2055年 10月4日(月)

第44話

「待って烏川くん」


 来る週明け。講義が始まる前にそそくさと教室から離脱しようとした時雨の手首を紲がむんずと鷲掴んだ。


「なんだよ」

「今日の授業には参加してもらうんだからね」

「……前も言っただろ。俺は皆と仲良くなるためにここにいるわけじゃないんだ」

「そうじゃなくて、お願いだから待って。今日はね、ちょっと特別な会議があるの」

「会議?」


 そこはかとなく嫌な予感を催しながらも振り返る。たしかに普段ならば学生たちは皆席についているはずなのに、未だに立っている者たちがいた。

 彼らは始業のチャイムが目前に迫っているというのに歓談に終止符を打つ気配がない。


「一体何があるんだ」

「カルチャーフェスティバルっすよ、センパイ!」


 困惑して立ち尽くしていた時雨の脇腹に何かが突き刺さる。猛烈な勢いでダッシュしてきた月瑠の肘だった。

 そのまま時雨は突き飛ばされ無様にも顔面から床に突っ伏す。


「カルチャーっすよカルチャー、ジャパニーズカルチャー。待ちに待ったフェスティバルが……ってセンパイ、何してるんですか? 床の汚れとフレンドシップ築いているんですか?」

「お前が突き飛ばしたんだろが」


 不審人物を見るような目で見降ろす彼女に叱責はしない。それよりも気になることがあったからだ。


「カルチャーフェスティバルって、もしかして文化祭か?」

「うん。今月の19日に文化祭があるんだよ」


 文化祭というワードはつい最近耳にしたばかりである。紲との関係を深めるにあたって悩んでいた時雨にクレアが学校行事を利用してみるのはどうかと提案してきたのである。

 その際一番近い時期に開催される行事をピックアップし、結果文化祭が浮上したのだ。

 しかし考えてみれば大学部にして文化祭か。講義の一環としてそのリクリエーションなり出し物を決めるあたりどちらかと言えば高等学校のようなスタイルである。


「それで、何故霧隠がここにいるんだ」

「決まってるじゃないですかセンパイ、やだなぁ~。ジャパニーズカルチャーに触れられる超レアな機会なんですよ? 超エキサイティングじゃないっすか! あたしはこの日のためにこの大学部に入学したといっても過言じゃありませんよ。屋上なんかにいる時間すら惜しいです」

「それは解ってる。何故この教室にいるかだ」

「やだなぁ、デイダラボッチだからに決まってるじゃないですかぁ」

「死んだ魚のような目でいうんじゃない怖いだろ」


 まあ気持ちが解らないわけではないが。大方文化祭に関する話題を一学年間に提供しても孤立する未来が見えているからだろう。それはこれまでゼミの学生との関係を蔑ろにしてきた月瑠に非があるわけだが、しかし気の毒に思わないわけでもない。

 彼女は話を切り替えようとしたのか時雨から目を逸らす。教室中を見回して不審そうな顔をした。


「センパイたちは、まだ出し物は決めてないんですか?」

「俺の知っている大学の文化祭というものは、強制参加ではないはずだが」


 紲の話を聞いたところ、スファナルージュ第三統合学園における文化祭というものは多少特殊であるらしい。そもそも時雨は知らなかったが、この大学部にはゼミという名称で高等部までにおけるクラスという概念が存在するという。

 確かに言われてみれば、時雨たちはいつも通学するにあたり定められた授業日程と指定教室への誘導を受けていた。その教室に集まっていた四十人余りの学生がゼミメイトという解釈なのだとか。

