第340話 きらめき★ニューイヤーコンサート②

 割れんばかりの拍手が起こる中、死神ちゃんは天狐を引き連れてステージへと姿を現した。死神ちゃんが笑顔で愛嬌を振りまいていると、客席から「かおるちゃーん!」と声が上がった。死神ちゃんは手にしていたマイクを口元に近づけると、ドヤ顔で胸を張った。



「おう、俺だ!」



 ドッと笑い声が上がる中、天狐はぷるぷると震えながら首を傾げた。



「どうして小花おはなは、そんなに堂々としていられるのじゃ……」


「何だよ、てんこ。まだ緊張してるのか? ほら、よーく見渡してみろよ。知ってる顔ばかりだから」


「で、でものう……」


「お前、今までだって散々、自分の城下町で演劇やったり、キントレンの撮影やったりしてきてるだろう。いい加減慣れろよな」


「で、でものう……」



 天狐がさらにぷるぷるとし始めると、客席から「お館様、頑張ってー!」と声が上がった。天狐はシャキッと背筋を伸ばすと「うむ!」と胸を張った。それでも若干、彼女はまだ震えていた。観客たちは「可愛い」と言いながらほっこりと頬を緩ませた。

 死神ちゃんはにこにこと笑うと、挨拶の続きを話し始めた。



「ところで、今回はわざわざ、別の世界からも見に来てくださっている方がいらっしゃるんですよ。――あ、いたいた。グレートさん! どうもどうも。今夜は楽しんでいってくれよな」


「小花! 待つのじゃ! どういうことなのじゃ! ここにいるのは、この〈世界〉の住人だけではないのかえ!?」



 天狐は尻尾をピンと張り詰めて、ぷるぷると震えるのを再開させた。死神ちゃんは天狐に「あの青いグレートな悪魔は家族がここの社員で、その関係で遊びに来てくれている」ということを説明した。すると、グレートさんが客席から「いつも家族がお世話になっております」と返してくれた。どうやら、彼の家族は〈アイテム開発・管理〉に所属し、普段は天狐の城下町に住んでいるらしい。天狐はここぞとばかりに〈四天王〉を装って、再び「うむ!」と胸を張った。



「それにしても。どうして死神課第三班の本日非番・遅番組が勢揃いしているんだよ。お前らは俺のことなんか見飽きてるだろう? もっと有意義な休日を過ごせよ」


「有意義な休日のために来てまーす!」


「早番組も、遅れて来る予定でーす!」



 死神ちゃんは客席からの返答に閉口した。すると、天狐が「仲良しさんじゃのう」と頬を緩め、他の観客も「羨ましい」と口々にこぼし始めた。死神ちゃんと同居人たちのやり取りのおかげで、天狐の緊張はようやく解れた。死神ちゃんはにっこりと笑ってうなずくと、そろそろ歌にいこうかと促した。

 先ほどまでおっさん臭くのらりくらりとマイペースにMCを行っていた死神ちゃんは、一転して幼女らしいキャピキャピとした声と表情で「いっくよー!」とポーズをとった。それを合図に音楽が流れ出したのだが、音に混じって観客の大笑いする声が聞こえてきた。


 とても可愛らしく飛んだり跳ねたりしながら、死神ちゃんと天狐は一曲目を歌い終えた。死神ちゃんは額に浮いた汗を拭いながら、おっさん臭いため息を漏らした。思わず、観客は声を出して笑った。



「あっつ。やっぱ照明ガンガン浴びて走り回ってると、あっついよなあ。てんこ、お前は平気か?」


「うむ、大丈夫なのじゃ! ていうか、まだ一曲目じゃぞ? バテるのは早すぎではないかえ?」


「いやあ、それがさあ。ここ、本当に暑いんだよ。照明の当たり具合がここだけ少し違うのかなあ? ほら、立ってみろよ」


「……おおう、本当に暑いのじゃ……」


「だろ? 照明さん、ちょっとさあ、もう少し照明を暗くしてもらえる? ――そうそう、そんな感じで」


「何だか〈むーでぃー〉じゃのう」


「うっし、じゃあそのままムーディーな曲でもいってみるか」



 流れてきた曲は、〈お薬屋さん〉がダンジョン内で歌い歩くコマーシャルソングをジャズアレンジしたものだった。早々に気がついた観客の数人が「それかい!」とツッコミを入れると、死神ちゃんはニヤリと笑い返した。

