第260話 びばびば★のんの③

 昼下がり。天狐の城の日本庭園にて、死神ちゃんはお菓子を頂きながらのんびりとツツジなどの晩春から初夏にかけてのお花を鑑賞していた。本日は〈赤ずきんちゃん〉の劇の打ち上げを兼ねて、みんなでお花の鑑賞会をし、夜は天狐お抱えの板前さんが腕を振るった美味しい会席料理を頂いて、温泉を満喫するというお泊まり会の日だった。

 死神ちゃんは手にしていた湯呑みを置くと、後ろの席で必死になってお団子に食いついている面々に目をやって苦笑いを浮かべた。



「お前ら、花より団子かよ」


「だって、和菓子は洋菓子よりもヘルシーなんだよ!」


「だからって、そんなに量食べたらヘルシーも何も無いだろうが」


「このお団子が美味しすぎるのがいけないのね!」


「そうじゃそうじゃ! 美味しすぎるのがいけないのじゃ!」



 口の周りにあんこをつけたピエロとにゃんこと天狐がもちもちとあごを動かしながら抗議をするのを、死神ちゃんは笑いながら眺めていた。その光景をエルダがばっちりと写真に収めると、お団子を頬張っていた彼女たちは慌てて口の周りを拭って綺麗にした。



「それにしても、マコねえたち、遅いね」


「女子会しちょるんじゃったっけ」



 湯呑みを抱え持ったクリスがぼんやりと呟くと、権左衛門が尻尾を一振りしながら首を傾げた。死神ちゃんはカメラを持って彷徨うろつくエルダを見上げると、きょとんとした顔で言った。



「お前も、参加してくればよかったのに」


「たしかに心惹かれたんだけれど。今日の天気がすごく良いって知ったら、写真を撮りたい気持ちのほうが勝っちゃったのよね」



 決まりが悪そうに笑って肩をすくめるエルダに、死神ちゃんは「お前らしいな」と笑って返した。

 マッコイとアリサとケイティーとサーシャの四人は、せっかく休みを合わせたのだからということで午前中から出かけていた。ランチを食べてからゆっくりと、ティータイムの時間には花見に合流すると言っていた。

 エルダは先ほど撮った写真の中から選んだ一枚を腕輪に転送すると、どこかへとメール送信した。すぐに返信をもらった彼女は、ニコリと笑うと「もうすぐ到着するですって」と言った。どうやら、送り先はサーシャのようだった。


 ほどなくして、女子会組が合流した。アリサとケイティーは満面の笑みを浮かべながら「うっかり買いすぎちゃった」と言って、洋服がたくさん詰まっているだろうショップの紙袋複数を掲げて見せた。サーシャも服を購入したようで、紙袋をひとつ手に提げていた。死神ちゃんたちは不思議そうに首を傾げると、「マコは?」と尋ねた。三人は後ろを振り返りながら、苦笑いで言った。



「ほら、隠れてないで出てきなさいったら」


「いやよ、絶対おかしいって言われるに決まっているもの」


「今さら怖じ気づくなって。大丈夫だから、出てきな」


「でも――」


「マコちゃん、大丈夫だから。ね?」



 どうやら、マッコイは腰を落として三人の背後に隠れていたらしい。彼は三人に促されると、恐る恐る顔を覗かせた。お花見組のほとんどは呆気にとられてぽかんとしたが、クリスがギョッとして声をひっくり返した。



「いやだ、マコ姉! せっかくいいなのに、何でなの!? それじゃあもう完全ににしか見えないじゃん! 髪の毛までロングにしちゃって!」


「ほら、やっぱりおかしいんじゃない!」


「いや、おかしくはないけれど! めちゃめちゃ似合ってるけれど!」



 愕然とするクリスに構うことなく、アリサとケイティーとサーシャは口々に「よかった」と言ってマッコイを抱きしめた。

 以前、マッコイは〈心身の性が一致していないと気づくことなく大人になったため、今さら体を女性にしたいとは思わない〉と言っていた。また〈女物の服を着てみたが、似合わなかったし違和感しか感じなかった。別に”本物の女性になりたい”というわけでもないので、女性としてファッションを楽しめなくてもいいし、だ〉とも言っていた。つまり彼は〈男性の体のままでも、可能ならば女性としてファッションを楽しみたい〉と実は思っていたらしい。

 そんな彼に、アリサは作年末ころに一緒に買い物に行った際、似合いそうな色合いやデザインの服を数点見繕ってあげていた。本日はその第二弾として、春夏モノを買いに行ったのだとか。



「私もね、ガッツリ筋肉な体してるから、可愛い格好するのに苦労しているんだけど。こういうドルマンスリーブとか、ドロップショルダーのものを選んでガッシリとした肩や筋肉をごまかしてるんだよね」


「本当はデコルテを見せたいんですけれど、それだと喉元が隠せないから。別に気にしなくていいのに、この子は隠したいんですって。だから、ハイネックと重ね着したり、ストールで隠したりね。本当はスカートをいろいろと合わせていきたかったんですけど『それはさすがに……』って言うから、代わりに靴をあれこれとチョイスして」


