2-2-8-10
「いったい君は何がしたいの? 対案はあるの? 僕を捕まえて――それで? 大人たちに再び承認されて――それで? その先には何があるの? 僕の話を聞いていなかったの? 『元に戻りたい』なら、君に未来はないよ」
〈還相〉による肉体の再構築が再開している。四恩には、どんな奇跡によって奥崎がそれを見逃しているのか理解できない。
「あなたは、誰に、気に入られ――」
最後までは、言えなかった。それは必ずしも口の中を抜けた歯と血液と砂とが占領しているからではなかった。奥崎が、打ち下ろすような軌道のストレートパンチで彼女の顔を殴ったからだった。その力は強く、彼女は抜けた歯が舌にめり込む感触と自分の頭が地面にめり込む感触とを同時に味わった。
「僕は自由なんだ。僕は誰よりも自由なんだ」
奥崎がまた、四恩の頭髪を掴む。持ち上げる。迫る拳。彼女は顔を庇う。手で庇う。両腕が再生している――。彼の拳は驚く彼女の顔ではなく、鳩尾に命中。
げえっ――。
唾液を、胃液を、血液を吐く。
「でも、まだ任務中――」
彼はいよいよ舌打ちする。
「僕が君の任務を終わらせてあげる――」
影が四恩を包み込む。これがきっと走馬灯、あるいは心象風景の具現化。ため息が出る。花畑とかが良かった――。
「なんだろう……?」
死の予感が急速に遠ざかっていく。奥崎までもが影の中にいた。彼につられるようにして、空を見る。
空は見えない。その代わりに、巨大な建設機械が見えた。空に浮かんでいられるはずもないそれは、まさに自由落下中。重力に従い、四恩と奥崎を押しつぶすために。
「『光は己の精神の背後だ』」
小さな声で彼は言った。それから四恩の頭を踏みつける。彼女はうなじで熱波を感じ、爆発音を聞く。平衡感覚を失う。酩酊感。離人感。地面を転がる。その間に、彼女は奥崎が高度身体拡張者としての能力を発現させているのを見る。透明な傘が彼と彼女を守るように拡がっている。炎と金属片の雨によって、それは可視化されていた。
「働く自動車……何という名前だったかな……」
彼の疑問に答えたのは四恩の聞き覚えのある声だった。
「『ロードローラーだっ!』」
「良い友達を持ったね、四宮さん。友達は大事だ。特に苦難を共にしたような友達は、ね。でもロードローラーじゃ僕を殺し尽くすことはできないよ……」
透明な傘の向こう、さらに遠くを見ている奥崎の顔が口角を釣り上げて半月を描く。爛々と輝く瞳。
「それなら、こんなのはいかがですか?」
別の、しかしまた聞き覚えのある声が精霊の囁きのように尋ねた。
半月が消える。彼の口は真一文字に結ばれる。だが目だけは周囲を警戒して泳いでいる。彼は『実験し自分の能力の限界を知りたがった』。それが敗因。アレッポではそんなことはしなかったはずだ。眼球を無駄に動かすようなことは――。四恩は、そのことを彼に教える暇も、体力も、優しさも失っていた。
だから四恩は、石嶺磐音が彼に飛びかかる過程を傍観した。ネコ科の動物がそうするように、磐音は彼を押し倒す。拳銃を腹に押し付ける。
「避けてみて。弾丸の軌道を変えてみて」
提案しつつ、引き金を引く。
たんったんったんったんったんったんっ――。
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