第96話

「時雨、今どこ?」


 回るべき場所を回り終え本拠点に帰還しようとしたとき。真那からの着信があった。


「地下運搬通路だ。本拠点からは数百メートルくらいだな」

「それなら、急いで戻ってきて」


 どこか切迫したような声音。それを聞いただけでただ事ではない何かが起きたのだと理解する。

 指示されるがまま駆け足で地下通路を駆けながら無線で真那に問いかけた。


「どうしたんだ?」

「アイドレーターが動いたわ」


 何か事件が起きたのか。


「いえ、そういうわけではないわ。第三統合学院への襲撃以来、配信されていなかったアイドレーター日報なのだけど……それがさっき配信されたの」

「アイドレーター日報というのは、カオウが局員を殺したあれか?」


 共に行動していた凛音が大きな双眸をわずかに細める。

 織寧重工から出発しレッドシェルターに向けて発信していた装甲車両。それに積まれたA.A.の奪取目的で車両を襲撃したことがあった。

 その時、禍殃と泉澄の乱入があったのだ。その時に拉致した局員を禍殃は連行し公開処刑した。

 その配信がまた復活したということは、また誰かを殺害する気なのか?


「配信の目的は?」

「それに関しては、自分で確認して」


 そう応じた真那から何やらリンクが送信されてくる。αサーバー、すなわちワールドラインTVへのリンクだ。

 ということは現在進行形で禍殃は配信をしているのだろうか。手早くリンクを展開する。すぐに白衣が画面の中に出現した。


「だいぶ近づいてきたね、目的地に」


 禍殃が佇んでいる場所。それはこれまでの配信の時に背景に映っていた場所ではない。これまではだだっ広い無機質な空間だったのに対し、今見える光景は海だ。

 一面海上。ヘリにでも乗っているのかブブブとプロペラローターが空転する空気を切り裂く音が聞こえてくる。

 大型搬送ヘリだ。おそらくハッチを開けて、そこから身を乗り出しているのだろう。白衣と乱雑なグレーの髪が強風にあおられて吹き荒れていた。


「ギルティの聴衆者たちよ。私が今どこに向かっているかわかるかい?」


 禍殃は聴衆者、すなわちこの配信を見ている者に向けて何かを問いかけてくる。

 海ということはおそらく今いるのはアウターエリア。人類の活動領域の外ということになる。そんな場所でいったい何をしているというのか。


「しまった、この配信ではギルティたちの回答を聞く手段が一切存在しない。私としたことが迂闊だった。仕方ない、我が愚愚しき娘よ、このヘリは今どこに向かっているだろうか」

