人技術者がインシデントに直面した時にする言い訳を口にする高播磨に、羽斯波は頭痛を覚えた。


「見当たらないってことは、どういうこと? 失くなったってこと?」

『そうなんです。一応、現段階ではうちのエージェントなので、データは絶対にあったはずなんです。でも、痕跡がまるで……』

「なんだなんだ、そりゃまるで、最初から寝返る気満々だったみたいじゃないか、それ」

『……かもしれません』


 まてよ? だとしたら。


 相手は最初から準備万端で、俺たちを待っていたなんてことにならないか? だとしたら、最初から全部罠で、さっきのナーヴの二人にしてもただの囮で……。


 そんなことを考えていると、周囲のビルが一斉に黒化した。


 ま、まじで――!?


 羽斯波は眼鏡のブリッジに手をやりつつ、冷や汗を隠せない。全周囲モニタをぐるりと見回し、そして上を見上げた。今の今まで、羽斯波の周囲にはビルが立ち並んでいた。だが今はどうだ。周囲のビルはおろか、空さえ見えない。空の闇より暗い黒に覆われ、空らしき濃紺は、遥か上空の小さな正方形によって切り取られている。


「これはいったい……?」


 壁に囲まれている?


 羽斯波は混乱する。何も見えない。黒いプロメテウスの姿も見えない。レーダーの類も機能していないし、高播磨も呼び出しに応じない。


 羽斯波は全身の神経を集中した。宇良部がどこから襲い掛かってくるか見当もつかない。この黒い壁は、羽斯波をいたぶるための檻のようなものに違いなかった。


「センサーの類はダメか!?」

『機体周囲のオブジェクト群によって、阻害されています』


 システムが緊張感のない声で応じてくる。その刹那、羽斯波の機体は横殴りに吹き飛ばされた。急激にかかったGによって、羽斯波の身体はシートから浮き上がり、眼鏡が宙を舞った。シートベルトがなければ、今頃羽斯波の上半身はスプラッタな状態になっていただろう。シートベルトは偉大である。もっとも、そのシートベルトによって、身体が何分割かにされそうになったわけでもあるが。


 羽斯波は空中を舞った眼鏡を器用に捕まえて、鼻息を吐きながらあるべき場所へとセットした。羽斯波は目が悪いわけではないので、眼鏡はただのファッションアイテムに過ぎないのだが、仕事をするときには必ずかけていた。これがないと気合が入らないのだ。いわばスイッチアイテムである。


 眼鏡のレンズがギラついたその瞬間、羽斯波のプロメテウスはクレイモアを振り抜きながら、超信地旋回を決めた。機体の前後が反転し、その長大な両手剣は黒い壁を切り裂いた。そのダメージは瞬時に塞がれてしまったが、それは想定の範囲内である。


「まぐれ当たりいっちょう!」


 羽斯波は爽快感を覚えていた。システムのトラブルシューティングに於いて、当たりを付けた要因のうち、最初の一つがビンゴだった時のような感触である。黒いプロメテウスは、羽斯波の背後から斬りかかってきていたということだ。


 信地旋回によってプロメテウスが壁を打ち崩すように突撃し、その先に立っていた黒いプロメテウスに肩からぶつかる。二体の巨人はもんどりうって転がった。黒い壁が粉砕され、二体の上にバラバラと落ちてくる。弾丸のような威力を持ったそれらは、白も黒もなく攻撃し、双方に大きなダメージを与えて霧消していく。


 黒いプロメテウスは羽斯波によって押さえつけられながらも戦意を失っていない。その両肩の装甲がせり上がると、中から六砲身のガトリング砲が姿を見せた。羽斯波は慌てて飛び退り、クレイモアを投げ捨てた。


『クレイモア、霧消ディスパーション。シールド、顕現レヴェレイション


 システムの指示に従い、プロメテウスの左腕に巨大なシールドが生じた。羽斯波が何をするでもなく、プロメテウスはそのシールドを前面に掲げた。その直後に、まともに立っていられないほどの衝撃がシールドを経由してプロメテウスを揺らす。


「突進しろっ!」


 実際の所、羽斯波が指示する前にプロメテウスは走り出していた。


 俺の存在意義っていったい――羽斯波は今さらながらにそう思う。


 黒いプロメテウスは全力で後退し始めたが、羽斯波の吶喊の方が勢いがあった。羽斯波はガトリングを喰らうのも気にせずに、手にした巨大なシールドで黒いプロメテウスを殴りつけた。

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