 リミテッドにおける唯一の教育機関であるスファナルージュ統合学院自体が小中の義務教育と高校大学部といった任意教育を一貫させているところもある。

 大学部と高等部が同じキャンパス内にあるところを見ても従来の大学と言ったものとは離反したシステムで構成されているのかもしれない。


「霧隠のゼミ? は出し物を決めたのか?」

「はい、フランクフルトとか言うジャパンを前提的に拒絶する超ファッキンな出し物ですけどね」


 月瑠は心底気分を害しているかのようにふて腐れた顔をする。この教室に逃げてきた理由もそこにあるのかもしれない。

 まあ確かにこの学園への入学理由が本当に学園祭目的だったとしたら、日本文化をとことん愛してやまない月瑠的には異国的な出し物は論外だろう。


「出し物については、この後に決めることになっているんだよ」

「なるほど、ゼミ全体での授業のサボタージュってわけですか。超リスキーっすね」

「で、織寧は俺に、その出し物を決める会議に参加しろと」

「うん。烏川くんが他の皆と仲良くなりたくない理由は解らないけど……でも、皆でやる企画なんだよ? 文化祭くらい、皆で決めた方が楽しいじゃない」

「そうは言っても、文化祭は19日だろ。そのころには多分……」


 この学校にはいないかもしれない。そう言おうとして口を噤む。十九日と言うことは今から約半月だ。それだけの期間があればおそらく既に任務を満了してることだろう。

 アイドレーター局員を割り出し接触しているはずだ。なんといっても風間泉澄、葛葉美鈴の二人にまで絞れているのだから。

 そうなればこの学園にいる理由もなくなる。文化祭に参加することもないだろう。


「シグレ、どういうことなのだ? 19日には既になんなのだ?」


 そのことを理解できていなかったのか凛音は不審げに首をかしげて時雨を見上げていた。紲や月瑠に聞かれぬよう凛音の耳元にまで可能な限り近づいて教えてやる。


「シグレっ、学園祭とやらに参加せぬのかっ? なんでなのだ? 楽しそうではないか。シグレも参加すればよいではないか。リオンは楽しみにしてるのだ」

「いや……お前も参加できない」

「な、なんでなのだ!? リオンは参加したいのだ!」


 遠慮なく鳩尾に肘を叩き込んでくる凛音。彼女の無尽蔵な膂力もあって軽く腹が貫通しそうな衝撃に見舞われる。月瑠の一撃とは比較できないほどのインパルス。


「俺たちはこの学園に遊びに来てるわけじゃない」

「そうではあるが……リオンは参加したいのだ」

「センパイ、ちょっとそれは聞き捨てならないっすね。カルチャーフェスティバルに参加しないってどういう意味ですか?」


 凛音が大声で駄々をこねたせいか、月瑠たちにも丸聞こえであったらしい。

 

「色々あるんだ」

「いやいや、それは許容しかねますよセンパイ」

「お前の許可を得る必要性が皆無なんだが」

「なんでってそんなの決まってるじゃないですか、センパイが参加しないなら、あたしは誰と会場を回ればいいんすか!?」

「同級生の誰かを誘えよ」

「誘えるなら今こんなところにいません。バカなんですか」


 正論だが彼女の許可を取る必要はどこにもない。


「霧隠が天涯孤独なのは知っているが。とにかく俺たちは学園祭には参加できない」

「嫌です! 冗談じゃないっす! 舐めてんですか!」

「そうなのだ! 嫌なのだぁ! 舐めてるのかぁ!」

「舐めていいのでござるかッ? では遠慮なく小生のゴッドタングと呼ばれた黄金の舌さばきで」

「アンタは黙ってなさい」

「りぅおおん!」


 どこからか湧いて出た凛音信者アケチの後頭部に遠慮なく木製の椅子が叩きつけられた。昏倒した明智の向こう側には椅子を手で払って座り直す唯奈の姿がある。

 彼女は時雨たちのやり取りに興味を示さぬふりをしながらも時雨に耳打ちした。


「アンタね、そうやって拒んでばかりいると余計不審がられるに決まってんじゃない」

「だが」

「こういう時はとりあえず相手の話に合わせておけばいいの……あーあれね、烏川時雨の用事は代わりに私が引き受けたわ。と言うわけでアンタ、文化祭に参加すること、いい?」