「っ、え、えっと……」


 カメラの向きが変わったのか、画面内には海ではなくヘリの内装が展開される。そこに佇んでいる少女の姿を見て思わず反応に窮する。

 風間泉澄。いて当然だ。実際に倉嶋禍殃と行動を共にしているところを見れば、改めて実感させられる。

 彼女が救済自衛寮の元孤児であったと聞かされ、僅かながらもいくつかの感慨を抱いていた。

 しかしそんなことは関係ない。彼女はやはりアイドレーターの人間なのだ。


「海……でしょうか」

「罪深き娘よ、それは見ればわかることだ」

「も、申し訳ありません……!」

「まあいい。無知であることは必ずしも罪深いとは言えないからな。だが無知のまま己の見識を深めようと切磋琢磨しない人間は、どこまでも罪深い」

「も、申し訳……」

「無意味に謝罪することもまたギルティだ。己の罪の意識を最大にまで理解できずに謝辞を述べ、へりくだる。それは己の自尊心をもっとも貶める行為である」

「申し訳……っ、あ、えっと、申し訳ありません……!」

「……まったく、学ばない罪の果実だ、わが娘よ」


 画面の中の二人がそんなことを話しているうちに、時雨と凛音は本拠点に帰還していた。

 エレベーターを経由して展望台へと向かう。ソリッドグラフィの周囲には数人の姿しか見えない。真那、クレア、酒匂、昴だ。和馬たちは外出しているのだろうか。


「俺たちだけか……」

「時雨」


 真那たちは巨大なスクリーンで配信を見ていた。そこには時雨のビジュアライザーに表示されている物と同じ配信が表示されている。


「私たちが向かっているのはギルティの集大成……いやそれをなす要素の一端さ」

「要素の一端……?」

「一端というのは、どういう……それに、ギルティというのは」


 白衣に片眼鏡の男が画面の中で意味深な発言をするのを、レジスタンスの面々は解釈しかねて復唱する。だがそれが画面越しに伝わるわけもなく回答はまだ紡がれ得ない。


「リミテッドはラグノスの生み出した悪しき領域だ。そしてその空間を外界と隔てる物は何だと考える?」

「ノヴァの有無、でしょうか」

「愚娘よ、それは隔てる物ではなく単なる相違点だ。物理的な隔たりの話をしている」

「つまり明確な壁、ということですか?」

「いかにも」

「イモーバブルゲートでしょうか」

「エクセレントだわが娘よ」


 禍殃はちっとも嬉しそうな表情は見せず声の抑揚だけあげる。そうして泉澄の肩をトントンとたたいた。

 その意図は理解しがたかったがすぐにわかる。開き切ったハッチの直ぐ傍に立っていため落下しかねない状態にあったのだ。

 禍殃は泉澄を機内に下がらせると再度カメラをハッチの外に向けさせる。映り込んだものは高速で流れゆく海面。


「イモーバブルゲートの高周波レーザーウォールだが、あのシステムはどうやって成り立っていると考える?」

「それは、防衛省しか知らない情報では……?」

「いかにも。技術を盗まれた海外諸国ですら検知の域を超えた情報だ。しかして、あの壁を壁として成り立たせる条件は明確だ。高周波を展開させるためには不可欠な物」


 電力でしょうかと泉澄は少し思考したのちに回答する。


「敏いぞ。さすがはわが娘だ。その通り、必要な物は電力だ。ならばその電力はどこから供給されているか」

「レッドシェルターです。電力供給プラントの……」

「シット。それは不正解だ。確かにレッドシェルター防衛網の高周波レーザーウォールはレッドシェルター内部から電力供給を得ている。だがイモーバブルゲートは違う。距離がありすぎるからだ。とはいえ民間の生活領域たる一般市民エリアからの電力供給は何かと不祥事に繋がりかねない。となれば、どこか」

「……イモーバブルゲートの外、でしょうか」

「いいぞ罪深き娘よ、ご名答だ」


 禍殃はどこか満足そうに頬を歪ませ、ハッチの外の光景を映し出す。それまでは海面しか映っていなかったが、水平線の彼方に何やら海面以外の物が見え始めていた。


「あれが何であるか解るか?」

「解りません」

「であろうな。では私から教えよう。あれはアウターエリア最大の洋上発電所だ」

「洋上? もしや、イモーバブルゲートの電力供給は……」

「その通りだ。あの洋上発電所が賄っている」


 画面には徐々に近づいてきている巨大な建造物の姿があった。いくつもの巨大な風車が立ち並ぶ海の上の巨大施設。

 

「何故アウターエリアに発電所が……」

「おそらくは蜂起軍対策ですね。また、おそらくは規模の問題でしょう。あれだけの高周波レーザーウォールを成り立たせるためには、相応の電力量が要求されます。それを賄うためには、レッドシェルターの八割ほどの領域が必要になりますから」

「重ねて申し上げれば、あの領海には現状ノヴァが観測されていませんからな。まあ、防衛省がノヴァを操っていることを鑑みれば、そもそもノヴァに襲われる心配などないのでしょうが。海外諸国からの破壊工作が気になりますが……まあ何かしらの対策は組んでいるのでしょうぞ」

「だから海上なのですか。でも倉嶋禍殃さんは何のために……」

「理由は明白です」


 クレアの疑問に対して紡ぎ出された切羽詰まった昴の声。言われなくても憶測は立てられる。奴の目的は十中八九その電力供給源を断つことだ。


「今から私たちは、洋上発電所を爆破する」

「な……っ、お、お父様、そんなことをすれば」

「お前の考えている通りだ泉澄。イモーバブルゲートは機能しなくなり、ノヴァウィルスは一斉にリミテッドに雪崩れ込む」

「そ、そんなことになれば……」


 泉澄はおびえたように息をついた。ナノマシンがリミテッドに侵攻を進めるということは、すなわち生存領域全てがノヴァに破壊されつくすということなる。

 内側の高周波レーザーウォールに護られているレッドシェルターは無事だろうが、リミテッドの人口の九十パーセント以上が死に絶えるわけだ。


「何をうろたえている? 泉澄よ」

「そ、そんなことをすれば沢山の人が死んで……」

「無為の死を遂げるわけではない。我らアイドレーターが崇高するフォルストによって天の捌きが下されるだけだ。進撃によって処される断罪があったとすれば、それは裁かれるべき罪を持っていたということだ」

