第283話 死神ちゃんと妖精(?)③

 死神ちゃんは水辺地区に降り立ってすぐ、辟易とした表情を浮かべた。そして、目の前に真っすぐ伸びている道に背中を向けて逆走し始めた。しかし、どれだけ速度を出して飛行しても〈野太いおっさんの楽しげな鼻歌〉は近づいてくる一方だった。むしろ、死神ちゃんの飛行速度よりも早いスピードで鼻歌は近づいてきた。

 死神ちゃんは背中に強い衝撃を受けた。ちらりと振り返ってみると、けばけばしいドワーフのおっさんが突っ込んできていた。そのまま激しく抱き締められると、死神ちゃんは青々しく剃り残った髭の洗礼を受けた。



「ちょっと、やだー! 何で逃げるのよぉ! 死神っていうのは、冒険者を追いかけてくるものでしょう? なのに、何で逃げちゃうわけ~? なあに? もしかして、夏真っ盛りだし、あたしと渚で追いかけっことかしたい気分だったの? 恋する乙女の鉄板よね!? でもあたし、性別はともかくとして妖精だから――」



 死神ちゃんは為す術もなくゾリゾリとされながら、さめざめと泣いた。すると、妖精を自称するドワーフのおっさんは死神ちゃんから顔を遠ざけたが、同時に抱き締める腕をギリギリと引き絞った。



「嬢ちゃん、泣くほど嬉しいってかい。え?」


「はい、そうです。そういうことにしておいてください」


「そうかい。じゃあ、今度こそ本当に食ってやろうか。なあ?」


「あの、本当に、それだけは勘弁してください」



 両手で顔を覆い隠し、しゃくりあげながら必死に死神ちゃんがそう言うと、妖精のおっさんは不満げに鼻を鳴らして死神ちゃんを解放してやった。

 おっさんは気を取り直すと、一方的に〈本日の目的〉を話し始めた。腰をふりふりと揺れ動かしてチュチュの裾をひらひらとさせながら、おっさんはあごの辺りに両拳を添えて渾身の〈困った〉アピールをした。



「あたし、アルちゃんのサロンには定期的に通い続けてはいるんだけど、ここのところどうも腰や肩の重さがとれないのよぉ。――あっ、〈ハリボテの羽を背負ってるからじゃないのか?〉っていうのは無しね! だって、これ、本物の羽だものー! 重いわけがないじゃなーい! でねでねー、神の手を持つアルちゃんの施術って効果は抜群だけど、その分とってもお高いじゃない? だから、回数増やすのはちょっとつらくてぇ。それで、近所の診療所でちょっくら診てもらって〈瀉血しゃけつ療法〉っていうの? あれをやってもらったんだけど、背中じゅうに丸く紋々もんもんがつくじゃない?」


「カッピング痕を紋々って言う辺りが凄まじくおっさん臭いなあ……」


「いやだ、また人のことおっさん呼ばわりしてぇ。あたしのような超絶かわたん妖精に向かって、それってどうなの? マジおこなんですけどぉ。今すぐペロペロしちゃおっかなー?」



 おっさんは死神ちゃんが小さく呟いたツッコミに耳ざとく気づくと、ハイテンションで妖精ぶるときと同じ口調のまま、地鳴りのような声を轟かせた。死神ちゃんはスッと天井近くまで浮かび上がると、強張る顔を青くして「どうぞ、話を続けてください」と言った。おっさんは激しく地団駄を踏みながら「だったら、降りてこいやゴラァ!」と憤った。

 どうやらおっさんは、街の診療所で受けたカッピングに不満があるらしい。そしてもっと効果があり、そして痕があまり残らないものを模索した結果〈蛭に吸ってもらう〉という結論に至ったという。というわけで、本日は蛭を捕獲するためにダンジョンへとやって来たそうだ。

 死神ちゃんはその話を聞いて難色を示した。何故なら、野生の蛭は寄生虫や感染症のリスクがあるからだ。それをおっさんに伝えると、彼は笑いながら「大丈夫じゃない?」と言った。



「だってさぁ、蛭の吸血攻撃で死んだことのある冒険者に聞いて回ったんだけど、どの子もピンピンとして元気そうだったし。生き返ったあとも、心なしか体が軽くてすっきりとした気分だったらしいわよ」


「蘇生後って、死ぬ前に巻き戻るんじゃあなかったのかよ」



 死神ちゃんが苦い顔を浮かべるのもお構いなしに、おっさんは蛭を探して水辺の草むらに視線を彷徨さまよわせた。そして「あ、見つけた」と声を上げるや否や、彼は可愛らしい魔法のステッキを手に殴りかかった。蛭は彼の力強い一撃に耐えきれずに弾け飛んだ。おっさんは顔をしかめると、小さく舌打ちをした。



