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四恩は何も答えなかった。代わりに、彼の額に視線を集中した。穴が空けば良い、と彼女は思った。
穴は空かなかった。いや、空くのかどうか検証できなかった。奥崎が人形遊びに飽きて、立ち上がったからであり、今度は四恩こそが彼に凝視されたからだった。彼女は彼の爪先へと視線を落とした。
「四宮さん? どう思う?」
死体を踏みつけながら、彼はゆっくりと四恩へ歩み寄る。その歩みは足元の死体の弾力のために、前後左右に大きく揺れている。酔歩する男のようにも見える。高度身体拡張者の平衡感覚ならば十分に真っ直ぐ歩くことが可能なはずだ。彼は、あえて、そうしないのだ。彼は死体の弾力を味わっているのだ。
「その人、たち、は、死んでいる――」
「死んでいないということは生きているということの定義にはならないよ。機械は死んでいないけれど、その状態を生きているとは言わない」
「言う、かも――」
「なるほど。そうすると、僕たちと機械の差異は何だろう?」
奥崎が立ち止まる。ちょうど死体の絨毯の縁に。そしてその縁こそが、彼と四恩の境界を表象していた。彼女は彼の質問に答えることができなかった。それでも、その絨毯の上に上がって、彼と同じ高さの所に立つ気分にはなれなかった。気分の源泉は――わか、ら、ない。
奥崎が見下ろす。
四恩が見上げる。
「実は、僕にもわからないんだよ。わからないから、ここに立っている。『自由だから、ここにいるのではない。自由ではないから、ここにいる』。わかっていたんだ。アレッポに行くまでは。アレッポに着いてしばらくは」
「わからなくなったの――?」
「うん。わからなくなった。最初は人間を『殺している』という意識があった。それが途中から、なくなったんだ。殺戮が、行為ではなくなった。殺戮が、例えば、そう心筋が不随意に動くように、不随意な運動になった。それは、もう、例えば、例えば、例えば、例えば、例えば、汗をかくみたいな――全くの現象そのものになった」
どろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――。
2人の頭上をドローンが旋回している。四恩がそれに気づいたと同時、直ちに空中で電撃が発生した。
ばちばちばちばちばちばちばちばちばちばちばち――。
雷槌はドローンを撃ち、落とした。
「無人爆撃機の操縦士は賃金が物凄く高いんだ。知ってた?」
「無人――無人なのに、操縦士?」
「遠隔操作しているドローンもあるんだよ。それでね、彼ら操縦士の賃金は物凄く高いんだって。それはこういうことなんだ。つまりね、離職率が物凄く高いんだよ。それはこういうことなんだ。それは、こういうことなんだ。こういうことなんだ、それは。遠隔操作で、殆ど影そのものであるような敵を爆撃するだけなのだけど、操縦士は高いストレスを受けている。テクノロジーがこれだけ発達しても、人に人を殺させることは本当に難しいんだよ。いや、それとも、テクノロジーが発達したからだろうか……。どう思う? 四宮さん? こんなに簡単に人が殺せるというのは、僕はもう不可逆的に壊れてしまったと、そういうことなんだろうか?」
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