#02 - 撃鉄

#02-001「撃鉄」

 羽斯波を放置して一足先にニューロの本部へと帰った黒咲は、おおよそ温度の見られない表情で、室内にある巨大スクリーンを見上げていた。黒咲もまた超人類であり、その能力は空間転移アービットワイプである。空間の位置関係を無視する能力であり、古くはテレポーテーションなどとも呼ばれていた現象を任意に引き起こすことができる。黒咲はこの空間転移能力を使ったヒットアンドアウェイを得意とする恐るべき暗殺者である。


 腕を組んで立つ黒咲の隣には、少年とも青年とも言える男が立っていた。白髪に赤い瞳――明らかなアルビノである。その顔立ちは黒咲に負けず劣らず冷たく、まるで陶器のようだった。その完璧すぎる顔立ちは、男性にも女性にも見ることができた。


「さて」


 アルビノの青年――声で辛うじて男性であるとわかる――は、黒咲を一瞥した。黒咲は少し首を巡らせ、じっと青年を見た。


「とりあえずだけど。彼は僕たちニューロの敵ではないってことになったよね。プロメテウスが起動してくれたのが幸いだったってところか」

「NO-VICEは、我々超人類を全否定する存在である、みたいなこと、仰っていませんでしたか?」

「そんなこと言ったっけ」


 青年はとぼけたように言い、これ見よがしに肩を竦めた。そして部屋の最奥部の一段高い位置にある自席に戻った。


 巨大なスクリーンの中では、白地に黒い装飾が施された巨大な人型ロボットと、一部の超人類たちが顕現させる、金属生体兵器アルファが戦っていた。


「バハムートってことは、また北耶摩かぁ。彼もまた酷使されてるもんだね」

「あの男はナーヴ最強の兵士ですからね、綺隆様。あの枢機卿どもに重宝されてるんでしょう」

「重宝ね」


 青年――綺隆は小さく笑った。そしてその真紅の瞳でスクリーンを見遣る。


「僕たち超人類の使命だからね、この地球上の意志の再統合は」

「アヴァロン計画――」

「そう、理想郷さ」


 綺隆はうんうんと頷いた。白い髪がゆらゆらと揺れる。


「でも、僕ら超人類をしてニューロだナーヴだと言ってるんだから、なかなか遥か遠い理想郷だ」


 スクリーンの中では、プロメテウスがバハムートによって組み伏せられていた。大きさも戦闘力も、バハムートの方に圧倒的に分があった。


「プロメテウスも羽斯波も強いね」

「そうでしょうか?」

「ニューロの誰よりも。そもそも僕らには致命的な弱点があるからね」

「しかし、それを差し引いても北耶摩は強い」

「今のところはね」


 その時、黒咲のスマホのようなものが音を立てた。義務的な電子音である。黒咲は黙ってそれに出て、二言三言言葉を交わし、通信を終える。


「綺隆様、自衛隊が出ました。F-2が二機」

「ほう」


 綺隆は巨大スクリーンの右下側に流れ始めた、自衛隊の出撃ログを確認する。黒咲は肩を竦める。


「数少ない稼働兵器を無駄にするつもりでしょうか?」

「旧人類に対するポーズだろう。バハムートという最強のアルファを追い払った――そういう実績を作りたいってことだろ。ほっといても時間切れだけどね、バハムートは」

「ですね……」


 全く笑止な。黒咲は心の中で吐き捨てる。綺隆は座りなおして足を組む。


「問題は羽斯波のアルファ、もとい、NO-VICEの稼働時間だ。あれがバハムートよりも短いなら、彼は残念ながら廃棄処分だ。役に立たない」

「ですが」


 黒咲が反論を口に出しかけたその瞬間、スクリーンが白く光って固まった。黒咲は舌打ちして、スマホのようなものを取り出して耳に当てた。


千里眼クレイヤヴォイヤンス隊、状況報告」

『申し訳ありません、黒咲さん。三名ともクラッシュしました。再起動まで最短五分はかかります』

「急いで、高播磨たかはま。原因は?」

『詳細は分析中ですが、NO-VICEより発された光に過剰に情報因子が含まれていたと推測されます。千里眼隊三名は、その膨大な情報量によってメモリがオーバーフロー、クラッシュにつながったのではと――』

