第266話 スレーンの新しき地平。俺が括目する、時代の幕開けのこと。

「ミナセ!!!」


 着地するなり、アオイが俺の胸へ飛び込んできた。

 彼女は俺が竜であることなんてすっかり忘れてしまったかのように、腕を首に回して思いきり抱きついてきた。


「よくぞ…………よくぞ帰ってきた!!! すごく、すごくすごくすごーく、心配したのじゃぞ! おぬしに万が一のことがあれば、わらわはもう一晩たりとも眠れぬ…………!」


 間近に見つめてくる瞳は黒く円らに濡れて、彼女を齢以上に大人びて色っぽく見せる。

 俺に次いで降りてきたフレイアは、竜の足が地面に着くより早く背から飛び降りると、躊躇なくアオイの首根っこを引っ掴んで俺から引き剥がした。


「コウ様はお疲れです! お離れください!

 それよりも、この後の始末をお願いいたします。コウ様は竜の証を示され、決闘の勝敗もつけられました。これからどうなさるおつもりですか?」


 アオイは乱れた襟を直し、白けた顔でフレイアを見つめ返す。

 彼女は小さく溜息を吐くと、静かにこう言った。


「不粋は顔だけにしてほしいものじゃ。そちの如きに言われずとも重々承知しておる。これでわらわも、堂々と宣言できるというもの」


 アオイは艶めく黒髪をさらりと風になびかせて里の民を振り返ると、ただ一言、凛と述べた。


「頭領の仰せのままに!」


 清々しく呼ばれた当の本人が、軽やかに竜を大地へと降り立たせる。

 シスイは黒真珠に似た優しげで奥深い瞳で里の人々を見やると、目元に人懐っこい皺を寄せ、微かに笑った。


「…………負けてしまった」


 彼は竜から降りると、そよぐ風によく馴染む、穏やかな言葉を続けた。


「皆の目にした通りだ。竜王様は新しき道を示された。

 今、スレーンは途轍もない変化の時を迎えつつあるらしい。俺達がこれまで信じてきたもの、紡いできたものの意味が、根本からガラリと変わっていくだろう。この戦は嵐の前触れに過ぎないと、俺はそう感じた。

 皆はどう見る?」


 シスイの問い掛けに返事ができた者はいなかった。ただ、その一様に気難しい表情が、それぞれの思いの複雑さを露わにしている。

 誰しもが、今しがた起こったばかりの壮絶な戦いの意味を探ろうとして、途方に暮れていた。

 シスイは一つ静かに瞬きし、言葉を継いだ。


「俺は、この戦いは…………異邦からの旅人の来訪より始まったこの戦は、やはり一つのお告げであったと信じている。過程に様々な思惑はあったが、括目すべきは最後に残った事実だ。

 俺は敗北し…………そして俺達は目の当たりにした。白竜の消滅と、旧く新しき守護神の覚醒を」


 シスイがチラとアオイへ視線をやる。

 そっくりの黒い眼差しが交わり、アオイが涼やかにその目元を細めた。

 シスイはそのまま俺とヤガミの方へ向き直り、話を続けた。


「君達には本当に驚かされた。竜をもって名を轟かせる我が里においても、君達のような度胸ある飛び方をする者はそういない。正直、俺は君達を侮っていた。

 今、一人の竜乗りとして里を代表し、君達に心より敬意を表そう。…………良い戦だった」


 謙遜を口にしかけたが、言葉になる前に風に立ち消えていった。

 別に俺だけが戦ったわけじゃない。とりわけヤガミはそれだけの働きをしていると思う。当然の如く身体強化術も使いこなしているし、本当に本当に大したものなのだ、アイツは。


 …………というか、そうだ。ヤガミ。

 コイツ、怪我は大丈夫か? 呻き声一つ上げないから、ついつい失念してしまっていた。

 おずおず振り返ろうとしたら、先に不機嫌な声がした。


「…………遅ぇんだよ。この人でなしめ」


 ヤガミはぐったりと俺の背から重い身を降ろすと、隈の深い疲弊しきった目でシスイを、そして俺達のすぐ近くに控えていたリーザロットを見た。


「俺達のことはいいですから、同盟の話を進めてください。これからジューダムとの本格的な戦が始まるのでしょう? 準備の時間は、一分一秒でも惜しいはずです。建前に費やす暇が勿体無い」


