第262話 死神ちゃんとたかし③

 死神ちゃんは、三階の階段を降りてすぐのところでモンスターの影に怯えながらデコイを設置している冒険者を見つけた。新米冒険者かと思い、死神ちゃんは盛大に驚かせてやろうと意地悪く笑った。そしてこっそりと冒険者に近寄っていった死神ちゃんは、思わず声をひっくり返した。



「たかし!? お前、たかしじゃあないか!」


「あ、君は、いつぞやのお嬢ちゃん! お久しぶり!」



 たかしは死神ちゃんに近寄ると、まるで高い高いをするかのように死神ちゃんを抱き上げた。死神ちゃんはきょとんとした顔を浮かべると、目をしばたかせながら言った。



「お前、とうとう三階に降りられるようになったんだな!」


「うん、つい最近ね。あれから半年ほど、家庭教師をつけて猛勉強したんだ。どんな問題だったかは覚えてないんだけど、でも、勉強しないことにはクリアーできない気がしてさ。おかげで三階には降りてこられるようになったんだけど、そのせいで年末年始は帰省できなくて。ばあちゃんに会いたかったなあ……」


「お前、まだばあちゃんに会えていないのかよ!?」



 死神ちゃんが驚嘆して口をあんぐりとさせると、たかしは苦笑いを浮かべながら勉強していたときの様子を語りだした。たかしはたくさんのりんごと家庭教師の心を砕きながら、バイトの合間を縫って勉学に励んだという。夜などは、バイト仲間のケンやケンのガールフレンドたちが夜食の差し入れをしてくれたそうで、その応援の甲斐があって何とか二階のリドルを突破することができたらしい。

 また、ケンがいないときでも一人で安全に戦闘が行えるようにと、一旦盗賊に転職して〈姿くらまし〉の術とデコイ設置の技術を覚えてきたらしい。死神ちゃんは相槌を打つと、ばあちゃんのことを話そうとした。しかし、たかしはそれを遮るようにさらに言葉を続けた。



「おかげさまでね、モンスターを倒せる確率も格段に上がったから、冒険者としてのレベルも上がってきたし、装備も充実してきたんだよ。しかも、最近は修練を兼ねていろいろと〈お使い〉をこなしているから、実入りもいいし」


「お使い?」



 死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、たかしは何かに気づいてハッと息を呑み、そして死神ちゃんの手を引いて物陰へと隠れた。見て、とたかしが指し示した先にはたかしが先ほど設置したデコイがあり、ちょうど人型のモンスターがフラフラと近寄ってくるところだった。

 人型のモンスターは悪態をつきながら、デコイを蹴飛ばした。そのデコイを蹴ることに夢中になっているモンスターの背後に忍び寄ると、たかしは剣を振り上げ、渾身の力で叩き切った。死神ちゃんは一日に最低一回は聞く、馴染みのある断末魔に顔をしかめた。



「うーん、また手に入らなかった。中々厳しいなあ」



 そう言ってため息をつくと、僅かな硬貨を拾い上げ、落胆しながらたかしは死神ちゃんのもとに戻ってきた。



「これと〈お使い〉とやらと、どう関係があるんだ?」


「うん。この追い剥ぎ男ハイウェイマンね、つい最近になってダンジョン内で見かけるようになったんだけど、こいつがお酒を持っていることがあるらしいんだよ。それで、街の酒屋の亭主さんが『こいつの持ってる酒をいくつか集めてきたら、報酬をくれてやる』って言うから――」


「お前、酒屋に顔出してるのか。じゃあ、まさこともよく会うのか?」



 死神ちゃんはたかしの言葉を食うように、慌ててそう言った。しかし、たかしの答えはノーだった。

 もしもばあちゃんと仲のいいまさこと会えていたら、そこからばあちゃんの情報を得ることができていただろう。そんなに大きな街ではないだろうに、いまだ会うことも叶わず、そして〈ばあちゃんがいる〉と教えてやることもできず、自ら気づく機会もないというのはさすがにおかしいのではないか。どうしてこうも、何かが噛み合わないのか。もしや何かしらの呪いめいたものが、たかしの身にはかけられているのではないか。――そんなことを漠然と思い、死神ちゃんは苦い顔を浮かべて閉口した。


