第352話 死神ちゃんと発明家④

 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を探して砂漠を彷徨さまよっていた。地図上では、たしかにこの場所に冒険者がいるということになっていた。しかし、どんなに探し回っても、それらしい人影を見ることはできなかった。

 もしや上か、と思いながら死神ちゃんは空を仰ぎ見た。以前、ターゲットがはるか雲の上にいたという事があったのだ。もしかしたら、今回もそうなのかもしれない。死神ちゃんは「念のため、空の上も見てみよう」と思い、空へ空へと昇っていった。


 途中、死神ちゃんは冒険者と。思わずギョッとして、死神ちゃんは身構えた。恐る恐る下に視線を向けてみると、件の冒険者は凄まじい勢いで砂山に突っ込み、そのまま動かなくなってしまった。

 死神ちゃんは唖然としながらも、地図を確認してみた。すると、冒険者は霊界を必死に移動中だった。――もしかしたら、三階の〈祝福の像〉で復活をするかもしれない。死神ちゃんは地図をしまうと慌てて三階へと急いだ。


 案の定、冒険者は三階で復活を遂げた。頃合いを見てとり憑いてやろうと、死神ちゃんはじりじりと冒険者に近づいていった。そしてターゲットが見覚えのあるドワーフだと気がつくと、死神ちゃんは嫌そうに顔を歪めて立ち止まった。

 冒険者は死神ちゃんに気がつくと、逃げるどころか喜び勇んでやってきた。彼は死神ちゃんの両肩を強く掴むと、嬉しそうに頬を上気させて言った。



「幼女よ、良いところに。さあ、行こうか」



 彼は死神ちゃんを乱暴に小脇に抱えると、ダンジョンの奥を目指して歩いていった。死神ちゃんは盛大に顔をしかめると、じたばたと抵抗を始めた。



「一体何のつもりだよ! 俺、お前に付き合うつもりはないぜ!? だから、今すぐ死ぬか祓いに行くかしてくれよ!」


「どうせお前のことだから、先ほどの砂漠での一件も見て知っているんだろう? だったら話が早い。ワシ自ら被験者となると、どうしてもロスタイムが発生して時間が勿体無いのだ。お前なら、死ぬこともあるまい」


「何やらせるつもりだよ! 離せよ! もうやだ、おうち帰る!」


「ワシが死ぬか教会で祓わねば帰ることもできんのだろう? だったら、腹を括って被験者になるんだな」


「嫌だー! もう帰るー!」



 暴れまわる死神ちゃんをガッチリと小脇に抱えたまま、ドワーフは声高らかに笑い砂漠を目指した。


 彼は、この街を拠点にして活動している発明家である。彼が特に力を入れているのはゴミ箱で、投入したゴミがたちまち消滅するものや、どんな異臭のあるものも綺麗さっぱり臭いごと無くなるものを作るべく試行錯誤を繰り返していた。

 彼は、発明に必要な素材集めのために度々ダンジョンを訪れており、風属性の魔法石を手に入れたこともあった。以前、その風属性石を使用して掃除機を作ろうとして失敗していたのだが、今回は別の発明品に風属性石を活かそうとしているのだとか。



「ダンジョン内で稀に産出される指輪で、シュート穴などで下に落とされたときに食らうダメージを軽減させられる指輪があるそうなんだが、知っているか?」


「ああ、高いところから落ちた際に、何かと衝突する直前にフワッとするやつだろう? ダメージ軽減というよりは、落下の勢いを殺すっていうか」


「そう、それだ。冒険者の中にはな、それを用いて摩天楼の最上階くらいの高さから地面まで、傷ひとつなく飛び降りる者がいるらしい。そしてどんな壁も柵も、まるで忍者のように飛び越えて、効率よく移動するのだとか」


「まるでパルクールだな」


「何だそれは」


「そういうスポーツがあるんだよ」



 死神ちゃんは、グレゴリーが監督者のときに行われる戦闘訓練を思い返していた。彼は「細かい戦闘テクニックの指導はケイティーとマッコイに任せた」と言い、代わりに身のこなしについてなどを教えることが多い。そのため、身体能力を引き出すような運動やスポーツを行うことがしばしばだった。

 生前にそういう訓練を受けていたことのある死神ちゃんは、人間ヒューマンの中では成績優秀者だった。それでもやはりケモ友達には敵わず、仕方ないとはいえ悔しい気持ちになるのが常だった。



「あれなあ……。俺の筋肉が重い系じゃなくて、もっと靭やか系だったら勝てるのかなあ……」


「何を言っているんだ、お前は。幼女の筋肉が重たいわけがないだろう。――まあ、いい。とにかく、ワシはその話を聞いて〈誰でも簡単に、もっとフワッとできないものか〉と思ったのだ」



