第6話 エルフのスフォン




「お前、ドドルゲンだな?」




…。





「「「?」」」


マエステルの言葉に3人娘が同時に首を傾げる。


「そりゃギンジィ・ドドルゲンなんだから、ドドルゲンでしょ。」


ネルが何を言ってるんだこいつは、という目でマエステルを見る。


「いやネル、そういう意味じゃないと思うが…。」


勇者が突っ込む。


当の本人であるギンジィは傍目からは平静に見えて、内心これでもかと心臓が早鐘を打っていた。


(何故?何故ドドルゲンの名を?というかこの妖精は私を知っている?私は知らないぞ!?)

(その妖精王とかいう奴の仕業?…いやいや、私は妖精王にだって会ったことはない、知っているのは名前だけだ!)


(とにかくとにかく、皆に怪しまれる前に何か言葉を…何か…!)


「ギンジィ?」


ギンジィが何かを言う前にマエステルはそうつぶやき、はて?と首を傾げる。

そして、今度はあっと口を広げて何かを納得したようにまたギンジィに向き直った。


「そうかそうか、いやぁ人間は私達と違ってすぐ歳を取るんだったな。お前、マルカ・ドドルゲンの子供か孫か…、いずれにしろ血縁だな?」


「マルカ・ドドルゲン!?じ、じいちゃんの名前ですが!?」


ギンジィは思わず叫ぶ。


「あは、おじいちゃんの名前かわいー♪」


ネルがプッと噴き出す。テトリアもそっぽを向いて震えている。あれは笑っている、間違いなく。


「ほ、本当に孫なのか…?やれやれ、本当にこの種族は時が早いな…。これでは私が随分歳を取っているように感じてしまう。」


マエステルは呆れながら苦笑する。


「あのー…、じいちゃんが何か粗相でも?」


おずおずとギンジィが訪ねる。


「粗相?とんでもない。ドドルg、いや、マルカは当時の『勇者』と共にソラリス様から恩寵を得るためにこの森へ来た事があるんだ。その時は我々妖精や……エルフも一緒になって森を荒らしていた凶暴なラトルブの大蛇を倒したんだぞ。すごい戦いだったな…、もちろん私も参加したぞ。まぁ前は弱かったが…。」

「コホン、当時の勇者はもちろん強かったがマルカも強かったな。あれでいてまだ力を隠しているかのような……。」


ギクギク


ギンジィが縮み上がる。


「と言いますか…、え?ギンジィのおじい様、昔勇者のパーティーにいたんですか!?」


ミルノは驚いてギンジィを見る。


「あ、えっとそんな話を聞いたような、聞いてないような……。(じいちゃん、ばっちり覚えられてるじゃないか!)」


「マルカは元気にしているのか?」


「あ、私が生まれてまもなくですが…。」



「……、そうか、それは残念だ。」



「え?いや、生きてますけど?」


「なんだと!?」


マルカは驚く。その表情はどこか嬉しそうでもある。

今まで厳しい口調が多いだけにこういった顔は新鮮だ。


「じいちゃんは私が生まれて後しばらくして、今度は商人になりたいと言って…。」


少し申し訳なさそうに言う。


「あはは!そうか、生きているのか!『勇者』はどうだ?あいつも生きているか?それと、あー…あの魔法使いのメルテナだったかな?それとシーフのウルと、」


「いやいや知りませんってば!」


捲し立てるマエステルにギンジィは戸惑う。

今度は本当に楽しそうに話している。


「なんだ使えない。まぁいい皆多分生きてるだろう、うむ!会いたいものだな。最近また厄介なモンスターが住みだしたんだ。あの時みたいに皆で……いやエルフはいい。とにかく皆で討伐なんてのも面白いだろう。」


マエステルは誰に言うでもなく、そうつぶやきフフフと笑う。


「……。」


その様子に勇者は少し口を噤んだ。



「それにしてもお前はマルカの雰囲気にそっくりだな。強さは…ん?レベルが見えないな…。そういえばマルカも、」


マエステルは言葉を切って目を細める。


「あの!!!話は変わってしまうのですが!私達はエルフに会いたくてですね!!ブルアランというハーブを!!」


ギンジィが慌てて話題を逸らす。


(くそ、この妖精もレベルチェッカーを覚えているのか!やりにくい!)



