3-2-11-6

 偶然、地面に伏せていた者達――自分の前にある分隊支援火器に気づく。射撃開始。

 撃て! 撃ち続けろ!

 命令とも、自己暗示とも聞こえる絶叫が銃弾の発射音と混ざり合う。

 ぶうううううぅうううううううぅぅううううぅうぅぅぅぅぅぅぅ――。

 絶え間ない火線の中をカムパネルラは進んでいく。雨合羽の表面を雨が流れていくような必然で、彼女のセーラーワンピースの上を銃弾の雨が流れていく。落ちていく。

 彼女はいい加減に鬱陶しくなったので、地面から銃弾を両手で掬い上げた。手をそのまま、自分の顔へ押し当てる。今や彼女の顔面それ自体が口だ。半ば液体のようになった眼球が、鼻が、額が、唇が、鋼鉄の雨粒を飲み込んでいく。

 毛根も、皮膚も、脂肪も、頭蓋骨も――脳ですらもが、既に一つの流動体となっていたカムパネルラの頭部の中で、火薬の炸裂による推進力を失っていた銃弾の数々が回転し、推進力を与えられた。

 それは彼女の頭部の爆裂とともに飛び散って、それを発射した者たちの頭部へと侵入していった。

 彼らの頭部は彼女のそれのように流動体ではなく、多細胞生物の宿命として大脳や小脳や脳幹へと複雑に分化していたため、銃弾が貫通すると同時に全機能を停止した。

 いいいいいいいっ、いいいいいいいっ、いいいいいいいっ――!

〈おめでとう。飽和が近い。彼女は自分自身の姿を保てなくなりつつある。彼女の身体システムと《還相》のシステムの構造的カップリングは崩壊に近い〉

 せせら笑っているようにも聞こえる、奥崎謙一の朗らかな戦況報告。

〈君の名前は?〉

 君という二人称が誰を指し示しているのか、カムパネルラは一瞬で理解できた。背筋を通り抜ける悪寒を彼女は味わった。もしかすると、これは、死の恐怖に似ている。

〈君だよ。僕の無線通信を盗み聞きしている、君……。今すぐここから出ていけ。四宮さんに見られない、何処か静かなところで1人で死になよ〉

 鋼鉄の嵐の中を、カムパネルラは進んでいく。奥崎謙一の観察は正しく、彼女は既に四宮四恩が選んでくれたサンダルを失くしていた。

〈バーストゾーン〉への部分的移行が始まったのだ。

〈還相〉は既に、宿主の生存確率を可能な限り高めるべく、まずはその脚部の構造と機能を書き換えた。

 彼女はエメラルドグリーンに輝く自分の脚を見たのだった。全く新しい代謝方式が採用されたようで、その内部では絶えず泡の塊が生じては体表面上に浮かび、そして破裂することを繰り返していた。

 意識内でもまた、猛烈な自己嫌悪の念が泡のように生じていた。しかしそれもまた、彼女の脚の中の泡と同様に、直ちに破裂した。不思議な、奇妙な、自己肯定感――。

 彼女は思い出している。

 四宮四恩の腹部を美しいと思ったことを。

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