 突然月瑠たちにわざと言い聞かせるように声を大にしあからさまに宣言する。逆に怪しく思えなくもないが。


「じゃあそーいうわけでですね、センパイ」

「……解った。当日は同伴する」

「なんでちょっと保護者っぽいんですか」


 ここぞとばかりに食いついてきた月瑠を適当にあしらう。どうせ参加はできないだろうがまあ確かに事を荒立てるのはよくない。


「で、結局出し物は何だ」

「それを今から決めるんだってば。なにか、いいものとかある?」

「出し物ということはつまり出店的な物だな。PXか? 武器弾薬の販売をするわけではないだろうし」

「え? 武器?」

「はいはいミリタリーオタクは黙ってて」


 迂闊にも一般人ならば縁のない発言をした時雨の失態を外部から唯奈が払拭する。


「織寧紲。烏川時雨にそういう意見を求めてもダメよ。世俗にはとことん疎いんだから」

「否定はしないがそういう柊はどうなんだ。似たような物だろ」

「アンタみたいなにわかと一緒にしないで。私は出すなら部品類から分別して販売すべきだと思うわ」

「分別?」

「まあ部品ごととまではいわなくても客が自由にカスタマイズできるようにするってわけ。個人的にはサーモグラフィ付き、弾道予測可能な新型のスコープがほしいのよ。アンタと初めて会った時に例のスナイパーに壊された奴の代わり、悪くないんだけど、少し弾着がぶれるのよね」


 アンタの方がよっぽどミリオタじゃないか。にわかで悪かったな。というよりそんな発言したらより一層怪しすぎる。

 第一前提として武器の所有が認められないリミテッドにおいてこの発言は、


「解ってないっすね~唯奈センパイ。ジャパニーズカルチャーなんですよ? あたしに言わせてもらえば、ジャパニーズカタナかジャパニーズニンジャ小道具一式に決まってんじゃないすか。ジャパンでアメリカンウェポンなんて買う人いませんよ」

「そう言えば月瑠様は唯奈様以上のマニアでしたね」

「えっと……白熱してるところ悪いんだけど、販売するのは普通に食べ物類だよ?」


 唯奈と月瑠のマニア知識に少し引いたのか紲が控えめにそう述べる。

 

「それならリオンはユイパイマンを提案するのだ」

「お願いだからやめてその名称……頭が痛いわ」


 意味理解してたのか。


「ユイパイマン……?」

「ユイナのおっぱ」

「肉まんのことよ、肉まん。ただの肉まんね。普通の、ただの」


 やけに後半を強調して凛音の言葉を遮った。


「肉まん……? 人気出るかなぁ」

「不満なのか?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど」

「キズパイマンでもよいぞ? ふっかふかでふにふにな予感がするのだ」

「キズ……?」

「却下却下」

「それなら、あれなのだ! NEXUSライブのチケットとかがいいと思うのだ! すごくいいと思うのだ!」


 それはお前がほしいだけだろう。


「はいはい、アンタは黙ってモフモフしてなさい」


 唯奈に戦力外通告をされて凛音は不貞腐れたように頬をぷくぅと膨らませる。


「皆がいじめるのだぁっ! サヨーっ」

「……どうしたの? 凛音」


 戦力外通告を突きつけられ最終的に凛音は鎖世のもとへと駆けて行った。それに対し、目を閉じて席に座っていた鎖世は鬱陶しそうにするわけでもなく不思議そうに凛音を見つめる。いつの間に仲良くなったんだ。

 