 この世界では、どこか遠くへと移動を行う際は大金を支払って移転魔法をかけてもらうか、時間と体力を消費して馬車に揺られ続ける他ない。なお、竜神族ドラゴニュートに敬意をはらって、ドラゴンの背に乗り飛行することは基本的に禁止されている。また、冒険者職にもなっている超能力者は素質のある者でないとなれないため、誰でも簡単に飛行術を身につけるということはできない。なので、安全に飛行着陸のできる物を作ることができたら、とても重宝するのではないかと考えたらしい。



「というわけで、ワシは風属性の魔法石を用いて、試行錯誤を重ねた。これぞワシの大発明品〈レビテートくん十三号〉だ」


「何で十三号なんだよ」


「それだけ試作品を作ったということだ。――もう少し調整を行ったら完成する気がするんだ。さあ、さっそく装着してくれ」



 死神ちゃんは差し出された指輪を押し返そうとした。すると、彼に手首を掴まれて無理やり指輪をつけられそうになった。すかさず手を握り込んで抵抗すると、彼は表情もなく死神ちゃんに詰め寄った。



「抵抗するのは構わないが、そしたらおうちに帰れないぞ? ワシはデータが集まるまでは帰る気がないからな。早く帰りたいのであれば、手伝ったほうが得策だとは思わんかね?」



 死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、渋々指輪を受け取った。サイズが大きいため、死神ちゃんは親指にはめ込んだ。そしてしげしげと指輪を眺め、適当につつきながら死神ちゃんは首を傾げた。



「で、これ、どうやって使うん……だああああああああああああッ!?」



 突如、死神ちゃんは思い切り空へと打ち上げられた。そして雲を突き抜けどこまでも飛んでいきそうだったのだが、〈呪いの黒い糸〉の長さの関係で死神ちゃんは地上へと引き戻された。

 死神ちゃんは打ち上げられたときと同じ速度で落下し、砂埃を巻き上げて砂山にめり込んだ。ゲホゲホとむせ返りながら砂から這い出た死神ちゃんは、目尻に涙を浮かべながらポツリとこぼした。



「もうやだ、辞めたい……」


「まだデータ取りすら始めていないというのに、泣き言を言うだなんて。今のは、ワシの説明を聞かずに飛翔したお前が悪いだろうが」



 発明家はフンと鼻を鳴らすと、くどくどと説教をし始めた。死神ちゃんは面倒くさそうにそれを聞き流すと、適当に謝罪して使用方法についての教えを請うた。

 その後、死神ちゃんは何度も空へと打ち上げられた。そして悲鳴とともに砂山へとめり込んだ。その合間に調整と称して発明家が指輪を弄っていたが、調整された感じは、正直のところ特に感じられなかった。



「おかしいな。ワシの計算が正しければ、そろそろ完成しても良いころなのだが」


「もう、諦めて帰るか死ぬかしませんか」


「何を言う。諦めたらそこで試合が終了してしまうだろうが」


「お前は一体、何と戦っているんだ。一人相撲も甚だしいだろうが」



 発明家は頭を抱えて、何やら考え込むようにウンウンと唸りだした。そしてハッと息を飲むと、真に迫った表情で声を震わせた。



「魔法石の力が強すぎて指輪で制御ができないのであれば、いっそ人間大砲を作って打ち上げたら……」


「着地どうするんだよ。今以上に無理があるよな、それ」


「では、船を作るのはどうだろうか。この石を動力源とした、空飛ぶ船だ。魔空挺とでも名づけようか……」


「これまた大掛かりだな。そもそも、そんなどデカいもの、この小さな石ひとつで浮かせることができるのかよ」


「光の梯子でも空にかけて、そこを昇り降りすれば目的地に到着するくらい簡単にいけばいいんだが! どうしてこう、上手く行かないんだ! まったく、発明をするというのは、本当に難しい!」



 死神ちゃんから指輪を受け取りながら、発明家は声を張り上げた。その際、指輪を力強く握り込んだせいで装置を発動させたようで、彼は天高く打ち上げられた。

 〈呪いの黒い糸〉に引っ張られて、死神ちゃんも一緒に宙を舞った。しかし、死神ちゃんが落下することはなかった。発明家は打ち上げられたそのままの勢いで、竜巻に煽られて空を飛んでいたサメの口の中へと突っ込んでいったのだ。



「安全に飛行できても、空にこんなのがいるんじゃあなあ……」



 死神ちゃんはポツリとそう漏らすと、その場でスウと姿を消したのだった。





 ――――なお、どれだけ高い場所から飛び降りても指輪ひとつでダメージが軽減できるのは不具合だったようで、すぐさま修正が入ったそうDEATH。

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