第233話 死神ちゃんと弁護士④

 死神ちゃんが〈担当のパーティーターゲット〉を探して彷徨さまよっていると、前方から何やら呪言のようなものが聞こえてきた。それを聞いていたからと言って特に何も効果等はなさそうではあったものの、死神ちゃんは何となく嫌な気分になった。呪言が段々と近づいてきて、死神ちゃんは一層気が滅入った。呪言の主はどうやらターゲットのようで、「これは一体、何の呪文なんだ?」と思いながら死神ちゃんが待ち構えていると、呪言の近づいてくるスピードが突如加速した。

 カツカツと音を立てながらピンヒールで全力疾走する悩ましげなスーツの女を、死神ちゃんはげっそりとした顔で見つめた。彼女はお得意の「異議あり!」と叫びながら、分厚い法律書を振りかぶって死神ちゃんに突っ込んできた。

 法律書は死神ちゃんの体をただ透過しただけで、ダメージを与えることは敵わなかった。彼女は着地して乱れた髪を掻き上げると、死神ちゃんを指差して「異議あり!」と再び叫んだ。



「何で攻撃を受けても平気なのよ!?」


「だから、物理攻撃は効かないって、前にも言っただろうが」


「今回は神聖な呪言を唱えながら攻撃したわよ! 異議ありだわ!」


「神聖な呪言? たしかに何となく気が滅入って嫌な気分にはなったが、一体どんな呪言だったんだよ」



 死神ちゃんが眉根を寄せて首を傾げると、彼女は不敵にニヤリと笑って「法律書の、刑法の章をそらんんじたのよ」と言った。死神ちゃんは呆れて目を細めると、抑揚なく淡々と返した。



「ああ、道理で。そりゃあ気が滅入るわけだわ。何ていうか、精神的にじわじわと来るっていうか」


「この国の、とても大切な法律ですからね。そりゃあ、神聖なものに違いないでしょう? それなのに、何であなたは平然としていられるの!」


「この国で法を犯すようなことを、してはいないからじゃあないですかね」



 死神ちゃんがハンと鼻を鳴らすと、彼女は地団駄を踏みながら「異議あり!」と繰り返した。

 この国名門の法律家一家の出でありながら悪徳街道まっしぐらの彼女は、二ヶ月ほど前に〈離婚問題が舞い込む季節で、忙しくなるからアシスタントが欲しい〉という目的でダンジョンにやって来ていた。その際は人型モンスターである暗殺者に声をかけ、むしろ色目を使って買収を試み、失敗に終わって呆気なく首を跳ねられた。どうやらまだまだ忙しいようで、彼女は優秀なアシスタントを得るべくダンジョンを再訪したのだとか。

 死神ちゃんはため息をつくと、諭すように言った。



「いい加減、諦めろよ。ダンジョン内でスカウトするっていうのは。普通に急募広告を出せばいいだろう」


「だから、それだとごく普通の一般人しか来ないでしょう? 私が求めているのは、ボディーガードにもなってくれて、さらには暗殺もお手の物な物騒な人なんだから」


「……面倒な相手方を内々に消すことが、とても後ろ暗くて物騒だっていう認識は、一応はあるんだな」



 彼女は不機嫌にそっぽを向くと、アシスタント探しをし始めた。死神ちゃんはきょとんとした顔を浮かべると「こんな低階層で探すのか」と尋ねた。前回はそこそこ深い階層でスカウト活動を行っていたのだが、今回は二階なのだ。一応レアなモンスターも出ることは出るのだが、出没頻度は極めて低い。なにせ、大金をはたけば三階までの地図は手に入るのだから、大抵の冒険者は、二階で戦闘など行うことなく三階まで降りていく。そのため、レプリカが新規投入される率も他階層と比べて低く、だからレアモンスターの出現も極稀となっているのだ。

 つまるところ、彼女がアシスタントに据えたいと思っているような相手はレアものであるため、二階で探すのは得策ではない。しかし、彼女はどうしても二階で探したいらしい。というのも、前回の敗因は深層の〈闇落ち者〉を説得しようとしたことに原因があると彼女は思っているようだった。



「下に行けば行くほど、モンスターも凶暴性が増すでしょう? 同じように、闇落ちしてモンスター化した人も残忍で凶悪になっているわけでしょう? 私はこれでも一応、法を武器に戦う正義の味方ですからね。凶悪犯が牙を向いてきても仕方がないに決まっているわ。だから、低階層にいるくらいの奴らなら、そこまで凶悪でもないだろうし、ちょろいかなと思って」


「はあ、そう……。でも、すぐさま遭遇できるとは限らないぜ? そこはどうするんだよ。闇雲に探して歩くのか?」



 弁護士は得意気に笑うと「私にいい考えがある」と言った。そして彼女は少し拓けた場所へと移動して、厚手の紙を丸めてメガホンを作った。すると彼女は二、三度咳払いをしてから「本日は晴天なり」と発声練習を始めた。死神ちゃんは思わず、呆気にとられて口をあんぐりと開けた。



「いい考えって、何か? 演説でも始めようってか? そういうのは政治家にでも転職してから、街頭でやってくださいませんかね」


「うるさいわね。いい人材を得たいと思ったら、ときには派手なパフォーマンスが必要なのよ」


「いやでもさ、こんな人気もモンスターの気配もないような場所で演説を始めて、誰が来るっていうんだよ」



 死神ちゃんは弁護士を嘲笑したが、演説が始まるなり会場は大賑わいとなった。〈そんな大勢、どこから現れたのか〉と首を傾げたくなるほどに、辺りはごった返した。彼女が何か一言発するたびに大喝采が起き、集まったモンスターたちが熱心に頷いたり拳を振り上げたりした。その様子を呆然と眺めていた死神ちゃんだったが、さらなるショッキングな出来事があり愕然とした。――最も熱心に演説を聞いていたのは、なんと十三じゅうぞう様のレプリカであるガンマンだったのである。