「そう言えば、連絡先交換してるとか言ってたか」

「そろそろチャイムなっちゃうね。続きは皆で話そっか」


 紲のその言葉にはっとして時刻を確認しようとする。その前にチャイムが始業の開始を示した。サボるべく教室から離脱する間もなかった。

 おまけに床には月瑠が腰かけ何が楽しいのかどことなく期待を孕んだ目で時雨のことを見上げている。

 どうやらこの時間は授業に参加しなければならないようだ。そもそもこれを授業と言っていいのかすら曖昧なところだが。


「それでは、出し物の題目を決めたいと思います」


 教室前のスクリーンの前には記憶に新しい姿があった。風間泉澄である。白いスラックスを見れば一目瞭然である。

 彼女は謹厚な佇まいでスクリーンに触れそこに文化祭の出し物を決めるための会議であるという表記を表示させる。


「僭越ながら、学内規定第三か条、企画立案時の制約に基づき、僕が司会・進行を任せさせていただきます」

「学内規定? そんなものがあるのか」


 泉澄の進行を邪魔しないように小声で紲に語りかける。


「うん。校則みたいなものかな。私は詳しくは把握してないけど。風間さんが言ってるのは、多分イベント時の進行は学級委員長がするっていうやつだと思う」

「学級委員長? 大学部にもそんなものがあるのか」

「形式的なものなんだけどね。こういう時くらいしかその役割もないし」

「その委員長というのは……いつ決められた? 今年度の最初か? それとも、最近か?」


 さりげなく風間泉澄に関する情報収集に努める。

 風間泉澄はアイドレーター局員である可能性が高い人物だ。彼女と同ゼミの葛葉美鈴にまで絞れたわけだが特定自体は容易ではあるまい。故に外堀を埋めるべく事実確認をと考えたのだ。

 なお葛葉美鈴に関しては今日も当然のように欠席しているようで。必然的に疑心の目は全て泉澄に向けられている。


「うーん、どうなんだろう。システム上、誰が委員長なのかは分からないんだよ。教職AIアンドロイドが個人に指令するものだから。でもそう言えば、風間さんも最近編入してきたばっかりだから……最近決められたのかな?」


 シエナが言っていた通りである。泉澄は一見人当たりがよさそうだが実際はどうなのだろうか。


「織寧紲、風間泉澄はどんな人なわけ?」

「どんな人って、どういうこと?」

「私たちのゼミを代表する人物なんでしょ? 私たち全員の責任を背負える人物なのか、知りたいんだけど」


 即席なのだろうが流石の理由付である。先ほどのスコープ云々は趣味が重なってしまっただけであって、基本的に唯奈はこういう状況に一切動じない。


「そうだね、まだ編入してきてから日が浅いから何とも言えないんだけど……いい人だと思うよ?」

「知ってますかセンパイ方。ジャパニーズウーマンのいう『いい人』というのは、八割がたが『どうでもいい人』っていう意味らしいです。でもそう考えると、あたしにとってセンパイは『よくない人』になるんすよね。なんかちょっとコンプリケイティドですね」