「マコちゃん、今まではモノトーンばかりだったけど、でも、本当は明るい色合いが似合うんだよね。だから、選ぶの、とても楽しかったな」


「つまるところ、あれか。女子会というよりも〈マッコイを着せ替え人形にする会〉だったのか。でも、何で髪がんだ?」



 死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、彼女たちは揃って「せっかくだから、服装に合わせて美容院でもらった」と答えた。エクステンションなどではなく、魔法で伸ばしたので自毛だという。この世界の美容院はそんなこともできるのかと死神ちゃんが感心していると、アリサがニヤリと笑って言った。



「だからジューゾーも、髪の毛を結わうのが面倒なんだったら、気兼ねなく断髪して大丈夫なのよ? おっさんに戻ったときに五厘刈りになるんじゃないかとか、そういう風に怯えなくても大丈夫。だって、伸ばせるんですもの」



 死神ちゃんが苦笑いを浮かべる横では、いまだクリスが釈然としないという表情を浮かべていた。すると、サーシャが遠慮がちに笑って言った。



「〈ありのままの自分でいられる〉のが、一番だと思うの。何かを理由にして我慢する必要だって、無いと思うし」


「〈理想に近づくために〉という目的の場合は、際限がなくなってくるから一概に良いとは言えないけれど。でも、我慢して〈ありのままの自分〉でいられないほうが問題だわ。だから、整形だって性転換だって、お洋服や髪型だって何だって、他人に迷惑がかかるとか、倫理・モラルに反するってことがないんだったら、好きなようにしたら良いのよ」


「たしかに、妥協や諦めは少なからず発生するけどね。でも、人生、一度きりなんだから楽しんだもん勝ちだろう? ――ま、私ら死神は、すでに一度、人生終えてるんだけれどもね!」



 アリサがサーシャに追従し、ケイティーが明るく笑うと、クリスはバツが悪そうにうなだれた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、クリスに向かって言った。



「お前、前に〈みんな違って、みんないい〉って言っていただろう。まさしく、それだよ」


「そうだね。それに、これがマコ姉の〈ありのまま〉であって〈幸せ〉なら、私がとやかく言うことじゃあないよね。あと、すごく似合ってて素敵なのは本当のことだし。――ごめんね、マコ姉」



 しょんぼりと声を落としてクリスが謝罪したが、マッコイはいまだに挙動不審気味におどおどとしていた。ケイティーが「小花おはなも感想を言ってやったら?」とニヤニヤと笑うと、死神ちゃんはきょとんとした顔で目をしばたかせた。



「そんなに長い髪してちゃあ、戦闘に不向きじゃあないか?」


「お前、どうして〈可愛い〉とか〈似合ってる〉とか言わないでビジネス持ち出すかな」



 顔をしかめたケイティーに、死神ちゃんはなおも不思議そうに首を傾げた。




「ていうか、お前だって伸ばしたら可愛いだろうに。短いほうが好きなのか?」


「私のは、手入れが面倒だからだよ。悪かったね、お洒落したがるわりにズボラで。――で、可愛いの? 似合ってるの?」


「えっ、いや、マコが可愛いのは当たり前のことだし……」



 ケイティーに睨まれ続けて、死神ちゃんは〈やっちまった〉と言いたげな表情を浮かべた。そしてバツが悪そうに彼女から目を逸らしてマッコイのほうを向くと、小さな声で「とても似合っているよ」と言った。すると、彼女たちが来る前までお団子に夢中になっていた面々がマッコイを取り囲み、目を輝かせながら「可愛い」「似合ってる」と言ってキャアキャアと騒いだ。マッコイはようやく、嬉しそうに微笑んだ。




   **********




 心ゆくまで花と庭園を堪能し、美味しい料理に舌鼓したあと。死神ちゃんたちはお腹がこなれるとさっそく大浴場へと足を運んだ。本日の温泉について天狐が一生懸命に説明するのを笑顔で聞きながら、死神ちゃんたちはゆっくりと服を脱いだ。そして浴場に入ると、すでにマッコイが隅の方でこそこそと体を洗っていた。ケイティーは湯を張った桶を小脇に抱えて、嬉しそうにマッコイへと近づいていった。



「今日は別に、そういうのはいいわよ。あとでクリスやゴンザとも一緒に入る約束しているし。そのときに自分で洗―― ちょっと、待っ……いやあああああああ!」



 背後に立つケイティーを振り返りながら、マッコイはやんわりと拒絶した。しかしケイティーは問答無用で彼がつけていたヘアクリップを外し、桶をひっくり返した。そして毎度のごとく、マッコイの頭をわしゃわしゃと洗い倒した。



「待って! いや! 頭皮がもげる!」


「あんた、魔法で一気に伸ばしたときにも気にしてたよね。〈毛根の寿命が一気に加速するんじゃないか〉って。大丈夫大丈夫、そんなことはないって。それに、私たち死神には、そういうの、関係ないだろう?」