「ちっ、潰れやがった。力加減が難しいぜ」


「妖精って、そんなに殴りの強い種族でしたっけ」


「やだもう、どこをどう見たって妖精でしょー!? ちょっと、他の子たちよりも力自慢ってだけよぉ!」



 おっさんは精一杯ぶりっ子ポーズを決めてすぐ、新たな蛭を見つけて脊髄反射で殴りかかった。もちろん、蛭は見るも無残に弾け飛んだ。おっさんは蛭の体液と肉片とで汚れたステッキを振り回しながら「おかしいなあ」と言って可愛らしく首をひねった。死神ちゃんは色々な意味で寒気を覚え、ブルッと身震いをした。すると、それに釣られるかのようにステッキもブルッと震えた。死神ちゃんは思わず目を剥くと、パチパチと瞬きしながら眉根を寄せた。



「えっ、今、その杖、震えなかったか?」


「ええ、やだ、本当? ちょっと、調教が足りなかったかしら?」


「は!? 調教!?」



 おっさんは困り顔でそう言うと、杖を二、三度指で弾いた。なおも死神ちゃんは戸惑いの表情で固まっていたが、おっさんは何事もなかったかのように蛭探しを再開させた。そして蛭を見つけてすり潰しては、震えるステッキを指で弾いた。

 杖の震えは次第に強くなっていった。そして杖が震えるたびに、おっさんは苛立たしげに舌打ちをした。とうとう、杖はひどい扱いに耐えかねたのか、三本に分かれて逃げ出した。死神ちゃんが唖然として口をあんぐりとさせると、おっさんは殺気の篭った表情で盛大に舌打ちをした。



「いい根性してやがるな。俺の元から逃げる野郎は、殺す」


「ええええええ、ちょっと待てよ! 震えて見えたのは、やっぱり見間違いではなかったってことか!? てか、あれ、生き物だったのかよ!?」


「可愛い妖精さんが持っている魔法アイテムだもの、たくさんの不思議が詰まっていて当然でしょう? ――待てよゴラァ! 分身すれば逃げおおせられるとでも思ってんのか、あ゛ぁ!? 主に楯突くたあ、いい根性してんじゃあねえか! マジでスリ殺すぞ、ゴルァ!」



 おっさんは怒りを撒き散らしながら、杖を追いかけて波打ち際を全力疾走した。そして、突如横合いから飛び出してきた巨大な蛭にのしかかられて、プロレスの流血デスマッチさながらの戦闘になだれ込んだ。組んず解れずした果てに散ったおっさんだったものを眺めながら、死神ちゃんは〈火系の魔法で戦えば楽勝で勝てただろうに〉と思った。しかし直後、〈彼が妖精であるのは自称のため、彼は魔法には疎い〉ということを思い出して、ぐったりと背中を丸めると姿を消したのだった。




   **********




 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、一班クリスが腹を抱えて笑い転げていた。彼女は死神ちゃんが老若男女・常人変態問わずモテモテすぎるが故の受難が面白くて仕方がないらしかった。



「薫、君ってやつは多方面に人気ありすぎだろ。ああ、面白い。これは毎日ミニ番組が放送されて、毎週新聞にも載るよ。見ていて全然飽きないもんな。――いやだな、そんな泣きそうな顔しないでくれよ。君は笑っていたほうが魅力的だよ? ほら、泣かないで」



 彼女はそう言うと、死神ちゃんを抱き寄せて頬にキスをした。それを見ていた三班クリスが絶叫し、ピエロやにゃんこが〈死神ちゃんの取り合い〉に参戦した。死神ちゃんはそれらを振り切ると、ケイティーに背後から抱きついて腹筋を触りだした。マッコイに声をかけられると、今度は彼にしがみついて腹筋に顔を擦り付けながらハムを撫で回した。一班クリスは顔をしかめると、幼女モードの死神ちゃんを指差した。



「何アレ? この前〈破廉恥禁止〉って言われたのに、堂々と破廉恥してるじゃないか」


小花おはなっち、いっぱいいっぱいになると〈体〉に引きずられて幼女化しちゃうから。筋肉が〈赤ちゃん毛布〉代わりなんだよ」


「どんだけ筋肉好きなんだよ! 筋肉好き幼女とか、なんてシュールなんだ! どうしよう、クリストスをイジるよりもイジり甲斐があるかも!」



 ギャンギャンと言い合いを始めた彼女たちを他所よそに、死神ちゃんは〈幼女の姿は一方的にスキンシップをとられることが多くて嫌だ〉と改めて感じた。そして、しょんぼりと落ち込みながら冒険者からも同僚からも身を守る方法を考えた。しかし〈一方的なお触りは、いっそ課金制にしてやろうか〉と一瞬浮かんだ考えに対して〈ヤツらはポンと支払いを済ませて来そうだ〉と思い、さらに落ち込んだのだった。





 ――――なお、魔法のステッキは〈あろけーしょんせんたー〉にされたという。死神ちゃんは後日、キントレンの撮影現場にてステッキと再開し、互いに慰め合い、そして労い合ったそうDEATH。

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