そんな焦りをよそに、エルフ、という言葉にあからさまにマエステルが嫌そうな顔をする。


「え?」


「あー、その話題は…。」


「あ~ぁ。」


ミルノとテトリアがまた始まる、と息をついた。


「お前もエルフ目当てか!?……いいか!よく聞け!」





「…。」


再び始まるマエステルの演説だったが、その間も勇者はどこか複雑な表情で佇んでいた。










…。










「というわけで、私達は今戦争中だ!いや、これは聖戦だ、自由のための聖戦なのだ!!」


マエステルは熱の篭もった拳を握る。


「は、はぁ…。」


ネルとギンジィはそうとだけ返事をする。


「というわけで私はもう行くぞ、ドドルゲンの孫には興味があるが…、喋りすぎてしまった。これでも忙しい身なのでな。とりあえずお前達は死なぬ内にさっさと帰れ。ブルアランは諦めろ、以上だ。」


マエステルは口早に言って踵を返そうとするが、


「あの!」


その時唐突に勇者が声をかけた。

マエステルはまだ何かあるのか?とでも言うような風に顔だけこちらへ向ける。


「あ、あの……。戦争を僕達が…いや、えぇと、戦争を止めるお手伝いをすれば、ブルアランは貰えますか?」


「え!?」


驚く声をよそに、マエステルは勇者をまたも一瞥した後今度は呆れるではなく怒ったような顔になる。

そしてヒュンと間合いを詰めて勇者に顔を近づける。


「いい加減にしろ身の程知らずめ、貴様が勇者なのは分かっている。しかし貴様は弱いんだ、笑わせるな!」


「た、確かに今は弱いですよ…。でもすぐ強くなって…!」


「ふん、そうだな、いつかは強くなるだろう。で?そんな話は私には関係ない。」


「そりゃあなたには関係ないかもしれませんが…、…じゃぁ良いです。勝手にエルフ郷でもメアーでも行きますから!」


「はぁ!?だから貴様には無理だと言ってるだろう!何故出直さない!?戻る事がそんなに格好悪いか!?」


「ブルアランを見つけて帰らなければなりませんので!」


「そんなものいつでも良いだろう!?」


「ダメです!依頼を受けてあと3週間で戻らなければならないんです!」


「そんなアホな依頼を受けるな!この阿呆が!!弱っちい癖に威勢だけは立派だな!せめてあの『勇者』のように強くなってから吼えろ!」


「……!!…ああそうですか!じゃぁ威勢だけで結構ですよ!勝手に戦争を止めて、勝手にそのモンスター倒して、勝手にブルアランを持って帰ります!」


勇者が言葉を荒げる。

皆その様子に何事かと目を疑っていた。


「なっ…、戦争を止めるだ~?」


いよいよもってマエステルの表情が歪む。


「よく聞け勇者!私は別に止めて貰いたい等とは思ってない!!これは勝利するための聖戦だ!あんな奴らと仲良しごっこを演じる気はない!!」


「嘘です!さっきはエルフ達との共同生活や討伐を懐かしそうに語っていました!!」


「……んなわけあるかぁ!!」


「あります!!とにかく僕はぜっったいに帰らない!!!無理矢理でもメアーとエルフ郷を見つけますから!!」


…ピクピクッ


マエステルの眉が小刻みに動く。

もはや勇者を殴りかからん勢いで拳を固めている。



「ハッ!言ったな!?良いだろう、それならもう何も言わん!好き勝手にやるが良い!『見つけられたら』な!!」


突然マエステルは高々と笑うと、ヒュンと空に上がって、今一度こちらを見る。


「私のスピードならばメアーまで3時間という所か、しかし空も飛べぬ貴様らの足ではどうかな?1週間かかっても辿りつけぬかもしれんぞ?」


「良いですよ、勝手に行きますから!」


勇者は全く折れない。


「……。チッ、もうこの世代は終わったな。まぁいい、どのみち魔王軍などこの森には来ないのだ。」


マエステルは吐き捨てるように言うと猛スピードで森の中に消えていった。




…。




ちょっとした静寂が流れる。


と。


ガサガサと草むらから音を立てて先ほどの妖精たちが姿を現した。


「ごめんね~マエステルちゃんが。」


開口一番、妖精たちは様々なジェスチャーでごめんなさいのポーズをしてくる。


「え?あ、いえ…。ぼ、僕の方こそ…。」


勇者がたどたどしく返す。


「大丈夫だよ~、マエステルちゃん優しいから。あなた達が倒せるかどうか弱った蜘蛛をあえてそっちに流したり、帰れってのは本気で心配してるからだし、今も真っすぐにメアーに行ったよね?」


