第300話 デバッグ★パッション③
「またかよ……」
そう言って、死神ちゃんはがくりと膝をついた。周りにいた仲間たちもげっそりとした表情で顔を背けたり俯かせたりした。そんな彼らの眼前には、システムメッセージが浮かび上がっていた。
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十三の塚に首を収め、十分な数のぶどう酒とパンを供えよ
さすれば、彼の者は復活を遂げ、汝に試練を与えるであろう
道は、試練を越えし者にのみ拓かれる
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盛大にため息をつきながら、ピエロは投げやりに呟いた。
「で、十分な数っていくつなんだって話だよね」
「ていうかさ、またモノ集めって〈ネタが無いの?〉って話だよね。第二関門のパズルや計算問題を解くやつのほうが、よっぽど良かったよね。あっちもあっちで、かなり難解だったけどさ」
同意したクリスがそのようにこぼすと、死神ちゃんはゆっくりと立ち上がりながら空に視線を投げて怒号を上げた。
「だから! ドロップ率が極めて低いアイテムを時間かけて集めさせる行為を! 〈難攻不落〉とか言うんじゃあねえよ!!」
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死神ちゃんたちは今月も今月とて、戦闘訓練を兼ねた〈七階のデバッグ業務〉を行っていた。
夏ごろ、死神ちゃんたちは〈ピエロが中ボスとして登場した第一区画〉をようやく突破した。突破のためにはレベリングを必死に行い、アイテム堀りをして装備を充実させ、ご本人を相手に対人戦を行って対策案を練り、数えることすらアホらしくなるほどの試行錯誤を経なければならなかった。
その後進んだ第二区画のリドルは頭脳勝負な内容だった。あっさりとまではいかないが、第一の必要品収集よりは時間をかけずに終えることができた。しかし、やはり中ボスを倒すのにはかなり苦労させられた。そしてようやくやって来た第三区画にて、死神ちゃんたちは再びモノ集めを強いられることとなったのだった。
権左衛門は首を傾げると、自信なさげにでゆらゆらと小さく尻尾を揺らした。
「どっかにあるヒントに気づかぇかったか、見落としたかしたがかぇ」
「もしかしたら、この指示を見るまではヒントが出てこない仕組みだったのかもしれないね」
サーシャがそう返すと、権左衛門が首を逆方向に傾げながらポツリと言った。
「アイテムドロップも、指示を見るまじゃーなされん仕組みじゃろうか」
「可能性はあるわね。とりあえず、もう一度くまなく見回ってみましょうか」
マッコイの提案により、一行は再び第一区画から丁寧に見て回ることにした。今いる第三からではなく第一からとしたのは、ちょうど荷物整理のために一旦戻ろうという話が出ていたからだ。
第一区画に戻ってみると、一班クリスと住職が戦闘を行っていた。一班クリスは最初、デバッグに不参加だったのだが、この世界に馴染んできて考え方や行動に人間味が出てきた辺りから「参加したいな」と思うようになり、途中参加を決めたそうだ。しかし、空きのあるパーティーを見つけることができなかったという。そのため、ぼっち参加中の住職とペアを組むことにしたのらしいのだが――
「クリス! ちょっ、タンマ! 待て! 待ってくれ! いい加減、休憩しよう! もう腕が引きちぎれそうだから!」
「いやだなあ! 痛みなんか、感じないはずだよ!? ほら、ほらほらほらあ! 僕のために踊り続けてよ!」
「いやだああああああああ!」
「あーっはっはっはっはっはっはっ! いいよ、君のその
誰か助けてと叫びながら、住職は一班クリスのバイオリン演奏でモンスターを相手に無理やり踊らされていた。ぼっちを脱出して少しでも楽な疑似冒険者生活を送ることができるようになったかと思いきや、どうやらより過酷になってしまったようだった。