「それは意味合いが違う気がするが」

「それで、どうなの?」


 月瑠のちょっかいで話が脱線しかけていたことに気が付いたのか。聞き耳を立てていたのであろう真那が紲に問いかける。


「どうなのって、言われても」

「あなたの個人的な主観で構わないわ。あなたが風間泉澄に対してどういう印象を覚えたのか、率直に教えて」


 会話をしたことがなかった真那に話しかけられて困惑したのだろう。返答に窮する紲に真那は遠慮もへったくれもなく質問を繰り出す。


「えっと……責任感もあって、代表として信頼できる人、かなぁ」

「そう」


 端的にそう応じて真那は紲から目を逸らした。そうして教室の前側に立っている泉澄のことを注意深く見すえる。

 真那の意識がそれたことで安堵したのか紲は小さく息を漏らしていた。


「悪いな……」

「ううん、大丈夫大丈夫、私は何ともないよっ」

「あまり表情を表に出さないんだ、真那は。気さくとは言えないがいい奴なんだ本当は」

「気難しそうな人ではあるよね。仲良くなりたいんだけどなぁ」

「仲良くか。無理だろ」

「そこ断言しちゃうの……?」

「仲良くなろうとして、空回りばかりしている奴が一人いるからな」


 うっ、頭が痛い。


「墓穴堀の時雨様。あほですね」

「あほに違いないっすね」


 両手を肩の高さで左右にひらひらとさせネイに便乗する月瑠。万年デイダラボッチなお前に言われたくはない。


「もー見てらんないっす、センパイ。あたしでも同情しちゃいます」

「現在進行形で孤独な月瑠には言われたくなかったよ」

「あたしにはセンパイがいるじゃないっすかぁ。ていうか誰ですかあの泥棒ネコ。超ヘイティングなんですけど」

「時雨様の妄想未来嫁かっこ仮、かっこ爆笑です」

「センパイ頭痛いんですね。センパイにあの泥棒ネコセンパイは無理です」


 残念なものを見る目で見るな。


「烏川くんは聖さんのことが……その、好きなの?」

「よく霧隠の一人漫才でそのニュアンスを読み取ったな。が、違う」


 紲にはネイの声は聞こえない。しかしどうしてこう皆時雨の感情をそう恋情に結びつけようとするのか。


「そうなの? 時雨」

「違うと言っているだろ」

「そう」


 違うのは本当だが、当の本人が興味なさそうに泉澄の観察を再開するのはやめてほしい。地味に傷つく。


「他に何か、案はありますか?」


 どうやら出し物の案はそこそこ出ているようだ。フランクフルトやらかき氷やら。きっと普通の文化祭ではそれが一般的なのだろう。

 しかしその普通さ無難さはマンネリ化しているのか。教室中の学生たちは出し物を決めかねていた。


「スファナルージュ家の運営してる高校なんですし、スファナルージュ・コーポレーションの商品の販売でいいんじゃない?」

「具体的には何がありますか?」

「C.C.Rionでいいんじゃん。コスト的にも削減できるし」


 C.C.Rionはレーションと共に各世帯に無料で配布されている飲料だ。それ故に学生は特に願望もなく提案したのだろう。だがそれに過剰に反応した人物がいた


「名案なのでござるッ」

「え?」

「それ以外にはありえないでござる。C.C.Rion、搾りたてC.C.Rion。凛音殿が直接搾ったC.C.Rionでござる。芳醇な、かつ濃密な芳香……そしてケモミミ美少女の正真正銘の聖水でござる。スタンドでの出したてなら体温のままでほっとレモン……小生、天才的な発想なのでござ」

「ふんっ!」


 どこからともなく投擲された空気清浄機が明智の側頭部に直撃した。突き飛ばされた明智は窓ガラスを盛大にぶち破りそのままベランダを乗り越えて消える。二階だし死にはしないだろう。いや一度死んだほうがいい気がする。


「えっと……C.C.Rionのスタンド販売、案のひとつとして入れておきます」

「解せないわね」

「もちろん、スファナルージュ・コーポレーションから販売されている既製品の飲料水であるC.C.Rionです」


 当然だ。違う意味合いだったら全員補導モノである。


「せっかくC.C.Rionマスコットの凛音ちゃんがいるんだし、凛音ちゃんがスタンド販売するのはどうかな?」

「織寧紲、それ名案」

「お、食いついた」

「……別に食いついてないわよ」


 和馬の指摘にハッとしたように唯奈は硬直する。


「直搾りだぜ? あそこのちっこいのが、ちっこい手で、頑張って搾った果汁だぜ? ちっこいのの精いっぱいの努力の結晶だぜ?」

「出し物は決定ね。シエナ・スファナルージュに手配してもらって、大量の果実は調達しておくわ。任せなさい」


 単純すぎる。


「えっと、それでは評決を取ります。上から順番に案を上げていきますので、皆様、好きな出し物を選んでください」


 当然のように結果はC.C.Rionスタンドに決まった。凛音と言うマスコットがどれだけ一般市民に愛されているのかが解る瞬間だった。


「でも、あと半月で調達できるかしら」

「どういうことだ?」

「前にシエナに聞いたのだけれど、シエナたちが栽培している柑橘系果実は、厳格な栽培体制の下で量産されてるみたい。リミテッド全域に配布されるものだから。万が一のことがあってはいけないの」


 たかが柑橘系がと思わなくもないがそれは当然の処置だと言えるだろう。柑橘系はその果実部分がC.C.Rionに、そして皮部分がレーションに用いられている。レーション無くしてリミテッドの食状態は実現しえなかった。

