第304話 死神ちゃんと覗き魔⑥

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、前方からドワーフのおっさんが高速スキップで近づいてきた。古い少女漫画のごとく星屑を散らした瞳を燦々さんさんと輝かせ、うふふと笑いながらおっさんはどんどんと近づいてきた。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、天井付近まで浮かび上がって退避した。

 おっさんは死神ちゃんが逃げてもめげることはなかった。彼は魔法のポーチから刺又さすまたを取り出すと、死神ちゃんめがけて素早く突き出した。その刺又は戦闘用ではなく、護身用のU字部分が広く開いたものだった。死神ちゃんは心底嫌そうに顔を歪めると、突き出されたそれをすかさずかわした。しかし、おっさんは死神ちゃんを追いかけるように刺又を繰り出した。

 いたちごっこに苛立った死神ちゃんは、ブローチ状の魂刈をピンと弾いた。そしてブローチが跳ね跳ぶ合間に腕輪を弄り、元の大きさに戻した魂刈をキャッチした。そして目を見張るようなハードボイルドな杖術戦の最中、出し抜けにおっさんが死神ちゃんを指差して言った。



「わーお! まるみーえ!」


「げっ、マジか!」


「うっそぴょーん! 隙ありぃッ!」


「ああああああああッ! くそっ、嵌めやがったな!」



 スカートを気にして取り乱した死神ちゃんを、おっさんは易々と捕獲した。刺又で押さえられたままジタバタともがいて悪態をつく死神ちゃんのスカートをペラリと捲ると、おっさんは残念そうに色気のないボクサーパンツを見つめながら肩を落としてため息をついた。



「何でカボパンじゃあないのよ。死神ちゃん、分かってないなあ」


「うるさいな。そんなもの、常に履いてるわけないだろうが。ていうか、確認のためだけに攻撃してくるんじゃあねえよ」


「だって、仕方ないでしょ? 死神ちゃん、おいらに足と足の間に寝転ぶことを許してくれないんだからさあ」


「いや、俺に限らず誰だって覗きの許可なんか出さないと思うが」


「ていうか、死神ちゃん。あーた、壁抜けできるんでしょ?」



 死神ちゃんはハッとすると、そのまま後ろに下がっていこうとした。しかし、いまだおっさんがスカートの裾を握りしめていたため、それ以上は下がっていけなかった。微妙に壁にめり込んだまま、スカートを救出しようともがく死神ちゃんを何となく不憫に思ったおっさんは、スカートから手を離し刺又をそっと下ろした。

 何となく気まずい雰囲気に包まれながら、死神ちゃんは壁の中から戻ってきた。死神ちゃんは凄まじく不機嫌を露わにしながら、どうしてカボパンか否かを確認したのかを尋ねた。すると、彼は爽やかな笑みを浮かべて「巷では、仮装イベント実施中ですよね」と言った。



「はあ、そうらしいですね……。それが、何か」


「つまりですね、可愛らしい魔女っ子姿のおにゃのこがここそこにいるってことなんですよ。コウモリを意識したかのような真っ黒のギザギザミニスカの中からちらりと覗くおパンティーは、純白ショーツがいいと思うんです。でもですね、スカートの形状によっては、カボパンが至上だと思いませんか? 思いますよね? ねえ?」



 スカートのただ中に浮かぶ〈桃源郷〉の光景をこよなく愛する覗き魔の彼は、そのまま熱心にスカートと南瓜パンツの融和性について熱心に語り始めた。死神ちゃんは相槌を打つこともなく、適当に聞き流していた。彼は強く拳を握ると、鼻息荒く語気を強めた。



「カボパンは、たしかにスカートの中には収まりきりらないことがあります! 桃源郷の中でひっそりと神秘性を保ちながら存在すべきであるにも関わらず、そこから飛び出して行ってしまっているというおちゃっぴいな一面がありますよ! でも、彼女の場合、そこが愛らしいと思うんです! 分かりますか? 分かりますよね!? だからワタシは、この季節にぴったりの〈至高のカボパン〉を探しに来たんですよ! 入手した暁には、魔女っ子スタイルで街を闊歩する女性たちにカボパンの重要性を説き、普及させていく次第です! 素晴らしい夢でしょう!? ロマン、溢れておりますでしょう!?」


「はあ、そう……」


「なのに! どうして今日に限ってカボパン履いてないのよ! こんな重要なときにそこを外してくるなんてさあ! どうかと思うんよね!」


「そう言われましてもね……」



 死神ちゃんが呆れ返ると、覗き魔は不服そうにフンと鼻を鳴らした。そして彼は気を取り直すと、至高のカボパンを求めてダンジョン内を彷徨さまよいだした。ドロップしそうなモンスターを探しながら、彼はふとダンジョンの入口周辺で話題になっているという噂話を話し始めた。それによると、冒険者の中にも収穫祭の雰囲気に浮かれて仮装をしたまま冒険に臨む者がいるそうなのだが、何ともいかがわしい仮面を付けて彷徨い歩く輩がいるのだいう。仮面の隙間からコホーコホーと息を吐き、血塗れの大鉈を引きずりながら歩く姿はモンスターさながらだとか。

