第二十八話 リュキア、惚れ薬を飲まされる

其の一

「これが…惚れ薬…?」

「ええ、当ギルド謹製の目玉商品ですぞ。」

「ほ、本当に本物なんでしょうね?」

「そりゃあもう。これさえあればどんな女も一瞬にして貴方の虜。酒池肉林も思いのままでございますですぞ。」

「これさえあれば…あの女性ひとも…僕の…ウヒヒ…」

「して用法・容量ですが―――」


 真夜中の路地裏。小柄な男から受け取った袋を見つめながら小太りの男はひとりごちていた。これから来るであろう明るい未来を想像し悦に浸る彼には、風の音も虫の音もあらゆる音が耳に入って行かなかったことだろう。






 さて季節は、虫の音といえば昼間の蝉よりも夜中のコオロギを指す時期へと移ろいだ頃だった。うだるような暑さも過ぎ去り、やる気が回復するとともにしたいことへ没入するにもってこいの季節。運動の秋、読書の秋、食欲の秋…そして、人にとっては恋愛の秋でもあるのだ。


「リュキアさん!とうとう手に入りましたよ王立聖歌隊の公演チケット!どうです?行きませんか?」

「リュキアさんこの前手荷物の整理に困ってるって言ってましたよね!はいこれ、グランギス革職ギルド謹製のショルダーバッグ!え、お代?いいですってこれは私からのほんの気持ちですから!」

「どうでえ見てくれよこの魚!今朝の置網にかかってた一番の大物さぁ!よかったらコレ貰っといてくれよリュキアさん!」


「………あー、うん、ありがと。」


 そんなわけで若い男たちはこぞって丘の上の教会を訪れていた。お目当てはそこのシスター、リュキアである。種族特性として見目秀麗なエルフ族の中でも更に頭一つ抜けて美しいと評判のこのダークエルフは、本人の意思とは無関係に州の男たちを魅了していた。尤も、どちらかといえば静寂と孤独を愛する彼女の事、このプレゼント攻勢にはほとほと困り果て濁した返事しかできないでいたのだが。




「しっかしみんな、あんなののどこに惹かれたのかねェ。」


 一連の様子を教会のテラスから眺めていたマシューは、干し小魚を奥歯で噛みながら不機嫌そうに言った。州衛士という自警団に属する彼が、まだ日も沈まぬうちから何故こんな所で屯しているのかは最早説明するまでも無いだろう。同じくテラスに腰掛け茶を出す神父も苦笑いしていた。


「傍から見るにゃいい女かもしれねェが、俺からしたらただの辛気臭ェ姉ちゃんでしかねえんだがなァ。」

「まあ付き合いのある人間からしたらそうかもしれませんが、『仕事』仲間以外との付き合いは極力避けていますからね、リュキアも。見た目だけで恋に落ちる方が増えるのもしょうがない事でしょう。」

「確かに、そう言っちまえばそうだわな。」


 ははは、と笑いながらマシューは言葉を返す。悪い奴ではないことは身をもって知っているし、美人だとも思ってはいるが、それでも恋人・夫婦の関係はコミュニケーションが大事。縁深いWORKMANの同僚とて、無口で何を考えているか掴めない娘とつとめて男女の関係になりたいとは思わなかった。


「しかし、あの娘にして世の男を虜にする容姿の持ち主というのは、実に皮肉なことだとは思います。」

「報われねェなアイツらも…」


 若者たちがやって来るのは大体が中央州都か港のほう、この教会まではそれなりの距離がある。しかも小高い丘の上、そこそこ急な坂を上らなければならない。プレゼントの出費と同様に、この単純な労力も彼らにとっては厳しいところだ。


 しかし、どれだけの苦労を重ねたとしても、お目当ての女神はまず振り向かないだろう。


 かつて王妃の無法が起こした大逆無道の事件、エルフ狩り。その中でリュキアは両親を殺され、姉とも生き別れた。家族を失い荒廃した精神は、同族の美女を売り益を成した女衒やそれを弄んだ男たちに行き場のない衝動を向け、「エルフの怨霊」と噂されるまでに彼らを殺して回っていたのだ。


