3-2-8-2

「〈活躍の園〉! 〈活躍の園〉!」

 思わず、振り返る。東子もまた、そうしている。磐音も、カムパネルラも、目を丸くしている。三縁だけが〈四恩ちゃん、本部長からのコール、どうしよう?〉と、静かに呟いている。

 ガソリンの燃焼が始まり、エンジンが唸った。数名の〈137〉の少女たちを跳ね飛ばしながら、黒塗りのワンボックスカーが車寄せを離れて、車道へ。

 そして〈活躍の園〉へ。

 彼女達と彼とが「作られた」場所へ。

「〈地下物流〉が生み出す富は、一旦、例外なく〈活躍の園〉の地下倉庫に保管されることになっている」

 男の細長い顔の中心に、顔のパーツというパーツが集まりつつあった。青ざめた表皮の、脂汗による光沢が歪んだ口元と対照を成していた。

「始まりは全くの偶然だった。ある1人の兵士が……、他人の認識票を集めるのが趣味の下衆野郎が……、シリアから戻ってくる棺桶の1つを移送中に開いた。彼は〈還相〉に分解されつつある肉塊と、認識票と、3枚の貨幣を見つけた。それは当時、イスラーム国が発行していた『ファルス』と『ディルハム』と『ディナール』だった。〈地下物流〉は、この時に始まった。あるいは、その下衆野郎に小銭で雇われて棺桶の鍵をこじ開けた私が、彼を軍法会議送りにしてやった時に」

 イスラーム国は不換紙幣を退け、金本位制に依拠した経済圏を作ろうとしていたが、その試みの本丸がディナールの発行だった。そういうことを、四恩は〈137〉で教わっていた。勿論、ディナールが金貨であることも教わっていた。

「消費税が何%だか、知っているだろう?」

〈何%?〉と三縁とカムパネルラにだけ無線通信。

 買い物をする必要も自由もなかったので、教わっていなかった。

〈30%〉と三縁が四恩とカムパネルラにだけ送信。

「金というものは、換金する時に消費税も全て還付されることになっているんだ。だから当然、この、消費税を払うことのなかった、『無』から生じた金貨は、ただちに3割の値上がり益が約束されることになっている。それも、この、インフレ―ション下で、だ。中東で軍需物資と交換に金貨を得る……。これほど美味しい密貿易はありえなかった。だが、〈地下物流〉が肥大化するにつれて、そんな、反社会勢力の類がやっているような小商いをやる必要すら、なくなった。今やこの国のアングラマネー、マイナンバー制度に補足されない経済における決済手段は私『たち』が流通させるディナールなのだから!」

 あひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃ――。

「まあ、汚い」

 磐音が可能な限り男と距離を取ろうと、窓際に寄った。彼の口内に溜まっていた血液と唾液が、甲高い笑い声と共に唇の端から溢れ出していた。

「イスラーム国はシャリーアによる統治を実行していたから、金利を認めず、その論理的帰結として中央銀行そのものの存在を認めていなかったが、お陰で私『たち』がこの国のアンダーグラウンドの中央銀行になった。〈活躍の園〉に保管されているのは、ディナール金貨だけではない。もう、そうではない。イスラーム国は領土を失うと同時に、ディナールの発行も止めてしまった。だが、結果として〈地下物流〉の取引相手はイスラーム国からさらに広がり、私『たち』は金貨以外の商品――コカイン、ダイヤモンド、ドル、ユーロ、銀、プラチナ、錫、鉄鉱石、石炭――」

 あひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃあひゃ――。

 時折、甲高い笑い声を挟みながら、男は自分の取り扱う――いや、取り扱っていた商品の種類の豊富さを自慢しようと、品名を列挙し続けている。

〈本当に行くのですか、《活躍の園》へ?〉

〈怖い?〉

〈いえ……、怖くありませんよ。でも、あまり良い思い出がないから〉

〈そうね。でも暴れられるのよ〉

〈それは楽しみですね。あのお仕置き部屋、まだあるかしら?〉

〈あったら爆破しましょ〉

 カムパネルラの顔を見るが、彼女は隣の男の話を傾聴しており、〈活躍の園〉について何か感じているようには見えなかった。

 四恩もまた、そのように見えているはずだ。フロントウィンドウを泳ぐ「岩井悦郎――Sound Only」の文字列へと指を伸ばし、かつての上司との会話を始めようとしているのだから。

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