 また随分な物言いを…………。

 呆れたが、リーザロットとシスイは気分を害さなかったようだった。

 むしろ、今からこそが本当の戦の始まりなのだと、彼女達の引き締まった面持ちを見た人々が無言のうちに察した程であった。


 歴史が変わり始める。運命が動き出す。

 巨大な歯車が、今、回り始めた。

 俺達の力によってだけじゃない。何かもっと大きなものの意志が、そこへ俺達を導いた。シスイと同じように、いつしか俺もそう感じるようになっていた。


 リーザロットがシスイを仰ぎ、話した。


「ご頭領・シスイ様。それでは改めて、正式にお願いを申し上げます。

 どうか私共と一緒に、ジューダムと戦ってくれませんか? 私達のかけがえのない郷里を守るために、新しき扉を開くために、竜王様と裁きの主の大いなる眼差しの下に」


 里の民がシスイを一心に見つめている。

 険しくも空の男らしい、静穏で揺るぎない眼差しをシスイへ送るシドウの隣へ、気高く澄み渡った佇まいのアオイが寄り添う。


 風が立ち昇る。

 シスイは晴天に声を響かせた。


「誓おう。この大地に、空に、竜の血にかけて。――――我らが翼は、サンラインと共にある」


 反対する者は無かった。

 いつだって食ってかかってきていた、あのバドという男さえ、黙りこくって神妙にしていた。


 サンライン最大の都、サン・ツイードへ帰る時がついに来た。

 新たな仲間と共に。

 同じ空の下に広がる、人の都へ。

 運命の扉は俺達をどこへと連れて行くのだろう…………。


 と、感傷に浸っていたその時、上空から突如ひどく取り乱した声が降ってきた。

 ジンの声であった。


「た、た、た、大変です――――!!! 頭領!!! たっ、大変な…………っ、大変なことが!!!」


 ジンは緋王竜に跨り、顔を真っ青にしてせわしなく旋回を繰り返していた。

 そう言えば決闘の間中、ずっと姿を見掛けなかったが、どこで何をしていたのだろう?


 シスイやシドウが応じるより先に、アオイが声を張った。


「ジン!!! いったい今までどこをほっつき歩いておった!? 決闘ならもうとうの昔に済んでしもうたぞ! 今は同盟の契約を結んでおる最中じゃ!! 軽々に騒ぐでない!!」


 ところがジンは珍しく怯まず、負けじの剣幕で返してきた。


「わかってますよ、そのぐらい!! 僕は決闘場を守るべく周囲の見張りに出てたんです!! 僕が好きだからっていちいち絡まないでください! そんな場合じゃないんです!!」

