其の二

 月を跨ぎ、冬がよりいっそうの深まりを見せる12月。寒風が落ち葉を舞わせ散らす、それがまた外の掃除を面倒にする季節でもある。裏を林に囲まれているこの丘の上の教会なら猶の事だ。四方八方に散らばった落ち葉を掃き集めるのは存外に骨が折れる。昼前から始めてはいるが、二人がかりで取り掛かっても暫くは終わりそうになかった。


 やがて時計は三時を回る。休憩にはちょどいい時間、まさにそのタイミングで外に出ている二人に声がかかった。


「みなさん、お茶の用意ができましたので一旦お休みしましょう。」


 声の主は神父であった。ようやく一息つける、とシスターのリュキアは箒を手にしながら背伸びをする。と、その脇を通り過ぎる人影。リュキアと同じく庭掃除に精を出していた少年―――そして昨今街中を騒がせていたスリの小僧、リジェン・グルーカーである。






「これはポルガ産の二等茶ですね。なんとも、国産もこれだけの質のものをつくれるようになりましたか。」

「うん。輸入品に比べて味は強くないけど、ポルガ料理の濃い味付けの後に飲むなら丁度いいって感じだ。」

「それに比べてこちらのは…渋味が強すぎますねぇ。三等品に多くを求めるのも酷な話ですが。」

「そうだね。渋いのは好みだけど、これじゃあえぐ味だよ。」

「おや、渋味が好みとは年の割に結構な趣味で。ではこちらなんかお口に合われるのでは?ラスタガル産の一等茶なんですが。」


 テーブルの上には三人で飲むには多すぎるほどのポットが並んでいた。秘蔵のコレクションをも開放し、神父とリジェンは飲み比べながら紅茶談議に花を咲かせる。ひとりリュキアだけが蚊帳の外で茶を啜っていたが、これはむしろ彼女にとって好都合だった。基本孤独のほうが性に合っているし、大体、あのテンションに陥った時の神父の相手は心底面倒なのだ。気の利いた返しを毎度考えるのも億劫と思っていたリュキアは、一つの安堵と共に休息を楽しむが、同時に疑問に思うこともあった。


(………あの子、誰なんだろう?)


 神父がリジェンを連れてきたのは2日前のことだった。夕刻突然に「今日から家で奉公人として働いてもらいます」と言いながら帰ってきたときは何かと思ったものだ。親が手を焼くやんちゃ者を躾けのために教会に預ける、という通例は無いことは無いが、少年の様相はとても親の庇護のもとに育ってきたとは言い難い恰好であった。


 まあ、疑問に思ったのならば尋ねればいいだけの話。なのに聞かなかったということは厄介事に巻き込まれるのを嫌ったということ、つまりはリュキアに詮索する気など元よりなかっただけなのだが。そして今しがたも厄介を嫌い、茶を飲み干し一息つくと、二人に気付かれないようにそっと庭掃除へと戻って行くのだった。




「おや、もうこんな時間でしたか。ではお仕事に戻りましょうか。」


 時計を見ればもう四時近く、一息休憩を入れるだけのつもりが一時間も経とうとしていた。相席していたはずのシスターはもう外で掃除に戻っている。珍しく趣味の話を思う存分できたことに満足したとはいえ、多少話し込み過ぎたかと神父は反省した。


「あ、僕も手伝う。」


 ひとりの手で持つには多すぎる茶器の数を見かねて、リジェンも片付けの手伝いを申し出た。正直なところ、人外の腕力を以てすれば大した重量でも無いのだが、少年の純な気配りを無碍にするのも申し訳ないと思い彼にもポットをいくつか渡し、台所まで運ばせた。


 ここまで見ての通り、このリジェンという少年は実に素直で気の利く性格である。小間使いとして雇い入れて三日目になるが、人から言われるまでも無く掃除・洗濯・礼拝の準備等の色々な仕事を文句の一つも無くこなしている。自分が見せた超常的な身体能力に恐れ従順になっているのかとも神父は思ったが、話し始めればはきはきと明朗、とても物怖じしている様子ではない。月並みな表現で言えば「良い子」、そんな少年だった。



―――だとすれば、何故そんな「良い子」がスリなどをしていたのだろうか?