「了解した。再起動を急がせなさい。フェイルセイフの体制見直しも含めて、今日中にレポートを提出しなさい」

『しょ、承知しました、黒咲さん』


 多少不服そうな声を出す高播磨だったが、黒咲は意にも介さない。


「さて――」


 綺隆は面白そうに白いスクリーンを眺めていた。


「バハムートとプロメテウス。どっちの神が勝ったのかな?」

「綺隆様、万が一、羽斯波が敗れたとなれば、我々ニューロは……」

「そうだねぇ」


 綺隆は机に肘をついた。


「そうなったら僕たちもスタンスを変えて行かなきゃならないかもしれないね」

「しかしそれでは――」

「ナーヴと同じ、かい?」


 揶揄するようなその問いかけに、黒咲は忌々し気に肯いた。


「僕らはさ、旧人類と共に歩むんだ。そのスタンスは永劫に変わらない。でも、ナーヴは旧人類を駆逐して地球上の支配構造そのもののパラダイムシフトを目論んでいる」

「ええ、そうですが」


 今更何の講釈だろうかと訝しむ黒咲。綺隆はその白磁のような顔に、薄い笑みを張り付けている。


「結局のところはさ、僕らにとって旧人類は踏み台にしか過ぎないのさ。手を取り合うにしても、ある程度の協力はしてもらわなきゃならないんだ」

「しかしそれでは」


 黒咲は再び同じセリフを口にした。


「僕らは」


 綺隆はそれを制する。


「確かに旧人類と手を取り合う道を選んだ。それゆえのニューロだ。だけどね、僕らは発足から今まで、ただの一度も、彼ら旧人類を守る……だなんて言ってはいないんだよ」

「それでは我々も血を……」

「最悪、そうなるだろうね。アルファに対抗するにはアルファを使うしかない。数万の犠牲を防ぐために数百の生贄を捧げてもらう。実に合理的かつ効率の良い話じゃないか?」


 綺隆は事も無げに言い、黒咲は腕を組んでスクリーンを睨んだ。スクリーンは未だ白い。




 -*-*-*-




 羽斯波は歯軋りをしつつ、左手で眼鏡の位置を直した。手といい顔といい、じっとりと汗ばんでいて気持ちが悪いが、今はそれどこではないはずだ。状況は圧倒的に不利である。プロメテウスの両腕にはジャマダハルとシールドが一体化したような武器が備え付けられていたが、それではろくなダメージが与えられないのは実証済みだった。その一方で、バハムートの吐く閃光は、プロメテウスに着実にダメージを重ねていく。


「いい加減疲れてきたぞ」


 機動性を生かして直撃を避ける。それ自体は難しくはなかったが、バハムートとてアホの子ではないらしい。あの手この手で命中弾を出そうと躍起になっている。羽斯波の疲労による回避精度の低下と、バハムートの学習による攻撃精度の向上が重なり、羽斯波はどんどん窮地に追い込まれて行く。


「あの男を叩けば良いのか?」


 バハムートの尻尾の先辺りで腕組みをして立っている巨漢を見つけ、羽斯波は舌打ちする。勝利を疑っていない傲然たるその表情に、無性に腹が立った。


 ――たくさん殺してきておいてよかったぜ。


 あいつはバハムートを顕現させる時に、確かにそう言った。


 殺してきたことと、バハムートの権限には何らかの相関関係がある……ということか?


 羽斯波は眼鏡のブリッジを軽く押さえて考える。


 血……?


