第59話
「皆無事ね、一時はどうなるかと思ったけど」
旧東京タワー帰島後、しばらくして唯奈がやってきた。
会場陥落後すぐに地下に潜ったのだろう。紫苑にやられてしまったのではないかと冷や冷やしていたため、彼女の姿を見て安堵感が沸き上がった。
「なんで無線がつながらなかったんだ?」
「解んない。ただ会場が陥落して、しばらくしたら無線がつながらなくなってた。人為的なものかはわかんないけど……ECM効果に近かったわ」
ECMと言えば軍が用いる無線妨害を起こす機械だ。そんなものがリミテッドで作動しているとは考えにくいが。
「地下を経由してしばらくしたら無線自体は復活してた。でも防衛省の罠の可能性もあったから無線は使わなかったわけ」
「そうだな。原因が突き止められるまでは極力無線は使わないほうがいいだろう。傍受される恐れがある」
「それより、そこにいるのが噂の皇太子さまとその護衛?」
唯奈はソリッドグラフィの傍に立っている二人を見て不審そうな声を出した。会話自体は無線で聞いていたのかもしれない。
「はい、お初にお目にかかります。ぼくは現皇太子の東・昴と申します」
「私は昴様の護衛役をしております、
「丁寧にどうも。私は柊唯奈」
「ああっ、お噂はかねがね聞かせてもらっています」
「噂……?」
不審そうに唯奈は片眉を吊り上げる。
「なんでも、とても怖い方だとかで。それも悪魔だとか鬼だとか、その一撃必殺は天をも穿つ――」
「それ誰に言われたか教えなさい、早く」
「え? あ、はい、和馬さんですが」
「コロス」
唯奈にすごい剣幕で詰め寄られ昴は動揺しながらも答えた。
「今はそんなことしてる場合じゃないだろ」
「……まあいいわ。それで? さっき聞いた限りだと、アンタたちレジスタンスに参加の意思があるみたいだけど」
「いかにも」
「……信用できるわけ?」
「さぁ?」
不審そうに二人を眺めていた唯奈だったが時雨に小声で問うてくる。しかして時雨もまだ彼らについて詳しいことは知らないのだ。
「無条件に信じてもらえるとは思っていません」
「何? 信用できる何かを出してくるわけ? 悪いけど、うちはお金には困ってないわよ」
「ああいえ申し訳ありませんが、ぼくたちにはレジスタンスに物資的な面で支援をする手段はありません」
「べつに私たちは、何かを求めて仲間に引き入れたりはしない。でも信用するに足る材料は必要なわけ。それは分かるわよね」
「勿論です。何も手ぶらでここまで来たわけではありません。酒匂さん、あれを」
「すでに用意は整っておりますぞ」
泰造は何やら小さな箱を取り出す。その中には時雨たちの物と遜色ないビジュアライザーが収まっていた。
「ビジュアライザーだよな」
「はい、ですがただのビジュアライザーではありません。それには、レベル4.5のアクセス権限があります」
「レベル4.5って……内部諜報員の妃夢路恋華よりも上じゃない」
「はい、現状皆様がアクセスできる防衛省のセキュリティよりも、深い場所まで探ることが可能です」
「東の権限か……これを見れば、今後の防衛省の政策や行動指針も詳細を取得できるかもしれないな」
とんでもない情報源だが問題点もある。
昴がレッドシェルター外に逃亡したことはすぐに探知されてしまうだろう。そうなればこのアクセス権限も剥奪されてしまうはず。現状での情報までしか確認できないことだろう。
「それでも多大な情報になる。和馬、これを解析班に回してくれ」
昴と船坂が今後の指針について話しているのを少し離れて窺う。時雨には到底理解の及ばない次元の話が展開されていたという理由もある。
「そう言えば、織寧紲に関してはどうなったわけ?」
「真那が昏倒させてから目覚めていない。今は怪我をしてないか精密検査中だ」
「……今回の一件、織寧紲には厳しい未来を強いる結果になったかもね」