 エリア・リミテッドが23区に限定された領域である以上、今後様々な問題から飢饉が生じることもないとは言いきれない。非常食として大量のレーションを生産しておくためにも必要以上に厳重な管理体制が敷かれているべきだ。


「それなら、出来るだけ早期のうちに調達する必要があるかもしんないわね」

「でもシエナにお願いするにも、今ルーナスとシエナはC.C.Rionの製造工場に定期搬入しに行ってるわ」

「製造工場って、もしかしてレッドシェルターの中のか?」

「いいえ。本社じゃなくて港区支店みたい。台場内にあるわ」


 真那から送付された地図を展開すると、なるほど確かに台場内に存在している。先日赴いた織寧重工本社の近くにあるからきっと工業地帯の中にあるのだろう。


「でも搬入作業の過程で、今は本社に向かってるっぽいわよ。一応メッセージを送っておいたからあとは返信を待つだけね……あ、でもそれより、やっぱり直に会って話した方が確実性があるかもね」

「どうせ近いうちに会うだろうし、その時に改めて……」

「いいからアンタは黙ってなさい」


 突然意見を変えた唯奈を訝しく思いつつもそこまで急ぐ必要もないだろうと判断する。が軽く肘で脇腹を小突いてきては小声で時雨を制した。何か考えでもあるのか。


「というわけで、烏川時雨、アンタ行ってきて」

「何故俺が」

「ごちゃごちゃ言ってないで、アンタがいくの、いいわね」

「別に行くのは構わないが、どうして急に……いたっ!?」


 向う脛に激しい痛みが走る。蹴りやがった。

 

「まあでもアンタ一人に任せるのは心配ね……責任感ないし」

「任命しておいて、その言い草か」

「そうね……誰か一緒に行った方がいいわね、アンタは責任感ないし」

「ははぁ~ん、唯奈様の意図が読めました」


 いたずらげな声音でネイが不敵なにやけ顔を晒す。何を察したというのか。


「というわけで織寧紲、烏川時雨に同伴して貰えない?」

「私?」

「なんですか。唯奈様が理由を取ってつけて時雨様をデートに誘おうとしてるわけではなかったのですか。つまんないですね」

「ホログラフィさんそれってあれっすか。社会現象ともいわれたジャパニーズカルチャーの真骨頂、TSUN・DEREってやつですよね! 初めて見ました。唯奈センパイはTSUN・DEREなんですね」

「違うに決まってんでしょ、ていうか何よその日本文化。頭おかしいでしょ」


 いつも思うが月瑠の日本の誤った知識はどこから仕入れているのか。大方数十年前に流行った一部のジャパニメーションなのだろうが。月瑠はちゃんと日本について学び直すべきである。


「あの、それでどうして私なの?」

「嫌?」

「ううん、嫌じゃないけど……」

「理由なんて特にないわ。でもこの烏川時雨、友達と呼べる人間が極端に少ないのよ。あんたは比較的コイツと関係が深そうだし、頼めそうだと思っただけ」

「それなら真那やら柊やらがついて来れば……だから痛い」


 先ほど損傷を追った向う脛にさらなる追撃が襲い掛かる。一体唯奈は何を企んでやがるのだ。


「アンタ、あと一週間で織寧紲と仲良くなんないといけないのよ。わかってんの?」

「……そういうことか。だがそれにしたって強引すぎだ」

「少し強引にでも状況を作んないと自分から仲良くなろうとしないでしょアンタ」


 たしかにその通りである。


「で、頼める?」

「うん、任せて」


 誰かに信頼されたり頼みごとをされることが好きなのか、紲は小さく力拳を作る仕草とともに頷いた。


「それならあたしも――――」

「アンタは自分のゼミに帰んなさい」

「なんでっすか!? あんまりな仕打ちですよぅ!」

「今は仮にも授業中よ。そもそもアンタがここにいることもおかしいんだから」

「センパ~イ、唯奈センパイがあたしを理不尽な理由でいじめますよぅ」

「柊の言っている事は正しい。実際サボっているしな」

「センパイだってサボりの常習犯じゃないっすか」


 違いないな。散々騒いだこともあってか月瑠は他の者学生たちの非難の目に耐えられなくなったようである。居づらくなったのか不満そうな顔で教室から姿を消した。


「あの、お話は聞かせていただきました」


 月瑠に入れ替わるように泉澄が声をかけてくる。反射的に身構えるが特に怪しいところはない。

 