 街の冠婚葬祭に関わる立場上、神父は街の人間の顔を凡そ憶えている。その中にこのリジェンの姿は無かったのだから余所者だというあたりはつく。浮浪児が流れ着いた、と考えるのが妥当なのだろうが、彼は紅茶に詳しい。前にも述べたが、嗜好品に詳しいということはそれに多数手を出せるだけの経済状況が必須である。となれば、他州の最近没落した貴族か商人の息子だろうか。言動の端々から見える育ちの良さを考えるにそれがもっともあり得る線だ。


 だとしても、一足飛びにスリ稼業とは穏やかでない。彼ほどの出来た子供なら、素性が分からずとも良くしてくれる店も多かろう。貧しいながらもそれで生きていける筈である。そういう安全な道もあったというのに、犯罪というリスクを冒す道を選んだということは大いに引っかかるところだ。あるいは、大金が必要になったか―――



 まあ、気になったのなら本人に尋ねれば済む話なのだが、神父は未だ彼に素性を聞く気が無かった。もし真実を知り、そこに不都合があったのならこの教会から追い出さなければならない。となれば、今しがた爆ぜるほどに膨らんだ「趣味の紅茶について話したい欲求」はしばらく解消されることは無くなるだろう。実にらしくない、身勝手な話だと自覚はしている。しかし、それでも神父には真実に背を向けリジェンをここに留めるという選択肢しか選べなかった。




「神父様ってさ、優しいし、やっぱりいい人だよね。」


「はい?」


 と、茶器を運びながら考え事をしていると、突然リジェンのほうから話かけてきた。随分と藪から棒な言葉に、神父も面を食らう。


「おべっかを使っても何も出ませんよ?」

「別に媚売ってるわけじゃないよ。ただ、父さんの言ってたことが本当だったんだなってわかって良かったっていうか。」

「お父上ですか?」

「うん。『紅茶を嗜める余裕がある人間はその分心も広い』って口癖のように言ってたんだ。」

「そう…ですか。」


 思いがけず、リジェンのほうから自身の事、家族の事が語られた。しかし、彼の父親の言葉について神父は口を紡がざるを得なかった。なるほど茶を嗜む余裕が心の余裕に繋がるという理屈はわかる。


 じかし実際のところ、その茶を愛する自分は善人どころか悪党を殺す悪党だ。悲しいかな、リジェンが信じる父の理論は、まさに自らの存在が否定してしまったのだ。


「いえ、私はいい人ではありませんよ。そも趣味が人格を決定することなど。」

「ええ?でもこうやって僕を匿って、寝床とご飯まで用意してくれてるじゃない。」

「それは善き行動ではありません。本当にいい人ならば、まずは犯してきた罪を償わせるべきでしょう。州衛士に引き渡しもせずに匿っている私がいい人など。」

「う、うう…」


 それに、裏稼業以前の問題もあった。趣味の話をしたいがために泥棒を匿うような男が善人などとは、口が裂けても言えるまい。神父の表面の良さについつい褒めそやしてしまったリジェンも、痛いところをつかれたようで言葉に詰まる。


「大体、茶を愛する貴方がスリなどしている地点で、申し訳ありませんがお父様のその発言には信憑性などとてもとても。」

「そう、だよね…」


 更に痛いところを突かれ、リジェンの表情が曇る。しかし神父の洞察力は、その曇る瞳に後悔の念が無いことを見出していた。父親の語る信念を捻じ曲げてまで、スリという犯罪に手を染めた。そこに何かしらかの止むにやまれぬ事情があるというのか―――




「おーい神父様いるかー?」


 などと神父が真剣に考えていると、廊下前方から能天気な声が響いた。聞き慣れた訛りの強い喋り方。そしてその声の主は、勝手知ったる他人の家とばかりに教会に上がり込みこちらに向かってきた。


「お、なんだいるじゃねェか。怒ってるのは知ってっけど、返事ぐらいしてくれよ。」

「べ、ベルモンドさん!?」

「あれから臍曲げられたままだとこっちも寝覚めが悪ィいしな、機嫌直してもらおうと思ってよ。ほれ、お茶請けの菓子。フィラたちに見繕ってもらったんだ。茶の事はわかんねえが、甘いもんならあいつら詳しいからな。」


 満面の笑みで手に下げた土産袋を差し出すのは、州衛士のマシュー・ベルモンド。裏稼業の繋がりをいいことにこの教会をサボりの拠点にする彼のこと、機嫌を直してもらおうというのはそういう打算が多分に含まれていることだろう。