 歌が始まる前に、死神ちゃんはスタッフからギターを渡された。



体力回復早めにしましょう、緑の小瓶を飲んで

気力を高めてやる気を底上げ、アロマキャンドル灯しましょう


ビリビリ痺れにパラクリーン

風邪を引いたら葛根湯

毒で吐き気を催したのなら、ポイポイポイズンごっくごく


私のお薬、確実効くよ

あなたのポーチに常備してね



 死神ちゃんはしっとりと歌い上げたあと、ギターを弾き鳴らした。ムードたっぷりのギターに心奪われた観客は、そのまま心地よくこの曲が終わると思っていた。しかし死神ちゃんが弾いていたのは間奏だったようで、死神ちゃんが「二番」と告げるのと同時に曲調がガラリと変わった。

 二番は演歌調となっており、天狐がノリノリでこぶしを回しながら歌い上げた。歌いながら興が乗ってきた彼女は、身振り手振りなどのパフォーマンスが大きくなった。楽しそうに歌う彼女の尻尾はいつの間にか九尾に戻っており、リズムに合わせてウェーブしていた。

 登場時と同じくらいの割れんばかりの拍手が起きると、天狐は照れくさそうに頭を掻いた。死神ちゃんはにこにこと相好を崩すと、マイク無しで「今の、凄く良かった」と天狐に声をかけ、彼女の頭を撫でてやった。


 その後も、裏に引っ込んでの早着替えやトークを交えながら、二人で仲良く何曲か歌い上げた。その途中、喉が乾いた死神ちゃんは用意しておいたボトルに手を伸ばし、水分補給を行った。ボトルが空っぽになると、観客に向かって首を傾げた。



「アイドルイベントとかになると、こういうのを観客に投げ入れるらしいじゃあないか。――お前らも、こういうもん、欲しいものなのか?」



 欲しいと観客席から声が上がると、死神ちゃんはボトルにサインを書き込み、ほらよと言いながら投げた。観客が黄色い声を上げるのを羨ましそうに眺めていた天狐は慌ててボトルの水を飲み干すと、死神ちゃんと同じようにボトルを投げた。

 予定時間きっちりで第一部を終えた二人は、ステージから一旦姿を消した。会場アナウンスが十五分間の休憩を伝える中、死神ちゃん達は次の衣装に袖を通し、ヘアメイクの手直しを受けた。


 休憩時間が終わると、死神ちゃんと天狐はお客に労いの言葉をかけながらステージに現れた。二人はステージ中央までやって来ると、マイクを口元に近づけて話し始めた。



「さて、今回は二部構成なんですけれども。てんこさん、何をするか、覚えておりますか?」


「うむ! 第二部はの、なんとゲストをお呼びしているのじゃ!」



 天狐が嬉しそうにそう言うと、客席から「ソフィアちゃーん!」とおっさんの声が響いた。死神ちゃんは思わず顔をしかめると、口早に怒鳴り散らした。



はええよ! ケツあご、お前、ホント、空気読めよ!」



 お客たちはドッと笑ったあと、ケツあごに促されて「ソフィアちゃん」コールをし始めた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると〈まあ、落ち着け〉というかのようなジェスチャーをとった。そして天狐と声を揃えて、ソフィアをステージに呼び寄せた。

 ソフィアは照れくさそうに頬を赤らめながら、ステージへと姿を現した。そして勢い良くペコリと頭を下げると、自己紹介をして微笑んだ。会場のあちこちから黄色い声が上がり、死神課に所属する一名(もちろん、ペドである)が救急搬送された。


 死神ちゃんたちとソフィアは、いつか一緒に〈お遊戯〉をしたいねと約束していた。しかし、ソフィアが歌ったり踊ったりすると、アンデット要素がある人や悪魔系の方々にダメージが入ってしまう。そのため今回、死神ちゃんたちはショートコントを行うことにしていた。

 ソフィアは実家のお祭りや儀式でも、こんなにも多くの人の目に晒されたことはなかったらしい。だから緊張する、と言いながら、小さく肩をすくめた。天狐は出だしにあれだけぷるぷると震えていたのを棚に上げて、「大丈夫なのじゃ」とソフィアにうなずいた。大勢の観客と死神ちゃんは、励まし合う二人を見て胸をキュンとさせた。


 ひとしきりトークを展開したあと、いよいよショートコントのお披露目を行った。始めのうちはソフィアも緊張気味だったのだが、二、三ほどコントをこなすうちに慣れてきたようだった。最後のほうは本当にのびのびと、そして楽しそうにコントを披露していた。


 観客に向かって、三人で感謝の言葉を述べてステージに引っ込むと、さっそくアンコールがかかった。死神ちゃんと天狐が再び姿を現すと、親子連れからキャアキャアと嬉しそうな声が上がった。――二人は、キントレンのジャージ姿だったのである。



「お、この反応はもしかして。良い子のみんな、今月から始まった新番組、見てくれてるんだな?」



 死神ちゃんが客席に笑顔でマイクを向けると、〈良い子のみんな〉は声を揃えて「はーい!」と返事をしてくれた。死神ちゃんは嬉しそうにうなずくと、アンコールはキントレンのエンディングを再現すると告知した。