「話?」

「はい。C.C.Rionスタンドに用いる果実の件に関してです」


 時雨たちがその調達に行くという話か。やけに通達が早いなと思ったが泉澄の後ろに真那が控えている。話が決まった時点で泉澄に話したのだろう。手際が良くて助かる。


「わざわざ、ご足労していただくことになるようで……ありがとうございます」

「成り行きだ」

「あの、それで少しお願いしたいことがあるのですが」


 改まったように声音を変える泉澄、どこか意気揚々としているのは気のせいだろうか。


「これを見てくださいますか?」


 彼女は自分のビジュアライザーを掲げる。すぐに何かしらのファイルが出現した。受け取れと言われていることに気がついてそのファイルを受信参照する。

 無論簡易解析を施しウィルス感染などの危険性がないことはネイが保証している。


「これは?」


 そこに表示されたものは何やら何かの分解図資料であるようだ。さまざまな機械構造が緻密に記された展開図。時雨には理解の及ばない情報の数々。


「これは、大型花火の設計図です」

「花火?」


 もう一度その展開資料を見やる。確かに言われてみれば、火薬という表記や導火線という文字も見えた。だがそれにしてもかなり緻密かつ複雑な機械構造だが。到底花火の設計図とは思えない。


「どうしてこんな、」

「あ、突然こんなもの見せてもわけわからなかったですよね、ごめんなさい」

「いやそれはいいんだが」

「実はこれ、少し仕掛けがあるんです」

「仕掛け?」


 彼女は小さく頷いて開いている設計図を遠隔で操作する。設計図ファイルとは別に何やら別のウィンドウが展開した。そこに表示されているものを見て思わず呆気にとられる。


「なんだ、これ」


 凛音の顔を象った何か。C.C.Rionを手に持った彼女の写真ではないドットで作られた上半身図形。今にも、『突き抜けるソーカイカン!』とかなんとか言いそうな躍動的な図形だ。


「わぁ、可愛い、これ風間さんが作ったの?」

「はい。C.C.RionCMに登場する凛音さんのワンショットです」

「でもこれ、なんなの?」

「花火が打ちあがった瞬間、これが空に展開されるような仕組みになっています」

「……本格的だな」


 つまりこれは打ち上げ花火ということか。


「ほう……かなり厳密な設計図ですね。この設計なら、確かにこの凛音様の笑顔が空に広がることでしょう」

「そうなのか?」

「はい、ただ少し気になるのは、花火の爆発システムが通常の花火とは異なる点ですね。起爆剤が、遠隔爆破型の爆弾のものになっています」

「爆弾って……そんな物騒な」


 確かに爆発するシステムに関して信管という表記がある。


「烏川くん、何一人でぶつぶつ言ってるの?」

「いや、なんでもない……それで風間、これがどうかしたのか?」

「はい、実はこれを制作しようと考えています」

「こんなもの作って、どうする」

「実は、今回の文化祭で用いようと考えていまして……前々から設計を進めていました」


 口ぶりからして個人で設計していたということか。しかし何故凛音の顔なんだ。シュールすぎる。


「以前風間様は、シエナ様のファンであると仰っていました。その関係から考察し、スファナルージュ・コーポレーションのC.C.Rionにも関心があるのかもしれませんね」


 確かに以前そんなことを言っていた気がする。


「でも、C.C.Rionスタンドで花火なんて使うの? それに、そんな大がかりなこと許されないんじゃないかなぁ」

「ああいえ、確かに出し物でこのようなものを使えばバッシングが出てしまいますが……僕はそのつもりでこれを設計したのではないのです。文化祭なのですが後夜祭というものがあるんです」