 たかしはその後も、デコイを設置しては物陰で待ち伏せし、悪態をつきにやってきたハイウェイマンを退治した。ハイウェイマンはたかしでも簡単に倒せるほど弱いそうなのだが、相手にするのが面倒くさいのだそうだ。というのも、一度ヤツに気づかれると、ヤツはどこまでも追いかけてくるのだという。しかも足がとても早いそうで、振り切ることも敵わない。どこまでもどこまでも、その俊足でしつこく粘着してくるのだそうだ。だから、普段は見つからないように〈姿くらまし〉をしてやりすごし、戦いたいときだけデコイを設置して呼んでやるのが一番良いらしい。



「奥に進むに連れて見たこともないモンスターや、同じようなヤツでもより強いのに出会うっていうけれど。まさかこんな、地図が販売されているような場所で新しい敵に遭遇するとは思わなかったよ。こいつ、いつ見ても悪態ついてるし、もしかして人生何もかも嫌になって闇落ちしちゃったのかな」


「いや、本人はいたって毎日が楽しそうだし、超絶ポジティブだぜ」


「そうなの? じゃあ、単にガラが悪いだけなのかな。それにしても、すごく三下臭するんだよね、あいつ。強さも三下だけど。ていうか、君、あんなヤツと知り合いなの?」



 たかしは心配そうに表情を曇らせたが、死神ちゃんはただただ苦笑いを浮かべた。そんな死神ちゃんの様子にたかしは不思議そうに小首をひねったが、直後デコイを蹴飛ばしにハイウェイマンが現れたため、たかしは慌てて剣を手に現場へと出ていった。



「おっ、やった! ようやくお酒が手に入った!」



 ハイウェイマンを斬り倒したたかしは、嬉しそうに地面に転がる酒瓶を拾い上げた。そしてそれを眺めながら、思案顔を浮かべて唸った。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は酒瓶を興味深げに見つめながら頬を染めた。



「いやあ、実は僕、お酒を飲んだことがなくて。しかもこれ、珍しいお酒みたいだし。一口試しに飲んだら、駄目かなあ? 依頼の品が開封済みって、やっぱりまずいかなあ?」


「そりゃあまずいに決まってるだろ。お前、仮に、一袋五つ入りのりんごをケンに買ってきてもらったとして、袋開けてみたら四つしか入っていなかったら、どう思う?」


「そんなの、僕の算数ライフが詰んでしまうじゃあないか! めちゃめちゃ困るよ!」


「だろう? それに、許可なく他人の物に手を出すのは立派な犯罪――」


「あ、でも、お駄賃としてひとつお裾分けしてあげたと思えば……。――よし、ひと口貰っちゃお」



 たかしは死神ちゃんが止めるのも聞かず、瓶を開けてひと口飲んだ。たかしはじわじわと笑みを浮かべると、小刻みに肩を揺らしながら含み笑いを漏らした。



「んふふ、とうとう、大人の階段を登ってしまった……」


「たったひと口で大袈裟だな。しかも、悪い登りかたしたよな。ばあちゃん、悲しむぜ?」


「ああああああ、やっぱ駄目だったかなあ? 酒屋さんに、すっごく謝っとこう。ああでも、赦してもらえなかったらどうしよう? うわああああああん!」


「泣き上戸の絡み酒かよ! 面倒くさいな! しかも、たった一口で!? たしかに日本酒は酔いやすいが、これは……」


「なになに? これ、日本酒っていうの? ふふふ。フルーティーな味で美味しかったんだよ。――謝ればいいんだし、もうひと口もらっちゃお」



 たかしはもうひと口だけ頂くと、ケラケラと楽しそうに笑いだした。そしてそのままのテンションで、ダンジョンの奥へとおもむろに進みだした。途中、ハイウェイマンに絡まれたが、たかしはグーパンひとつでヤツを黙らせた。いつも手こずる強敵も難なく倒し、それがまた楽しいようで、彼はどんどん気を大きくしていった。

 クレイゴーレムが現れても、たかしは怯まなかった。しかし、さすがにゴーレムを一撃で倒すことはできず、たかしはもろに反撃を受けた。ゴーレムが拳を振り下ろし、たかしの姿が見えくなった。しかし、死神ちゃんの腕輪には、灰化達成の知らせが上がってこなかった。