「うんうん、方向間違いなし!まっすぐでメアーだよ!でも…、」


「距離は本当の事を言ってたよ?私達ならちょっと頑張ればすぐ着くけど、あなた達の足じゃ…。それにもう夜が近づいてるし…。」


一行は言われて、いつの間にか木漏れ日すら降りてこない事に気づいた。代わりに隙間から不安を募らせるような赤と青の色が見える。

ゴクリと誰ともなく息を呑んだ。


「手伝ってあげたいけど、う~~~ん。ずっとは無理だし…。」


妖精達は口々に話し合う。


「心配ご無用!」


そこになんとギンジィが言って前に出る。


「私達は必ずメアーに到着します。戦争を止めるお手伝いもします。ですね!?勇者殿!」


ギンジィの言葉に沈みかけていた勇者も目をしっかり開いた。


「…、ああ!!そういうわけで僕達は大丈夫です。有難うございます!」


言って頭を下げる。


「ええ~…、そっちの女の子達も本当に大丈夫なの??」


妖精達は今度は魔女っ娘3人を見る。


「だって、勇者様が行くんでしょ?」


「私、エルフに会いたいですし、メアーにも行きたいですし。勇者が行くと言ってますし。」


「勇者さんが行くなら行く。」


「「「わーお。」」」


全くブレない3人に妖精達が感嘆の声を挙げる。


「やっぱりイケメンは違うよね~~!」


「ねっ、あの中で誰がお嫁さんになるのかな??」


「えーそこは3人とも娶っちゃえばいいじゃーん!」


「熱い!泥臭い展開希望!」


妖精達がキャーキャー喚き始める。


「皆、ごめん!!完全に僕のわがままなんだ。」


そんなやり取りをよそに勇者は皆に向き直って頭を下げた。


「…メルフェリアのクラゲの時も、デーモンが来た時も、あの狼が来た時だって、僕だけは何もしていないし、この森でも皆に頼ってばっかりなんだ。マエステルさんは勇者の話をしていたけどそれは全部僕の事じゃない、それがどうしても悔しくなっちゃって…。せめてブルアランはしっかり持って帰りたい。何て言うか、自分のためなんだけどね…。本当にごめん。」


言って苦々しい顔で額を押さえる勇者に、3人娘とギンジィが目を合わせる。



「勇者様!もう言っちゃったんだから仕方ないよ!依頼の件もあるし、私もこのまま帰る気はなかったよ!」


「私もエルフに会いたいです。…話を聞く限り今は相当自堕落みたいですけど。それに勇者が行くんですし。」


「勇者さんが行くなら行く。」


「その通り、勇者殿が決めたなら私もどこへでも付いていきます!」


そう言いながらもギンジィはぐっと唇を噛んだ。


(自分が情けない…。私の役目は勇者を勇者足らしめる事だ!なのに何をやっていた…。勇者殿が何かを為したいならそれを全力でサポートするのが私の役目だ!)