「後夜祭?」

「文化祭の後、夜に行われるしめくくりの行事だよ。風間さんはそこでこの凛音ちゃん花火を使おうって魂胆なんだね」

「はい。実は学級委員長の集会があった時に、教職アンドロイドから後夜祭に関する通達を受けまして。後夜祭でのイベントの係を、僕が受け持ってしまいまして……」

「それで凛音ちゃんの花火の設計してたんだ」

「はい。ですが設計ができても、制作はどうしても無理で……」


 まあそれはそうだろう。信管など爆弾の政策に用いられる物資はそもそも一般人は調達できない。当然だ。そんなものが世に出回れば一般人による蜂起などが現実化してしまう。

 

「物資的にも資金的にも。それにこれを作るだけの環境も僕にはないので」

「なるほどな。それがお願いというやつか」

「はい。果実の調達で理事さんに会いに行かれるということでしたので。恐縮なのですが、そのデータを理事さんにお渡し願えないでしょうか」

「それはまあ、構わないが」

「理事さんには、僕のほうから事前連絡はさせていただきます。ですがその、委員長の仕事が山積みで、直接会うアポイントメントがなかなか取れなくて」

「そういうことなら任せてくれ。どうせ会いに行くわけだし、ついでみたいな物だ」

「あ、ありがとうございます」


 泉澄は形式ばった深いお辞儀をして背中を向けた。山積みの仕事を解消するためだろう。


「織寧、よかったか?」

「もちろん大丈夫。ついでだし、それに風間さん忙しそうだしね。少しくらい負担を減らしてあげなくちゃ」


 意気込んでガッツポーズをする紲。大した手間でもないしいいだろう。

 しかし風間泉澄、なかなかこの学生生活を謳歌しているように思える。委員長の仕事とはいえ普通ならこんな花火の設計などできない。


「意外と風間は怪しくないかもな」


 それ故、われ関せずといったように席についていた唯奈に声をかける。もちろんそれは影から泉澄のことを観察するためが故だが。だがその声掛けになかなか返事が返ってこない。


「モフモフの花火……モフモフが空いっぱいに……ぐふふふふ」

「おーい帰ってこい」


 不気味な笑みを浮かべる唯奈の肩をトントンとたたく。


「烏川しぐ……ッ、も、モフモフなんてしたくないわよ!」

「いきなり何を言い出すんだか」

「……っ」


 顔を真っ赤にして言葉に詰まる彼女。まともに泉澄の様子を伺えていたわけではなさそうだ。


「とりあえず風間のことだが」

「言いたいことはわかるけどそれで白だと決めつけるのは早計。演技の可能性だってあんだから」


 それもそうか。もし彼女がアイドレーター構成員だった場合、当然その事実を隠ぺいしているはずだ。そのためには時雨たちの目を欺くべく大学生活に溶け込んで然るべきなのである。


「放課後、風間泉澄に関しては私たちが監視しておくわ」

「悪いな真那……葛葉美鈴に関してはどうする?」

「葛葉美鈴は今日もまた欠席扱いになっているわ。学生寮生活みたいだけど、そこまで監視しに行くのは危険ね。明日彼女が出席したときに監視を始めましょう」


 本格的に調査を開始するのは明日からになりそうだ。


「それじゃ烏川くん、今日の放課後でいいかな」

「ああ構わないが本当に大丈夫か? レッドシェルターの中には入れないから、内部のシエナと手続きするために時間かかるが」

「そのことなら問題ないわ。放課後、時間指定して、シエナにレッドシェルターの外部で待ち合わせするように取り付けたから」


 そうは言ってもモノレールで千代田まで向かったとして往復で一時間以上かかるわけだが。


「私は大丈夫だよ。千代田区に向かうまでに一端港区本島に戻るから。そこにも個人的に用事があったんだ」


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