 血だ。そうだ、血だ。


 俺が何かおかしくなったのも血のせいだ。


 だとしたら。


 北耶摩が流させてきた血。それとバハムート。


 それはつまり、生贄だということだ。人類を生贄にした召喚。それがこのバハムートと呼ばれる金属ドラゴンを顕現させた。


「あの男をぶっつぶせば!」


 羽斯波はプロメテウスを走らせようとした。が、すぐに視界が揺れて大きく吹き飛ばされる。真横からバハムートにぶつかられて、見事に転倒したのだ。中に乗っている羽斯波にも、五階建てのビルから落下したかのような衝撃が加わった。肋骨はおろか背骨すら砕けたのではないかというような衝撃が全身を貫いたが、意識は飛ばなかった。


「よくミンチにならなかったな、俺……」


 派手にずれた眼鏡の位置を慌てて直して、羽斯波は頭を掻いた。


「絶叫系アトラクションなんて未体験だったのに」


 インドア派なSEを侮るなよ。


 羽斯波は歯を食いしばってプロメテウスを立ち直らせようとする。だが、その両肩にはバハムートの腕が乗っており、身動きが取れない。その口が開き、光が収束していく。


『自衛隊機よりミサイルが発射されました』


 プロメテウスのシステムが淡々と報告を入れてくる。


「自衛隊? ってことは、日本はまだ無事ってことか?」

『無事の定義が不明ですが、国体としては未だ存在しています』

「そうか」


 少しほっとした。世紀末的な世界が広がっているかもしれないと思っていたからだ。


「いやいや、それどころじゃないぞ、今は。ミサイルはバハムートに当たるのか?」

『その可能性は非常に大きいですが、本機にも被害は出ます』

「落ち着いてやがるなー」


 羽斯波は不服そうに呟き、レーダーに映るミサイル四機を眺めた。


「って、落ち着いてる場合じゃねぇ! バハムートにやられるかミサイルの巻き添え食うかのどっちかじゃん! どうしたらいい、プロメテウス!」

『システム、オーバードライヴ発動トリガー


 え? え?


 何が起きてるのかさっぱり分からない内に、システムが何かを起動した。


 訝しむ暇も有らばこそ。


 バハムートが口を大きく開いた。鮮烈な輝きがその奥に見えた。


 その時、自衛隊機F-2から放たれた空対地ミサイルASM-3が四発、バハムートの向こう、空の彼方にきらりと光った。


『ったく、今となっちゃ貴重な兵器だろうに』


 北耶摩の呟きをプロメテウスが拾う。


 その意味は羽斯波には良く分からなかったが、ともかく今の世界は色々と問題があるのだろう。今となっちゃ、という言葉から、一年前から今に至るまでの間に何かとあったのだろうという推測が成り立つ。


『着弾まであと十秒』

「落ち着いてる場合か!」

『システムオーバードライヴ、シーケンス完了コンプリート


 ぼう、と全周囲モニタの映像が白く曇った。周囲に何か魔方陣的なモノが浮かび上がっているのが見て取れる。それはやがて白銀の炎を噴き上げる。


『やれやれ』


 呟く北耶摩の身体が赤い球体に包まれる。その一方で、バハムートはボロボロと腐食するかのようにして崩壊を始めていた。今やミサイルは目標を見失い、まっすぐにプロメテウスに向かって飛来してきていた。


「くわー、どうすりゃいいのこれ」


 羽斯波は素早く計器類を見回すが、残り三秒もない状態で何ができるわけもない。


 その時、プロメテウスの視界がふわりと浮き上がった。高度計の数値が示すのは百メートル少々という数値――事実、浮かんでいるのだ。だが、ミサイルから逃げ切れるようなスピードではない。


 叩き落とすしかないのか?


 羽斯波は既に目の前に迫っているミサイルを前に怯む。怯んだが、他に手があるわけでもない。直撃を喰らってそのままジ・エンドと言うのはあまりにも芸がない。


「くっそ、結局こういうのばっかり!」


 一年前まで働いていた、あのろくでもない職場の光景を、羽斯波は思い出した。そして唇を噛んで迫りくるミサイルを睨みつける。


「どうしてこういう案件ばっかりなわけ!」


 いい加減に、しろ!


 羽斯波は思わず怒鳴っていた。

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