理由が多少曲がっていようが勇者があそこまで感情を強めた事に、ギンジィは人知れず決意を強く固めた。


「ありがとう皆。」


勇者は言って今度は少し笑う。








…。








夜の帳が降りて足元は一層おぼつかなくなり、不気味な鳴き声が何処からともなく聞こえてくる。

小さく鳴く鈴虫の声だけが、不安を少しでもやわらげてくれる唯一のものだった。


それほどに陽が落ちた森とは恐ろしいものなのだ。



「ハァハァ…。ここで今日は野宿にしよう。」


勇者は3人娘の身を案じて、開けた場所に座った。


「やったぁ~…休める~~~。」


ネルがドサッと倒れるように寝転ぶ。

ミルノとテトリアも息をついて勇者の横に座った。

ギンジィはさっそくその辺の枝を拾い集めて鮮やかな手つきで焚き火台を作り上げた。


「ネルさん。」


「ん。は~い。」


そしてネルを呼ぶと、ネルはもそもそと立ち上がってファイアー!と唱えると瞬く間に焚火の完成だ。

ミルノとテトリアはそれを見て、カバンからごそごそと石のようなものを取り出した。

それらは結界石と呼ばれる。それを六芒星のような形で順々に石を並べていきネルも一緒になって3人で魔力を高める。


すると石達がほんのりと輝きだし、一行の周囲を淡い光で覆い隠した。


「とりあえずこれでオッケーだね!」


ネルは言ってまた寝転んだ。

結界石を使えば例え結界魔法は使えなくとも石を媒介にして結界を張る事が出来るのだ。

とはいえ、これは万能ではない。

あくまでモンスターが嫌がる光なだけであって、それを意に介さない奴もいるのだ。だからこそギンジィは、かつてのように


「私は見張りに立ちますので、皆さんはゆっくり休んでください。」


「またか?ギンジィだって相当疲れているだろ?休んだらどうだ?」


勇者の気遣いにギンジィは涙が出そうになる。

が、その申し出はさすがに断らざるを得ない。宿ならともかくここではそうしなければならなかった。

それはもちろん勇者にあの魔女っ子達とのフラグを立たせる事、そして夜に出現するモンスターがとても危険である事も確かな理由なのだが。


「ここはラトルブの森、むしろいつも以上に警戒せねばなりません。大丈夫、この体力だけが取り柄です!」


ギンジィは勇者の申し出を丁重に断ると、あえて光から少し離れ暗闇の高台に仁王立つ。


ナイトウォーカー。


ギンジィの目が怪しく輝きだす。

さらにギンジィはハンマーを地面に置き、代わりに手頃な石を手に取った。

それらの行為はもちろん、勇者達にはまるで見えていない。

淡いながらも光に包まれているせいで、周囲の暗闇は完全に見えていないのだ。



ピクッ!



ギンジィが音も出さずにその剛腕で石を暗闇に投げ込んだ!!


バシュッ!


何かが破裂するような音が聞こえる。


「わっ!」


ネルが肩を震わせる。


「野宿するとたまに聞こえてくるこの音、何なんだろうな…。」


勇者も少し身震いする。


「ギンジィ!そっちは変化ないか!?」


「いえ、こちらには何も!ゆっくり休んでください!」


…。


ただの投石だが普段のようにビクビクしながら誰かに見られる不安を覚える事もない。

ある意味ギンジィの最大の見せ場がこれだ。


そして実際、この方法で勇者達に何か厄災が降りかかった事は一度としてない。


…そりゃそうだ。





そうして夜は進んでいく。





バシュッ!





パァン!





…。






バキィ!!!!??






「ちょちょちょ!!?今の音は聞いた事ないよ!!!」


ネルが飛び起きた!


「ギンジィ!?何があった!?」


「い、いえ何も!音はしましたが何も来ておりません!!」


「……ほんと何なのでしょうね、この音。」


「怪奇現象。ラップ音。」


「…テトリア、あんな大きなラップ音聞いた事ありませんし。」






(くそ~…今のはトレントだったか…。私までびっくりしてしまった…。)





…。




…。





バシュ!





…。




パァン!





「……。」


皆は疲れもあって、謎の音を気にも留めずスヤスヤと寝入っていた。





パパパッパパー!!!





「ええええ!!?誰かレベル上がった!?!?」


ネルがまた飛び起きる!


「だ、誰ですか!?何で!?」


ミルノも飛び起きた!


「んも~…寝付けないぃ!」


「だ、誰かレベルアップしたのか!?」


4人は顔を見合わせた後、ふとギンジィがいるであろう方向を見た。




「…。」




暗闇の中にいるはずのギンジィが光り輝いている。


先ほどのつんざくようなファンファーレの音とギンジィにまとわりつく祝福するかのような光はまさにレベルアップの証。




「…。」




ギンジィは、『レベル4(89)』になってしまった!


「なんで!?ギンジィなんで!?」


「いや…、虫がいたので、倒したら…。」


言い訳が苦しい。





















~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

フリフ(メルフェリア4丁目の宿『たそがれ亭』の女主人)21歳


子供の時から母が切り盛りするたそがれ亭のお手伝いをしており、ギンジィとはその時に出会った。

不意に訪れた巨大でいかついギンジィのあまりのインパクトに飛び上るほど驚いていたが、実は温厚である事を知ってギンジィがいる間遊び相手をしてもらっていた。

21歳になった今でも鮮明に思い出せる程記憶に残っており、そういった出会いの楽しさを覚えてこの宿を継いでいる。

子供の頃とは打って変わって話し上手で商売上手になり、周りからも好かれる世話好きのフリフお姉さんとして知られている。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





















「せいっ!」


ドカァン!!