 客席から嬉しそうな悲鳴が上がるのと同時に、死神ちゃんはキントレンの仲間たちに出てくるよう声をかけた。キントレンジャージ姿のピエロとにゃんこ、そしてケイティー軍曹(エンディングでは軍服ではなく、赤ジャージを着用している)が颯爽とステージ上に走り出た。



「では、みなさんも、どうぞご一緒に。――〈ゴーゴー★キントレン体操〉!」



 死神ちゃんがそう声を上げると、蓄音鬼姿の一班クリスがステージの端に現れてヴァイオリンを奏で始めた。その逆側には〈歌のお兄さん〉こと、住職が現れた。



「はい、ワン! ツー! ワン、ツー、さん、ハイッ!」



 足踏みをするキントレンたちと住職が声を揃えてそう言ってすぐ、歌とともに体操が始まった。しかしながら、体操は朝のお子様向け特撮番組のエンディングにありがちな緩いものではなく、とてもハードなエアロビだった。しかも、最初は難易度の低いところから始まり、どんどんとハードルが上がっていき、最後はガチになるというえげつない仕様だった。

 エアロビが進んでいくと、まずエンディング通りにピエロがさじを投げた。次に、にゃんこが飽きてしまいごろ寝をし始めた。途中、マサ様が現れてお昼寝中のにゃんこにちょっかいを出して盛大に引っかかれ、マコママがやって来てピエロに特製美容ドリンクを渡して去っていった。

 死神ちゃんとケイティーは笑顔を浮かべたまま、難易度の上がっていくエアロビを易々とこなしていた。天狐も頑張ってついていっていたのだが、彼女は段々といっぱいいっぱいになり、目を白黒とし始めた。終盤、とうとう天狐は脱落し、フィニッシュできたのは死神ちゃんとケイティーだけだった。


 観客は「テレビ通りだ」と喜んで、この日一番の拍手を出演者に送った。死神ちゃんと天狐はお辞儀をすると、一旦裏へと引っ込んだ。その間に、キントレンメンバーがお辞儀を行った。そして彼らがステージ脇に視線を走らせると、死神ちゃんと天狐に挟まれてソフィアが再び姿を現した。ソフィアも揃った全員で再度感謝のお辞儀を行うと、これで本日の公演が終了であることを惜しむ観客の声が飛び交う中、緞帳がスウと降りてきたのだった。




   **********




 無事に公演を終え、死神ちゃんは異世界からわざわざ来てくれたグレートさん家族と握手したり、組合長のお孫さんとツーショット写真を撮ったりした。そして楽屋に挨拶に来てくれた方々を笑顔で送り出してすぐ、死神ちゃんはぐにゃりと崩れ落ちた。そのまま床と同化する死神ちゃんを、ソフィアは心配そうに見つめた。



「小花さん、大丈夫?」


「おう……。さすがに、疲れました……」


「ちょっと、ジューゾー! 倒れ込むなら、着替えてからにしてよ!」



 血相を変えて飛んできた総合プロデューサーアリサに顔を向けることなく、死神ちゃんは「てんこは?」と尋ねた。天狐は着替えている最中に力尽きたらしいのだが、おみつが手慣れた様子で着替えを済ませたという。

 アリサは死神ちゃんの脇の下に手を差し入れると、一生懸命持ち上げようとした。しかし中々持ち上がらず、アリサは顔を赤くしたり青くしたりしていた。そこに、着替えを終えたケイティーがやって来た。



「あんた、小花を持ち上げるの、できるようになってなかったっけ?」


「あのときは傾斜がついていたから……。こうも床と一体化されると、いまだに持ち上げられないのよ」



 ケイティーは「ふーん」と言いながら、死神ちゃんに手を伸ばした。アリサが手を引っ込めると、ケイティーはそのままアリサに代わって死神ちゃんの脇に手を差し入れて、そして軽々と持ち上げた。愕然とするアリサに、ケイティーはニヤニヤと笑みを浮かべた。



「コツがね、あるんですよ」



 ケイティーはそのまま、死神ちゃんを更衣室へと連れて行った。そこに、毎度空気が読めず間も悪いケツあごが意気揚々と現れた。



「ソフィアちゃんと筋肉神はいずこに! それから、天狐ちゃんも!」



 この世界の神たる彼は、ごっそりとアイドル三人のグッズの詰まった袋を両手に引っ提げていた。俗世にまみれたミーハーな主を、ソフィアちゃんは慈愛のこもった笑みで見つめたという。





 ――――なお、ケツあごは心なしか機嫌の悪いアリサさんに「もうそろそろ、楽屋締めますから」と追い出されたそうDEATH。

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