「そんなことを申しましても、見境なく人民は殺戮され、」

「それが神の天誅だというならば、受け入れるほかない」

「そ、そんな……」


 狂ってやがる。頭がおかしい。一体禍殃は何が目的でそんなことをしようというのだ。本当にノヴァという絶対的存在に取りつかれただけの偶像崇拝者なのか?


「さぁ、そろそろギルティの断罪と行こうか」


 海上プラントは徐々に近づきつつある。目視での距離は二十数マイルといったところだろうか。もう数分で辿り着いてしまう距離だ。


「この旅客ヘリには、クラスター爆弾型の小型核弾頭を積んでいる」

「核……だと?」

「洋上発電所を爆破するために開発したものだ。容積は7.2キロ。通常の核弾頭ほどの威力はないが、だがギルティの詰まったあの発電所を抹消するだけの威力は積まれている」

「本気で……爆破する気ですか」

「これによって数多の命が失われるだろう。だがそれは、あくまでも断罪に過ぎない。罪深き命が刈り取られ無実の果実が芽吹く、その予兆なのである。さあ罪深き聴衆者たちよ。己のギルティを悔やみ、フォルストに祈りをささげるのだ」


 禍殃のその言葉と同時配信は終わった。ぶつっと明確な断線音とともに画面がブラックアウトする。


「……本気かしら」

「あの様子だと、本気だろうな」

「た、大変なのです、大変なのですっ、このままでは皆死んでしまうのれすっ!」

「落ち着けクレア、大丈夫だ」


 盛大に噛みつつも混乱するクレア。彼女は涙目になってあぅぅと情けない声を漏れ出させていた。


「大丈夫というのは、どういうことなのだ?」

「言葉通りの意味ですよ凛音さん。そもそも、そのような大災厄は訪れません」


 妹とは反比例するように意外に落ち着いている凛音に、昴もまた静かな声音で告げる。


「たとえ洋上発電所を爆破され、イモーバブルゲートいえ正確には高周波レーザーウォールといった方がいいでしょうか。その機能が不全に陥っても、ノヴァはリミテッド内部には侵入できないのです」