どこか同情するように唯奈はため息をつく。
「父親が命を落としただけじゃない。織寧重工そのものが破壊されてしまった。事実上、この本社の陥落はきっと織寧重工グループの存続にも影響を及ぼしていくだろうな。紲にはもう何も残されていない」
「アンタが言ってた織寧紲の弟、織寧智也のこともあるわ。過酷な人生になっていくでしょうね」
唯奈は口元に手の甲を据えて神妙な面持ちでつぶやく。彼女の言う過酷な人生。それはたやすく想像ができた。
「全部、俺たちのせいだ」
「そうやって嘆いたって、後悔したってなんもはじまんないわよ。過ぎてしまったものは、もう取り戻せないんだから。私たちが出来ることをするだけよ」
「俺たちが出来ること、か……」
「織寧紲の今後を全力でサポートする。それくらいの責任は負わないといけない」
シエナには既に話を通してある。
直接レジスタンスが表立って紲の支援をするわけにはいかない。故に、スファナルージュ・コーポレーションが彼女の後ろ盾となる形になった。彼女が自立するまで生活の保障をする。
まあ織寧重工本社は失われたわけだが織寧重工の莫大な財産はいまだ健在だ。彼女が金銭面で苦悩することはないだろうが。
「今回の一件で色々課題が増えてしまったな」
「同時に、私たちの指針も考え改めないといけなそう、面倒な話だけど」
唯奈が見ているのは幸正と話し込んでいる棗の姿だ。
「これまで、皇棗があんな作戦に打って出たことはなかった」
「そういえば柊も長いのか? レジスタンス」
その問いに一年も経っていないと肩をすくめて見せた唯奈。
「発足してから結構たつんだろ。ほんとにこれまで、こういうことはなかったのか」
「少なくとも今回みたいに率先して民間人の犠牲を厭わないような作戦はとらなかった。マスメディアで一般に報道されているレジスタンスの悪行だって、ほとんどは防衛省の悪事の横流しだし」
「それなら皇にも、何か考えがあったということか」
「たとえそうだとしても、何十人と言う人間の命を奪ったことには変わりない。それも罪のない民間人のね。……はぁ」
唯奈は張りつめていたものを吐き出すようにため息をついた。そうして時雨を横目に伺い、どこか気まずそうな顔をする。
「さっきは悪かったわ」
「は?」
「講演会ホールでのこと。アンタが燎鎖世を助けたこと、私、責めたでしょ」
彼女が言っているのは、鎖世のライブ終了とともにデルタボルトが発射されるというときの話。
時雨たちを逃がすために残ることを決めた鎖世。そんな彼女を連行した。それによってレジスタンスの、いやあのホールにいる人間たちすべてを危険にさらすことを分かっていたのに。
「謝られることじゃない。柊はレジスタンスのことを考えていた。実際、俺のあの決断でレジスタンスは壊滅の危機に瀕した。お前の決断はレジスタンスのメンバーとしては間違って」
「そういう意味じゃないっての。なんであれ、アンタがしたことは正しい」
唯奈はそう言って展望台窓辺付近を見やる。そこにはクレアや凛音と何やら歓談している鎖世の姿があった。鎖世は相変わらずの無表情だが、心なしかその無表情の中に僅かな抑揚が見て取れる。
「知っておるかサヨよ。ア○パ○マ○の頭の中に入っているあんこは、つぶあんなのだ。それならば、ユイパイマンの中に入っておるのは何なのだ?」
「……こしあん?」
「ぶっぶー! せーかいはトリアシルグリセロールとかいうものらしいのだ。トリアシルグリセロールとはなんなのだ? クレア」
「うぇっ? その……えっと」
クレアは困ったように口籠る。どうやら知っているが言いづらいようだ。
「脂肪のことですね」
「和馬翔陽、絶対コンクリ詰めにしてやるわ」
「落ち着け、必ずしも和馬が吹き込んだという保証はない。万が一、いや億が一の可能性があるだろ……」