「戯言を!! 疾く申せ!!」

「黒矢蜂です!!! 黒矢蜂の群れが、北の裂け目から里へ向かってきています!!!」


 その瞬間に背筋が凍り付いたのは、ジンの発言と時を同じくして、凄まじい魔力の圧を全身で感じ取ったからだった。

 身体の表面から芯に至るまで、熱っぽく病的な震えが走る。内臓の奥底からべっとりと這い上ってくるささくれ立った激しい苦みに、思わずえずいた。


 気配は急激に近付いてきている。

 破壊的な速度だ。


 風の匂いが酸っぱく濁る。

 獣達の遠吠えと疾走が、森と俺の逆鱗を大きく揺さぶった。


「シスイさん、ヤバイです!!!」

「ああ!!!」


 俺の呼びかけに、シスイは風の如く動き出す。

 彼は己の竜であるフウガに飛び乗ると、蒼空を睨んで瞳を研ぎ済ませた。


「ジン! 敵の数は!?」

「少なくとも一万、その倍にまで届くかもしれません!! 空前絶後の規模です!!」

「やれやれ…………。早速頭領最期の仕事になるか」


 シスイが口の端を不器用に歪めて言い捨てる。

 リーザロットはすかさずシスイに申し出た。


「私も参ります。竜を貸してください!」

「助かります。シドウ! 蒼姫様を乗せてやれ!」


 シドウがすぐに竜を連れてやってきて、頭を下げる。

 二人が竜に乗り込む傍らで、フレイアもまた戦の準備を整えていた。


「行って参ります。コウ様、ヤガミ様」

「師匠、俺達も…………」

「いいえ、貴方達はここに」


 どうして、と口を開かせる間もなく、フレイアはすげなく言い継いだ。


「コウ様もヤガミ様も、戦に耐えうるお身体ではございません。漂いくる魔力の気配がおわかりになりませんか? 断じて容易な相手ではありません。直ちにこの場からお逃げください。

 お二人はもうれっきとしたサンラインの戦力です。お力の使い時を見誤りませぬよう」


 項垂れるヤガミの灰青色の力場は、先よりももっと乾いて泥に沈んでいる。

 俺の翼の傷も、最早根性だけでは如何ともしがたくなってきていた。

「将軍」を呼ぼうにも、あの力と釣り合うだけの体力も気力ももう無い。


「コウ様」


 呼ばれて、しょんぼりと目を合わせる。

 フレイアは俺の逆鱗を優しく撫で、毅然と別れを告げた。


「ご武運を」


 フレイアの手がスッと俺から離れる。

 彼女は思い切りよく己の竜を駆けさせると、強く大地を蹴って飛び立ち、先を行っているシスイとジンの背を追って、ぐんぐんスピードと高度を増していった。

 すぐに姿が小さくなる…………。


 彼女らの向かう先に、黒く霞んだ一筋の雲が見えた。

 竜の目に、その正体がくっきりと映り込む。

 瞬間、俺は己が目を疑った。


 それは仔竜程の大きさもある、無数の蜂の大群であった。

 地鳴りじみた羽音が風に乗って響く。無秩序なノイズは鼓膜をビリビリと痺れさせ、身体は今にも溶けだしそうなぐらい熱くなった。


 鼓動が激しい。

 息が乱れる。

 舌が灼ける…………!


「何という数じゃ…………!!!」


 アオイの絶望が、たちまち里の民に伝播する。

 恐慌的に広がっていくざわめきに、アオイはハッと我に返って厳しく言い放った。


「慌てふためくでない!! 各々、持ち場に戻り第一級災害として迅速に対処せよ!!