死神ちゃんたちの存在に気がついた住職は情けない表情を浮かべたが、すぐにサーシャに抱きかかえられた死神ちゃんの粘土人形がうずうずとしていることに気がついた。咄嗟に、彼は一班クリスに向かって〈キントレンのテーマ〉をリクエストした。一班クリスがしぶしぶ演奏を始めると、住職は熱い魂を
「ヨウジョーッ!」
歌のお兄さんが熱い歌声を響かせると、幼女はサーシャの腕の中からぴょんと飛び降りて決めポーズをとった。すると、演奏と歌の効果なのか、幼女の周りに攻撃力アップのエフェクトがきらめいた。
颯爽と満身創痍の住職を助けに行く幼女を、死神ちゃんたちは呆然と見つめた。そして主題歌に乗ってノリノリな幼女が敵を一掃すると、住職はへなへなと地面に沈み込んだ。
「助かった……」
「ヨウジョー! ヨウジョー!」
「ありがとな、キントレンイエロー!」
歌のお兄さんと幼女は、拳と拳を合わせて友情を確かめあった。その様子を、一班クリスが物珍しげにひょいと見下ろした。
「へえ、この子、
「駄目だよ、薫! そんな危ないお兄さんのところになんか行ったら!」
「あ、何、この子、クリストスが創ったの? さすがだね。――ほら、薫、おいで。おいで」
「薫! こっちだよ! こっちにおいで!」
左右から手を差し伸べられた幼女はキョロキョロと〈二人のクリス〉を見ると、二人の間をぬってどこかへと走っていった。そしてたまたま通りかかったグレゴリーに抱っこしてもらうと、二人に視線を投げて皮肉っぽくヘッと鼻を鳴らした。〈二人のクリス〉はショックを露わにすると声を揃えて「なんで!?」と叫び、悲しげに肩を落とした。
マッコイとグレゴリーに「パーティー仲間は戦闘のための道具ではないのだから、ほどほどにするように」と一班クリスはお灸をすえられた。彼女がしょんぼりとうなだれて反省の色を見せたのを確認すると、グレゴリーは仲間のもとに戻って奥へと進んでいった。死神ちゃんたちもまた、七階入り口へと戻っていった。
第三区画の彫像を発見するまでに行った戦闘では、アイテムを結構入手することができた。とはいっても、粗悪品だが。しかしながら、粗悪品は何故かそこそこ高値で引き取ってもらえるため、仮想通貨稼ぎにはもってこいなのだ。GMテントでそれら不要なものを売り払ってポーチの中を軽くし、必要な消耗品を少しばかり買い足すと、一行は再び七階の中へと戻っていった。
散々見て回った第一区画でも、意外と見落としはあった。単なるオブジェだと思って見過ごしていた〈それっぽい碑石〉に書かれている文言が、改めて読んでみると意味深だったり、今さらながら隠し通路を見つけたりということがあった。丁寧に見て回り、リドルのヒントになるものか否かに関係なく、小さな事柄も全てメモして回った。
途中、鉄砲玉がミノタウロスを扉に嵌めて狩りをしているところに遭遇した。死神ちゃんは足を止めると、不思議そうに首を傾げた。
「なあ、牛の扉ハメって直されたんじゃあなかったか?」
「この前、メンテナンスしたらしいんですけれど、もしかしてそのときにうっかり復活してしまったのかもしれないわね」
マッコイがそう言うと、ピエロが腕輪を弄り満面の笑みで「GMさん、マサちゃんが――」と通報した。鉄砲玉はGMが現れたことに驚いて悲鳴を上げると「ロールバックだけは勘弁して!」と懇願しながら連行されていった。
「それにしても、直したバグが復活するって、どうしてなのかね」
死神ちゃんが首を捻ると、サーシャが張り付いたような真顔でポツポツと言った。
「修理のときって、いちいち魔法を唱えるのも面倒だから、専用工具にデータとして入れているんだ。それを使いこなすのに結構な魔力がいるから、よく私が駆り出されているわけなんだけれど。――〈あろけーしょんせんたー〉の人たちも同じ原理でダンジョン構築をしているの。使用しているデータをね、不具合があったら差し替えするんだけど、差し替えて不要となったデータをそのままコンピューターのデスクトップ上にとっておくんだって」