ギンジィの盾が雷鳴のような音を立てる。

そしてギンジィは吹き飛ばされる。露骨に。


「くっ!さすがハンタービートル!しかし角は折れましたぞ!」


「フリーズ!」


「固まった所をすかさずライトニング!!」


「ファイアーファイアー!!」


「ネル!私が固めてるんだから溶かさないで!」


「ええええー!?じゃぁ私何すれば良いのー!?」


「くらえぇ!!」


勇者が氷で固まった(実際はギンジィのさりげないシールドバッシュですでに瀕死の)ハンタービートルの甲殻の隙間に剣を突き立てた!!


ギィィィィ!!


嫌な悲鳴を上げてハンタービートルがガクッと仰向けになる。


「や、やったぁ!!勝ったぁ!」


ネルがワーッと皆とハイタッチする。


「はぁ…、強かったなぁ…、ギンジィ大丈夫か?」


「はい、いやぁ強敵でしたな。」


「あのスピードで角を受けてたら一発であの世行きですね…。」


ミルノもふぅと息をつく。



(…慣れとは恐ろしいな、相手はレベル17のハンタービートル。ライノス以上の速度で空を動き回り簡単な鎧など一撃で貫く強敵だと言うのに)


皆の成長にギンジィは嬉しさが込み上げる。


(この慣れが出来ない冒険者はすぐに潰れてしまう、例えレベルが高くとも、だ。意外と言っては申し訳ないが勇者殿もそうだがこの娘達も相当にタフだな)

(ネルさんは底抜けの明るさがあるし、ミルノさんは芯が太い、…テトリアさんは正直良く分からないが、このラトルブの森に順応してきているだけでも凄い事だ)



「しかし…。」



首を傾げる。



「何故皆はレベルが上がらないのだろう…。」


それはギンジィが相手を瀕死にしてしまうためにほとんどの経験値を吸ってしまっているという事実に他ならない。


「よっ。ほっ。」


ネルが軽快に沢を飛び越えていく。ギンジィの思案はさて置いて一行の足は着実に軽くなっていた。



(妖精のあのスピードで3時間、となれば…、恐らくあと1日このペースで行く事ができれば…)



「ん?」


勇者が立ち止まる。


「どうしたの勇者様?」


続いて後ろも止まる。


「何だろう?滝の音、かな?」


勇者が耳を澄ませるのを見て皆も辺りを伺う。


「本当ですね、水の落ちる音です。」


ミルノが同意する。


「多分、あっち?」


テトリアが指さすのを見て、何となくだが一行は音のする方へ向かう。

するとそこには確かに大きな岩肌と木々の間から豪快に落ちる大きな滝の姿があった。


「う、うへぇ…すごい。」


ネルが呆けた声を出した。

はるか頭上の緑の空がそこだけパッと開けて大きな水の塊が絶えず落ちているのだ。

滝つぼからまだ大分離れているというのに、水の霧が一行の肌を濡らしている。


ただギンジィだけは滝よりもその水辺にいる1人の人型が気になっていた。


妖精ではなかった。少なくともサイズは人間と同等。


「ねぇ、あれ。」


テトリアも気づいたようで皆に促すように声をかけた。


そして皆が食い入るように見つめる。


「人、女性、か?あれは…。」


「分かんない。何してるんだろ?」


やがてその人らしきものはおもむろに白い服を脱ぎ始めて…



「はいすとーっぷ!」



テトリアが後ろから飛びついて勇者の目を塞いだ。


「は?え?何!?」


不意に目を塞がれて勇者がたたらを踏んだ。

他の2人も気づいて、勇者の視線を塞ぐように前に躍り出る。


もちろんギンジィには何の妨害もない。


(まさかここで会えるとは…)


そもそもギンジィは女性という一個体ではなく、それそのものに驚いていた。


「エルフです。」


「「「え!?」」」


勇者以外が振り向く。



「え?」


しかし騒ぎすぎてしまったのか、その女性も呆けた声を出してこちらを向いた。

そしてこちらの姿を視認するや否や、というかガン見しているギンジィに気づくと、


ゴォオオオオオ!!


強力な魔力が裸のエルフの手に集中していくのが分かる!


「!?まずい!」




「エインシェントォォ…ファイアー!!」




エルフのその手からまばゆい光と共に巨大な白い火球が猛スピードでこちらに迫ってくる!