「ぇっ?」

「お忘れですかな、クレア殿。そもそも、高周波レーザーウォールは最初からナノマシンの侵略を防げてなどいないのですぞ」

「……あ」

「その事実は、我々がたびたび直面してきた事件の中、デルタサイトの機能不全によって起こりえたノヴァ出現の事実からも理解できることでしょうな」


 そうなのである。酒匂と昴の言っている通り、最初からノヴァ侵略による被害は危惧していない。

 現状マスメディアでは公表されていないが、高周波レーザーウォールがナノマシン妨害の意味で機能していないのは火を見るよりも明らかなのだ。

 そうでもなければリミテッド全域にデルタサイトが配置されている理由が付けられない。


「そのことは倉嶋禍殃も理解していると思っていたけど……」

「謎は深まるばかりだな」

「何であれ、私たちだけでは判断しえない状況ね。すぐに棗の指示を仰ぎましょう」

「状況は大方把握している」


 不意に出現したホログラムウィンドウ。そこに表示されているのは表情を限界にまで渋くさせた棗の顔だ。


「状況は切迫している」

「切迫って……別に高周波レーザーウォールが機能しなくなっても、さして問題はないだろ?」


 それともまさか考えは誤っていたというのか? 本当はデルタサイト以外にも高周波レーザーウォールがナノマシンの侵攻を防いでいたとか。

 実際はそういう問題を抱えているわけではなかった。


「そうではない。問題なのは壁を越えられてしまうことではない。壁を越えられなくなってしまうことだ。峨朗」

「うむ」

「ぬぁ、とーさまびっくりなのだっ」

「黙れ」

「はぅっ……」

「黙れ」

「はぅぅうっ!?」


 棗に呼ばれスキンヘッドがポップする。しかめっ面の鉄仮面は無表情のまま口を開いた。


「俺が受け持っていたM&C社とのコンタクトに関する話だが、物資輸送を担う潜水艦に関して問題が浮上する」

「それは輸送に関する話か?」

「そうだ。バージニア級原子力潜水艦の動力源である燃料だが、M&C社が用意した港から、港区の貿易港まではかなりの距離がある。そのため一時的に燃料供給をする必要があった。だが……」

「その燃料補給を、洋上発電所で行う予定だったわけですね」

「そうだ。本来中継地点は十八か所用意してある。そのうち十二か所を経由して、港区貿易港へと誘導する予定だったが、このままではそれが出来ない」

「他のルートで来ればいいんじゃないのか」

「そうもいかない。どのルートを通っても、すべてあの洋上発電所を通らなければいけないのだ」


 なるほど状況は理解できた。つまりその洋上発電所を爆破されれば、M&C社からの物資輸送が受けられなくなるということだろう。

 潜水艦の燃料堆積量は多くない。補給しない限りリミテッドまで辿り着けないというわけだ。


「以上の理由から、件の洋上発電所はなんとしても爆破されるわけにはいかない」

「でも、どうするの?」

「幸い、洋上発電所の正確な位置は特定している。すでに、船坂をはじめとした三個航空中隊を出動させた。倉嶋禍殃たちも核弾頭の降下までは時間がかかるはずだ。それまでに出動した部隊が到着していることを願うほかない」

「洋上発電所の位置は、正確にはどこにあるの?」

「台場漁港から、南緯110キロ、西経88キロ地点だ」

「ブラックホークで数十分の距離ね……」


 真那の言うように養生発電所まではかなりの距離がある。イモーバブルゲートへの電力供給の源というから、てっきりかなり近い場所に設営されているものかと思っていたが。


「何であれ、俺たちが今すべきことは、全力で核テロを阻止することだ。俺はこれより別機動部隊を編成、もし高周波レーザーウォールの機能が不全に陥った場合に備える」


 何事も完全などという状況はありえない。高周波レーザーウォールが機能しなくなることで何かしらの問題が生じる可能性もなくはないのだ。

 高周波レーザーウォールが機能しないことは、すなわち物理的な壁すらなくなるということであるから。棗の対策は必要不可欠な事案だ。


「俺たちはどうすれば?」

「聖、烏川、峨朗姉妹はその場に待機。酒匂、東は防衛省の状況を探ってくれ」

「解りました」

「待機って……」

「君たちの任務はこれまで通りだ。本拠点である旧東京タワー内部の捜索を進めてくれ。不審人物、また不審物を発見した場合は、君たちの判断に任せる」


 その言葉とともに通話は途切れる。ことは一刻を争うようだ。


「僕たちは指示された通り、管制室にて防衛省の動向を探ります」

「私たちは、引き続きこのタワーの厳戒警備ね」

「手分けした方がよさそうだな」

「索敵班と調査班ね。二手に分かれましょう。私とクレアでソリッドグラフィの監視をする。時雨は凛音とタワー内部を調査して」

「了解なのだっ」


 手の側面をしゅぱっと額に押し当てる凛音。その彼女の手首を掴んでエレベータに向かう。くまなく探す時間はない。

 とはいえこれまで何も見つけてこれなかったのだ。細心の注意を払っての調査が必要とされるだろう。


「まずはここからなのだ」

「特別展望台か」


 視界に広がった光景は夕闇にのまれ始めている広大なパノラマだ。

 円筒状に配置された慰霊碑を見渡し、不審物や人間が隠れられるスペースがないかを調べる。これといって怪しいものはない。


「この広大なスペースを完全に調べるのはな」

「特におかしな匂いはしないのだぞ?」

「匂い……」

「時雨様、あんまりバカにできませんよ。警察犬は金属や火薬の匂いで地雷を発見したりします。凛音様にもそのスキルが備えられていると仮定すれば」


 その前提がおかしい。


「シグレ、よく解らぬのだが、つまりこのフロアに変な奴が来た形跡がないかを探っているのであろ?」

「まあ、そうだな」

「それなら、ずっとここにおる人物に聞けばよいのではないか?」

「いやずっとここにいる奴なんて……あ」


 言いかけて思い出す。そういえばこのフロアにはバーがあったはずだ。あそこのマスターならばおそらく四六時中ここにいることだろう。

 

