第128話 蒼の館の会談。俺がきたる新たな旅に勇むこと。
夜霧の刻、俺とリーザロットはツーちゃんの研究室へと足を運んだ。邪の芽の検査をしてからまだ数日しか経っていないというのに、妙に懐かしい気分だった。
部屋の中にはすでに、タリスカ、グラーゼイ、フレイアが真剣な顔をして集まっていた。
骸骨とオオカミ男と紅い目の美少女。こうして並べて見てみると、異様に物々しい雰囲気である。
ツーちゃんはこの間会ったのと同じ大人の姿で、いつも通り偉そうに足と腕を組んで、眉間をギュッと険しくして俺達を睨んでいた。
「遅い!」
彼女は俺達を見るなりそう吐き捨てると、足を組み直して、早速話を始めた。
「さて。もう聞いておるだろうが、今回貴様らを集めたのは他でもない。テッサロスタへの遠征のためだ。貴様らには竜で彼の地へ向かい、東方区総領主である、スリング家の屋敷を制圧してきてもらう」
ツーちゃんは俺達を睨み渡し、続けた。
「無論、名目上は蒼の主の遣いとして「面会」に赴くこととなる。当主のトゥール・ロマネ・スリングが反逆罪で処されたとはいえ、まだスリング家全体がジューダムへ寝返ったとは確認出来ておらぬ。また、正式なスリング家の制圧、ひいてはテッサロスタの奪還となると、これは総指揮官であるヴェルグの管轄となる。故に我々はあくまでも「軍事」には踏み込まずに事を進めなくてはならない。
つまり、我々は少数精鋭にて「たまたま」スリング家の内情を曝露し、太母の護手とジューダムを繋ぎ合わせておるであろう魔術・呪術の起点を抑え、「思いがけず」テッサロスタの奪還を成し遂げることとなる。
言うまでも無いが、援軍は期待できない。厳しい旅路となろう」
ツーちゃんの琥珀色の瞳が、静かに強く輝いていた。誰もが無言を貫く中、俺は勇気を出して手を挙げた。
「あの、ちょっと気になっていることが一つあるんだけど」
「何だ?」
ツーちゃんの鋭い視線に射抜かれつつ、俺は前々から気になっていたことを尋ねた。
「あのさ、前にテッサロスタはジューダムの占領下にあるって聞いた覚えがあるんだけど、それなのに、「面会」なんて行けるものなのかなって思ってさ。そもそも、東の領主はそんな状態なのに、どうして奉告祭に出て来られたんだろう?」
ツーちゃんは整った頬をピクリと痙攣させると、深い深い溜息と共に首を大きく横に振った。
「ハァ~…………。そう言えば貴様は、数を数えられんのだったな。それは一つではなく、二つの質問だ。
…………ジューダムの占領下にあるのは、何もテッサロスタ全域というわけではない。主要な区画及び製鉄所、鍛冶場が抑えられておる故、事実上ほぼ「全域」であると巷では言われておるが、スリング家の屋敷のある区画だけは未だ抗戦を続けておるのだ。…………少なくとも、これまではそのように言われておった」
ツーちゃんはもう一度溜息を吐くと、苦虫を噛み潰したような顔で荒っぽく言い継いだ。
「まぁ、今回の件で、それがジューダムと手を結んだ上での自作自演だった可能性が出てきたわけだがな。
ともかくそんなわけで、スリング家は少なくともまだ形の上ではサンラインに与しておる。我々は表立っては誰に咎められることも無く、「面会」に行けるという話だ」
「ふぅむ」
そういう次第なら、まぁ、わからなくもない。
だが、俺はふとまたわからなくなり、もう一度質問を投げた。
「あ、でも、いくらまだ占領されきっていないと言っても、周りにはジューダムの兵士がたくさんいるわけだろう? それなら、サンラインからの使者…………っていうか、見るからに何か企んでいそうな俺達を、簡単に通してくれたりはしないんじゃないかな? 通せんぼされるだけならまだしも、最悪、闇討ちとかに遭うかも」
俺の今度の問いは、なぜかツーちゃんではなくグラーゼイに引き取られた。
「そのために我々精鋭隊が同行するのです、ミナセ殿。この遠征は詰まる所、強行軍。それでなくとも相手方は先日の奉告祭の一件から、不穏な動きには警戒を強めているでしょう。…………「遭うかも」ではなく、敵との遭遇は必定です」
凄んでくるグラーゼイに、俺はあえて踏み込んだ。
「妨害は想定済みということなんですね。けれど…………それでは実際、この人数では心許ない気がしませんか? 辿り着くだけでも一苦労なのに、そこからさらに一つの街を取り戻さなくてはならないなんて、本当に可能なんでしょうか?」
グラーゼイは黙ってツーちゃんを見やる。俺がフレイアの方へも視線を送ってみると、彼女は特に気を揉む様子も無くキョトンと俺の顔を見返してきた。紅玉色の瞳が今夜は一段と健康的に冴えており、実に頼もしい。彼女は微かに頬を染めて、つられるようにツーちゃんの方を向いた。
ツーちゃんは再度足を組み変え、毅然と言った。
「フン。その点は抜かりないわ。というより、そのために貴様らを遠征組に選んだのだ。