 そういった過去のせいか、リュキアは男という性に嫌悪感を持ち、また恋愛感情も絶無であった。WORKMANに属し身を隠すための仮の仕事として修道女になったことで、多少は人付き合いが良くなり男嫌いというほどでもなくなったものの、誰かと恋人関係に至るなどということは、その発想からして彼女の頭には存在しないだろう。となれば、現状で貢ぎに来る男たちの努力はほぼ徒労と言っても差し支えない。そう思うと、マシューも神父も気の毒に思えてきてしまうのだった。


「まあ、食品などは持ってきて下さると食費が浮いて助かるので貢いでくださる方々には感謝はしていますけどね。」

「この因業坊主が。せいぜい食い物に体液とか混入されてねェように気を付けるこったな。」

「そういう事言わないでくださいますか…」


 などというギャラリー二人が騒いでいると、また一人可能性の無い故意に身をやつす若者が、坂の上を上がって来るのだった。




「りゅ…リュキアさん!こ、こんにちは!本日はお日柄も良く…その、あの!」

「………こんにちは。」


 例によってプレゼントと思しき箱を手に下げた小太りの男は、上ずった声でリュキアに挨拶をした。その体形ゆえに行きの坂道がそうとう辛かったのか、季節外れに汗をかき息を切らしている。だからといってこの吃りは疲れだけが原因というわけでは無いのだが。一方のリュキアはごく素っ気ない挨拶を返す。一見機嫌が悪そうにすら見える応対だが、彼女の場合、いつも誰に対してもこのようなものだ。


「お?ありゃ小麦問屋のとこのカムカさんじゃないか。」

「ああ、バフェーノ商会の若旦那さんですか。まさかあの方まで来られるとは。」


 カムカ・バフェーノ。ザカール州の老舗小麦問屋バフェーノ商会の跡取り息子である。「若」旦那と言っても当代店主が未だ現役であるためそう呼ばれているだけで、実年齢は三十半ば。そんな年齢でありながら修道女を口説きに来ていることからもわかる通り、当然未婚である。実際、父親が高齢ながら未だ店主を続けているのも、孫の代の跡取りが現れないことが大いに関係していた。


 カムカは愚鈍な男ではない。仕事ぶりについては老いた父を支え部下への指示もよく回り、所帯さえ持っていればいつでも店主を継げるだけの手腕は持ち合わせている。しかしその「所帯を持つ」ということが彼にとって高いハードルとしてそびえ立っていた。仕事での会話ならともかく、カジュアルな場ではとたんに口が回らなくなり、特に女性を相手にした場合吃りは更にひどい。有り体な言葉で言えば「コミュ障」というやつである。加えて容姿容貌も優れている方でも無いために、生まれてこのかた彼女というものを持った事が無かった。


 口の悪い町人の中には「バフェーノ商会は当代でお家断絶」と揶揄する者も少なくない。そんな男が(元より誰にも勝ちの目の無い勝負とはいえ)リュキア争奪戦に名乗りを上げたのだ。悪趣味と分かりながらも、マシューと神父は身を乗り出してその会話に耳を傾けた。



「えと…!あの、今日はですね!あの…」

「………はい?」

「こ、コレ!あっ…アップルパイです!!」


 カムカは手に下げた袋をリュキアに突き出した。言葉足らずのまま突き出された荷にはじめは何のことかと思ったリュキアだが、これも例によってのプレゼントだと判断し、受け取り中を検める。中に入っていたのは「切株屋」の銘が焼き鏝で刻まれたアップルパイであった。州でも一番人気の洋菓子店、口にするためなら何時間待ちも辞さないと街の女性が口をそろえて言う逸品である。ザカールの女子ならばこれを貢がれただけで好印象を抱いてしまうであろう。


惜しむらくは、目の前のダークエルフがスイーツなどという当世の女性なら誰でも持つであろう嗜好を持っていなかったことだが。それでも義理には厚い彼女の事、厚意を無碍にするわけにもいかぬと突き返すことなく受け取った。


「………ありがと。後で食べる。」

「ほっ、ホントですか!?やったぁ!!じゃ…じゃあ僕はこれで!!」


 リュキアがアップルパイを受け取ったことを確認すると、カムカは足早に去って行った。これまで来た男たちはここから鬱陶しいぐらいにリュキアに話しかけようとしていたというのに、まるで逃げるかのように走り去った。なるほど、ただでさえ口下手な若旦那がアイツ相手にお話しなんざできるわけもねえか、と傍から見ていたマシューは納得する。しかし、その一方で神父は、踵を返す瞬間に見えたカムカの表情に、生まれて初めて罪を犯す者のような、達成感と罪悪感のないまぜになったようなものを感じ取っていた。




(ついにやってしまった…!)