「怪しい人物の痕跡はなし、か」

「あのモザイク必須のバーテンも何も知らない様子でしたしね」

「次は下の階層を探すか」


 何もないならば長居は無用だ。エレベーターに乗り込み最下層のボタンをプッシュする。

 

「最下層にあるのは食料貯蔵庫……貯蔵庫は非常食の備蓄でごった返している。侵入者がそこに何かを隠していても、見つけられないかもしれない」

「あの場所はシエナ様が定期的に点検していますので、それはないかと。このタワー内部には、何かしらの不審物があると確証づけられたわけではないですからね。何の情報もなく、あるかないかもわからないものを探し出すのは、雲を掴むようなものです」

「それはそうだが……」


 そうはいっても何か問題が起きてからでは遅い。事前に対処するためには、こうした念入りな捜索も重要なのである。


「緊急伝令!」


 その時着信が入った。どこか切羽詰まったような昴の声に意識を研ぎ澄まさせられる。見過ごしえない問題でも生じたのか?


「今防衛省の軍事無線を傍受していたのですが、問題が生じているようです」

「問題?」

「どうやらわれわれよりも先に航空部隊を出動させていたようなのですが……対空レーダーには、何も反応していないとのことです」

「どういうこと?」

「今航空部隊は洋上発電所から60マイルほど離れた場所を航行中らしいのですが……洋上発電所周囲の空間に、何かしらの飛行物体も観測できないという報告があったんです」

「つまり……空爆をする禍殃のヘリが見つからないということか?」


 酒匂は厳格な面持ちで眉根を寄せ、いかにもと端的に答える。


「もしかしてもう核テロは起きてしまった後なの……?」

「それはありませんな。まだ洋上発電所は機能を続けております故。現状、防衛省の航空部隊は継続して目的地に向かっている模様ですな」

「なら何故……」


 一体どういうことだ。先ほどの配信からしてもう洋上発電所上空にまでは到着しているはずだ。核弾頭を投下するまでは時間が掛かるにせよ、その場に留まっていなければ空爆もできない。

 機影が存在しないという事実。ここから考察できることは。


「ブラフ……?」

「まさか、そんなこと」

「考えてみればおかしな点がいくつかある。核弾頭があるなら、どうしてさっきの配信で映さなかった? その方が明らかに影響力あるだろ。そもそも核なんてそんな簡単に作れるものなのか?」

「核の製造に関しては、ノヴァ襲撃以前までは抑止力によってある種の均衡を保たれていましたが……リミテッドにおいてそのような概念は存在しません。ただ考えるに、クラスター爆弾型の核弾頭というのはおかしな話ですね。核は堆積量を増やしても、その被害範囲の拡大は比例しません。精々数倍になる程度です。それならばクラスターではなく、小さな核をいくつも降下した方が効果的なはずです」

「それなら、そもそも核弾頭の存在そのものがハッタリ……?」


 真那の推察に状況が混迷していく。もしそうであるとするならば。 


「防衛省や一般市民、そしてレジスタンスの目を核弾頭に引き付けることが目的、ということでしょうか」


 そんなことをする理由は一つしかない。レジスタンスの目を背けさせ自分たちは監視の目が失われたところで何かを執行しようという作戦。

 本来存在などしなくても核弾頭という脅威が提示されれば、それは最大のブラフになりえる。


「だが、禍殃たちはつい十数分前まであの海上にいたはずだ。ブラフも何も自分たちがその場にいたら何の意味も……」

「ですがその場に、倉嶋禍殃の乗っているヘリは存在していない」

「どういうことでしょうか。あの巨大な搬送ヘリでは十数分で対空レーダーの索敵圏外へと離脱することは不可能なはずです。それだのに未だに発見されていない。これがさす事実は……」