(いかん!!あれはただ防ぐだけではダメだ!…くっ!)



ワールウィンド!!

レジストフォートレス!!



ギュン!



直前に巨大な風を巻き起こしながらギンジィの目の前にその手に掲げる盾よりもさらに巨大な透明の盾が出現する!




カッ!


ズドォォォォオオオン!!!


これまで聞いた事のない衝撃音が鳴り響いた!






シュゥゥゥ…


まるで霧がかかったように周囲は白く、焦げた匂いが鼻をつく。


「ゲホ、ゲホッ!だ、大丈夫か?皆…。」


勇者が煙を払いのけながら皆を探す。


「ゲホッ!もう、何よいきなり!眩しいし、帽子は飛んでっちゃうし、熱いし…。」


「い、今の魔法ですか?エルフの、ケホッ。」


「うう~、焦げ臭い!」


3人娘はすぐに見つかった。そして、


「!!…ギンジィ、大丈夫か!?」


片膝をつくギンジィを発見した。


「ハァハァ…、か、かろうじて食い止めました…。レベルが上がっていなければどうなっていた事か…。なんたる魔力…!あれがエルフの魔法…!」


ギンジィも大分演技が板についてきている。


(ふぅ…、保険にワールウィンドも使ったがそもそも光で見えていなかったか)



「!?」



エルフの女性は愕然としていた。

あの巨体の男を中心に横に逃げるように草木が焼け焦げている。

つまり完全にあの男に魔法を防がれたのだ。



「信じられない…私の魔法を食い止めた…。思わず本気で撃っちゃったのに…。」



「コラァ!あんた!、いきなり何するのよ!」


ネルが食ってかかる。

しかしエルフはそれを無視し一行の様子を探っている。裸で。


「あの剣は、まさか勇者?……そういう事なのね。」



そう小さくつぶやく。

するとその口元が意地悪くニヤ~と歪む。



(…ああ!なんてラッキーなの!勇者ご一行だわ!!うふふふふふ!)



エルフは雑に服を拾い上げてシュルリとその身に包むと、水から上がりそのまま水面の上を歩いてく。

そしてそのにやけた顔を崩さず一行に歩み寄った。


雑な着こなしが返って滝の風を浴び、ふわりと羽衣のように舞う。

それが彼女自身の美貌も相まって女神のようにすら映ってしまう。


「……う、うわ、綺麗…。」


「…肌が透き通るように真っ白…。」


「はいはい負けたよ、チクショウ。」


3人娘が唐突に敗北感に襲われる。


「あら?どうしたのお嬢さん達?うふふ、あなた達も可愛いわよ?」


まるで見透かしていたように勝ち誇った顔をするエルフ。


「くっ…!!」


ネルは言い返そうにも言い返せない。


「でも私が用があるのはそこの2人だけなの、ごめんなさいね。」


エルフの女性は言って、艶めかしい表情で勇者とギンジィを見る。


「あなたは勇者ね?」


その問いに勇者は一瞬複雑な表情を見せたが頷く。


「そうだ、僕が勇者だ。あなたは?」


「私はスフォン。良い時に来てくれたわ勇者。エルフ郷はあなたを歓迎するわよ?それとあなたもね。」


スフォンはギンジィをちらりと見やる。


(う…、さすがに実力を疑われたか?)


「私のエインシェントファイアを止めるなんてたいしたものね。さすがは勇者の仲間といったところかしら。」


「ギンジィの盾は何でも弾くのよ!そもそもあんたの魔法とかたいしたことないし!!」


ネルがガーッと叫ぶ。

が、スフォンはそれを無視する。


(ふふふふ、勇者が来たとなればあの人も動かざるを得ないわね。それに妖精共との小競り合いも決着がつくかも)


「あなた達は何の用でここに来たの?妖精王の恩寵を受けに来たのかしら?…って剣があるなら会う必要すらないわね。それならエルフ郷に来ない?サービスするわよ?」


「僕達はブルアランのハーブを取りに来たんだ、エルフ郷で扱っていたりしないか?」


するとスフォンは目を輝かせた。


「まぁ!ブルアラン!?あるわよ、たっくさん!……ふふふ、でもタダではあげられないわぁ。」


「意地悪おばさん。」


テトリアがそっぽを向きつつぼそっと言う。


「…あん?」


一瞬スフォンの顔が歪んだが、またすぐに怪しい笑顔に戻る。


「まぁとにかく来てくださいな。ほらほら、旅の疲れも癒えるわよ?」


言って勇者の手を引こうとする。


「待って勇者様、メアーは良いの?」


「メアー?」


ネルの言葉にスフォンの顔色が変わる。


(チィ、すでに情報を入手していたか。しかし絶対に勇者はエルフ郷に来させる!こんなチャンスは二度とない!)