 警邏組1班は大至急各集落に伝達!! 2班は住民の避難を! 兵組はアードベグの指示に従い、頭領に続け!!」

「ア、アオイ様は…………ご、護衛の者は…………っ」

「不要だ! 近衛組は総員、兵組と共に戦場へ向かえ! わらわは結界組を集め、共力場を編む!!」

「は…………はっ!!」


 人々が弾かれたように慌ただしく移動し始める。

 アオイは早速魔術に集中し、複雑な詠唱と印を編みだす。飛び立ったリーザロットとシドウの影が、また一つ小さな点となってシスイ達に合流した。


 ヤガミが俺の手綱を握り締めている。

 俺はこの期に及んで、自分達が今にもぶっ倒れそうなぐらいに消耗していることを痛感した。

 これでは、とても戦えない。

 黒矢蜂の魔力がもたらす吐気をやっと飲み込み、俺はヤガミに退避を促した。


「乗れよ。今は逃げることしかできない」

「畜生…………」


 ヤガミの声は掠れて弱々しく、一刻も早い手当てが必要なことを物語っていた。

 あの軟膏があれば大事には至るまいが、油断はできない。今、コイツは屈んでやらなくては背に乗ることすらできないのだ。


 歯噛みするしかない中、ユラリと黒い影が日の光を遮った。

 黒い影は俺達の前を音も無くよぎると、傍らで作業していた里の兵士の前に立ちはだかり、低く声をかけた。


「…………スレーンの民、竜を寄越せ」

「ヒッ!」


 兵士が短い悲鳴を上げて尻餅をつく。

 彼の眼前に思いがけず現れたその死神、タリスカは、漆黒の存在感をいつもより一層威圧的に周囲に迸らせていた。


 里の兵士がロクに返事も出来ないまま、高速で頷きながら逃げ去る。

 今のタリスカから発される魔力は、黒矢蜂のそれを完全に凌駕し、あの白竜にも劣らぬかと思える程に膨れ上がっていた。


「タ…………タリスカ…………?」


 躊躇いつつ、声をかける。

 白竜の魔力とは違い、彼の力は周囲に爆散していきはしない。ただ一点…………彼の剣の間合いに高密度で凝縮されていた。


 ここにいるだけで心臓がぺしゃんこになりそうだ。本能的な恐怖が思考を嵐の如く掻き乱し、足掻きようのない混沌へと陥れる。

 俺自身の悲鳴が頭の中に響き渡っている。

 殺される。

 無様に逃げ出そうとした時、骸の騎士は答えた。


「勇者、一片」


 返事もできず、虚ろな眼窩を覗き込む。

 深く濃い闇を湛えたその穴には、信じ難いことに飛沫の上がるような潤いが満ちていた。


「荷をまとめよ。速やかに」

「え…………?」

「傷の処置も早く済ませよ。修行に障る」

「…………え?」

「行く」


 死神は漆黒の衣をはためかせ、取り憑くようにして竜に跨ると、ハーネスも何もつけずに速攻で飛び出していった。

 唖然としていたのは何も俺とヤガミに限らない。その場にいた兵士達も、決死の形相で集中していたアオイも、皆が状況に取り残されていた。


 しかし、本当に開いた口が塞がらなくなるのは、この後のことだった。



 全ては何か感じたり、考えたりする隙もなく終わった。

 アオイが呼び寄せた結界組の面々を俺が見ることはなかったし、兵組や近衛組が死地に飛び立つこともなかった。

 警邏組の人々に至っては、恐らく集落の一つもまともに周っていなかったことだろう。

 …………だって、事が終わったその時、俺とヤガミは帰り支度はおろか、その場から動くことすらできていなかったのだから。



 タリスカは一目散に、災禍が雲となって湧き出たような黒矢蜂の群れへと突っ込んでいった。


 ちなみに彼が乗っていたのは、フウガやセイシュウとは見るからに異なる、平々凡々とした竜であった。

 だが、相手が大群で、密集していて、しかも自ら向かってきているという状況の中、そんなことは彼にとって少しも問題ではなかった。

 「足場」は、あの場にはたくさんあった。


 同じくどこからか流星の如く滑り込んできた赤鬼のアードベグが、一瞬タリスカに並んだ。

 一言、二言彼らは言葉を交わすと、再び分裂して暗雲へと降り注いでいった。

 ジェット機の轟音じみたアードベグの雄叫びが耳に残っている。


 先に戦っていた連中が何か口々に叫んでいる。

 だが赤と黒の二筋の流星は構わず突き進んでいく。

 火蛇の美しい瞬き、そしてリーザロットの花びらの魔術が、美しく開いてパッと散った。

 リーザロットの怒りの絶叫が、スレーンの中に響き渡った。