ここに集めた者は、コウ、貴様を除いて、皆サンライン屈指の使い手だ。とりわけタリスカは、ここにおる人間が束になって…………何ならリズも含めて掛かったとしても敵うまい。あ、私まで加われば別だぞ、無論。
加えて、もしもの時には「最終手段」も用意してある。問題無い」
「最終手段? 何、それ?」
「いずれわかる。…………何にせよ、貴様の心配は無用だと知れ。むしろ一番の心配事と言えば、チョコマカと落ち着きのない貴様が竜に振り落とされないかということぐらいだ」
「ひっどいなぁ…………」
俺が肩をすくめると、ツーちゃんは「フン」と勢いよく鼻息を吐いて、一堂を見渡した。
「他に、何かあるものは?」
次に手を挙げたのは(別に挙げる必要は無いと思うのだが、俺に倣ったのか)、フレイアだった。彼女はリーザロットとタリスカを見比べ、小さく首を捻って尋ねた。
「あの、お師匠様も遠征に参加されるとなると、蒼姫様の護衛がだいぶ手薄になってしまいます。蒼姫様にはご修行の際にも護衛が必要です。クラウス様がサン・ツイードに残られるとしても、あまりに人手が足りないのではないでしょうか?」
フレイアはそれから、チラリとタリスカを仰いだ。
「それに、お師匠様は…………本当によろしいのでしょうか?」
タリスカはフレイアを見下ろすと、低く、だがどこか丁寧に呟いた。
「よい。…………これも、姫の定めし道ゆえ」
一方のツーちゃんは口の端を曲げ、気難しく唸った。
「うむ。そこは確かに悩みどころであった。一応、隊内から臨時に腕利きの者を数名連れて来る予定にはなっておるが、それにしても貴様らには遠く及ばんからな。…………ここはリズ自身に頼らざるを得ぬ」
ツーちゃんの眼差しを受け、リーザロットが張り詰めた顔つきで頷く。蒼玉色の瞳は今も凛と美しく澄んでいたが、それがかえって嵐の前の静けさのようで不安を掻き立てた。
リーザロットは明るくにっこりと微笑んだ。
「お気遣いありがとう、フレイア、琥珀。でも、私は平気です。残ってくださる方も、協力してくださる方も、頼りになる方ばかりです。修行も、貴女達がいる時よりも控え目に行いますから支障はありません。どうか安心してください」
そしてリーザロットは最後に、タリスカに向けて笑った。
「…………貴方も、どうか」
どうか。
何だろう。勘違いかもしれないが、「安心してください」だけではない気がした。
タリスカは頷くでもなく、じっとリーザロットを見つめている。暗い眼窩の奥に潜むものが何か俺には計り知れないが、リーザロットにはわかっているのだろう。
ツーちゃんは頃合いを見計らって、話を進めていった。
「では、他に無ければ、詳細を伝えていく。
まず出発だが、これは月相と天候の関係を考慮し、明後日の明け方となった。本当は明日にでも出発したかったのだが、風読みの報告した気脈の状態があまりにも悪かったのでな。遺憾ながら、1日置くべきと判断した。この猶予の間に、各自十分に準備を済ませておくよう戒めておく。
次に航路だが、これは例の新航路から外れた山間を貫くルートを辿ることとした。危険は承知の上だが、やはりここが一番速かろう。無論、案内役はすでに雇ってある。スレーン人で一人、都合の良い男がおったのでな。
それから、現地への侵入方法だが、これはテッサロスタ周辺の地へ一旦降りた後、そこから彼の地に潜伏している私の弟子・グレンに手引きしてもらう手筈となっておる。グレンとの連絡手段については、後に話す。
その後はすみやかにスリング家の館に侵入し、目的を達する」
俺はいよいよ盛り上がってきたなと思い、眉間を険しくした。見回せば、誰もが厳しい表情をしていた。それぞれから滲み出てくる魔力や気魄が俺にまで伝播してきて、自然と胸が熱くなる。
フレイアは俺と目を合わすと、勇ましく、微かに頬を緩ませた。俺は彼女の燃える深紅にドキリとさせられつつも、同じように笑い返した。
また彼女と旅できる。嬉しいな。
リーザロットはその中で、胸の前で手を組み、神妙に目を瞑っていた。
「どうか、皆様に恵みの雨が注ぎますように…………」
俺は心細げな彼女の肩に手を置き、話した。
「大丈夫。約束、守るから」
リーザロットは伏せていた睫毛を少し濡らして俺を見上げると、小声で囁いた。
「勇者様…………コウ君。どうか、お願いします」
俺は胸を張り、言い切った。
「任せて。大きな「扉」、開けてくる」
ツーちゃんは何も言わずに俺達を見ていたが、やがて宙を仰いで独り呟いた。
「…………ま、なるようになるだろう…………」
蒼の館の会談が解散となった後、俺は自室へと戻り、風呂に入り、タリスカに修行に連れ去られ、それからもう一度風呂に入り、ようやく床に就いた。
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