 しかし面食らったのは神父であった。目の前にいるのは「仕事」の仲間といえ州衛士。そして自分の傍らには世間を騒がせるスリの少年。そんなのを匿ってたと知られれば面倒なことになるのは目に見えている。実際、リジェンは州衛士の姿を見て神父の背後に隠れてしまっている。この間の悪い状況をどうすべきか、神父は頭を悩ませた。


「い、いえベルモンドさん。お気持ちは有り難いのですが今日のところはお引き取りを…」

「何でェ何でェ、いい大人があんな些細なことをここまで引っ張ってんじゃねェよ。頼むから―――って、あれ?」


 しかし、10歳そこらの子供の身体を隠しきるのに、神父の体躯では小さすぎた。身を乗り出し、彼の背後を覗き込むとそこには怯える少年の姿。


「おい、神父様よォ…」

「な、何でしょうか?」



「御稚児さんって、アンタそういう趣味があったのかよォ!?」



 考えても見れば犯人の顔が出回っているということもわからない。よしんば人相が気が回ったとしても、この職務に不真面目な男が目を通す訳も無いのだ。完全に杞憂と悟った神父は、当たらに生まれた誤解を解きつつ、今日のところはマシューにお引き取り願うのだった。






「あー、今日はびっくりした。まさか州衛士がズカズカ上がり込んでくるなんて。」

「まあいつかは貴方も彼らのお世話にならねばならないのですがね。まだ暫くはここで修養に励んでもらうとしても。」

「修養じゃなくて、話相手、だろ?」

「ははは、言いづらいことを言ってくれますね。では今夜はお休みなさい。」


 時計は夜の九時を回る。早寝早起きの健全な生活は聖職者の務め、やや早いながらも就寝へと向かう。神父はリジェンと談笑した後、今日の駄賃を渡し、寝室まで見送ると自分も部屋へと戻って行った。



がちゃり



 およそ日付が変わる関わらないかの頃だろうか。神父の純情ならざる聴力が、懺悔室の戸が開く音を捉えた。神の御前に罪を告白するという行為に定められた時間は無い。この教会ならではの別の用途も同様だ。それ故に懺悔室は常に開けておいてある。


 いずれの用にしろ、自分が話を聞かぬことには始まらない。神父はベッドから起き上がり、冷え切った夜の闇の中懺悔室へと向かう。わざわざ夜中たたき起こされて気の毒と思うかもしれないが、最早人ならぬ存在と化した彼に睡眠は実のところ必要無い。ただ、人であったころを惜しんで眠りについているに過ぎないのだ。



「天にましますガリアの神よ。その御名において我が拭い難き罪を告白します。」



 懺悔室に入ると、すでに壁一枚向こうでは宣誓が行われていた。懺悔を始める際の決まり文句。手を組みながら神に祈るのはリジェンであった。なるほどスリのことを悔いる気になったか、神父は椅子に腰かけまったりと彼の告白を待った。しかし、彼の耳に飛び込んできたのはまったく予想だにしない、重い罪であった。




「僕は、父を殺しました。」




 さしもの神父も思わず驚嘆の声を上げそうになった。しかし形式上はあくまで告白者と神の対話の空間。聞き手の存在を晒すことはできない。ぐっと声を飲み込み、そしてリジェンが何故父を殺し、スリ稼業に手を染めたのか、その経緯に耳を傾けた。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 僕の実家はスパーラ州のグルーカー商会という、小さな輸入品を扱う商社でした。家業の都合、紅茶に触れる機会が多く、マニアである父さんとともに三歳の頃から茶を飲んで育ちました。


「紅茶はいいぞ。心を豊かにしてくれる。リジェンもいっぱい飲んで、お父さんみたいな心の広い男になるんだぞ?」

「もう、あなたったら子供にそんなこと言って。ウフフ。」


 父さんと母さん、そして紅茶に囲まれた幸せな日々。しかしそれも長くは持ちませんでした。僕が十歳の誕生日を迎える前に母さんは病死。追い打ちをかけるかのように大商社による輸入品の大量買い付けが開始。小さな店ではこれに対抗することなどできるわけもなく、業績は煽りを受け下がる一方。日に日に憔悴し、かつて僕が憧れた心の豊かな父さんの姿は見る影も無くなっていきました。