 不具合でも起きたのかと、死神ちゃんは腕輪を弄りだした。しかしすぐに、その手を止めた。目の前では拳を振り下ろしたままの姿勢で固まっていたゴーレムが、少しずつ後方へと押し戻されていた。死神ちゃんは呆然と、その光景を眺めていた。


 とうとう、ゴーレムは完全に押しやられた。どうやらたかしはゴーレムの一撃を耐えていたようで、彼はゴーレムがふらつくのを見て、おかしそうにケラケラと笑い声を上げた。そして鋭い刃物のような目をゴーレムに向けると、ゴキゴキと指を鳴らしながらニヤリと笑って言った。



「次は貴様の番だ」



 たかしは渾身の一撃をゴーレムに叩きつけた。ゴーレムはその重い衝撃に耐えきれず、ボロボロと崩れていった。そしてたかしはというと、強敵を打ち倒して高笑いしながら、その強敵の成れの果てに飲みこまれた。泥の雪崩がアイテムへと姿を変えると、その中から灰の塊も一緒に現れた。思わず、死神ちゃんは叫んだ。



「快進撃見せ続けておいて、そこで死ぬか!? そこまで来たなら、生きろよたかしいいいいいい!」




   **********




 死神ちゃんは第一死神寮のお魚パーティーにお呼ばれしていた。副長の魚屋の腕が光る素晴らしい舟盛りや、頬が落ちそうなほど美味しい煮付けを頂いていると、鉄砲玉がつっかかってきた。



「おい、てめえ。なんで軍曹のお膝にちょこんと座ってやがるんだよ。幼女かよ」


「場所がないんだから、仕方がないだろうが。文句言うならそこをどいて、俺に居場所を譲ってくれよ」


「それで俺が代わりに軍曹のお膝に……? 駄目だって、そんな。そういうことは、二人っきりのときでないと……」



 照れくさそうにもじもじと身を捩る鉄砲玉に、死神ちゃんは呆れ返って目を細めると「アホか」と言って鼻を鳴らした。お茶を飲み干して気を取り直すと、死神ちゃんは鉄砲玉にハイウェイマンとたくさん遭遇したことを話した。すると、彼は得意気に胸を張った。



「ふふふん、満を持しての実装よぉ。さすがは俺様、死神課きってのエース! 第一班の要! は滅多に出没しねえ役立たずだが、俺様は常に冒険者を脅かしているんだぜ! どうだ、すげえだろ!」


「ああ、うん。すごいすごい」



 死神ちゃんが投げやりな相槌を打つと、鉄砲玉は歯を剥き出して怒りを露わにした。すると、彼の周りから「おっと、酒が切れた」という声が次々に上がった。



「おい、マサ、ちっと買ってきてくれよ」


「マサちゃん、ウチらの分もついでにお願い」


「チョッパヤで頼むよ、チョッパヤで」


「ったく、お前ら、俺様が頼りになるからって、仕方ねえなあ。俺様の俊足、見せつけてやるぜ!」



 鉄砲玉は自信たっぷりに鼻を鳴らすと、リビングから騒がしく出ていった。ケイティーはビール缶をひと煽りすると、ポツリと呟くように言った。



「浅い階層に新しく〈冒険者への嫌がらせ〉を追加しようってことで、一般コモンモンスターとして実装されたんだよね」



 つまり、三下の彼はその三下魂が認められ、三下として実装されたということらしい。しかも、彼は戦闘力も元々低いため、バランス調整テストをせずにそのまま投入されたという。どこまでも三下な彼に心なしか同情しつつも、まるで〈遠くに投げたボールを拾って戻ってきた犬〉のごとく嬉々とした表情で買い物から帰ってきた彼の姿に「まあ、そうだろうな。仕方ない」と死神ちゃんは納得したのだった。





 ――――しかし、鉄砲玉は死神ちゃんにプリンを買ってきてくれておりました。死神ちゃんは目を輝かせながら「ごめんな、マサちゃん。大好きだぜ」と言い、鉄砲玉は「キモッ」と返しました。意外と優しいマサちゃんも、たかしも、大器晩成なのだと信じたいのDEATH。

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