「――――――――タリスカ!!! 貴方って人は…………っ!!!」




 ――――――――…………黒い嵐に時折、赤い稲妻が轟く。


 無謀にもたった二騎で挑んできた敵を、黒矢蜂達は入道雲と化して迎えた。

 激しい魔力の奔流は、アオイ山の全ての力場を黒く染め上げたが如く。

 なれど死神がたった一言、流転の王との戦いの時に唱えた、あの呪われた古の言葉を口にした途端に、蜂達はまるで鳳仙花の種みたいにあっけなく、蒼空に弾け飛んだ。


 目で追うことすら敵わなかった。

 何匹がその瞬間に犠牲になったかなど、知る由もない。

 残った蜂達が勇敢にもたちまち密集し、死神達を包み込んだ。

 黒い巨大な球体が宙に轟と蠢く。


 タリスカを乗せた不運な竜の叫びが俺に共鳴する。

 全身が燃える。

 あまりにも急激に高濃度の魔力に晒されて、胃も腸も肺も心臓も、煮え滾って溶けだす。

 逆鱗がひび割れる。

 耐え切れぬ竜の咆哮が天を打った――――…………、


 だが、それは幻。


 蒼白く輝く銀の二刀が、黒塊を十字に斬り裂いた。

 抜き放たれた刃のきらめきが、俺の逆鱗を震わせる。

 虚空に放られた時と同じ不快な内臓の浮き上がりが襲ってきた。

 漆黒の衣が翻り、みるみるうちに蜂達が切り刻まれていく。

 鱗が冷たく冷えて、身体に充実した力が戻ってくる。


 蜂達は今一度、球体となってタリスカを覆おうとした。

 今度はさらに凄絶な魔力の爆発だった。燃え盛る暗黒の太陽が骸を包む。

 舌が灼けつき、けたたましい羽音が頭蓋を割りかける。


 踊る、踊る、蜂達が狂気に踊る。

 同胞の熱で、さらにのぼせ上がっていく。


 だが研ぎ澄まされた剣の前に、それは霞と同じだった。

 竜を、黒矢蜂を、あるいはその死骸を足場に、死神は猛然と刃を走らせた。

 滑り、翻り、逸れ、舞い戻る。

 薙ぎ払われた黒雲は速やかに風に散った。


 二重の刃は百枚にも二百枚にも重なった。

 いかなる魔術も呪いも追いつかない。

 死の軍勢はただの虫けらと化し、容赦無く無惨に蹴散らされていった。


 アードベグの哄笑が空を割る。

 守護鬼の大薙刀は、タリスカが割り裂いた群れを快く潔く薙ぎ払っていった。

 上空から遥か直下に振り落とされる大刀の一撃は、落雷。

 雄叫びは大地をも痺れ上がらせた。



 ――――――――…………黒い嵐に時折、赤い稲妻が轟く。


 空前絶後の災禍はやがて、全てが塵となって跡形も無く風に攫われていった。


 嵐が止み、清々しい晴天と風だけが残される。

 二刀の納まるしめやかな音が、聞こえたような。


 赤鬼の大笑いが、里中に轟いていた。


「ハーッハッハッハッハッハッ!!!!! 血が滾る!!!!! 滾る滾る滾るわ!!!!!

 これぞ今世最強の魔、蒼の剣鬼!!!!! 魔道を断ち切る無頼の剣、まこと天晴也!!!!! 我が見込みし、唯一の武者!!!!! ワーッハッハッハッハッハッ!!!!! ハーッハッハッハッハッハッ!!!!! ハーッハッハッハッハッハッ!!!!!」


 アオイの溜息が、その場にいた全ての人間の気持ちを代弁していた。

 アオイは羽織を半ば肩からずり落とし、乱れた髪を梳かそうともしなかった。


「何じゃあ…………あやつらは…………。

 あれ程の力を持っていたならば、なぜ隠しておったのじゃ? …………今までの我らの葛藤は何だったというのじゃ? 我らを…………馬鹿にしておるのかえ?」


 丁度良く戻ってきたシドウの後ろのリーザロットが、ひんやりとした笑顔でそれに答えていた。


「いいえ、アオイさん。あの人はただ、斬りたいから斬った。それだけなの…………。

 …………どうやら初めからずっと、黒矢蜂との戦を心に思い描いていたようですね」


 続いてフレイアとジン、シスイが、いずれもまだ事態が飲み込みきれないといった表情で降りてくる。安堵よりも戸惑いの方が勝っているようだった。


「お師匠様には、敵いません…………」


 上の空でこぼされたフレイアの呟きに、俺は


「色んな意味でね…………」


 と頷くしかなかった。

 ヤガミは俺にもたれかかり、黙って首を左右に振っていた。


 まぁ、何はともあれ、悲劇が回避されて何より…………なのか、な…………。

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