「とっておいてどうするんだよ」
「さあ……。でね、デスクトップ上は常にごちゃごちゃしていて何が何だか分からない状態らしくてね、そのせいでうっかり不具合データを使っちゃってバグが復活することがあるって言ってたよ」
「は? きちんと整理しとけだよな、そんなの。要らん手間が増えるだけじゃあないか」
「ね。だから、壊れたついでに直しておいてとか言われるたびに、正直〈ふざけないでよー!〉って思うんだよね」
ダンジョン内が破壊されるたびにサーシャが疲弊を免れないのは、どうやら単に〈修理が追いつかないから〉というだけではなかったらしい。どんよりとした笑みを浮かべる彼女に、一同は同情の言葉をかけた。
第一第二と丁寧に見て回り、ようやく一行は第三区画に戻ってきた。第三区画はまだ足を踏み入れていない場所があったため、見て回りながらそちらの探索も進めていこうということになった。首を捧げねばならぬ塚は点在しており、まだ半分ほどしか見つけられていなかったのだ。
しばらくして、一行は
リドル品に指定されているモンスターだからか、デュラハンはピエロ同様に一筋縄ではいかなかった。連携しあいながら丁寧に戦うも、中々倒せずにいた。しかし、ドグシュッという凄まじい音が立ったかと思うと、デュラハンは唐突に倒れ伏した。
デュラハンが倒れると、その背後にいたマッコイが困惑顔で立ち尽くしていた。どうしたのかと尋ねると、彼は心なしか俯いて自信なさげに言った。
「今、クリティカルが決まったんだけど」
「ああ、だから突然戦闘が終了したのか」
「ええ。でもね、つまりそれって〈首切り〉が起きたってことなのよね」
「首なしなのに!?」
死神ちゃんが驚いてギョッと目を剥くと、マッコイはおずおずとうなずいた。バグだろうから報告しようかと一同が話し合っていると、再びデュラハンが現れてなし崩し的に戦闘となった。すると、戦闘の途中で
「あらやだ、また〈首切り〉が発動したわ」
「いやいやいや、これはさすがにおかしいだろ! だって、とっくに切れてるってのにさあ!」
死神ちゃんたちはすぐさまGMに確認を取った。すると〈仕様です〉という回答が返ってきた。死神ちゃんたちは頭を抱えると、口々にぼやいた。
「バグを直すの大変だから、仕様って言い張ってだけなんじゃあないの? そうやってツケが溜まりに溜まって、
「ていうかさ、〈首切り〉発動したら飛んで行くって、これ、マコ
「あしが首キャッチしたらいいじゃろうか」
「これまた難易度上がったな。ふざけろよ。せっかく、うちのパーティーは〈探索進行速度の上位陣〉に入っているってのに」
「今さら転職するのもねえ。さすがに、管理者職の意地として周りに遅れはとりたくないし……」
「あれかなー。デュラハンって妖精の類だからさ、切れてるように見えて実は霊的に繋がってるとかあって、だから実際に〈首切り〉できてるのかなー? ちょっと、おもしろいね。あちしの魔女としての血が騒ぎそうだよ! 調べてみたい! 調べてみたい!!」
すると、サーシャの同僚のミノタウロス・美濃が血相を変えてやって来た。どうしたのかと尋ねると、彼は困り果てたと言いたげに背中を丸めた。
「俺のパーティーメンバーのデュラハンの首がよ、休憩してる間に、間違って誰かに持ってかれちまったらしくて。それらしい首、見てないか?」
「そういえば、さっき飛んでいった首、〈助けて〉とか何とか言っていた気が……」
死神ちゃんたちは頬を引きつらせると、首が飛んでいった方向へと呆然と目をやった。この日のデバッグ作業は中止となり、参加者全員の総力をあげての〈本物の首〉探しが行われたという。
――――ダンジョン内でも、デスクトップ上でも。紛らわしいものは置いておいたら駄目なのDEATH。
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