第226話 死神ちゃんとお肉屋さん③

 死神ちゃんは、切り株お化けで遊ぶことにすっかり飽きてしまった。ベーべべして集めてきた虫たちをバトルさせることも飽きてしまった。足を大きく広げて退屈そうに座り込むと、目の前のドワーフに向かってぼんやりと抗議の声を上げた。



「なあ、まだ? 俺、もういろいろ飽きた。帰りたい」


「スカートを履いているんだから、股をおっ広げるんじゃないよ。――ほら、うちの店自慢のささみの燻製でも食べてな」



 街のお肉屋さんであるドワーフの彼は、自身の店の人気商品である〈ささみの燻製〉を死神ちゃんに手渡した。死神ちゃんは渋々それを受け取ると、ひとくちかじって唸り声を上げた。



「ちてきんやハムが愛食しているやつじゃあないか。まさか、お前の店で作っているやつだったとは」


「嬢ちゃん、あのムキムキコンビとも知り合いなのか。本当に、顔が広いなあ」



 肉屋はあごを擦りながら、感心して目をしばたかせた。死神ちゃんは足を広げたままムシャムシャとささみ燻を頬張ると、モンスターが出現したと彼に伝えてやった。




   **********




 死神ちゃんは〈担当のパーティーターゲット〉を求めて〈小さな森〉へとやってきた。それと思しきドワーフの男を見つけると、死神ちゃんは彼がモンスターを倒した直後に彼の視界に滑り込んだ。



「よお。お前もバレンタインか?」



 ドワーフの男――肉屋は驚いて尻もちをついたが、相手が死神ちゃんだと分かると笑顔で挨拶をしてきた。アイテムを拾い集め、休憩するのによさそうな切り株に腰を掛けると、彼は死神ちゃんに〈家内特製のピザ〉をお裾分けした。嬉しそうにピザを頬張る死神ちゃんの頭を撫でると、彼は不思議そうに首を傾げた。



「ところで、バレンタインって、一体何なんだ?」


「何だよ、お前、ギルドがイベント開催中だってこと、知らないのか? てっきり、嫁さんに特別なチョコをプレゼントするために頑張っているのかと思っていたんだが」



 肉屋はイベントの存在を知らなかったそうで、楽しそうな催し物だというのに遅れをとってしまったことを残念がった。後ほど詳細を確認してみると言って頷くと、彼は〈本日の目的〉について話しだした。死神ちゃんは思わず、顔をしかめた。



「はあ? 金槌だぁ? あれか? また知り合いに工具が欲しいとせがまれでもしたのか?」


「いや、今回は俺が個人的に探しているんだ。あと、工具じゃなくて調理用のハンマーだから」



 彼の店では生肉だけではなく、燻製やフライのように調理加工したものも取り扱っている。そのため、彼は肉を美味しく調理するために、以前からずっとハンドブレンダーを探し求めていた。今回は、同じ目的で肉叩きハンマーを探しているらしい。



「それなのになあ。昔から鍛冶などを得意とするドワーフの宿命なのか、工具用のハンマーばかり拾うんだよな」



 そう言って見せてくれた彼のポーチには、粗悪な金槌が四、五本ほどゴロリと無造作に入れられていた。彼は食肉加工用のハンマーを手に入れるか、日が暮れるまでは粘る予定だそうだ。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると「早く手に入れるか、とっとと死んでくれ」と呻いた。

 肉屋は「さすが、死神は口が悪い」と快活に笑うと、のらりくらりとマイペースに狩りを再開させた。死神ちゃんは仕方なく、そこらのモンスターたちと遊んで過ごすことにした。しかし、一時間もしないうちに死神ちゃんはすっかり飽きてしまった。肉屋に文句を言い、ささみ燻という賄賂をもらったものの、それでもやはり死神ちゃんの〈退屈な気持ち〉が満たされることはなかった。



「なあ、まだ? もう待ちくたびれたよ。一度諦めて祓いに行くなり、死ぬなりしてくれよ。頼むからさあ」


「――む? 待て待て、今ちょうど手に入れたぞ! しかも、二本も! これはすごくラッキーじゃないか!?」



 肉屋は嬉しそうに笑みを浮かべながら、肉叩きハンマーを死神ちゃんに見せびらかせた。死神ちゃんは極悪なでこぼこの付いたハンマーを眺めながら、これはひと叩きするだけで肉が柔らかくなりそうだなと思った。

 彼は手にした一本を大切そうにポーチにしまい込むと、もう一本を手に持ったまま森をあとにした。どうしてしまわないのかと死神ちゃんが尋ねると、彼はニヤリと笑ってもったいぶるかのような口ぶりで言った。



「そりゃあ、あれよ。使い心地を試すのよ」


「またかよ。勘弁してくれよ! ピザカッターのときのアレ、俺、トラウマになって一時期ピザが苦手になったんだよ!」


「苦手になった程度で、食べれなくなったわけではないんだろう? だったら、大丈夫!」


「いやいや、大丈夫とか、意味が分からないから!」



 死神ちゃんは非難がましく彼を睨みつけて必死に抗議したが、彼は聞く耳を持たなかった。そしてモンスターと遭遇するや否や、彼は肉叩きハンマーを手に敵へと襲いかかった。



「いいか! 肉叩きハンマーってのは、満遍なく、こう叩くんだ!」



 肉屋は軽妙にステップを踏みながら、モンスターの体をハンマーで打ち付けた。しかも、死神ちゃんにとっては運悪く、彼の戦闘相手はゾンビだった。ゾンビは攻撃を受けるたびに、気持ちの悪い音を立てた。そして肉屋が「あまり同じところを叩きすぎたら肉がボロボロになるからな!」と言いながらハンマーを投げつけると、ゾンビの首は跳ね飛ばされた。

 死神ちゃんがゲエと不快感を露わにするのもお構いなしに、肉屋は豪快に笑った。しかし、彼はブーメランのごとく戻ってきたハンマーをキャッチし損ね、そのまま彼も粉微塵となった。死神ちゃんは喉の奥にツンとしたものを感じながら、慌ててその場から消えたのだった。




   **********




 死神ちゃんは待機室に戻ってくるなり、マッコイを探して辺りを見回した。そして彼の姿を確認すると、彼に駆け寄り、そして力無くしがみついた。



「どうしたの、かおるちゃん。顔、真っ青よ?」



 彼は業務の引き継ぎ中だったようで、モニターを見てはいなかったらしい。端的に先の出来事を伝えると、死神ちゃんはぷるぷると震えだした。



「こういうとき、大抵お前と勤務が被ってなくて、帰って夕飯のメニューを聞くと大体トラウマ発動メニューだったりするから……。先に言えてよかった……。――ていうか、班長、もう少しで上がり時間なのは承知なのですが、気分転換してきていいですか。ちょっと、もう、無理……」



 マッコイは苦笑いを浮かべると、離席の許可を死神ちゃんに出した。死神ちゃんは目に涙を浮かべると、慌てて待機室から出ていった。死神ちゃんがいなくなったあとで、マッコイは思案顔でポツリと呟いた。



「どうしよう。今日、お肉が安い日だからとんかつにしようと思っていたのよね……」



 その呟きを聞いていた同僚一同は、死神ちゃんのが毎度のことながらいいということに驚くとともに、大層不憫に思ったという。





 ――――調理器具を武器として認識させ、ダンジョンに実装させたヤツ。絶対に許さないのDEATH。

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