「あの配信の時点で、すでに倉嶋禍殃はあの場所にいなかった……?」


 まさか、そんなことがあり得るはずがない。

 確かに禍殃はあの時あの場所から配信していたのだ。海の上で。水平線上には確かに洋上発電所が見えていた。

 少なくとも陸から百キロ近く離れた地点であったはずだ。故に配信中違う場所にいたなんてことは……、


「待てよ」

「どうなさいましたか?」

「禍殃は、おかしなことを言っていた」


 記憶の奥底を手繰る。先ほど禍殃はヘリの中でこういったのだ。


「しまった、この配信ではギルティたちの回答を聞く手段が一切存在しない。私としたことが迂闊だった。仕方ない、我が愚愚しき娘よ、このヘリは今どこに向かっているだろうか」


 回答を聞く手段がないとはどういうことか。αサーバーにはコメント機能が存在する。あの禍殃ならば聴衆者たちの意見を聞くためにもそのコメント機能を使うことだろう。

 だのにそれを試みることもせず彼は質問の矛先を泉澄に向けた。これはつまりコメントすら生じないという前提があったからではないのか?


「……録画かッ」

「なるほど、その戦法ならばあたかも配信時点で、進行形で発電所に向かっているように演出できる。これまでのアイドレーター日報は一様にすべて生中継でしたからね」

「待って、ということは今倉嶋禍殃は、海の上にはいないということ?」


 そういうことになる。


「核テロというブラフを流し、すべての意識を拡散させることが目的だったのだとすれば……この間、倉嶋禍殃は何か行動を起こしていると考えるのが妥当ですな」

「まずい、目的は不明だが急いで皇に伝えないとならない」

「わ、私がしておくのですっ」


 前提が間違っていた。このブラフによって各団体の勢力が大幅に分散してしまった結果になる。

 戦力が減退している今、アイドレーターは何かしらの行動を起こすつもりなのだ。その行動とは一体何なのか。


「レッドシェルターの陥落か? それとも潜入……?」

「でもシグレ、レッドシェルターの高周波レーザーウォールは、機能が停止しないのだろ?」

「そう、か……」

「それに、航空部隊がいくつか手元を離れたくらいで、防衛省の軍事力が極端に減衰するとも思えません。倉嶋禍殃もそれは理解していることでしょう」

「なら奴の目的は、なんだ……?」


 悪寒が背筋を撫でた。ぞわぞわとした嫌な感触。何かを見落としているような。


「カオウの目的は、防衛省ではないのか?」

「そういうことになるな」

「それならば、目的はノヴァなのか?」

「ノヴァによる襲撃ということか?」

「それはないですね。核テロがブラフだった以上、ノヴァが領域内に侵入するという可能性は存在しません。そもそも、おそらく高周波レーザーウォールが、ナノマシン信仰妨害の機能を稼働させていないことは、倉嶋禍殃も既知の事実だったはずです」

「それなら目的は……」

「レジスタンス、なのか?」


 痛むほどに心臓が跳ねる。そんなまさか。否定できる要素が何一つ存在しない。禍殃はレジスタンスに対して敵対姿勢を見せていたのだから。


「もし、目的が俺たちの殲滅なら」

「可能性は排除しきれませんね」

「まずい、早く皆に状況を伝達しないと」

「それはリオンに任せるのだ」


 意気揚々と凛音は手を挙げる。彼女の伝達能力で伝わるのかは激しく疑問だが、今は役割分担が必要だ。


「ネイ、もし俺たちが標的だった場合、敵はどこから攻めてくる?」

「旧東京タワーの半径数百メートル圏内は、厳戒立ち入り禁止区域です。ヘリで航空してこようが、観測されて遠隔射撃されてしまいます。故に、ここまで到達できる経路があるとすればひとつ……地下連絡経路でしょう」


 普段レジスタンスが使用しているもので間違いはあるまい。


「とはいえ、人員的軍事力に乏しいアイドレーターが、そんな一本道を強行突破してくるとは考えにくいですね。地下ゆえに、上も横も塞がれています、挟み撃ちにされることを恐れるはずですから」

「なら……」

「あるとすれば、それは遠隔による――――」


 その瞬間だった。轟くような爆音とともに激しい揺れが来た。

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