 死神ちゃんは一瞬、どこぞのホラー映画で見たことあるなとぼんやりと思った。しかしそれに似ているようで程遠い姿を遠方に認めると、それを指を指して顔をしかめた。



「なあ、その噂の冒険者って、あいつなんじゃあないのか?」


「え? ――何なんだよ、あいつ! 冒涜もいいところだよ!」



 それは大鉈をずるずると引きずりながら、ゆっくりとこちらに近付いてきた。たしかに顔を仮面のようなもので覆い隠していたが、仮面というよりは女性もののパンティーだった。むしろ、パンティーそのものだった。それ以外はヨレヨレの衣服を身にまとい、粗悪品と思しき革鎧や手甲を服の上から装着していた。



「えっと……あれは仮装なのか? パンティーを顔につけることが?」


「仮装大会に出たかったけど、ちょうどいいコスチュームがなかったんでないの?」


「いやいやいや……。ていうか、それって、パンスト被って銀行強盗装うとかみたいなのと、同じ認識をすればいいのか?」


「パンストって何よ?」



 死神ちゃんは説明に困って言い淀んだ。不思議そうに首を傾げていた覗き魔は再び怒りを露わにすると、桃源郷に鎮座まします神秘姫に対する冒涜だと繰り返し述べた。そしてメイスを抜くと、彼は怒り任せに冒険者へと襲いかかった。



「そのねじ曲がった根性、叩き直してあげようじゃない! 桃源郷と、その最深部にひっそりと身を置く麗しの姫は犯してはならない聖域! それに堂々と触れるどころか、被るだなんて! 許されざる破廉恥! 許されざる破廉恥!!」



 破廉恥な冒険者は、覗き魔の攻撃に押されていた。粗悪品を身に着けているような低レベルの冒険者など、一応腕の立つ冒険者である覗き魔の敵ではなかったのだ。しかしながら、攻撃を受ければ受けるほど、冒険者は力が漲り強くなっていっているようだった。

 死神ちゃんはその様子を眺めて首をひねった。相手の冒険者が黒いもやを身にまとっているように見えたからだ。きっと装備品のどれかが呪いの品だろうと思い、死神ちゃんは必死に目を凝らした。すると、その靄が例のパンティーから立ち上っていることに死神ちゃんは気がついた。



「おパンティー様、今、お助けしますよ!」



 そう言いながら、覗き魔は冒険者の顔に手を伸ばした。死神ちゃんは思わず「おい、馬鹿」と声を上げたが、すでに彼はパンティーに手をかけていた。

 彼が冒険者からパンティーを引き剥がすと、パンティーはひらりと宙に浮かび上がり、覗き魔の顔めがけて急降下した。直後、彼は苦しそうに悶絶した。うずくまり小刻みに震えていた彼はやがて勢い良く立ち上がると、奇っ怪な雄叫びを上げて装備を早脱ぎし〈パンツと靴下、靴だけ〉という姿となった。死神ちゃんが呆然とその光景を眺めていると、彼は奇声を発しながら何処かへと走っていった。

 仕方なく彼を追いかけていく途中、女性の金切り声が聞こえてきた。慌てて現場に向かってみると、災難に遭った女性だらけのパーティーが青い顔で〈パンティーを被った変態おやじ〉に火炎系の魔法を大量に叩き込んでいた。呪いのパンティーを残して灰と化したおっさんを〈汚らわしいものを見る目〉でつかの間眺めると、死神ちゃんはため息混じりに壁の中へと消えていった。




   **********




 死神ちゃんは待機室に戻ってくると、呆れを通り越した真顔でポツリと呟いた。



「なんであんなもんが実装されているんだよ」



 すると、ケイティーがあっけらかんと返してきた。



「なんかねえ、一部の男どもの夢の結晶らしいよ。ちなみに、扱いは投擲武器。それ以外の使い方をすると、ああいう風に呪われるんだよ」


「は? 何でだよ」


「さあ……。〈パンティーシリーズ〉は、きちんと防具として実装されているものもあるだろ? で、誰がとち狂ったのか知らないけど、防具があるなら武器も必要だよねってことになったみたいで」


「本当に、狂ってるとしか言いようがないな……」


「ホント、狂ってるよね。地味にシリーズ増やしてるらしくて、今度、食パンとか何とかっていう名称で〈食べるパンティー〉を出すってさ」


「何だそりゃ。食パンに謝れよ」



 死神ちゃんはため息をつくと、本日のおやつを取り出した。ふわふわの食パンで作られた具沢山のサンドイッチだ。死神ちゃんは美味しそうなそれに頬を緩めると、大口を開けてかぶりついた。そして満面の笑みで「パンはパンでも、こっちのパンのほうが断然好きだな」とうなずいて、口の端ついたソースをぺろりと舐めたのだった。





 ――――この世はでっかい宝島。願えば意外と何でも叶えられる。でも、だからって、破廉恥なのは自重して頂きたいと死神ちゃんは思ったそうDEATH。

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