「そんなあってないような可能性のせいで、アイツを抹消できる好機を失いたくないわ」
ライフルバッグを抱えて和馬の待機している部屋に向かおうとする唯奈を拘束する。まじで殺人が起きかねない。
「あ、その情報を吹き込んだのは私です」
ケロッとした声音で自白するネイ。また和馬の冤罪が増えてしまった。
「ぶっぶー! ネイ、それは間違いなのだ」
「いえ間違ってはおりません。私のデーターベースによれば、間違いなくトリアシルグリセロールは脂肪の意味で、」
「ユイナのおっぱいの中に詰まっているものは、夢と希望なのだ」
「あのモフモフ……変なこと公言してんじゃないわよ」
凛音の脈略も根拠もない発言にいちいち反応していたら気力が持たないだろうに。
「それは中身がつぶあんの方」
「何を言っておるのだサヨ、ユイナのおっぱいは脱着可能じゃないのだぞ? ユイパイマンは、あんこ頭みたいに交換できないのだ」
「と、とにかく……烏川時雨」
「申し訳ありませんが、ユイパイマンはいりません」
「あげないわよふざけてんの?」
胸ぐらをつかむな。
「そうじゃなくて、アンタの行動の話」
「だから、別に柊が謝ることじゃ」
「たとえそれが私たちにとって最善の策だとしても、決して選択しちゃいけない手段だったのよ。私の考えは」
申し訳なさそうに唯奈は目を逸らす。胸ぐらをつかまれたまま謝られても誠意を感じられないが。といっても実際彼女の瞳には、明らかなる罪悪と悔恨の念がうずを巻いている。
「燎鎖世が自分が囮になる覚悟があったにしても、そんなのは関係ない。大事なのは命の数じゃない。一つの命と大勢の命。軽い命と、重たい命。どんな相対関係だって、天秤にかけていいものじゃなかった」
「唯奈様は、そのたわわなトリアシルグリセロールによって、どちらかと言えば重たい命、と言うか体に――――」
「今度絶対どんなデータでも抹消できるファイルクラッシャー開発してやるから」
「時雨様、もし私のデータが痕跡すら残さずに消えていたら……ユイパイマンについては今後一切触れないことをお勧めいたします」
ネイの茶々が入っては話が一切進まないためビジュアライザーを小突いて黙らせる。
「とにかく! 私や皇棗がどうこう決めていいことじゃなかったって話! 烏川時雨、アンタの行動は正しかった。ううん、正しいかどうかなんて私にはわかんないけど……でもあの燎鎖世の姿を見ていれば正しかったんだと思う。まあだから、悪かったわ」
ちょっと照れたように目線を逸らしたまま唯奈はふんっと顔を背けた。あまり謝罪するという経験はないのだろう。高慢とはいわねども唯我独尊なところがある彼女にとっては。
「皆、集まってくれ!」
そこで船坂の招集がかかる。既に船坂や昴たちが待機していたソリッドグラフィへと向かう。既に集まっていたものたちが何やら話を始めていた。
彼らの顔色は酷く曇っている。
「これを見てくれ」
彼が指し示すのはソリッドグラフィの一部。台場、織寧重工跡地。工場自体は崩落し跡形もなくなっている。
「さっきまで俺たちがいた場所か。どうかしたのか?」
「ソリッドグラフィでは解りにくいが、この周囲一帯にU.I.F.が密集しているのが解るか」
たしかに言われてみればかなりの人口密度となっている。ソリッドグラフィが表示する反応はあくまでもU.I.F.などに仕込まれているユニティ・コアのみである。
つまりこの反応はすべてU.I.F.のものであるということだ。
「同時に、今から一時間二十分ほど前に、この区域一帯に立ち入り禁止令が発令された」
「地盤から崩壊して周囲を巻き込みかねない事態だったし……当然ではないの?」
「確かに立ち入り禁止区域指定自体は当然だ。だが問題なのは、これだ」
「なんだこの靄……」
その区域には霧のような靄のようなものがかかっている。薄い赤っぽい色で、青透明色で統一されたソリッドグラフィでは浮いている色だった。