(眉唾ものの裏錬金術ギルドから大枚叩いて買った惚れ薬!)

(アップルパイに忍ばせてリュキアさんに渡してしまった!)

(食べてくれるだろうか?いや、本当に効果があるのだろうか?毒じゃないだろうか?)

(どうにしろ後戻りはできない!覚悟を決めるしかない!)






 そして、運命の夜が明けた。


「………じゃあ、買い物に行ってきます。」

「ええ、お願いします。」


 昼の礼拝と食事を済せた昼の二時、リュキアは街へ買い物に出かけた。最近めっきり貢ぎ物が増えたと言っても、それだけで三食を補える訳も無い。とりあえず足りない野菜を求めて八百屋を目指す。神父は庭木の剪定ついでに返事をするが、彼の常人ならざる五感はすれ違いざまの彼女から何か奇妙な物を嗅ぎ取っていた。


(なんでしょうね、この臭い…?)


 長い坂を下り、下町を抜け、繁華街へ。ここにも青果の店は沢山立ち並ぶが、ここよりもう少し外れたところに安い店があるためもう少し歩く。そんな道中で、リュキアは奇妙な視線を感じていた。確かに街に出れば男の視線を感じるのは日常茶飯事。しかし、そうではない視線がその中に混じっている。あるいは裏稼業の因縁か、リュキアは警戒を強め歩を進めた。


 しかし、そんな彼女の心配も杞憂に終わったのか、何ら障害も無く目的の八百屋に到着。そこには先客として、微妙に見知った顔が店員と話し込んでいた。


「………あ。」


「あっ、どうもシスター様。」

「あら~、どうもどうも。何時ぞやぶりですね~。」


 それは大柄小柄のメイド二人組、ベルモンド家の使用人姉妹であった。リュキアに浅からぬ縁のある彼女たちは八百屋とのおしゃべりを中断し会釈する。


「………あの時殴られた傷はもう大丈夫?」

「いやもう全然大丈夫ですって。そもそももうひと月ふた月前ですよ?治ってるに決まってるじゃないですか。」

「それより~、シスター様はあれからどうなされたんですか~?お手洗い行かれてから姿が見えませんでしたけど~。」

「………あ、うん、自力で逃げたから。」


 彼女たちが話すのは夏に起きたゴーガン海賊団立て籠もり事件のこと。そして、その事件を解決したのは、たまさかの頼みを受けたリュキアほかWORKMANたちであった。しかしそのようなこと公言できるわけもなく、リュキアは言葉を濁し答える。やや不自然な返しかと思い警戒するリュキアだったが、モリサン姉妹は特段追及しては来なかった。ただ、潤んだ瞳でリュキアを眺めていた。




 フィアラ・モリサンは目の前のダークエルフを見て思う。本当に素敵な女性だな、と。

容姿が優れているのは勿論の事、その何事にも動じないクールな立ち居振る舞いには憧れすら感じる。あの事件でも、凶暴な海賊に囲まれながらも一歩も退かなかった。成程、主様も惹かれるわけだ、と。いや、主様にこのような出来た女性は勿体無い、むしろ自分がお付き合いしたい、と。




(…あれ?)


(…って、何考えてんだ私はーっ!!?)




 フィアラに同性愛の気は無い。無い筈であるのにこのようなことを思ってしまったことを、自身は強く否定した。ツインテールを躍らせながら頭を振り、思い浮かんだ妄想を吹き飛ばそうとする。しかし、リュキアの身体から発せられる芳香は、否定する理性を溶かし、本能的な慕情をどんどんと高めていった。


(まずい…私ってそっちの気があったのかしら…?)


