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 この国が、半世紀以上前から指摘されていた超少子高齢化という「問題」を解決するためにまず行ったのは技能実習生制度から発展した〈技能移民制度〉だった。だが、経済界の肝いりで実施された移民政策も、問題の解決にはならなかった。アフリカや中東からEUに入った難民がハンガリーを通り過ぎてドイツを目指すように、日本の労働市場もまた、アメリカや中国を目指すための通過地点でしかなかったし、移民の出生率は移民元ではなく移民先のそれに収斂していったのだった。

 その問題の「解決」策を提示したのが、〈三博士〉だ。後に、陸上自衛軍身体拡張技術研究本部の責任者になる釜石徹もまた、〈三博士〉の1人であり、彼らは釜石の研究成果を中心に、防衛省と厚生労働省と文部科学省を結ぶ、〈身体拡張者〉予備軍をプールするプラットフォームを作り出した。そしてそれこそ、この国を超少子高齢化と膨張する債務から救ったジェネティクス・ナノテクノロジー・ロボティクスGNR革命の推進装置そのものだった。やがて、その装置の発明者であり、救国の英雄たる3人の博士を表象するために〈三博士〉の語がメディアで使われるようになっていく。

 このような身体拡張者に纏わる歴史を、四恩は座学で繰り返し聞かされており、釜石徹という名前と顔を覚えているのと同様に、鳥巣二郎という名前と顔を覚えていた。

「彼、が、何――を」

「〈還相抑制剤〉を配り歩いているのです」

「それは――助かる」と率直な感想を述べる四恩。

「助かるかも知れませんが、違法なの」と妹に教えるような口調で述べる磐音。

〈国民皆保険制度が廃止されて久しいとは言え、医薬品の製造から販売まで多くの許認可が必要な体制そのものには何の変わりもないからね〉

〈医薬品の自由市場で貧乏人も薬が手に入りやすくなるという話はどうなったの?〉

 無線通信で尋ねる東子の口は間断なく煙草を咥えている。肺が親の仇なのかも知れない。

〈医薬品の分配もトリクルダウン理論で説明しようという話になったのかもね〉

「それはスキャンダルね」と、とても嬉しそうに述べる東子。「大麻が解禁されて縄張りがズタズタにされた貴女達の、久しぶりの大捕物が、蓋を開けてみたら前の審議委員、それも〈三博士〉の1人が出てきたなんて」

「でも、そのおかげでわたくしが実務に携われるようになったのです。あの、内務官僚の武野無方さんという方をご存知ですか」

「ご、存知――です」

「知ってるわよ。ナナフシみたいな人」

「ナナフシ?」

「虫がいるのよ。ナナフシっていう。武野さんに似てるの」

「あんな人に似ている虫がいるのですか」

 複雑な驚き方だな、と四恩は思う。それに、もしも少し開いた口を手で隠す動作が自然なものだとしたらそれにこそ驚きたい、とも彼女は思う。

「そもそもは、あの人が持ってきた仕事なのです」



 

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