「う、確かにそうだが…。」


勇者も戸惑う。


「…言っておくけどメアーにブルアランはないわよ?仕入れて育てているのは私達なんだから。」


フッとスフォンが笑う。

ブルアランはエルフ郷に、しかしなんだかんだと忠告してくれたマエステルの事も何となく気がかりではあった。


「目的はブルアラン、ならそれを手に入れてからメアーに行けば良いのでは?」


ミルノが意見を出す。


「あなた達。妖精からどうせ私達の事を聞いたのでしょうけど、それって誤解よ?」


「誤解、ですか?」


ギンジィが首を傾げる。


「そーよ。多分まだエルフ郷にいる妖精を取り戻す!とか言ってたんでしょう?まったくの誤解ね、彼女達は自らエルフ郷を望んでいるのよ。」


「???」


一行が混乱する。


「ふふふ、あなた達は知らないのね。妖精とエルフって、同じ種族よ?」


「「「ええええ!?」」」


これにはギンジィすらが驚いていた。


「もう2500年くらい前かしらねー別れたのは。私達エルフは飛ぶ事を止め、別の進化を辿ったのよ。だから元は同じよ。」


「うそぉ…、大きさも全然違うのに。」


ネルの言う通り、このスフォンの体格はネルやミルノと変わらない。

対してマエステルは子犬のように小さかった。


「うふふ、妖精達のほとんどが知らない話よ。今エルフ郷にいる妖精達はね、真実を知って私達のようになりたいのよ。大きく強く美しくね。うふふ、分かる?私達が優位種なの。」


「……でも昔は仲良かったんでしょ?」


テトリアが訝し気に問う。


「……まぁ、つい最近までそうだったわね。」


「なんで仲悪くなったの?やっぱりマエステルの言うようにいじめたの?」


テトリアがぐいぐい尋ねる。


「いじめた?人聞きの悪い。可哀そうだと思ったからよ。」


「可哀そう?」


「いつまでも小さいままだし私達がいないと何もできないのよ?あの子達。武器の持ち方も薬草の作り方も魔法の使い方も知らなかったのよ?ちょっと前まで服すらなくてずっと裸だったんだから。」


「あっ!」


ミルノが不意に本を取り出す。


「そ、そうですそうです!この本の挿絵だと何も着てないんですよ!」


「うふふ、でしょう?だから徹底的に教え込む事にしただけよ。羽なんていらないわ、空なんて魔法で飛べる。花が好き?育て方も知らない癖に。」


スフォンがやれやれといった様子で言う。


「それに寿命も短いのよ?たかだか150年やそこら。私達はその倍。まったく、もともと同じ種族だったなんて私だって思えないわ。」


「つまり妖精達をエルフのようにしたかった?」


勇者が問う。


「そんな傲慢なもんじゃないわよ。2500年もの差はすぐには埋まらないわ。けれど強めに管理する必要があったの。それなのにソラリスが出てきて感謝の言葉も言わず、あまつさえ妖精を全部解放しろとか、まったく笑えないわぁ。」


「待ってくれスフォン。じゃぁ君達は戦争をする意思はないって事か?」


「戦争?うふふふふ、あれを戦争と呼べるのかしら?ただの小競り合いよ。毎回大挙して押し寄せてくるけどちょっと魔法を使うともうバラバラ。手加減も大変ね。」


「……何か感じわるーい。」


ネルがぶすっとした顔で言う。


「うふふ、そうかしら?…さぁ、もう良いでしょう?どの道エルフ郷に来れば分かるわよ。メアーなんて後でいくらでも行けば良いわ。」


「勇者さん、どうするの?」


テトリアが尋ねる。



「んーー…。」


勇者は少し思案する。

そしてその横ではギンジィも思案していた。


(嘘を言っているようには見えないな…。しかし、どうにも信用しにくいなこのスフォンというエルフ…)


思案する2人のうち、勇者が先に顔を上げスフォンを見て言う。






「分かった、エルフ郷に行こう。」







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