「ノヴァウィルス──ナノマシンですか」
はっとしてもう一度靄を見やる。たしかにそれは大気中に溶け込んで拡散しているように見えるが。
「間違いないのか」
「ああ。現地に残っていた構成員からの連絡だ。間違いない」
「これがナノマシンだとするなら、私の無線が使えなかったことがしっくりくる。ノヴァ因子にはECMと同じ周波数妨害効果があるから」
それについては以前聞かされたことがある。ナノマシンとはすなわち極小の金属でありそれが大気に溶け込んでいる。それらが大気中でぶつかりあって磁場を発生させることでジャミング効果を生み出しているとか。
それ故にイモーバブルゲートの外、すなわちアウターエリアでは無線がほぼ使えない。限られた範囲内なら使えるが距離が離れればたちまち妨害されるのだ。
「だがどういうことだ? ナノマシンがなんで……」
「まさか、デルタボルト?」
唯奈は鋭利に目を細める。まさかデルタボルトが発射されていたのか。
「いやそれはないな。デルタボルトがこの区域に着弾していたのならば、まず俺たちは助かっていない。被害ももっと甚大なものになっていただろう」
「重ねてそれにしてはこのナノマシン濃度は薄すぎる。それ以前に、この大気中のナノマシンは一切浸食を進めていないんだ。もしデルタボルトのナノマシン弾頭が着弾していたのなら……この区画に限らず、もっと広域にまで侵攻が進んでいただろう」
「なら」
「それよりも、これを見てくれ」
義弘が示しているのは工場の瓦礫の山。その瓦礫の下から何やら巨大な鉄骨のようなものがいくつも突き出している。
だがじっと眺めているうちにそれがただの鉄骨ではないことに気が付いた。中腹で折れ曲がるフォルムは光沢混じりで砲塔のような突起物が付いている。
「アラクネ……!?」
「それも、かなり大きい……
「そうだ。これは間違いなくノヴァだ」
「なんでこんなところに……」
「論ずるまでもなく大気中のナノマシン濃度が急激に上昇したからだろう。それにしても、このアラクネかなり巨大だ。こいつをどうやって討伐したのか」
たしかにM&C社のコンボイを護衛した時に遭遇した無数のアラクネよりも数倍でかい。どちらかと言えば、規模的にはホームレス収監施設で遭遇したフェンリルに近い。
「現場には無数のU.I.F.がいたが、それでもこの規模のノヴァを討伐するのは骨が折れたはずだ。TRINITYの立華兄妹は離脱していたしな」
「あそこには山本一成がいた。あいつは薫たちとは違って武力制裁局じゃない、ただの開発局だ。サイボーグですら無い」
防衛省の戦力が計り知れない以上詮索しても仕方ない。
それよりも問題なのは何故ノヴァが発生したのか。いや何故発生しうるだけのナノマシン濃度に達したのか、か。
「それについては、いくつか可能性がある。その中でも際立って言えるのは……ホームレス収監施設についてだが、あの時もノヴァが発生した。リミテッド内部であるのにかかわらず、だ」
「……デルタサイトか」
合点がいった。あの時は凛音がブレーカー室のデルタサイトの電源を落としたせいでノヴァが出現した。
「今回も同じだというのか? だが待て、そもそもリミテッド内部にデルタサイトは必要とされない。イモーバブルゲートで護られているんだから」
「だが事実ノヴァが出現している。これをどう説明する?」
「それは……」
たしかに船坂の言う通りだ。そもそもとしてあの収監施設にデルタサイトがあった時点でおかしいのだ。しかもその電源を切ったことでノヴァが出現した。
ノヴァウィルス、すなわちナノマシンの活動を抑制する電磁波が失われたからだ。
「棗が会場を破壊、崩落させたことによって地下にあったデルタサイトが破壊された。そう考えれば、このタイミングでノヴァが出現したことにも納得できないか?」