「でも、普通ならあり得ない速度で髪を伸ばたのよ!? いや! 禿げるのだけは嫌! いやああああ!」


「だーかーら、禿げないって!」



 体を洗いながら、アリサは二人を呆れきった顔で眺めながらポツリとこぼした。



「あれ、必ずやらないとケイティーは気が済まないわけ?」


「えっ、何? アリサも私に洗ってもらいたいの?」



 アリサの呟きはばっちりケイティーの耳に届いていたようで、ケイティーはニヤニヤと笑いながら泡だらけの両手をわきわきと動かした。アリサは自身の両腕を抱きしめるようにして身をすくめると、ケイティーを睨みつけた。



「いやだ、あなた、それ、どこを洗うつもりなのよ」


「何を怯えているのかね? 良いではないか、良いではないか。苦しゅうないぞ」


「ケイちゃん。それは、すごくおっさんくさいと思うなあ」


「サーシャまでそういうこと言うの!?」



 ケイティーが愕然としている間に、マッコイは手早く頭を洗い終えた。それに気がついたケイティーがさらに愕然としていると、もこもこに泡立てたスポンジを手にした天狐とピエロとにゃんこが嬉しそうにマッコイに駆け寄り、彼の背中を楽しそうに洗い流した。

 洗いっこの途中のまま天狐たちに放置された死神ちゃんは、泡だらけで目が開けない状態のまま首を傾げた。



「ん? てんこたちの声が、遠くから聞こえるんだが」


「マコちゃんがケイちゃんから解放された隙を見て、マコちゃんの背中を流しに行っちゃったのよ」


「おう、そうか。で、今度はエルダの悲鳴が聞こえるんだが」


「消化不良のまま終わったケイちゃんが、今度はエルダちゃんを洗い倒してるのよ」



 サーシャに頭を洗い流し髪を纏めてもらいながら、死神ちゃんは「忙しいな」と呆れ返った。アリサはケイティーから逃れるべく、さっさと湯船へと退散したらしい。死神ちゃんは乾いた声で笑いながら体中の泡も洗い流すと、楽しそうなケイティーとエルダを残し、サーシャを伴って湯船へと向かった。


 湯船では、にゃんこがうっとりとした表情で温泉を楽しんでいた。意外だと言いたげに死神ちゃんが見つめていると、にゃんこは不服そうに口を尖らせた。



「あたい、温泉、大っっっ好きなのね! だから、ずっと誘われなかったの、悲しかったのね!」


「猫って水嫌いのイメージがあったからさ。別に爪弾きにしようと思っていたわけではなかったんだ。悪かったよ」



 にゃんこはピエロ同様、天狐の城の浴場解放デーの常連なのだそうだ。天狐は仲のいいにゃんこが毎回お泊まり会で不参加なのは、予定が合わないからだと思っていたらしい。それで先日、天狐はにゃんこに「今回も来れないのかえ?」と尋ねたらしく、にゃんこはそこで初めてお泊り会の存在を知って愕然としたという。そして天狐に誘ってもらったにゃんこは、二つ返事で参加すると返したという。

 申し訳なさそうに肩を落とす死神ちゃんに、にゃんこは「今度からは、毎回ちゃんと誘うのね!」と言いながら上機嫌で抱きついた。すると、死神ちゃんがにゃんこに羽交い締めにされているのを見て、天狐とピエロが我も我もと死神ちゃんにくっつきに来た。可愛らしい女の子(?)たちに群がられている死神ちゃんを愕然とした面持ちで見つめると、アリサが声をひっくり返した。



「ちょっと、あなたたち! 私を差し置いて、何、ジューゾーを羽交い締めにしているのよ!」


「別にお前にだって許可は出していないんだが」


「人生、楽しんだもの勝ちだもんね。ねえ、小花」


「やめろ、ケイティー。お前までくっついてくるな。重い! 重――」


「いやだ、ちょっと! ケイティー、早く薫ちゃんから離れて! 顔が完全に湯船に浸かっちゃってるじゃない!」


「うわ、うっそ、ごめん!」


「お花! お花! 大丈夫かえ!?」


「寄ってたかっちゃって、ごめんよ、小花っちー!」



 死神ちゃんはゲホゲホとむせ返りながらも、ゲラゲラと笑いだした。みんなが不思議そうに首をひねると、死神ちゃんはにっこりと笑って言った。



「いや、みんなで風呂に入るって、やっぱり楽しいなと思って。これからも、定期的に裸の付き合いしような」



 一同は弾けるように笑うと、嬉しそうに頷いたのだった。





 ――――なお、マッコイがクリスと権左衛門と一緒にお風呂に入り直していると、ケイティーが何食わぬ顔で乱入してきたという。〈一応は異性〉であるケイティーが入ってきたことに驚いたクリスが動揺していると、ケイティーは喜んで彼をターゲットにし、彼を洗い倒すだけ洗い倒して颯爽と去っていったそうDEATH。

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