そんな時です。あの男が現れたのは。



 業績の低迷により融通を利かせてもらっていた金貸しのバンゲル。いつもは返す当てのない父さんに暴言を吐いて帰って行く彼が、この日は異様ににこやかにな顔でやって来たのです。


「このまま借金焦げ付かされたら、ワテもアンタも仲良く首括らなあきまへんわなぁ。」

「すまない。どうにか頑張ってはいるのだが…」

「まま、顔上げえや。努力で何とかならんのが商売の世界や、気にしいな。本当に大切なんは、ビジネスチャンスを逃さん決断力や。」

「ビジネスチャンス?決断力?」

「せや。実はな、ワテいい儲け話持ってきたさかいに、アンタも協力してくれんか?」


 バンゲルが言うには、懇意にしている紅茶生産農家からの独占卸をやってみないかということ。特別なことは、高級品なので流通を絞り大っぴらにしない、という条件のみ。生活のため、父さんはこの儲け話に乗っかりました。数日後にはその生産家を名乗るハーフリングのテテメスという男とも話し合い、商談は成立しました。


 結果は大成功。新しい茶の販売は家に久方ぶりの富をもたらしました。しかし生活も安定し、茶に囲まれているというのに、父さんの心は豊かに戻るどころかどんどん醜く歪んでいくように感じられたのです。


 ある日僕は父さんに隠れてテテメスの茶を飲みました。絶対に自家消費してはいけないと念を押されていた茶の味。それは思考を溶かし多幸感をもたらす、そしてそれ故に次々に飲まずにはいられなくなるような不思議な味。子供心に、中毒性が高い何かであることは察せました。



「父さん!このお茶は危ないよ!?」



 僕はすぐさま父さんに伝えました。


「リジェン!あれだけ自分では飲むなと言っておいたのに…!」

「言いつけを守らなかったのは悪いと思ってるよ…でも飲まなかったら知らないままだった!こんなご禁制のマンドラゴラみたいなお茶を扱ってたらいつか州衛士に捕まっちゃう!それにみんなを不幸にしてしまうよ!」


 僕の訴えを父さんはわかってくれる。バンゲルとテテメスに騙されたことを知り、手を切ってくれる。紅茶を愛する父さんならそうしてくれると信じていました。しかし…



「馬鹿を言うなリジェン!こんなボロイ商売やめられるか!」



「と…父さん?」

「この茶を止められなくなった馬鹿がいくら破滅しようが知った事か!死ぬまでうちに金を落とし続ければいいのさ!」

「な…何を言って…?」

「大体今の生活ができるのはこの茶のおかげなんだぞ!?これがなければあの貧しい生活に逆戻りなんだぞ!?あの状況で、母さん無しでお前を育てるのにどれだけ苦労すると思っているんだ!」


 父さんは知っていました。知った上であの茶を捌いていたのです。


 紅茶は心を豊かにする、その父さんの言葉を心に銘じてきた僕にとって、紅茶で他人を不幸にしながら浅ましく金に執着する父の姿には失望しました。いや、そんな生ぬるいものじゃない。裏切りに近い感覚。短い人生のすべてを否定されたかのような感覚。それらが引き金となり、衝動に突き動かされたほぼ無意識のうちに―――近くにあった刃物で父を刺していました。



 気が付いた時には取り返しのつかないことをしてしまった、と狼狽えました。親殺しなどガリアの神の定めた禁忌のひとつ。法にも神にも絶対許されない行為。州衛士に捕まり、磔刑の末地獄に落ちるのが僕の運命でしょう。


 でも、地獄に落ちるのならせめて僕らを破滅させた連中を道連れにせねば死んでも死にきれない。そう思いバンゲルとテテメスを襲ったのですが、所詮十歳の子供の力、奴らの傍らにいた用心棒にはまるで歯が立たず、からがらで逃げ帰れたのはせめてもの幸運だったのでしょう。


 逃げ惑うその足で僕は隣州ザカールへ渡りました。そして手っ取り早く金を手に入れるため、スリに身を落としました。



―――すべては、この州で噂となっている闇の暗殺ギルド、WORKMANに頼むため。



 程なくしてスパーラから指名手配の書類も回り、神父様が匿うにもじき限界がやって来るでしょう。その前にこの頼みができたことは唯一の幸運でした。僕ら父子を破滅に追いやった金貸しバンゲルと紅茶生産者テテメス、どうかこのお金で奴らも地獄に…






