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「四恩さん、貴女は一体、どういう偽物の希望を餌にして東子を連れ歩いているのですか。東子、貴女、何を考えてこの一匹狼の後を追うことにしたの? 一匹狼って、群れからはぐれてもうじき殺される個体のことですわよ」
「酷い言われようね」
「心配しているのです。この世は偽物の希望の売人が多いから」
磐音、階段の方を見る。生き延びですよ、生き延びですよ、おっ、芳ばしい、おっ、などの声が僅かに上階から聞こえてきた。
「彼女は信用できるわ」
コーヒーを吸い上げるストローから口を離し、四恩を一瞥してから、東子は言った。
「だって、後がないもの。まるっきり背水の陣。そして――私もそうなの」
「その……立場、それから捜し物が一致したから、お二人で行動していると?」
「そういうこと」
「何を捜しているのですか?」
「その質問は、私から貴女へ一方的に為されるものであるべきだわ」
ごとり――。
魔法のように取り出したベレッタ98で、東子が机を叩いた。975gという重量は決して軽くはない、と四恩は思った。
「嫌ですわ、東子。いつから『無敵の人』になったの? ここは喫茶店の地下室ですよ」
「『プロレタリアはこの革命によって鉄鎖の他に失う何ものもない。彼らの得るものは全世界である』」
「個人的な問題を一般的な問題にすり替えても、何も前向きな結論は出なくてよ?」
「『個人的なことは政治的なこと』なのよ。知らなかったの? 四恩、あの子がこの机を蹴り上げて私の銃口から逃れようとしたら、すぐに彼女の後頭部を掴んで床に叩きつけてね。そうしたら貴女の手のひらごと、後ろからあの子の頭の中に弾丸を入れることにするから」
威嚇や警告ということを四恩はそのキャリアにおいて一度もしたことがなかった。なんとか、アイスコーヒーを一気に飲み干して、グラスの底で机を叩くということを思いついた。
だんっ――。
「もう一杯持ってこさせましょうか……?」上目遣いに四恩へ尋ねる磐音。
「い、や――話を、仕事の」
「ああ、なるほど。その前に、貴女たちの視覚情報は何処に送信されているの?」
「何処に送信されるにせよ、三縁がリアルタイムで加工して、貴方の存在を消してるはずよ」
「あらあらあらあら。ちょっともう、早く言ってくださいな。さっき少し暴れたせいで髪が……。わたくしの髪は昔と変わらずウェーブしてますわ、三縁」
磐音が四恩の方に流し目をしつつ、人差し指で毛先を遊び始めた。
〈三縁〉
〈ぼくの名前は確か念仏者が得る3つの縁すなわち親縁、近縁、増上縁を由来にしていたような、そんな朧気な記憶がある〉
〈――〉
人間の関係というものは、利益を追求した野合だけではないということを四恩は理解した。
「貴女たちが何を追って、私の、私達の猟区に乱入してきたのかは存じませんし、存じたくもありませんが……どうして貴女たちが訪ねていったアレッポからの帰還兵が次々と自殺し始めたのかだけは聞きたいですね」
「私たちが行く前には死んでいたわ」
「そう……。わたくしはてっきり、四恩さんが殺して回っているのかなーって」
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