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 多脚戦車の列は既に崩れて、四恩の側にいるのは1台だけだった。彼女の前で操作する機械の数が減ったからか、マニピュレーターの動きはますます、その背後にある人間性、人間の意志を感じさせた。自分の怒りの程度を、言葉だけではなく、ジェスチャーで理解させようとする人の腕の動きそのものになっていた。

 がしがしがしがしがしがしがし――。

〈奥崎謙一は動かない。《活躍の園》は僕が実現する絶対守護領域に入った。僕に平伏して、乞い願うことでしか、もう誰も《地下金庫》にアクセスすることはできない〉

「鳥栖次郎――」

〈随分と彼に拘るね、四宮さん。僕のこと、彼の奴隷だと思っているんだね? でも、もう、気にしなくていい。僕が――〉

 スクリーンの映像が《地下金庫》内を一周し、奥崎謙一の顔にまで戻る。歯と歯茎をむき出しにした、満面の笑み。チェシャ猫の笑み。つまりは、鳥栖次郎の笑み。

〈僕が鳥栖次郎になる。僕もまた、鳥栖次郎になる。この国の内部と紛争地帯を自由に動き回る力が、僕のものになる。君も鳥栖次郎になればいい。鳥栖次郎にしてあげる〉

「おじさんに、なる、のは、いやだな――」

〈耳の後ろとか臭そう〉

〈お前は黙ってろ。培養液に浮かぶ脳味噌に過ぎないお前は、2度と口を開くな。毎朝シャワー浴びれば済む話なんだ、そんなことは〉

 受付カウンターの両脇にあるドアが開け放たれる。刹那、四恩はドアの防音効果の高さを理解する。

 いぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎえあああああああああああああああああああ――。

 絶叫がエントランスへと溢れ出す。充満する。続いて、少女が這い出てくる。這って、出てくる。彼女にはもう、そうするしか移動する方法がない。彼女は下半身を失っている。流れていく臓器の表面を、〈還相〉が猛烈な速度で生成変化させていく。しかしそれよりもさらに速く、彼女の頭部が果物のように弾けて飛んだ。彼女の下半身を今まさに噛み砕いている者が、踏み潰したのだった。

〈テロルを惹起し、操作することは簡単だった〉

 ほへぇほへぇほへぇほへぇほへぇほへぇほへぇほえほえほえほえほえほえほえほえほへぇへへぇ――。

 少女の股の間に顔を埋めた男がエントランスへと入ってくる。彼の手足は彼の胴体よりも、長くなっている。彼は手足を引き摺るようにして、歩く。胴体それ自体も長くなっているために、衣服の伸縮性は限界を迎えている。首元に僅か残る襟だけが、彼がホモ・サピエンスであった名残。衣服など必要ない。文化的にも、機能的にも。今や彼の全身は、炭素繊維に覆われている。典型的な、〈バーストゾーン〉に移行した〈身体拡張者〉。

〈ジョン・ケネス・ガルブレイス曰く、近代社会は機能的にアンダークラスを要請する。テロルを実行する者を集めることは簡単だった。特にアンダークラスを終わりのない戦争へと投入し続けている国では〉

 少女の下半身が床へと落ちる。彼の顔が露わになる。〈還相〉による書き換えは頭部にまでは及んでいない。最大部分である脳の細胞分裂があまりにも低速だからだ。だから彼の顔にも、顕著な変化はない。典型的な、〈バーストゾーン〉に移行したばかりの〈身体拡張者〉。

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