「あり得るな。可能性としてはかなり信用に足る。俺は実際に見ていないが、その格納庫はかなり広かったんだろう?」
「ああ、それに入り組んでもいた。あの格納庫のどこかにデルタサイトがあっても見つけるのは困難だった。そうとしか考えられない」
「デルタサイトの設置に関しては更なる調査が必要なようだな。可能性としては、いくつかある。まずリミテッドにもノヴァウィルスが場所によっては存在している。そこにデルタサイトを設置しノヴァの出現を抑えている、という可能性。他にはただ偶然が重なっただけか。実際に、あの場所にナノマシンを収めた何かがあったか。もしくは――――」
そこまで言いかけて棗は言葉を切る。何か憶測しているようだが時期尚早と判断したのか。
「なんであれ、今はまだ考察段階だ。俺たちがすべきことをするほかにない」
「それもそうですな。今回は当初の目的を達成できたことを喜びましょうぞ」
「M&C社には必要物資内容と、その受け取り地点について細かく指示を出した」
「ほう。あの短時間でモールス信号にそれだけの情報を?」
「いや。俺は共有ネットワークのファイルアップロードサイトのパスワードを示しただけだ」
「それでは防衛省には見られていなくても、民間人、またはそれらに扮したU.I.F.に尻尾を捕まれるんじゃないのか?」
「いや、アップロードサイトにはアップロードデータが無限にある。それらの中から俺の用いた枠を見つけ出すのはリミテッドの人間では無理だ」
「何故そう言い切れる?」
「米国が用いているアップロードサイトを使ったからだ。解析は不可能だろう」
よく解らないが、それならば特定されることはないのだろう。
「じきに、物資が搬入されるはずだ」
「だが日本大陸に物資を届けるには、当然海上ラインを経由する必要がある。そうなればリミテッドのソナーで捕捉されないか?」
「それに関しては問題ない。潜水艦で外交貿易用の海中運路を使うように指示を出している。物資を壁の内部に運び込むためには、当然、俺たちが用いている地下通路を使うように指示を出した」
順調に進んでいるようだが何のための物資なのか。
「レジスタンス拠点拡張のためのものだ」
「拠点拡張……? アジトを拡げるということか?」
「そうだ。同時に、M&C社の人間も内部に侵入させ、人員的な援助も受ける。俺たちも本格的な軍事産業を始めることになるわけだ」
「でも場所はどうするの? 下手に規模を広げても、防衛省にリークされてしまうだけ。それに既にこの旧東京タワーを改築してるけど、外装まで変えてしまったら確実に気が付かれる。周辺区画に産業地帯を建設したら、なおさら……」
真那の言う通りだ。時雨たちがリミテッドに拠点を構えられるのは、この旧東京タワーが特殊だからである。
特殊故に警備ドローンもアンドロイドもなく誰も立ち入らない。だが外部にまで手をくわえれば確実に人目についてしまうだろう。
「そのことについては考えてある。近々そのための行動を開始するつもりだ」
「そう言えば、話は変わるが例の一件はどうなったんだ? 侵入者の話」
「それについては操作を継続中だが、なかなか足は掴めないな」
以前幸正と棗が言っていたこのアジト内部にレジスタンス以外の誰かがいたという話。どうやらそれに関しては、未だになにも判明していないという。ソリッドグラフィの故障でなければ何者かの侵入があったことは確からしいが。
依然として足取りは掴めていないことを見ると、暗中模索は継続しそうだ。
「なんであれ、今回の任務、ご苦労だった。休暇を取りゆっくりと羽を伸ばせといいたいところだが、事態はそうもいってくれない」
「解ってるわよ。私たちはスファナルージュ第三統合学院内で起きている失踪事件についての調査を進める」
「それに、アイドレーター局員の特定も急がないといけないわ」