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






 ひとしきり話し終えると、リジェンは金を置き懺悔室を出て行った。摺った財布数個に、神父から貰った駄賃の銅貨5枚。彼の全財産であろう。


 その金を見ながら神父は考える。確かに色々なことに合点はいった。あの若さで紅茶の味に詳しい事、この辺で見ない顔だということ、何故スリなどという行為を働いていたのかということ。そしてその行動の根底にある父への尊敬と失望、皮肉にも自身もその信念を捨てて汚泥に塗れる覚悟。殺人も窃盗も許されるべき行為では無い。しかし十歳の子供がこの重すぎる決断に至った経緯を想うと、神父はやるかたない気分になるのだった。






 やがて、二日もしないうちに州衛士が隊を率いて教会までやって来た。隣州から送られてきた貿易商殺人事件の手配書には、犯人の少年の人相がしっかり描かれていた。そしてそれに心当たりがあったのはマシュー・ベルモンド。先日御稚児さんと勘違いした少年と瓜二つだということで、彼の身柄を確保すべく参じたのだ。


「神父殿、お引渡し願えますかな?」

「…ええ。」


 州衛士隊隊長ベアの要求に神父はあっさりと応じた。それどころか、当の犯人である少年、リジェン・グルーカーも抵抗することなくその手に縄をかけられていた。子供とはいえ父殺しという禁忌を冒した凶悪犯、まさかの時にはと気合を入れてきた州衛士たちもこれには若干拍子抜けであった。


「いやしかし給料泥棒のベルモンドさんがこんな大手柄とはねぇ。明日は槍でも降るんじゃないですか?」

「そりゃないですよ隊長。私だってやる時はやる男ですよ?ハハハ。」


 リジェンの連行を仲間に任せ、教会に残ったベアとマシューは談笑する。いつもの嫌味にもむしろ上機嫌な様子。高笑いもそこそこに、マシューは踵を返し神父の前に立つ。


「さて神父様、どういう訳があってあの子を匿っていたのか、説明のほうを屯所で伺いましょうか。聞けば近頃街中を騒がせたスリとの関連もあるそうなので。事によってはガリアの神父と言えど、ね。」


 マシューは神父の手に縄をかける。そして隊長に気付かれぬよう、リュキアに目配せを送ると、縄を引き屯所へと向かう。ベアはその後ろ姿を見ながら、あの役立たずがすっかりやり手のようだと感心していた。しかし、マシューの目的は表仕事とは別のところにあった。




「とりあえず俺の手柄にさせてもらったが文句は無ェな?あんな物騒なモン匿ってるアンタが悪ィんだぜ。」

「ええ、それは重々承知していますよ。しかしベルモンドさんがちゃんと手配書を見てるというのは盲点でした。」

「五月蠅ェ減らず口叩いてないでキリキリ歩け。つか屯所でこってり絞られてこい。たまにゃいい薬だ。」


 街へ下る丘の小道で、マシューは神父と話す。人に言えぬ裏稼業という後ろめたいものを隠す人間が、これまた後ろめたい罪人を隠していたという事実は思った以上に恐怖だ。もし罪人が表沙汰になった拍子に裏稼業まで明るみに出たとなれば、例によって仲良く処刑台行きなのだから。表仕事の手柄に固執しないマシューがリジェンの存在を密告したのも、下手に傷口が深まる前に自分のほうで処理しておきたいという気持ちが強かったからだ。


 しかしこれだけ心臓に悪いことをやらかしたというのに、神父は例によって飄々としている。全く苛立つことだ、と道端に唾掃くマシュー。そんな彼に、神父は再び呟いた。


「屯所で事情聴取ということは、長引けば明日明後日までかかりますかね?」

「まあ、そうだな。」

「となると私はしばらく動けないので、ベルモンドさんのほうからお伝え願えますか?」

「何をだよ?」



「―――カーヤさんに、隣のスパーラ州まで飛び、バンゲルという金貸しを張ってもらえるようにと。」



 マシューの表情が強張る。何でも屋のカーヤに密偵の仕事を頼むということは、つまりは「仕事」ということだ。詳しい事情は知らぬ。しかしまた血生臭い凶事が起きるということに、嫌悪と、そして僅かな期待をマシューは感じるのだった。


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