 弁護士が演説を終えると、ガンマンは熱い涙を流しながら彼女に近づいていった。そして彼女の両手をはっしと掴むと、くぐもった声でボソボソと言った。



「俺様、まるまる、お前気に入った! お前、親友! お前、親友!!」


「何でそんな頭の悪そうな喋りかたなんだよ! 俺はもっとスマートなはずだろう!?」



 死神ちゃんは怒り顔で目を剥くと、思わず声を荒らげた。弁護士は怪訝な顔つきで死神ちゃんを一瞥したが、すぐさまガンマンへと視線を戻した。そして上から下まで舐めるように見ると、まんざらでもなさそうに笑みを浮かべた。



「ちょっとおつむが足りなさそうなところが不安ではあるけれど、でも、見た目は合格ね。私、あの暗殺者のような透明感のあるイケメンが好物だけど、彼のような渋ダンディーもイケるクチなのよ」


「いや、俺はお前のような腹黒い女は苦手だから! 俺はもっと奥ゆかしくて、家庭的で、優しいのが好みだから!」


「あなたの好みなんて聞いていないわよ。ていうか、幼女が何をいっちょ前のことを言っているの? まだ早いわよ? おませさんねえ」



 弁護士は肩をすくめると、ダイヤモンドリングを嵌めた手を掲げてガンマンと契約を取り交わそうと試みた。すると、死神ちゃんの眼前に薄ぼんやりと発光する紙が一枚出現した。まるでペンを滑らすかのように契約内容が次々と浮かび上がり、それらの下に〈承諾する〉〈拒否する〉という文字が現れた。死神ちゃんはギョッとして顔を強張らせると、慌てて〈拒否する〉にタッチした。



「あら? おかしいわね。契約できないわ。――あなた、親友とか言うわりに、この契約内容じゃあ承服できないとでもいうの? 親友なんだったら、無給で私のために尽くしなさいよ。……まあ、仕方ないわね。渡る世間はギブアンドテイクですものね。分かったわ。必要なのは土地? それとも、お金?」



 死神ちゃんは契約書が再び現れるや否や、すかさず〈拒否する〉をタッチした。弁護士は顔をしかめると、何度も契約申請を飛ばしてきた。そのたびに、死神ちゃんは必死で〈拒否する〉をした。弁護士は苛立たしげにガンマンを睨むと「肖像画でも駄目って、どういうことよ!?」と叫んだ。すると、彼女の豹変に驚いた他のモンスターたちが一斉に彼女に襲いかかった。

 弁護士は二階のモンスターにやられるほどは弱くない。しかしながら多量の敵に圧倒され、彼女は悲鳴を上げた。



「私は警察官ではなくて、弁護士なのよ! だから、デモ隊との格闘は専門外なのよおおおおおお!」



 デモ隊が解散し、その場に残された灰をつかの間ぼんやりと見つめると、死神ちゃんは背中を丸め、ため息混じりに壁の中へと消えていった。




   **********




 待機室に戻ってくるなり、死神ちゃんはグレゴリーにしがみついた。グレゴリーは死神ちゃんの頭をワシワシと撫でると、苦笑しながら言った。



「低階層だとどうしても、知能指数が低いからな。仕方ねえよ。俺のレプリカだって、二階じゃあただのトカゲ同然だぜ? 誇り高き狩人の軍団の、長を務めていたこの俺がよ」


「ていうか、裏の人間に契約申請が飛んでこないように、いい加減改善したほうがいいと思います」


「だな。この前マッコイのところに飛んできたときに、すぐさま対応依頼出したはずなんだがなあ。あとで即対応するよう、せっついとくわ」



 死神ちゃんはグレゴリーを見上げると、薄っすらと笑みを浮かべて小さな声で礼を述べた。その横で、ピエロがデレデレとした笑みを浮かべてモニターを眺めていた。



「ああああん、やっぱり小花おはなっちはあちしの〈若いツバメ〉なだけあるね! とっても渋ダンディー!」


「いや、お前の愛人になった覚えはないし。ていうか、そういう言い方するってことは、やっぱりお前、年上なのかよ。さすがは魔女だな」


「年齢のことを言い出すだなんて、それは野暮ってもんだよ!? ていうか、いいなー。あちしもレプリカ作ってくれないかな。できたら、全人類のハートをわし掴みにしちゃうくらいに美しい、本来の麗しい美魔女な姿で!」



 グレゴリーは目をしばたかせると、あっけらかんとした声で言った。



「そういやあ、作る予定ができたらしくて、来年度の健康診断で詳細なデータ取らせて欲しいって言ってたわ」


「本当!? でも、あの拷問のような健康診断を受けるのは嫌だなあ」


「安心しろよ。本体ぬいぐるみのほうを採寸するだけだから」


「アイテムそのものとして実装するとか、そんなのないよー!」



 ピエロは悲鳴のように抗議の言葉を上げると、そのままダンジョンへと走り去った。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、気を取り直したかのようにグレゴリーを夕飯に誘ったのだった。





 ――――考えなしにホイホイと契約締結したら痛い目に遭う。だからこそ、交渉事は慎重に臨まねばならない。そもそも、なんだかんだ言って裏世界はクリーンな職場環境のホワイト企業なので、弁護士のところのようなブラックなところと雇用契約なんか結びたくないのDEATH。

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