「また、今回の作戦に巻き込まれる形になった織寧紲だが、彼女に関しての指針を決める」
よもや事情を知ってしまったからレジスタンスに引き入れるつもりか。
「その意志はない。そもそもとして、ラグノス計画と言うものの真実を知り、この状況を打開したいと思う人材以外は不要だ」
「なら、どうするんだ?」
「手段はいくつかある。第一にサイコセラピーにより今回の一件についての記憶を抹消、または書き換えること。だがこれは確実なものではないし、織寧紲の家庭が事実上の崩壊をしたことに結び付けるのが難しい」
どんな思い込みをさせたとしても、父親が亡くなったという事実は健在なのだ。勿論、織寧重工が事実上の倒産を遂げることも。
「第二に現実を直視させる。俺たちの正体をあかし同時にすべての真実を伝える。ラグノス計画の存在ノヴァと言う存在について。その上で俺たちのことは漏らさないことを約束させる。それが出来ないならば拘禁することになるがな」
「それはダメだ」
「何故だ? 実際に織寧紲は、防衛省の手によって自らの全てを失った。その非人道的な政策を目の当たりにすれば、俺たちのことを漏らさないと思うが。最も、有力な手段だと思うがな」
「それでもダメだ」
不審げな表情を浮かべる棗に言い切る。
「紲はレジスタンスのことを心から恨んでいる。弟を巻き込まれて、発症させたという事実もある」
「それに関してもすべては防衛省の手によるものだ。第一に、俺達の事を恨んでいるならばなおさら、拘禁し情報の漏洩対策をすべきではないのか」
「…………」
「……何かあるようだな」
棗の勘ぐるような視線。時雨はそれを真正面から見ることが出来なかった。
明確な理由があるわけではない。
そんなこと彼女に言えるはずがなかったのだ。間接的にとはいえ織寧智也を、紲の弟を殺したのは時雨なのだから。それを彼女に知ららればきっと時雨達の関係は修復できなくなる。
結局時雨はそういう人間だ。目的のために孤独になれない。非情になれない。弱い人間だ。
「ならばどうする? 俺は別に織寧紲を拘禁してしまうのもアリだとは思うが」
「勝手な話だと思うがそれはさせない」
「ふむ、何か考えがあるようだな」
考えがないわけではない。だがこの手段が本当に正しいのかは分からない。本当なら、すべてを包み隠さず話すべきなのではないのか。
「……俺たちが防衛省になればいい」
それでも紲との関係が壊れるのが怖かった。彼女が時雨を恨み、憎むことを恐れているのではない。それは当然の処遇だからだ。
彼女の期待や信頼を裏切るのが怖かった。
「あくまでも、今回の暴動はレジスタンスによるものだと思い込ませるわけか。解っているだろうが、それでは何の解決にも至らない」
「解ってる」
「……そうか。まあいいだろう、織寧紲にどう話すかは君に任せる。もはや織寧紲の存在は、俺たちにとって懸念すべき存在ではないからな」
興味なさそうに棗は背を向ける。それが、この会合の終了を示すものだと分かった。
皆が時雨のことを意味深な目で見つめている。それでいいのかと。お前は間違っていると。そう問い詰めるかのような目だった。
「紲様の信頼、そして期待」
皆が散り散りになったあとネイがふと呟いた。
「それを失うのが怖い。それは解ります。ですが、その薄っぺらい虚栄心を護るために――――また、さらに嘘を重ねてしまうのですか?」
うるさいと答えることも出来ない。彼女の言葉はどうしようもないくらいに図星だったから。
「私は、そんな時雨様が嫌いではないですよ。そう、あなたはそういう人間です。ずっと昔から、そう――――すべてが変わってしまった、あのクリスマスイヴを経ても、なお」
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