 熱に浮かされたようにぼんやりする頭は、既に己の中に生まれた新しい性癖を受け入れつつあった。目の前の修道女といけない関係になってしまいたい、最早肉欲まで至った感情が体を火照らせる。しかし最後に残ったひとかけらの理性は、しっかり者の姉の姿を目に焼き付けることでそれを繋ぎ止めようとした。




「シスター様~、あんな主様なんかうっちゃって私とお付き合いしませんか~?」



「…ってお姉様までーっ!?」


 そんなフィアラの目に飛び込んできたのは、自分以上に情欲に負け同性に密着アプローチを仕掛ける姉の姿だった。困惑と同時にフィアラの心の中の最後の関が破られる。


「ちょっとお姉様、抜け駆け…じゃなくて何やってるんですか!?」

「いいじゃないのフィラちゃんには、主様がいるんだから~!」

「だから違います!主様とはそういうんじゃありませんって!」


 目の前で繰り広げられる姉妹喧嘩、それは自分の取り合いであった。先程までのフィアラも随分と困惑していたが、今この場で一番困っているのはリュキア本人であろう。男同士でも自分を巡る取っ組み合いはごく稀だというのに、よりにもよって女同士でそれが発生してしまった。クールな表情に綻びを見せながら、八百屋の店員に助け舟を求める。


「………ちょっと、八百屋さん、助けて。」

「私わかっちゃった。」

「………は?」

「何で私がこれまで男運が無かったのか。運命の王子様と思った人に次々とフラれていったのか。そりゃ当たり前よね、運命の王子様は目の前にいる女性だったんだから!」


 八百屋の娘ジーニー。もてない男好きで知られるフィアラの学友である。そんな恋愛脳の彼女が、リュキアから発せられる香気に中てられないはずがなかった。モリサン姉妹以上に上気させ、体を近づけに来る。流石にこの状況で野菜を買って帰るなど出来ようも無い。リュキアは三人のアプローチから抜け出し逃走した。


 動きづらい修道服なのが難ではあったが、「仕事」で培った脚力は並の女性の追走を振り切るぐらい訳無いことだった。しかし発情した同性に追われるというシュチュエーションは彼女の長い人生においても例がない。未体験の恐怖に慄くリュキア、ふと振り返り追跡者を見ると、その数はひとり、ふたりと徐々に増えている。


 このまま教会に帰っても袋小路になるだけ。どこかで目をくらまし追走を諦めさせなければ平穏は訪れない。などとリュキアが考えているうちに、北の下町周辺に差し掛かっていた。ここには知った顔の家もある。匿ってもらうには絶好の場所だ。一気にスパートし対奏者から距離をとると、見知った家に挨拶も無く駆け込んだ。


「なんじゃリュキア、血相変えて。儂はいま立てこんどるところじゃ。」

「あれ?シスター様がこんなところに何の用で?」

「こんなところとか言うな!」


 この辺りに住まうWORKMANは二人、その二択において女であるカーヤの何でも屋を訪れたのは致命的なミスと言わざるを得ない。しかも仕事の手伝いを頼みに来たのか、女流絵草子作家のアンジュのおまけつきだ。しかし己の身に起きている異変も過ちも解せぬリュキアは、珍しく早口で家主に頼み込んだ。


「………ごめんカーヤ!ちょっとかくまって!」


「匿ってとは穏やかでないのう。しご…じゃなくて、何用で追手に狙われとるのか?」

「………詳しい話は後!お金も後で払うから!」

「金なんぞ良いわい。儂とおぬしの仲じゃろうて。存分にゆっくりしてゆけい。」


 カーヤの妙に優し気な応対に、リュキアは安堵の溜息をつく。しかし、同時に言い知れ無い違和感も湧く。カーヤは底抜けのお人好しだ。だがその傾向はやむにやまれぬ事情を聞き心底同情した時に発露する。それ以外ではむしろ金に汚いと言っても過言ではない。そんな娘が、事情も聞かぬまま金も取らずに要求を呑んでくれるものだろうか?ここまでの流れと言い、リュキアに嫌な予感が過ぎる。



「何なら、一生ここで住まわぬか?儂と所帯を持たぬか?」



「………お前もかっ!!」


 リュキアらしからぬ大声のツッコミであった。気付いた時にはカーヤの顔には紅が差し、息も荒い。追ってきた娘たちと同じ症状である。いや、それどころか服を脱ぎ始めていた。


「タダが後ろめたいというなら身体で払ってもらうのもやぶさかではないぞ。いや、むしろ儂に身体で払わせい!!」

「………本末転倒じゃないのそれ!?」

「なんじゃ?やっぱり儂のようなおばあちゃんは嫌か?」

「………何言ってんの!?何言ってんの!?」


 確かに実年齢ならば200歳のリュキアすら及びつかぬ時を生きた魔族の末裔である。しかしローティーンに見紛う体でそのような台詞を吐かれても違和感でしかないし、そもそもそういう問題ではない。リュキアは、全く話の通じないカーヤの代わりを同席したアンジュに求め視線を移すが、一目見た瞬間にそれは無駄な事だと悟った。


「はぁ…いい男と付き合うよりいい男同士が付き合っている姿を想像するほうが好きなのは重々承知してたけど、まさか私自身女同士じゃないとダメなクチだったなんて…」

「………」


「あ~、見つけましたよ~シスター様ぁ~。」


 予想通りのアンジュのリアクションに言葉を失っていると、遂に追手がカーヤの店を嗅ぎ付けて来た。勢いよく開いた扉から娘たちがなだれ込む、こうしてリュキアは、裏仕事でも滅多に陥ることの無い四面楚歌の状況に追い詰められるのだった。






時は遡って昨日の晩。何時ぞやと同じく真っ暗い路地裏で小太りの男と小柄な男がいかにもな密談を交わしていた。


「それで、首尾のほうはどうでしたかな?カムカ殿。」

「ええ、バッチリですよ。これであとは朝を待つだけですね。」


 小太りの男、カムカは得意満面に答えた。昼間の吃りはどこへやら、実にスラスラと舌が回る。男相手のフォーマルなトークならばこの通りなのだろう。


「しかしキャニ殿、そもそも本当に効き目があるのですか?お渡ししたお題も少ないくないというのに、これで偽物掴まされたとなれば出るところに出ますよ?」

「何を仰るカムカ殿!数々の臨床実験と他所の州での実践でも100%の結果を叩き出した我がギルド特製の惚れ薬ですぞ!」

「ああ、すみません。気を悪くされるような事を言って。」

「そもそも、我ら『曇一家クラウドファミリー』に手抜かりなどあり得ませんぞ!」


 小柄な男、ハーフリングのキャニの胸には歯車の紋が光る。曇一家クラウドファミリー、ギリィの父ジューロが組織した裏の錬金ギルド、そのマークだ。彼もまた、ジューロと同郷の設立以来の古参幹部であった。そんな男の太鼓判なのだ、その惚れ薬とやらの効き目は申し分ないことだろう。


「しかしリュキアさん、ちゃんと口に入れてくれるだろうか。切株屋のアップルパイならば女性の好物だし問題ないとは思うけど…」

「…ん?今何と?」

「いや、目当ての女性がちゃんと薬を仕込んだものを食べてくれたかな、と。」


 驚いた顔のまま、キャニは固まった。まるで時間が止まったかのようなその様に、カムカがどうしたのかと覗き込むと、その瞬間に彼は大声と共に再起動する。



「逆ですぞ逆!あれは女性に飲ませるのではなくご自身が飲むものですぞ!!」

「ええっ!!?」



「経口摂取することで女性を魅了する芳香を放つ、そう説明したはずですぞ!?」

「って、惚れ薬っていったら普通相手に飲ませるものじゃないの!?」

「イメージで勝手なことするもんじゃないですぞ!!あれだけ口を酸っぱくして説明したというのに、聞いておられなかったとは!!」

「そっ、そんな!!」




 深夜らしからぬ騒がしさで言葉を交わす二人に、近隣住民の「今何時だと思ってんだ!」という怒号と物が飛ぶのはそれから間もなくの事であった。



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